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ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎
Love continues 2
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後ろから包んでも十分に腕の尺が余る細い身体が揺れ、ひゅ、と喉を鳴らして息を吸い込んだあと、百合の目から涙がこぼれ落ちて宗光の腕を濡らした。
体を回して振り向かせると、瞳が溶けてしまいそうなほどに涙が溜まっては、とめどなく流れていた。
(俺の為に泣いてくれるんか。でも……)
泣かさないと誓った。
願いは全て叶えてやると約束したのだ。
「絶対幸せになるんやで」
────この俺が必ず百合ちゃんを幸せにしたるんやから。
背中を押すと、百合はもう宗光を振り返らず、まっすぐ前だけを見て目指す道へと足を進め、回廊の曲がりで姿を消した。
一人残った部屋、宗光は痺れるほどに締め付けられる胸を庇ってその場に膝をついた。敷居に百合の涙が落ちた跡が見えて、自分が泣けない変わりにそこをそっとなぞった。
これからも百合には辛いことが待っているかもしれない。でも、もうあの子は大丈夫だ。百合は譲れない自分だけの道を見つけたのだから。
きっともう、寂しさに心を揺らされることはないだろう───その背中を押したのは俺だ。
(そうや、俺は捨てられたんちゃう。俺が百合ちゃんを旅立たせたんや。猫の子に自分でエサを獲らせる母猫みたいにな)
うん、と頷いて自分の考え方に満足した。
そうとなればいつまでも一人、出会い茶屋で寝ているわけにはいかない。
たぐり込んだ息子に精をつけて新しい出会いを探す為、旨いもんでも食いに行こか、と襟足にかかる長さの髪を撫で付け支度する。
すっかり、きつく抱けばすぐに姿勢が折れてしまう華奢な体躯と、ひくひくと痙攣しながらも男を咥え込む菊座に骨抜きにされていたが、宗光は元は男色ではない。
本当は先程の八重のような揉みしだき甲斐のある胸と、戸惑いなく男を受け入れる熟した蜜壺が好きなのだ。
「鰻やな、鰻。肝吸いつけて、精つけて、昔みたいに女はべらすで~」
(そうや、俺は過去を振り返らん気持ちのいい男や)
小さく独りごちて老舗の鰻屋に向かう。
その道先、宗光はふらふらと歩く子供を見た。
着物は薄汚れ、髪も顔も整えられていない。おおかた、家族を貧乏か病で亡くしたのだろう。
「子供……女の子か」
天下の台所、華やかな大阪の町にも、こんなふうなみすぼらしい人間が混じっている。
成功する人間がいる裏で、世から見捨てられたようにボロボロになる人間もいるのだ。宗光もまた、体の弱かった母親が淀橋屋の妾でなければそうなっていたかもしれない。
宗光は「早道」と呼ばれる、革で出来た小銭入れから銭を一枚掴んで少女に声をかけた。
情けをかける、というより、過去の自分を慰めたい、そんな気持ちからだった。
「なあ、これでなんか食べ」
「……! 結構です」
少女は汚れた顔を赤くして立ち去る。
「みゅううぅぅ」
その時、少女の着崩れた胸元から小さな仔猫が顔を出して、つるりと滑るように地面に降りた。
「あっ……!」
「お、トラ猫か」
足元にすり寄ってくる仔トラ猫を、宗光は掬うように拾い上げた。
目をくりくりさせて宗光を見上げる様子が、江戸で宗光を見上げていた愛しい顔に似ている。
「可愛いなぁ」
「か、返して下さいっ」
少女が宗光の袖を引っ張る。
その姿があまりに必死で、宗光は仔猫を抱いたまま聞いた。
「自分、そんなナリしてんのに、この仔ちゃんと育てられるんか?」
「……っ、そんなん、なんとかします。早く返して。その仔がいないとあたし」
「わたし?」
「本当にひとりぼっちになる……」
少女の目が潤み、仔猫の頭に手が伸びる。
やがて、頬にひと粒ふた粒と涙が滴って、宗光の手を濡らした。
仔猫は少女を慰めるようにみゃうみゃうと鳴いている。
「……俺と来るか?」
気づくと宗光は呟いていた。
手を濡らす涙が?
本当は一人が怖いのに、必死に耐えて生きようと震える少女が?
それとも、その哀しみなど知る由もなく可愛らしく撫で声を出す仔猫が?
それらが百合を思わせたからかはわからない。けれど、姿を見ていると胸がきつく締められ、放っておきたくないと思った。
「……え……? なんで……? あたしのことなんかなんも知らんのに。なにが目的ですか?」
(ふ、百合ちゃんを初めて買うた時とおんなじこと言いよる)
宗光は口の端を上げて笑ったが、少女はあとずさる。
身なりは良い男だが、もしかしたらどこかの廓の女衒かも知れないと思ったのだ。
「別に、気まぐれや。まぁ、猫は欲しいから、お前はついでやな」
宗光は猫を抱いたまま鰻屋の暖簾をくぐる。
「ま、待って、返して」
「とりあえず、鰻食わん? 話しはそれからや」
鰻屋の扉が引かれて、甘いタレの匂いが少女の鼻を抜けた。
「淀屋橋の若さん、いらっしゃい!」
店の女が顔を綻ばせて宗光を招き入れる。
(よ、淀橋屋……?)
