枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

文字の大きさ
133 / 149
ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎

Love to give you 4

しおりを挟む
  三月中旬。映画のロケがオールアップするとすぐ、楓真と悠理は八月納涼歌舞伎の準備に入った。
  映画の宣伝周りや舞台挨拶、他の仕事もこなしながらの稽古は必然的に早朝や深夜になったが、少しも苦にはならなかった。
  特に楓真はトップアイドルだけあって、数分刻みのスケジュールで動いているのだが、稽古への熱と言ったら江戸時代とまるで変わっていない。

「悠理! 指先をおろそかにするな!」
「目線! 舞台は自分の為だけじゃないぞ。自分の世界に入ってどうする!」
  次々と指南が入る。
  悠理はそれに一つ一つ頷き、真剣に向き合った。


「ふぅー」
  わずかな休憩時間。稽古場の端に腰を下ろす。楓真がペットボトルのミネラルウォーターを悠理に渡してくれた。

「ありがと」
「ん。お疲れ。悠理、だいぶ型が戻ってきたな」

  約二年ぶりの舞台稽古。
「現代の歌舞伎」は初めてだが、特別公演であり、エンターテイメント性を表に出しているから華屋で演っていた内容に近いものはある。体の疲労はあるが、辛いとは微塵も思わず、少しずつ勘が戻って来るのがとても嬉しかった────なにより、演目は「アポロ座の魔手」のアレンジだ。
  そう。江戸の華屋で楓が魔手役を、百合が踊り子の野菊役を演じた「華屋怪奇奇談」の再現なのだから。

  水を飲み終えたペットボトルの蓋を締めながら楓真が笑いをこぼす。
「まさか、アポロ座の魔手が元ネタだったとはね」

「あ、ははは……。でも、江戸時代だから著作権侵害にはならないよね? 今回はちゃんと許可をもらってるんだし」
   悠理はきまりの悪い顔をして楓真を見た。

「心配するなよ、大丈夫に決まってる。たださ、あの頃、百合の持ってる案に驚かされたけど、なるほど、現代の知識だったのか、って種明かしみたいで面白くてさ……劇中ダンスも。sakusi-doのダンスだったんだな。おかげでダンスの振り付けを初めて見た時は吹き出したよ」

  楓真が言うのは、初めて江戸で披露した劇中のヒップホップダンスだ。斜め半分に割った鬼の面をつけた楓をセンターに、なずなを含む六人が男形に転向して踊り、江戸の観客にも大絶賛だった。

「へへ。俺、sakusi-doのファンだったしね。楓に踊らせたら絶対かっこいいって思って……そりゃ、本人なんだから当たり前だよね。でも、ほんとにカッコよかったよなあ……あの公演で楓は市山座に引き抜かれて……」
  言い終えようとして、言葉に詰まる。楓との思い出が一気に胸に流れ込んで、喉の下あたりがギュッと締め付けられた。

「……ごめんな」
  楓真がポツリ、と呟いた。
 舞台の端で二人並んで肩を寄せて座っていて、江戸時代とは違う電気の照明だが、楓真の艶のある美しい横顔を照らしている。伏し目を縁取るまつ毛の影が頬に落ちて、いつも見ていた「楓」と同じその横顔に、悠理は三百年の時の経過を忘れそうになる。

「楓……」
  悠理の指が楓真の頬に伸びる。いや、今ここには悠理の自我はなかった。意図して切り替えたわけではない。自然に、気持ちが百合になっている。

「百合」
  楓真も……楓も同じだ。
  手を伸ばし、百合の指を自分の指に絡ませる。あの頃、舞台の端でいつもこうして二人、手を繋いだ。そして……。
  互いに顔を寄せ合う。

「ん……」
  ここには百合と楓しかいなくて、他の全ては遮断されている。なにも頭に入ってこない。見えるのは互いの顔だけ。ただそうするのが当たり前みたいに、二人はきつく指を絡め合い、唇を重ねていた。

  柔らかい唇が擦れ合い、滑らかな舌が行き交いする。時に顔を動かし、静かに息継ぎをしながら熱を分け合った。口の端からどちらのものかもわからない唾液が滴って、それも互いに舐め、啜る。
 頭の芯が痺れて、目の前が霞んだ。

  ────ぴりりりりりり

  いつまでも終わりがないと思われた甘い口づけを、突然の電子音が制する。

「……!」
  自我を取り戻した二人は咄嗟に互いの体を引き剥がし、大きな目をより大きく見開いた。

  ぴりりりり…… 
  電子音はまだ鳴っていて、それが自分のスマートフォンだと気づいた悠理は慌ててバッグを探って、スマートフォンを取り出した。

「あ、彬さん!」
  焦って着信を受け取る。通話口の向こうの彬は一瞬沈黙をした。

「……悠理? 今、連絡駄目だった? 一時過ぎても連絡がないからまだ帰ってないのかと思って……稽古は? 終わった?」

  彬の声を聞きながら顔を上げて稽古場の時計を見ると、深夜の一時を半分過ぎようとしている。

「うん。いや、まだちょっと煮詰めてたから。でもそろそろ帰るよ。ごめんね、心配させて。大丈夫。ちゃんと戸締まりするから。彬さん、忙しいのに心配かけてごめんね。おやすみなさい」
  彬は先週から九州の方へ出張に出ていて、戻りは来週になるのだ。毎日忙しくしている様子で、悠理から日中に連絡をするのは憚られていたが、夜にはきちんと彬の方から連絡が入っていた。

  通話を切ってから、ふう、と息を整えてスマートフォンをバッグにしまう。恐る恐る振り返れば、楓真は上着を着て帰り支度をしていた。

「遅くなっちゃったな。すぐに車を回して貰もらうから待ってて」
  いつも柳田の家の運転手が悠理の送迎をしてくれる。
  楓真はスマートフォンで運転手に連絡を取ると、先程の悠理と同じに、一つ息を吐いてから言った。
「稽古とか舞台の時ってアドレナリンが湧いてくるよな」

「え? あ、うん」
 なんの話だろうとは思ったが、会話に困るよりは良い。悠理は曖昧に頷いた。

「だからさ、さっきのはそのせい。久しぶりに二人で歌舞伎の練習に身を入れたから少し興奮したんだ。それだけだよ」

「……うん、そうだな。俺も、ここんとこテンションがおかしいかも」

「ああ、そうだ。だから……気にすんな。忘れよう?」
  そう言った楓真の顔に、喉が熱くなった。切ない、辛い顔。泣く前の時みたいに、目の縁を赤くして唇を結んで無理に微笑っているのが見て取れる。
  けれど悠理にはそれを慰めることはできない。

  ────もう、今はあの頃とは違うのだから。
しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...