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ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎
Love situation 1
しおりを挟む『君を見つけた奇跡/この世界でただ一人の君に出会えたこと/幸せだよ/君が好きだから/僕は強くなれる/もう決して離さない/例え離れても/君を見つける/願えば必ず叶うから』
────なるほど、百合へ向けた曲だったのか。
昼過ぎからの仕事へ向かう移動の車中、昨夜の音楽番組のVTRをチェックしながら、柳田楓真は小さく頷いた。その片手にはスマートフォン。
明日、悠理を夕食に誘っている。
その店の場所を伝える為、悠理にスマホメッセージを入れたのが今朝。返事は今しがた届いたところだ。
マネージャーに調べさせたところ、今日の午前は悠理はオフのはずだ。寮への引っ越し作業を考慮してとのことだった。しかし悠理は寮には姿を表さず、知り合いの家で暮らすことになったと事務所へ連絡があったと言う。
知り合いって誰だ? しかも午前オフなのに返信が来ない……と思っていたら、メッセージの返信内容で全て合点がいった。
「保科様に会えたよ! 楓真びっくりするなよ。保科様が「謎のプロデューサーA」だったんだよ。あ、これ内緒ね。まだ顔出しはしないみたいだから。で、明日は保科様も一緒に行くからって。ちなみに保科様は今は篠宮彬さんて名前だよ。じゃあ明日」
(つまりだ。悠理は保科様……篠宮彬と一緒に暮らすってことか。しかも今朝まで熱い時間を過ごしたと)
チッ、と舌打ちが出る。
楓であった時代に尊敬していた保科忠彬でも、現世に転生していて欲しくなかった。百合と再会をして、恋のやり直しができることを期待していたのだから。
柳田楓真は、江戸時代で市山屋楓雅として六十数年の人生を終え、平成に生まれ変わった。
十歳あたりから江戸の記憶がちらつくようになり、勿論最初は戸惑いを感じたが、芸能一家に生まれた楓真には……というより市山屋楓雅だった彼は想像力も柔軟性も高い。
高校生になる頃には記憶が補完され、sakusi-doとしてデビューした十七歳からは現代には存在していないかもしれない百合を、どんな小さな手がかりでも見逃すまいと必死に探してきた──まさか芸能界にいたとは灯台下暗しではあったが──
観光者の浅草撮影動画が発端で、ネットニュースに小さく取り上げられた少年の記事。馬鹿な奴がいるなと思う反面、なぜか「吾妻橋から飛び降り」「川で溺れた」「俳優志望」のキーワードは楓真の胸を騒がせた。
コネクションを最大限に使い、少年の身元と事務所を洗い出して宣材データを確認した時の、あの慟哭は言い表せるものでは無い。
「鏑木悠里」はICUにいて、他人であり、有名な芸能人である楓真が直接面会に足を運ぶことはできなかったが、楓真は確信していた。彼は間違いなく百合なのだと。
記憶の有無はわからない。けれど記憶があるとしたら、百合の花に添えた楓の形のメッセージカードで気づくだろう。
──やっと見つけた。待ってる。
──早く目覚めろ。
──共に芸能界を盛りたてよう。
気づけ、思い出せ、会いに来い──
そして、連絡は来たのだ。
(今度は俺が最初に見つけたのに……)
事務所を通してではあったが、百合と繋がった日の興奮と歓喜の涙を踏みにじられた気がして、二度目の舌打ちをし、楓真は黒塗りの車の窓に頭をもたせかけた。
頭に百合の笑顔が浮かぶ。
最初はいけ好かない奴だと思った。なのに次第に惹かれていき、純真で真っ直ぐな百合を愛するようになるのに時間はかからなかった。
気持ちをはっきりと自覚したのは百合が刃傷沙汰に巻き込まれた時だ。
盃を交わした最初の客が百合の別の客の首を跳ね、それを目の当たりにした百合は錯乱して大変だった。
勿論、旦那と女将に言われなくとも「大華」としてケアしてやるつもりだった。百合が忠彬を追い求め、そばにいて欲しいと願っていたのは知っている。忠彬もまた、百合を守ってやりたいと痛切に思っているだろうということも。
