97 / 149
大華繚乱
理由
しおりを挟む「俺なぁ、妾の子やねん」
二人で同時に果てたあと、宗光の胸を背もたれに、右膝を肘掛けにした贅沢な座椅子に体を預けていた。
「母親は体が弱くてなぁ。八つの時に先立って、俺は本宅にやられたんや」
自分のことは詮索するなと言っていた宗光が、独りごちるように話す。俺はそれを黙って聞いていた。
「本妻さんは男二人を産んでるから……一応俺には兄貴と弟な……母親が元気なら俺が本宅に行くことはないはずやってんけどな」
この時代、妾がいるのは珍しいことではなく、女性の職業として認められ「口入れ屋」という妾斡旋所まであるくらいだ。
大名は別として、商家や医者の妾の住居は大概は亭主の屋敷外にあり、位によっては長屋住まいの妾もいる。
そう言った屋敷外に住む妾の場合は特に、性的欲求を満たす専用遊女的な意味合いが大きく、子孫を残す為に囲われていたわけじゃない。
その妾が産み、遺した子である宗光の存在は、本宅、本妻にとっては目の上のたんこぶでしかなかったのだろう。
「こっちはそれまで自由奔放に暮らしてたわけやん。寺子屋にも行ったことない、上流の躾もされてない八つの俺には窮屈やったなあ。親父は優しかったけど忙しくて家にはおらんし、本妻さんと兄貴達には嫌われててな。俺、あの家の中でいっつも一人で……」
……ああ、だからなのかな。
宗光が契約の中に家族を思わせるやり取りを望んだ理由がわかる気がした。
「でもな、前に言うたやろ? 家にトラ猫が棲みついてな。その子がほんま可愛くて癒やされてたなぁ。大きくなったらいつの間にかおらんようなってんけど、そうか、江戸に来てたんかと」
宗光の唇がうなじに触り、生暖かい湿りでぺろぺろと舐め上げる。
「ちょ……俺、その猫じゃないぞ。ていうか、まさかホントに俺が猫と重なるから気に入ったわけ?」
「ははは、冗談や……うん? いや、ちょっとはあったかもな。まぁ好みの質ってことや。陰間ってわかってんのに一目見て気に入ったのは確かやもんな。……それに……」
「……保科……様のこと……?」
そっと宗光に顔を向けると目が合った。宗光は自嘲気味に浅く笑って続ける。
「……忠彬は十三になってから二年のあいだ、淀橋屋の本家に来てたんやけど……その前からも江戸の忠彬の話は聞いてはいたけどな……もう出来上がっててな。普段から兄貴や弟と比べられることはあったけど、まさか同い年の従兄弟とまで比べらるとは思わんくて、ちょっとキタな」
宗光は「ふぅ」と短いため息をついて、話を続けていいか? と窺うように俺を見る。
俺はずれかけていた体の位置を戻し、宗光にもたれ直して返事の代わりにした。
宗光も俺の耳たぶに唇を落としてから、軽く息を整える。
「あの頃から忠彬は聡いし正しかった。だからあの家で俺の居場所がないのをすぐに察して……」
宗光の視線が、俺から対面の壁あたりへと焦点なく移った。
「ある日言ったんや……どうして宗光を蔑ろにされるのですか? お母上は違えど宗光は間違いなく淀橋屋の次男。今のなされようではあまりに宗光が不憫です……ってな」
宗光だけがいつも家族の輪から離されていて、極端に言えば保科様自身の方が宗光より丁重に扱われていることに違和感を感じたのだろう。
実直な保科様らしいな、と俺は思った。
けれど宗光は違った。
「それで俺、気づいたんや。忠彬に可哀想やと思われてるんやな、って」
「……それは……! 保科様はそんな意味で言ったんじゃ……!」
「ああ、そうや。十三の正義感から出た言葉や。でもな、誰からも愛されて、一つの染みもないような人間が、本当の意味でそんな奴の立場に立てると思うか? 忠彬のは同情でもない。あれは……憐れみや」
違う、と言いたくて首を振るけど、声には出なかった。宗光本人が過去に感じた思いを拭うことなんてできないんだから。
