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ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎
Love continues 1(番外過去編)
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米市場に設けられた櫓に乗った男が大きな白旗を振っている。
男は「手旗信号士」と言われる熟練の旗振りだ。
江戸時代、大阪の米市場では米を証券化した「米切手」が取引されていた。その相場を各地に伝達することを「旗振り通信」と言い、その役割を担うのが「手旗信号士」である。
「はぁ~今日も市場は騒がしいなぁ」
無理矢理に市場に連れて来られた宗光は、長着の袖に両腕を突っ込み、まるで興味がなさそうに呟いた。
江戸から大阪に戻ると、父親と兄にたんまり叱られた。
「誰にも迷惑かけんと俺の力でやって行くから口出さんといてくれ」と豪語していたのに、江戸で問題を起こし、父の妹の嫁ぎ先である江戸の保科家にも迷惑をかけたのだから当然だ。
だが、父と兄が叱ったのは外聞が悪いからだけではない。二人とも宗光のことを心から気にかけていたのだ。
それが二人の様子からは見て取れて、宗光は目が二倍大きくなるほどに驚いた。そして……嬉しかった。義母と弟は、相変わらずではあったけれど。
それで、淀橋屋の家業である米取引を覚えるように言われて素直に従ったのだが、やはり性に合わないらしい。
「俺はこういうがちゃがちゃしてるんやなくて、こう、繊細なものの方がやっぱ合うんよなぁ」
聞いた兄は「根っからのお祭り人がなんや。風流のふの字も知らんくせに」と言った。
(なに言うてんねん。俺は歌舞伎も陰間茶屋も嗜んだ男やで)
宗光はそう言おうとして、胸の中に梳くような空虚さを感じ、止める兄の声を背中にして市場を出た。
江戸から戻って一ヶ月。
忙しい大阪の人間は、淀橋屋の次男の不祥事について一通り面白おかしく話題にしたあとは、すっかり忘れて日々の暮らしに勤しんでいる。
宗光もまた、大阪では変わらず需要がある仕事に精を出し、放っておいても金に惹かれた女が寄ってくるし、淀橋屋にもわずかながら居場所ができたことで、こうして家業に呼ばれたりして過去なんか省みている暇などない。
ないのに。
「なんや、またできひんの?」
互いにしどけない姿で絡み合うのはぽってりした紅い唇と豊満な胸を持つ女盛り。
大阪に戻ってすぐ、酒屋で居酒をした時に相席した八重と言う艶女だ。
「淀橋屋宗光」を知っていて声をかけてきたのはわかっていた……宗光は他人を駒のように使い、使い処がなくなればすぐに手放す男だと認識されている……が、その方が後腐れがなくて良かった。
「……あかんわぁ。悪いな」
ばたん、と八重の隣に体を投げ出す。今日も宗光の茎は柔いままだった。八重はそんな宗光の胸に頭をもたれさせて「難儀やねぇ、江戸で色恋の方もなんかあったん?」と聞いた。
「いや?別に……」
宗光がそれっきり黙って目を閉じるから、八重はため息をこぼして体を起こし、乱れた着物を直して部屋を出て行った。
(江戸でなにがあったなんか……)
誰にも言いたくない。弄んでやろうと手を出した陰間に虜にされて、挙句捨てられたなんて。
(違う。俺は百合ちゃんの願いを叶えてやったんや)
「……百合」
この一ヶ月、名前を口にしなかった。瞼を閉じれば容易に浮かぶ、ふにゃりとした笑顔を必死に追い払ってきた。
なのに、回顧を一度許してしまえば思い出は一度に湧いて出て、宗光の胸を酷く締め付ける。
好きだった。
今まで愛には期待せず、ひとかけらの執着もなかった自分が初めて手放したくないと望んだ相手だった。
どんな関係でもいい。夫婦や恋人、兄弟や親友……そして家族。そのどれでも、この先の人生を共にしたいと強く願った。
そしてそれを「愛」と言うのだと知った。
────親や兄弟はこんなことせんけどな
そうやって口づけして優しく触れてやると、百合は目にいっぱい涙を溜めて体を任せてきた。
半分は陰間としての仕事だっただろうが、半分は宗光への情が感じ取れて、彼の気持ちを昂揚させた。
本気にさせたい。気持ちを全て自分に向かせたい。大阪を捨ててでもそばにいると約束するから。
家族愛に飢えた結果、愛を求めなくなった宗光とは逆に、愛に飢えている百合が強く愛を欲しているのはすぐにわかった。
優しくし、甘やかし、常にそばにいる。なにもかも受け止める。そうすることで百合を満たしながら、宗光自身も満たされて行った。
二人の関係は、与えて与えられる理想的なもので、このまま続いて行くはずだと思われた────百合の心の奥底に消しきれない恋心があるのは知っていたけれど。
(やのに、しくったよなぁ……)
手の甲で瞼を覆う。
後悔が押し寄せて、苛立ちさえ覚える。
百合にかまけて仕事を怠ったこともそうだが、何より忠彬にけしかけたこと。
百合は自分のものだと誇示したくて、目の前で百合にべたりと触れた。
忠彬が知らないであろう、褥での百合の淫れた姿を細かに教えた。
百合から引き離したくて……百合に似た陰子を押し付けた。
けれどそれは全て裏目に出て、百合の忠彬への気持ちを揺すり起こす結果になった。そして、忠彬が押し殺していた百合への気持ちも。
(コスいことはあかんな)
百合は己の余裕のなさには気づいていたのだろうか?
