枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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大華繚乱

理由

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  「俺なぁ、妾の子やねん」

  二人で同時に果てたあと、宗光の胸を背もたれに、右膝を肘掛けにした贅沢な座椅子に体を預けていた。

  「母親は体が弱くてなぁ。八つの時に先立って、俺は本宅にやられたんや」

  自分のことは詮索するなと言っていた宗光が、独りごちるように話す。俺はそれを黙って聞いていた。

  「本妻さんは男二人を産んでるから……一応俺には兄貴と弟な……母親が元気なら俺が本宅に行くことはないはずやってんけどな」
 
  この時代、妾がいるのは珍しいことではなく、女性の職業として認められ「口入れ屋」という妾斡旋所まであるくらいだ。
  大名は別として、商家や医者の妾の住居は大概は亭主の屋敷外にあり、位によっては長屋住まいの妾もいる。

  そう言った屋敷外に住む妾の場合は特に、性的欲求を満たす専用遊女的な意味合いが大きく、子孫を残す為に囲われていたわけじゃない。
  その妾が産み、遺した子である宗光の存在は、本宅、本妻にとっては目の上のたんこぶでしかなかったのだろう。
 
  「こっちはそれまで自由奔放に暮らしてたわけやん。寺子屋にも行ったことない、上流の躾もされてない八つの俺には窮屈やったなあ。親父は優しかったけど忙しくて家にはおらんし、本妻さんと兄貴達には嫌われててな。俺、あの家の中でいっつも一人で……」

  ……ああ、だからなのかな。
  宗光が契約の中に家族を思わせるやり取りを望んだ理由がわかる気がした。

  「でもな、前に言うたやろ? 家にトラ猫が棲みついてな。その子がほんま可愛くて癒やされてたなぁ。大きくなったらいつの間にかおらんようなってんけど、そうか、江戸に来てたんかと」

  宗光の唇がうなじに触り、生暖かい湿りでぺろぺろと舐め上げる。

  「ちょ……俺、その猫じゃないぞ。ていうか、まさかホントに俺が猫と重なるから気に入ったわけ?」

  「ははは、冗談や……うん? いや、ちょっとはあったかもな。まぁ好みのタチってことや。陰間おとこってわかってんのに一目見て気に入ったのは確かやもんな。……それに……」

  「……保科……様のこと……?」

  そっと宗光に顔を向けると目が合った。宗光は自嘲気味に浅く笑って続ける。

  「……忠彬は十三になってから二年のあいだ、淀橋屋の本家に来てたんやけど……その前からもの話は聞いてはいたけどな……もう出来上がっててな。普段から兄貴や弟と比べられることはあったけど、まさか同い年の従兄弟とまで比べらるとは思わんくて、ちょっとな」

  宗光は「ふぅ」と短いため息をついて、話を続けていいか? と窺うように俺を見る。
  俺はずれかけていた体の位置を戻し、宗光にもたれ直して返事の代わりにした。
 宗光も俺の耳たぶに唇を落としてから、軽く息を整える。

  「あの頃から忠彬は聡いし正しかった。だからあの家で俺の居場所がないのをすぐに察して……」

  宗光の視線が、俺から対面の壁あたりへと焦点なく移った。

  「ある日言ったんや……どうして宗光を蔑ろにされるのですか? お母上は違えど宗光は間違いなく淀橋屋の次男。今のなされようではあまりに宗光が不憫です……ってな」

  宗光だけがいつも家族の輪から離されていて、極端に言えば保科様自身の方が宗光より丁重に扱われていることに違和感を感じたのだろう。
  実直な保科様らしいな、と俺は思った。

  けれど宗光は違った。
  「それで俺、気づいたんや。忠彬に可哀想やと思われてるんやな、って」

  「……それは……! 保科様はそんな意味で言ったんじゃ……!」

  「ああ、そうや。十三の正義感から出た言葉や。でもな、誰からも愛されて、一つの染みもないような人間が、本当の意味での立場に立てると思うか? 忠彬のは同情でもない。あれは……憐れみや」

  違う、と言いたくて首を振るけど、声には出なかった。宗光本人が過去に感じた思いを拭うことなんてできないんだから。

  「それからあっちにおるあいだ中、忠彬は俺に優しくし、気遣い、情けを施した。……自分が情けなかったなあ。ただ、それで初めて、このまま腐りたくない、忠彬に負けたくないって思って、やる気出せたからなー。まあ、忠彬のおかげで今があるのは否めんから感謝はしてる。憎いわけでもない。
 けどな、どっか根っこに引っかかったままなんやろな……いつか忠彬を苦悩に満ちた顔にさせたいと思ったのは」

  宗光が俺の頬に手をかける。
  出会ってすぐの頃にも同じ体勢で言われた。
 『だから俺、見たいねん。必死になったことがない忠彬のお気にの百合ちゃん、滅茶苦茶にしたらどんな顔すんのかな?』と。

  あの時は宗光の狂気じみた冷たい表情に背筋に冷たいものが走った。
  でも今は……。

  「なんでそんな顔してんだよ……宗光がそう言う苦しい顔になってんじゃん」
 
  頬に当てられた宗光の手に手を重ねた。
  宗光はそうされたまま額を寄せる。

  「最初は、百合ちゃんは単に好みやし、忠彬のお気に入りやしで適当に遊んで……それこそ忠彬の鼻を明かす為や自分の商売を乗せるのに利用してやろうと思ったんや。でも一緒におるうちにそんなん吹き飛んでた。              
 なんやろな。百合ちゃんとおったら素直な自分になれる。百合ちゃんの純粋なとことか、感情が真っ直ぐなとことか見てたら、虚勢とか肩肘張ってたんが自然に取れた。ずっと一緒におりたいと願うのは俺の方や」 

 合わさっていた額が少し離れ、代わりに唇が重なる。触れるだけのキスは唇を軽く圧して静かに離れた。

  「宗光、でも俺……」
  宗光の気持ち、凄く嬉しい。けれどそんな背景を語った上での言葉がどれだけ真剣であるかがわかるからこそ、情に流されているのかもしれない自分じゃ、応えられない気がした。

  「わかってる。百合ちゃんがまだ俺を客の延長線でしか見てないことも……忠彬への思いも。やから本当に俺を見てくれるようになるまで待つし、なんなら俺は百合ちゃんの過去の気持ちも一緒に引き受ける。さっきも言ったけど、愛や恋なんて名前だけや。互いを必要とし合えるなら愛情の形も、男や女とかも関係ないと俺は思ってる。
 なぁ、俺は絶対に百合ちゃんを泣かさんし幸せにしたる……信じろ。そんで、願いごとは全部俺に言え。絶対に叶えたる」

  強い言葉に惹かれる。
  身を任せれば、宗光の言うように幸せになれるんだろう。
  自分で運を引き寄せてきた宗光の言葉を信じるのは容易い。でも、だからこそ、俺自身が宗光の思いに値する人間になりたいと思う。

  「ありがとう、宗光。俺、ちゃんと答えを出すね。宗光とのこれからのこと、それから自分の将来のこともひっくるめて」

  「……おーい。そこは考えんと即行で寄りかかるとこちゃうんかい! 百合ちゃんは変なとこで生真面目って言うか、頭が固いというか」

  宗光がため息混じりにこぼして頭を振った。
  はあ、ヤレヤレ、とでも言うように。

  「うるさい。関西人とは思考回路が違うんだよ」

  「なんやそれ」

  言い合ってから、二人で「プッ」と吹き出し、褥へと身を落とす。

  宗光からの贈り物のふかふかの褥はやっぱりあったかい。絶対に俺に痛い思いをさせない……まるで宗光みたいだ。

  その褥で宗光に包まれて、俺は幸せな気持ちで眠りに落ちた。
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