「それからあっちにおるあいだ中、忠彬は俺に優しくし、気遣い、情けを施した。……自分が情けなかったなあ。ただ、それで初めて、このまま腐りたくない、忠彬に負けたくないって思って、やる気出せたからなー。まあ、忠彬のおかげで今があるのは否めんから感謝はしてる。憎いわけでもない。
けどな、どっか根っこに引っかかったままなんやろな……いつか忠彬を苦悩に満ちた顔にさせたいと思ったのは」
宗光が俺の頬に手をかける。
出会ってすぐの頃にも同じ体勢で言われた。
『だから俺、見たいねん。必死になったことがない忠彬のお気にの百合ちゃん、滅茶苦茶にしたらどんな顔すんのかな?』と。
あの時は宗光の狂気じみた冷たい表情に背筋に冷たいものが走った。
でも今は……。
「なんでそんな顔してんだよ……宗光がそう言う顔になってんじゃん」
頬に当てられた宗光の手に手を重ねた。
宗光はそうされたまま額を寄せる。
「最初は、百合ちゃんは単に好みやし、忠彬のお気に入りやしで適当に遊んで……それこそ忠彬の鼻を明かす為や自分の商売を乗せるのに利用してやろうと思ったんや。でも一緒におるうちにそんなん吹き飛んでた。
なんやろな。百合ちゃんとおったら素直な自分になれる。百合ちゃんの純粋なとことか、感情が真っ直ぐなとことか見てたら、虚勢とか肩肘張ってたんが自然に取れた。ずっと一緒におりたいと願うのは俺の方や」
合わさっていた額が少し離れ、代わりに唇が重なる。触れるだけのキスは唇を軽く圧して静かに離れた。
「宗光、でも俺……」
宗光の気持ち、凄く嬉しい。けれどそんな背景を語った上での言葉がどれだけ真剣であるかがわかるからこそ、情に流されているのかもしれない自分じゃ、応えられない気がした。
「わかってる。百合ちゃんがまだ俺を客の延長線でしか見てないことも……忠彬への思いも。やから本当に俺を見てくれるようになるまで待つし、なんなら俺は百合ちゃんの過去の気持ちも一緒に引き受ける。さっきも言ったけど、愛や恋なんて名前だけや。互いを必要とし合えるなら愛情の形も、男や女とかも関係ないと俺は思ってる。
なぁ、俺は絶対に百合ちゃんを泣かさんし幸せにしたる……信じろ。そんで、願いごとは全部俺に言え。絶対に叶えたる」
強い言葉に惹かれる。
身を任せれば、宗光の言うように幸せになれるんだろう。
自分で運を引き寄せてきた宗光の言葉を信じるのは容易い。でも、だからこそ、俺自身が宗光の思いに値する人間になりたいと思う。
「ありがとう、宗光。俺、ちゃんと答えを出すね。宗光とのこれからのこと、それから自分の将来のこともひっくるめて」
「……おーい。そこは考えんと即行で寄りかかるとこちゃうんかい! 百合ちゃんは変なとこで生真面目って言うか、頭が固いというか」
宗光がため息混じりにこぼして頭を振った。
はあ、ヤレヤレ、とでも言うように。
「うるさい。関西人とは思考回路が違うんだよ」
「なんやそれ」
言い合ってから、二人で「プッ」と吹き出し、褥へと身を落とす。
宗光からの贈り物のふかふかの褥はやっぱりあったかい。絶対に俺に痛い思いをさせない……まるで宗光みたいだ。
その褥で宗光に包まれて、俺は幸せな気持ちで眠りに落ちた。
11
あなたにおすすめの小説
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
寄るな。触るな。近付くな。
きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。
頭を打って?
病気で生死を彷徨って?
いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。
見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。
シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。
しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる