枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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大華繚乱

簪(かんざし)

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  翌日、俺と宗光は見世の休みを利用して浅草に遊びに来ていた。
  浅草と言えば浅草寺に仲見世、本歌舞伎三座や見世劇場が立ち並ぶ江戸の一大観光地で、同伴を楽しむにはもってこいの場所だ。

  「もう俺以外には抱かせへんから」と言った宗光は、陰間の体臭や腸の管理のために禁止されている食べ物も好きなだけ食べろと言い、昼食には鰻を選んで店に入った。

  「くっ……美味しい……美味しすぎるっ……」
  東京にいた時でも贅沢品の天然鰻に俺はご満悦で、宗光もそれを見て愉しそうに笑っている。

 
  「このあとはどうする? 因果地蔵さんを参ってから寄席でも見るか?」
  「いいね。じゃあその途中、仲見世で茶屋の子達にお土産も買って行こうかな」

  華屋のトップに立った俺は、下の子達への心付けを忘れてはならない。
  使えるものか食べ物、どっちがいいかなぁ? なんて話をしていたら「淀橋屋様!」と声がして、あとから店に入って来た客の一人が宗光の名を繰り返し呼びながら近づいて来た。

  宗光の取引相手らしい、いかにも商人風情の男は鰻屋に来ておいて席にも着かず、話す時間をくれと宗光に頼み始める。

  「今は私用や。また別にしてくれ」
  「そうは言われましても、見えるのはいつも使いの方ばかりではありませんか。こうして出会えたのも縁。どうかお願いします」

  宗光は袖に振って相手にもしないけど、男が必死に頼み込んでいるものだから、仕事のことはわからない俺がつい言ってしまった。

  「宗光様。私なら外の川の柳の下に隠れて待っているから聞いてあげて下さい」と。


  ***


  困り顔をしながらも「すぐ終わらせるから」と言った宗光と離れて既に半時。
  大きな柳の下、ちょうど枝で体が隠れる部分があって、俺はそのすぐはたにある橋の欄干に手をかけて身を落ち着けていた。

  川をのぞけば小さな魚が泳ぎ、欄干の先を見れば雀の子がちゅんちゅんとさえずっている。背中には春先の温かい日差しが当たり、そののどかさについウトウトとしかける。

  「百合?」
  そこに声がして、俺に影がかかった。水面にはぼんやりながらも声の主の姿が映る。

  「保科様?」

  「ああ、やはり百合だ。どうしたのだ、また金剛まわしも付けずにこんな所で……」
  「ち、違います。今日は宗光……様、と一緒なんで!」

  また心配されちゃう。俺は急いで返答した。
  だけど保科様は眉をひそめてあたりを見回した。

  「一緒……しかし宗光の姿がないではないか。芸子を一人にさせるなんて、宗光はどこへ?」

  「仕事の関係の方と会ったので、少しお話をして下さいと私が言ったんです。私は隠れていれば大丈夫かな、と……保科様には見つかってしまいましたが」

  へへ、と笑うと、保科様もため息はつきつつ表情を緩めた。
  いつものお付きの小早川様もいて、俺に会えたことを喜んでくれる。そして、断ったけど、俺が心配だからと宗光が戻るまで二人がそばに居てくれる話になったのだけど……正直落ち着かない。

  昨日宗光に「忠彬のお気に入りの百合ちゃん」やら「百合ちゃんの忠彬への思いはわかってる」なんて言われたせいだ。

  ────俺と保科様にはなにもないよ。保科様は俺を華屋に入れた責任で気にかけて下さるだけだし、俺も……憧れてるだけだから。

  昨夜、宗光には改めてそう伝えた。
  「なにもなかった」は違うのかもしれないけれど、これから先、なにも起こりはしないのだから同じことだ。
 だから普通にしてればいい。

  「……保科様はお仕事で浅草へ?」

  「あぁ。大和屋さんの所にね。それより百合、宗光はどうだ? 宗光は時々突飛なことを言う部分があるから百合に気苦労をかけていないと良いが」

  「あ、あの、大丈夫です。宗光……様は私をとても大切にして下さいます。確かに突飛なところはありますけど、そういうところも魅力ですのでご心配には及びません」

  保科様と宗光の話をするのは避けた方がいい気がして、早口で言ってしまったけど、なんだか失礼な言い方をしてしまったかもしれない。

  ちらりと保科様の表情を窺うと、保科様は曖昧に「うん」と頷いていた。そして、ふと視線をずらすと、通りを歩く行商人に目を留めて声をかけた。

  行商人は背中に重そうな包みを背負い、手には大きな板を持っている。
  板には十数本のかんざしが飾られていて、保科様はその中から百合をあしらった繊細な作りの一本を選んで商人から受け取った。

  「百合、顔をこちらへ」
  保科様の手が俺の頬にかかる。
  え? と思った時にはもう、髪にその簪を挿されていた。

  「あぁ、やはり良く似合うな。百合に贈ろう」
  そう言って柔らかく微笑む。  
 

  え? なんで? ──江戸時代、簪を送るというのは、現代での「指輪を送る」ことに相当する。
  つまりは恋心を伝える贈り物、極端に言えば婚約指輪だ。


  陰間の場合は、馴染みの客が舞台で使う頭飾りや簪を送ってくれて、その質や量で送られた陰間の価値を量ったりはする。
  勿論俺も菊華になった頃から多くの簪を送られていて、自分だけじゃ使いきれないから下の陰間に譲ることもあるくらいだ。
  だからもらい慣れてはいるはずなのだけど……。

  どうして客でもない保科様が、茶屋でも見世でもないこんな場所で俺に簪を? 保科様、意味を知らないわけはないよな?

  「あの、保科様……。私は陰間おとこですし、お客様でもない方から、それも見世用ではない簪を頂くわけには……」

  狼狽える俺と小早川様の目が合う。小早川様は保科様と同じように微笑み「百合殿、本当に良くお似合いですよ」と言った。

  いやいやいやいや、そうじゃなくてさ。

  「あぁ、ほら、宗光が店から出てきたようだね。私がいては気を良くしないだろう。ここで失礼するよ。百合、また顔を見に伺うよ」

  「え、保科様っ……!」

  保科様は背を向け、小早川様と共に颯爽と歩き出された。
  それを追うこともできない俺は、鰻屋の方にも視線を送る。
  宗光はこちらに背を向け、商人から何度も頭を下げられている様子で、俺にも、勿論保科様達にも気づいていなかった。


  簪、どうしよう……。
  簪に触れると思ったより深く挿さっていて、外すと髪が乱れてしまいそうだ。

  悩んでいるうちに宗光が一人になり、あたりを見回して俺を探し始める。
  このまま姿を見せないわけにもいかない俺は、意を決して小走りで宗光の元へ走った。

 「百合ちゃん! ごめんな、長くなって。大丈夫やったか? ……あれ? こんなんしてた?」
  俺を見るとすぐに髪に手を伸ばして簪を見る。

  「あ、えっと。待ってる時に……買った……」

  「そうなん? 俺が買ってやったのに。でも似合うな。かわいい」

  胸がちくんと痛んだ。

  嘘をついたこと、宗光の疑いのない笑顔と言葉への罪悪感。
  そして、きっとこの簪を捨てられないことへの罪悪感で────
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