枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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ミックス番外編SS集(なんでも許せる方むけ)

牡丹に蝶 4

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 その晩、何度前島と交わったのだろう。

 前島は俺の体を優しく拭いてベッドに運んだあとは、しばらくキスだけを繰り返した。

 バスルームでの激しさが嘘みたいに、髪を梳きながら、耳を撫でながら唇を柔く擦り、リップクリームを塗るみたいに舌の先でなぞって。まだ深いキスを知らない子供みたいに微かなそれは、どうしてだか俺の目の縁を濡らした。

 三十も近い男が、子供みたいに泣きべそをかくなんてさ。情けないよね。でも、前島は張り付いた営業マンの顔じゃなく、ほんとの優しい顔で涙も啜ってくれた。

 ほんとの優しさなんか、あんまり知らないけど────百合は……百合は優しかったな。優しすぎて俺に騙されたし、なのに俺を許すし………楓を失った。
 あの頃の百合は見ていられなかった。毎日を生きていくのがやっと、って感じで、見世では他人を演じ、褥では一夜で三人ほどの客を回して、客に求められる陰間を演じて。
 だからさ、やっぱり俺は思ったんだよ。
 愛なんか信じるから駄目なんだよ、って。愛を請おうとするから心が弱くなって傷つくんだよ、って。

 なあ、お前、最期は幸せだったのかい? 湯島の大火事に巻き込まれて、どこに行ったのかわからなくなった百合。保科の若旦那様と一緒に逃げたって噂もあったけど、本当のところは誰も知らない。

 楓も……楓も馬鹿だよね。自分で百合との愛を捨てたくせに、あいつ、一生囚われていたように思うもの。
 な? 愛なんかに縋るから、悲しみや苦しみを背負わなきゃならなくなるんだ。

 なのに。

「七緒さん、キスは嫌?」

「嫌じゃない。もっとして」

 もっと優しくされたい。嘘じゃない本当の優しさで満たされたい……そして……。

「……あっ……っ」

 唇が胸に滑り、色が違う部分を柔く吸われる。反対も中指の腹で優しく回し撫でされて、小さな声を漏らしてしまう。

 今まで幾度となく体を捧げて、いいように扱われてきたからだろうか。壊れ物を扱うように繊細に触れられたら、それだけで体が熱くなり、触れられてもいない部分まで熱く火照った。

「枕をやってるとは思えないくらい敏感だね。それともこれも演技?」
 
 揃えた指で、茎に滴る先走りを撫で掬い、味見みたいにひと舐めして言う。

「違っ……!」

 恥ずかしさの裏返しで前島を睨んでしまう。けれど、意地悪なことを言うくせに、前島の顔がとても切なそうに見えて……見えただけかもしれないのに、焼きもちを焼いてもらえたみたいな気がして、俺は静かに首を振った。

「……違うよ。俺、今まで何人とも寝たけど、こんなに感じたこと、ない……」

 前島はふふ、と笑って一重の目を細めた。笑うと目尻に皺が寄るんだ。好きだな。この皺。

「何人とも寝たけど、は余計。俺だから感じるって言ってよ」

 返事の代わりに手を伸ばし、首に腕を回して目尻に口付ける。性感帯以外にキスなんて、始めてしたかも。

 わかりにくい返答だったかもだけど、前島はわかったみたいで俺をぎゅう、と抱きしめると、やっと深いキスをしてくれて、それから「接待」でついた痕を優しく撫で、キスを落として全身を慰めてくれた。

 そのあと、二回目の抽挿は焦れったくなるくらいに時間をかけてされて、回を重ねるごとに大人っぽい激しさを伴うものへと変化した。

 常備してあるゴムがなくなるまでするなんて初めてで、前世を入れても最高回数のセックスだよ。さすがの俺もぐちゃぐちゃのトロトロ。体だけじゃなく、心も蕩かされて。

 なあ、前島、これから俺、どうしたらいいの?
 本当の優しさを知って、そして……愛で満たされてみたいと思ってしまった俺はこれからどうしたらいい?

 

 ***


 翌朝、目が覚めたらいなくなってるかも、って思って不安になったけど、体が疲弊していた俺はいつの間にか眠っていた。

 目を薄く開けて寝返りを打つ。ベッドの広さからもうわかっていたけど、やっぱりそこには誰もいなかった。
 部屋の中はいつも通りしぃんとして、俺はやっぱり一人なんだな、と思う。

 江戸でも大正でも、俺は誰とも添い遂げなかった。時分が男色だってわかってたせいもあるけど、信じられるのは自分だけだったからね。

 でも、寂しいね。初めてそう思うよ。体が満たされた朝に、誰かにそれを話したり、微笑み合ってまた満たされたり……そういうの、俺もできたら良かったな。

 ふぅ、と深呼吸をしてベランダの窓を開ける。今日は祝日だから、まだ誰も外には出ていないようだ。
 タワーマンションの十五階を見上げる人間なんてそうはいないだろう。俺は裸に裸足でベランダに降りた。
 朝の風が肌を撫でて心地いい。

 ──明日からはいつも通りだ。前島と寝たことで企画はよりスムーズになるだろう。もしかしたら、次の「接待」にも加わるかもしれない。そうしたら、ただ体を委ねて楽しめばいい。一時の優しさと、偽りの愛を纏えばいいだけ。

「ただいまー……って、七緒さん、なにやってんの!」

 ドアを開ける音と素っ頓狂な声に弾かれて振り返ると、ワイシャツをラフに着た前島がコンビニエンスストアの買い物袋を下げて立っていた。
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