──どうせそばにはいてやれないくせに……だからその分、華屋の中では恐らく一番に百合からの信頼を受けている自分が百合を守り、甘やかし、癒やしてやろう。そう思った。
百合は可愛かった。
楓に全信頼を預けて、心も体もぴたりと寄せてくる。女形とは言え、男なのに誰よりも柔らかくて甘い香りがした。
気持ちを落ち着ける為に頬や額に口づけをしてやるとふにゃりと笑う。何度でもその顔が見たくなって、しまいにはその顔を独り占めしたくなって、大華の仕事を制限するまでになってしまった。
恵まれた容姿と生まれ持った才能で、周りから一目置かれる孤高の存在と言われた大華の楓が、若草や小花がやる「一切り」をやってでも夜は百合と過ごした。
思惑通り、百合は楓に依存した。
百合は楓より一つ年下なだけなのに──実際は年を誤魔化していた百合が二つ上だったのは昨日聞いたが──寂しがりやで甘やかされるのに弱い。唇へのキスだって受け入れ、舌を絡めてさえくる。
世話の一つだよ、と言って優しくすれば、体に触れるのも口淫さえも拒否しない。涙をたくさん浮かばせて、懸命に楓に縋ってくる。
(可愛い)
(可愛い)
(可愛い……愛しい……自分のものだけにしたい)
けれど楓は「大華」だった。
芸子同士、それも男同士で情を交わすことは固く禁じられていて、それを犯すのは楓の芸根性に反していた。
自分は将来、歌舞伎の世界で身を立てるのだから───没落した公家に生まれ、親族からの期待を一心に浴びて華屋入りをし、あっという間に大華に昇りつめた楓。
自分の立身出世はもう自分だけのものではなく、親兄弟のみならず華屋の面々、ひいては歌舞伎界全体的の希望でもある。
楓はそれを弁えていたから一度は百合から離れようとした。
けれど。
忠彬が仕事で大阪に行くと伝えに来た夜、少しも百合のそばにいてやらなかった忠彬をひたすらに思い、胸を焦がす百合を見て、無性に胸が痛く、熱くなった。
(そばにいてやったのは俺なのに)
気づくと百合をかき抱き、愛を請いていた。そして百合も楓を受け入れた。楓にはそれが「依存」の延長であることがわかっていたけれど。
(それでも、百合がくれた愛は本物だった)
車から降り、建物の裏口から入る。
「坊ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま」
部屋弟子の声に笑顔で答える。着いた先は市山座の稽古場だ。
昼からの仕事はJPKの「歌舞伎の世界へようこそ」という番組の収録だった。
若い世代にも気軽に歌舞伎に触れてもらうのを目的に、柳田楓真を水先案内人にして歌舞伎情報をわかりやすく伝える内容で、顔面国宝の人気ナンバーワンアイドルが三十分出ずっぱりの番組は高い視聴率を誇っている。
百合がいなければ現代の自分はいなかったと心底思う。
あの時──市山屋から、百合とは別れて一人娘との縁談を命じられた時──全てを捨てて百合と生きて行こうと思った。
才能や容姿に恵まれているとは言え、芸以外のことはなにもできない楓が芸を捨ててしまったら、人生を捨てるのと同じだ。
それでも。
楓には百合が新しい人生だと思えた。百合となら、どんなに貧しくてもきっと支え合って愛し合って生きていけるはずだと。
結果的に二人は別れたが、楓には痛いほど伝わった。自分が全てを捨てようとしたのと同じで、百合は自分の幸せを捨てでも楓の人生を守ってくれたのだと。
だから、がむしゃらに頑張った。
一刻も早く歌舞伎の世界で身を立て、市山座を後世に残る座に仕立て上げる。子を成し、あとに繋いで行く……陰間だった楓にとっては、愛していない相手を抱くことは造作もない。子供を作り育てることも、目的達成手段のひとつとして捉えた。
──それが終われば必ず百合を迎えに行くんだから。
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