枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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ミックス番外編SS集(なんでも許せる方むけ)

牡丹に蝶 5

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「前島……なんで……」

「なんでじゃないって。ほら部屋入って。七緒さん、露出狂なの?」

 買い物袋を乱暴に床に置いた前島は、俺を部屋に戻すと窓とレースカーテンをぴったりと閉めた。

 呆けてしまうけど、目の端に買い物袋からはみ出た缶コーヒーが見える。
 あ、俺が好きなやつ。前島も好きなんだ。

 俺の目線を辿った前島は袋を取り、コーヒー缶も拾い上げるとプルタブを開けて俺に差し出した。

「え? 俺の?」

「だよ。好きでしょ、これ。フツーにドリップのを買おうと思ったけどこれ見つけてさ。良く飲んでたなーと思ってたから」

「え……。なんで……」

 俺が戸惑っていると、夜にキスをくれた時みたいな優しい顔をしてコーヒーを握らせてくれた。
 ちゃんとホットの方だ……。

「二回目の、なんで? だね。最初のが「なんでいるの?」で、次のが「なんで俺が飲んでるコーヒー知ってんの?」かな。……ねぇ他には質問ない?」

 優しく髪を撫でられる。
 俺はもう、この優しさに弱くなっている。情けないってわかってるのに、泣きたくなってしまうんだ。

「っ……。なんで、俺と寝たの? 昨日、無理だ、って、理解できない、って言ってた……俺がすがったから? 俺の体を試してみたかったから?」

 聞きながら、多分違う。前島はそんな男じゃないと思う自分がいる。
 今ここにいてくれること、俺の好きなコーヒーを知っていること、スーパーの袋の中に、二人分の朝食が入っていること。
 俺は勘が鋭いんだ。なんと言っても華屋のナンバーツーを張った陰間で、咲華を務め上げ、歌舞伎座に立った男だ。人の気持の本質を見抜くのは得意な方なんだから。

 でも、聞きたい。前島の口から聞かせて欲しい。

「枕でやるのは無理だってこと。性欲処理の相手なんて嫌だよ。愛の無いセックスなんて、俺には理解できない。無理だから」

 百合とおんなじこと、言う。でも……。

「なぁ、それってどう言う意味? 愛、って」
「うん。だからさ、好きだよ。七緒さん」

 あまりに即答するから、期待した答え通りなのに素直になれない。

「……嘘つけ。そんな素振り見せたことないくせに」
「見せるかよ」

 前島は目尻に皺を寄せて笑った。子供みたいな顔に胸が軋む。

「けど、けどさ、そうだとして、俺の同意が……その、俺もお前を好きじゃなきゃ……成立しないじゃん」
「だって、七緒さん、俺のこと、めちゃめちゃ好きじゃん」

 また即答する。今度は自信満々の大人の顔をして。

「……は!? 俺がいつお前を」

 確かに昨夜は慰めてほしい、お前に抱いてほしいとは言ったけど、好きだとか愛してるとかはひと言も言ってないからな?

「無自覚なんだよなぁ。七緒さん、いっつも会議のとき俺のこと見てたよ、あっつーい目で。あんな目で見られたら期待もするでしょうが。そのくせ話しかけるとツンケンするし、枕営業やっちゃうし。だからこれって言う決め手がなかったんだけど、昨日で確信したんだよね」

「……なっ……俺が、お前を見てた……?」

 眉をひそめてしまう。その時、唇の下のほくろが目に入った。
 ……確かにこんな小さなほくろに気づくなんて、普通、社内の人間でも無いかも……俺、そんなに見ていたのか。知らなかった……

「でも! ならどうして、接待の準備なんかできるんだよ」

「あー、そのあたりは、まあ、気持と愛情の変遷の加減て言うか……最初はまさか枕なんて思ってないし、二回目は好奇心。三回目からはモヤモヤしだして、昨日は耐え難かったね。専務達を殴ってアンタを連れ出したかったけど……でも、正しくはないけどさ、昨日それをやったら七尾さんの立場もそっちの会社も窮地に陥ってたし、多分俺達、こうはならなかった。……違う?」

 確かにそうだ。俺達は企業に属する人間で、行動には責任が伴う。俺はこんなでも、プライドをかけて褥も枕も全うしてきたし、前島に惹かれている自覚がなかったのだから、仕事を邪魔されていたとしたら、昨夜前島の車には乗らなかっただろう。

「でも……だからさ。次はもうないよ」
 
 言いながら俺の眉間にキスをして、ちゅ、と音を立てた。

「俺さ、実は実家の子会社を引き継ぐことが決まっててさ。S&Gはその足がかりと言うか、まあ、人脈作ったりって意味で入ったんだよね。会長じいさんからはそろそろ戻るように言われてるし、吸うもんは吸ったし……ねぇ、七緒さん、一緒に来ない?」

「え……」

「まあ、こんなタイミングだけどさ、七緒さんの仕事ぶりは尊敬してるし、こんな関係にならなくても誘うつもりではあった。……ただ、こうなったら余計に離せないよ」

 前島は俺の腕を引き、胸の中に捕らえる。コーヒーの缶が揺れるけど、中身がこぼれる心配もできないくらい、強く抱きしめられた。

「もう他の人に抱かれるな。俺だけにしろ。これからは俺の為だけにそばにいろよ」

 瞬間、俺の中で何かが弾けた。濁流みたいに涙があふれ、自制が効かない。大声で泣きたいのに、声が出ないくらいに胸も喉も苦しくて、代わりに前島の胸をぼかぼか殴る。

「痛って、なに、なんなの七緒さん」

「~~~~うるさい、馬鹿! なにもかも突然なんだよ。昨日の今日で信じられるか」

 やっと出た声は俺特有の憎まれ口。前島は大口開けて笑って、再び俺を抱きしめる腕に力を入れた。

「はははは。確かに。俺も自分の突飛さに驚いてる。……でも、信じてよ。俺、七緒さんを愛してる」

 ──愛してるだって?
 そんな簡単に……でも、俺にはちょうどいいのかも。たくさんの愛を目の当たりにしてきても信じられなかった俺には、軽いくらいがちょうどいい。

 たとえば、明日はもう前島の気持ちが変わっても、今俺に向けられている気持ちは嘘じゃない。
 今までどの瞬間も嘘の愛しか持っていなかった俺に、初めて与えられた「愛」
 いいよ、永遠じゃなくてもさ。

「なあ、じゃあもっと注いでよ、お前の愛」
 
 目を閉じ、前島に唇を寄せる。
 二人の体はまた、一つに繋がった。
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