囲うことでしか愛を伝えられなかった自分の稚拙さを。
全てを捨ててもそばにいてやると約束した宗光とは違い、別れの日、自身の夢を捨てられないと百合は声を荒げた。いつも、宗光が無茶を言えば、困ったような不貞腐れたような可愛い顔は見せたが、そんなふうにしたことなどなかったのに。
その百合が唯一強く訴えたこと。
「江戸で一番の女形になるんだ」
それを聞いた時、宗光は言った。
───これ以上惨めにさせんとってくれ。百合ちゃんは結局、全部を捨ててまで俺を選べんてことや
本当に惨めだった。 百合に選ばれなかったからじゃない。
自分は、百合をお人形のようにそばに置こうとしていたんだと気づいたから。
百合が陰間の仕事にも、見世舞台の仕事には特に、誇りを持って真剣に取り組んでいると知っていたのに、それを取り上げようとした自分の余裕のなさが情けなかった。
自分は捨てるのにお前は捨ててくれないのか、なんて。
(なんて馬鹿なことを)
だからすぐに「帰れ」と言った。
これ以上百合を引き止めて情けない姿を見せたくない。
優しい百合が背中の後ろで震えて泣いているのは痛いほどに伝わったけれど、振り返れば大の男の自分の憫然な姿を晒してしまう。
感触を覚えた腰に、今にも伸びそうになる手を拳にして必死で制した。
(早く、早く行け)
まるで祈るように心で繰り返して。
「宗光様、感謝しております」
最後の最後。大好きだったその声で「客」に対して言う形式の言葉を「陰間」として絞り出す百合。涙を押し殺して苦しそうに息をする百合。
(違う、そんなんさせたかったんやない……)
気づいたら、部屋から出て行く百合を抱きしめていた。
男は「手旗信号士」と言われる熟練の旗振りだ。
江戸時代、大阪の米市場では米を証券化した「米切手」が取引されていた。その相場を各地に伝達することを「旗振り通信」と言い、その役割を担うのが「手旗信号士」である。
「はぁ~今日も市場は騒がしいなぁ」
無理矢理に市場に連れて来られた宗光は、長着の袖に両腕を突っ込み、まるで興味がなさそうに呟いた。
江戸から大阪に戻ると、父親と兄にたんまり叱られた。
「誰にも迷惑かけんと俺の力でやって行くから口出さんといてくれ」と豪語していたのに、江戸で問題を起こし、父の妹の嫁ぎ先である江戸の保科家にも迷惑をかけたのだから当然だ。
だが、父と兄が叱ったのは外聞が悪いからだけではない。二人とも宗光のことを心から気にかけていたのだ。
それが二人の様子からは見て取れて、宗光は目が二倍大きくなるほどに驚いた。そして……嬉しかった。義母と弟は、相変わらずではあったけれど。
それで、淀橋屋の家業である米取引を覚えるように言われて素直に従ったのだが、やはり性に合わないらしい。
「俺はこういうがちゃがちゃしてるんやなくて、こう、繊細なものの方がやっぱ合うんよなぁ」
聞いた兄は「根っからのお祭り人がなんや。風流のふの字も知らんくせに」と言った。
(なに言うてんねん。俺は歌舞伎も陰間茶屋も嗜んだ男やで)
宗光はそう言おうとして、胸の中に梳くような空虚さを感じ、止める兄の声を背中にして市場を出た。
江戸から戻って一ヶ月。
忙しい大阪の人間は、淀橋屋の次男の不祥事について一通り面白おかしく話題にしたあとは、すっかり忘れて日々の暮らしに勤しんでいる。
宗光もまた、大阪では変わらず需要がある仕事に精を出し、放っておいても金に惹かれた女が寄ってくるし、淀橋屋にもわずかながら居場所ができたことで、こうして家業に呼ばれたりして過去なんか省みている暇などない。
ないのに。
「なんや、またできひんの?」
互いにしどけない姿で絡み合うのはぽってりした紅い唇と豊満な胸を持つ女盛り。
大阪に戻ってすぐ、酒屋で居酒をした時に相席した八重と言う艶女だ。
「淀橋屋宗光」を知っていて声をかけてきたのはわかっていた……宗光は他人を駒のように使い、使い処がなくなればすぐに手放す男だと認識されている……が、その方が後腐れがなくて良かった。
「……あかんわぁ。悪いな」
ばたん、と八重の隣に体を投げ出す。今日も宗光の茎は柔いままだった。八重はそんな宗光の胸に頭をもたれさせて「難儀やねぇ、江戸で色恋の方もなんかあったん?」と聞いた。