貧しさから体の発育は悪いが、十七になる少女にも男が誰で、どれだけ身元がはっきりした人間であるかはわかった。
「入らへんの?」
宗光が体は店に、顔だけを外に出して少女を見る。
少女は生唾を一度飲み込むと、意を決して店に足を踏み入れた。
この日、宗光が拾ったもの。
一匹の仔トラ猫。
一人の小汚い、儚げな少女。
────これが、また次の時代を継いで行く始まりの日。
Love continues end
nextupdate 5/21
体を回して振り向かせると、瞳が溶けてしまいそうなほどに涙が溜まっては、とめどなく流れていた。
(俺の為に泣いてくれるんか。でも……)
泣かさないと誓った。
願いは全て叶えてやると約束したのだ。
「絶対幸せになるんやで」
────この俺が必ず百合ちゃんを幸せにしたるんやから。
背中を押すと、百合はもう宗光を振り返らず、まっすぐ前だけを見て目指す道へと足を進め、回廊の曲がりで姿を消した。
一人残った部屋、宗光は痺れるほどに締め付けられる胸を庇ってその場に膝をついた。敷居に百合の涙が落ちた跡が見えて、自分が泣けない変わりにそこをそっとなぞった。
これからも百合には辛いことが待っているかもしれない。でも、もうあの子は大丈夫だ。百合は譲れない自分だけの道を見つけたのだから。
きっともう、寂しさに心を揺らされることはないだろう───その背中を押したのは俺だ。
(そうや、俺は捨てられたんちゃう。俺が百合ちゃんを旅立たせたんや。猫の子に自分でエサを獲らせる母猫みたいにな)
うん、と頷いて自分の考え方に満足した。
そうとなればいつまでも一人、出会い茶屋で寝ているわけにはいかない。
たぐり込んだ息子に精をつけて新しい出会いを探す為、旨いもんでも食いに行こか、と襟足にかかる長さの髪を撫で付け支度する。
すっかり、きつく抱けばすぐに姿勢が折れてしまう華奢な体躯と、ひくひくと痙攣しながらも男を咥え込む菊座に骨抜きにされていたが、宗光は元は男色ではない。
本当は先程の八重のような揉みしだき甲斐のある胸と、戸惑いなく男を受け入れる熟した蜜壺が好きなのだ。
「鰻やな、鰻。肝吸いつけて、精つけて、昔みたいに女はべらすで~」
(そうや、俺は過去を振り返らん気持ちのいい男や)
小さく独りごちて老舗の鰻屋に向かう。
その道先、宗光はふらふらと歩く子供を見た。
着物は薄汚れ、髪も顔も整えられていない。おおかた、家族を貧乏か病で亡くしたのだろう。
「子供……女の子か」
天下の台所、華やかな大阪の町にも、こんなふうなみすぼらしい人間が混じっている。
成功する人間がいる裏で、世から見捨てられたようにボロボロになる人間もいるのだ。宗光もまた、体の弱かった母親が淀橋屋の妾でなければそうなっていたかもしれない。
宗光は「早道」と呼ばれる、革で出来た小銭入れから銭を一枚掴んで少女に声をかけた。
情けをかける、というより、過去の自分を慰めたい、そんな気持ちからだった。
「なあ、これでなんか食べ」
「……! 結構です」
少女は汚れた顔を赤くして立ち去る。
「みゅううぅぅ」
その時、少女の着崩れた胸元から小さな仔猫が顔を出して、つるりと滑るように地面に降りた。
「あっ……!」
「お、トラ猫か」
足元にすり寄ってくる仔トラ猫を、宗光は掬うように拾い上げた。
目をくりくりさせて宗光を見上げる様子が、江戸で宗光を見上げていた愛しい顔に似ている。
「可愛いなぁ」
「か、返して下さいっ」
少女が宗光の袖を引っ張る。
その姿があまりに必死で、宗光は仔猫を抱いたまま聞いた。
「自分、そんなナリしてんのに、この仔ちゃんと育てられるんか?」
「……っ、そんなん、なんとかします。早く返して。その仔がいないとあたし」
「わたし?」
「本当にひとりぼっちになる……」
少女の目が潤み、仔猫の頭に手が伸びる。
やがて、頬にひと粒ふた粒と涙が滴って、宗光の手を濡らした。
仔猫は少女を慰めるようにみゃうみゃうと鳴いている。
「……俺と来るか?」
気づくと宗光は呟いていた。
手を濡らす涙が?
本当は一人が怖いのに、必死に耐えて生きようと震える少女が?
それとも、その哀しみなど知る由もなく可愛らしく撫で声を出す仔猫が?
それらが百合を思わせたからかはわからない。けれど、姿を見ていると胸がきつく締められ、放っておきたくないと思った。
「……え……? なんで……? あたしのことなんかなんも知らんのに。なにが目的ですか?」
(ふ、百合ちゃんを初めて買うた時とおんなじこと言いよる)
宗光は口の端を上げて笑ったが、少女はあとずさる。
身なりは良い男だが、もしかしたらどこかの廓の女衒かも知れないと思ったのだ。
「別に、気まぐれや。まぁ、猫は欲しいから、お前はついでやな」
宗光は猫を抱いたまま鰻屋の暖簾をくぐる。
「ま、待って、返して」
「とりあえず、鰻食わん? 話しはそれからや」
鰻屋の扉が引かれて、甘いタレの匂いが少女の鼻を抜けた。
「淀屋橋の若さん、いらっしゃい!」
店の女が顔を綻ばせて宗光を招き入れる。
(よ、淀橋屋……?)
貧しさから体の発育は悪いが、十七になる少女にも男が誰で、どれだけ身元がはっきりした人間であるかはわかった。
「入らへんの?」
宗光が体は店に、顔だけを外に出して少女を見る。
少女は生唾を一度飲み込むと、意を決して店に足を踏み入れた。
この日、宗光が拾ったもの。
一匹の仔トラ猫。
一人の小汚い、儚げな少女。
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