「いや?別に……」
宗光がそれっきり黙って目を閉じるから、八重はため息をこぼして体を起こし、乱れた着物を直して部屋を出て行った。
(江戸でなにがあったなんか……)
誰にも言いたくない。弄んでやろうと手を出した陰間に虜にされて、挙句捨てられたなんて。
(違う。俺は百合ちゃんの願いを叶えてやったんや)
「……百合」
この一ヶ月、名前を口にしなかった。瞼を閉じれば容易に浮かぶ、ふにゃりとした笑顔を必死に追い払ってきた。
なのに、回顧を一度許してしまえば思い出は一度に湧いて出て、宗光の胸を酷く締め付ける。
好きだった。
今まで愛には期待せず、ひとかけらの執着もなかった自分が初めて手放したくないと望んだ相手だった。
どんな関係でもいい。夫婦や恋人、兄弟や親友……そして家族。そのどれでも、この先の人生を共にしたいと強く願った。
そしてそれを「愛」と言うのだと知った。
────親や兄弟はこんなことせんけどな
そうやって口づけして優しく触れてやると、百合は目にいっぱい涙を溜めて体を任せてきた。
半分は陰間としての仕事だっただろうが、半分は宗光への情が感じ取れて、彼の気持ちを昂揚させた。
本気にさせたい。気持ちを全て自分に向かせたい。大阪を捨ててでもそばにいると約束するから。
家族愛に飢えた結果、愛を求めなくなった宗光とは逆に、愛に飢えている百合が強く愛を欲しているのはすぐにわかった。
優しくし、甘やかし、常にそばにいる。なにもかも受け止める。そうすることで百合を満たしながら、宗光自身も満たされて行った。
二人の関係は、与えて与えられる理想的なもので、このまま続いて行くはずだと思われた────百合の心の奥底に消しきれない恋心があるのは知っていたけれど。
(やのに、しくったよなぁ……)
手の甲で瞼を覆う。
後悔が押し寄せて、苛立ちさえ覚える。
百合にかまけて仕事を怠ったこともそうだが、何より忠彬にけしかけたこと。
百合は自分のものだと誇示したくて、目の前で百合にべたりと触れた。
忠彬が知らないであろう、褥での百合の淫れた姿を細かに教えた。
百合から引き離したくて……百合に似た陰子を押し付けた。
けれどそれは全て裏目に出て、百合の忠彬への気持ちを揺すり起こす結果になった。そして、忠彬が押し殺していた百合への気持ちも。
(コスいことはあかんな)
百合は己の余裕のなさには気づいていたのだろうか?
囲うことでしか愛を伝えられなかった自分の稚拙さを。
全てを捨ててもそばにいてやると約束した宗光とは違い、別れの日、自身の夢を捨てられないと百合は声を荒げた。いつも、宗光が無茶を言えば、困ったような不貞腐れたような可愛い顔は見せたが、そんなふうにしたことなどなかったのに。
その百合が唯一強く訴えたこと。
「江戸で一番の女形になるんだ」
それを聞いた時、宗光は言った。
───これ以上惨めにさせんとってくれ。百合ちゃんは結局、全部を捨ててまで俺を選べんてことや
本当に惨めだった。 百合に選ばれなかったからじゃない。
自分は、百合をお人形のようにそばに置こうとしていたんだと気づいたから。
百合が陰間の仕事にも、見世舞台の仕事には特に、誇りを持って真剣に取り組んでいると知っていたのに、それを取り上げようとした自分の余裕のなさが情けなかった。
自分は捨てるのにお前は捨ててくれないのか、なんて。
(なんて馬鹿なことを)
だからすぐに「帰れ」と言った。
これ以上百合を引き止めて情けない姿を見せたくない。
優しい百合が背中の後ろで震えて泣いているのは痛いほどに伝わったけれど、振り返れば大の男の自分の憫然な姿を晒してしまう。
感触を覚えた腰に、今にも伸びそうになる手を拳にして必死で制した。
(早く、早く行け)
まるで祈るように心で繰り返して。
「宗光様、感謝しております」
最後の最後。大好きだったその声で「客」に対して言う形式の言葉を「陰間」として絞り出す百合。涙を押し殺して苦しそうに息をする百合。
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