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幽韻之志
44/西隈に帰命せるとも是空は
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明け方、半壊した本家にバイクで突っ込んできた晃汰が叫ぶ。
「お…っまえ何してんねん!!」
初めて聞く晃汰の関西弁に苦笑しながら、鬼瓦を重ねて持ち上げ手押しの猫車に積み込む。
程なくして御髪を整えたしづ子夫人に呼ばれ、初めて西門を通るとそこは辺り一面女女女…後宮の名残が伺える。地獄の西隈に釈迦の青厳というが、ここに通されるのは限られた男だと晃汰が言う。
奥座敷に繋がる廊下は大奥の如く、女が並び通り過ぎると順番に頭を下げる。
襖の前に立つと左右に分かれて陽が射す先に、科戸さんが眠っていた。
部屋に通されたのは俺と晃汰だけ、しづ子夫人は膝をついて襖に手を宛がい閉める間際に礼を言うと、少し間を置いて「おおきに…」素っ気ない返事だが、晃汰は驚いた様子で視線を外した。
しづ子夫人が親族以外の男性と話すのは超常現象に等しい。
明日は槍でも降るのか?
「さて、何があったか説明して貰おうか」
斯々然々、話すつもりは無い。
俺が奴隷を連れて喧嘩参った理由は、本家であおちゃんが虐待を受けているから。
「愛情をかけて育てられないなら返して貰います」
「あおは後嗣で父さんの孫。文句は…」
「あんな小さな子が着の身着のまま夜中に家を飛び出して、普通だったら警察沙汰だよ?そりゃ俺も怒るって…あおちゃんの件に関して今後一切、譲る気は無い」
だから 廓 に押し込めやった。
小夜子と引き換えに、純恋の花に呪われて眠る科戸さんは衰弱の一途を辿る危険な状態だ。
「人をあれだけ無残に殺せる科戸さんに躾は出来ない」
「その結果がこれだ…お前のしている事は叔父貴と変わらない」
「違う、俺は青嵐じゃない」
目が合って言葉を振り切る。
この状況化でも俺に理解を示そうとする晃汰はまるで淡い燈火。遥か遠い光年からでもみつけることができる優しい瞬きに心が導かれ、短い息を切らす。
もう何も奪わないでくれ。
小夜子の深い悲しみが胸の内に蘇り、伸ばす手に手を取る俺を不思議そうに眺める晃汰に抱かれる。
「父さんに、何があったんだ」
「眠ってるだけ…まだ遠くへ逝ってない」
小さく一度頷く晃汰は震える唇を結び、微笑む。
「一度壊れた心は元に戻らない。懸命に生きようとする程に奪われ、失い、解らなくなっていく。父さんはどうして…こんなにも自分を粗末にするんだろう」
親を殺せば重罪
そして、法性の理は…
恩人を裏切ってはいけない
嘘をつかない
女児を犯すべからず
そして、許せ。六喩会に敷かれる鉄の掟は、絶対だ。
昔は家内で殺し合いが常ならず挙句、青嵐が親と妻子を手掛けて一家離散。
家督である科戸さんが後継者として担がれ、それは予期せぬ出来事では無かった。一族の存続と再興の為、西之宮から妻を娶り祝言を挙げた政略結婚の末にしづ子夫人は懐妊。間もなく不貞の疑いで宿した子供を叩き出された凄まじい執念が今もなお、掟となって残る。
本来であれば、小夜子は科戸さんと結婚する筈だった。
西之宮出身の女は当て馬として青の一門に迎えられたら最期、命を捨てる覚悟で男に尽くすのが仕来り。
相手は青嵐、身に余る凌辱の限りに骨を砕かれ臓物を引きずり出されると噂の恐渇に震え上がり、兄嫂に縋り泣く妹しづ子を不憫に思って小夜子は婚約解消。小夜子にとって青嵐は幼馴染である双子の可愛い弟、いずれは私が担うと父親を説得して青嵐と結婚、出産した畏敬の女であり…理解者。
「西之宮の女子諸に扶養権を与えても東と切り離すのは根深い人権問題という大きな課題があってな…お前もその一員であることを忘れるなよ」
「……俺が?」
「そう、女子諸は全て包括の精神をその身に宿してる。見てみろ」
襖を指で押すと隙間から覗き見ている女が逃げ出す。
俄かに視線を集める晃汰に全員が色めき立ち、手を振る女、髪をそよがせ気付かせる女、大きな声で笑う女の渦中に身を置いてる…そうだ、ここに来た時からずっと俺も"見られて"いた。
耳まで真っ赤になって全否定するとダダダダダダッ!廊下に機関銃のような足音が響き、襖が音を立て左右に分かるとあおちゃん登場。
ぽこん!頭をひとつ叩かれ…
「浮気しないよ!」ぷんっと腰に両手をあてる、あおちゃんしか勝たん。
襖を閉じめて視線から逃れる。
俺を擦り抜けて科戸さんを覗き込むあおちゃんは、枕元で足を伸ばして座った。顔の上にふわり、打ち覆いを広げると高い胸に耳を当てたり…こちょこちょ…くすぐっても、科戸さんは動かない。
「お父様…し、死んでる!!」
大袈裟なポーズで決める
主演女優賞を獲る勢いでごっこ遊びを始める、あおちゃんに反省の色はない。
「やめろ。起きたらお前シバき倒されるぞ」
「あおちゃんしらなぁーい」
「……ったくお前が家出なんかしなければ父さんは怒らなかったし、家も壊れなかった。わかってンのか、このクソガキ!あ、こら…逃げんな」
枕元でじゃれてると科戸さんの瞼が開いて濁った瞳が力なく宿る。あれだけ被弾したにも関わらず外傷ひとつ無い丈夫さに驚きを隠せない。
「お早いお帰りで、廓に誰かおりましたか」
ゆっくり顔を倒す様子に微笑む。
よかった、小夜子は醒めない永久の夢から解放されて旅立った。
――――……何処へ?
俺の隣で科戸さんを一緒に覗き込む小夜子に晃汰は気が付かないでいる。魂を持て余す小夜子はこの後、仏間に飾られた自分の写真と手を合わせて恋しがるしづ子夫人を眺めて佇む。
生まれ育ち、自分が殺された家に戻って…
皆の心に小夜子は居ても、誰も小夜子がそこに居ることを知らない。
幽世にこぼれ落ちる魂が消えるのをみつめて来た孤独な時間が再び、ここで…小夜子の優しい気持ちが皆の灯りとなり、辛く悲しい記憶を融かしてくれると信じて。
斯くして鬼は去り、再び平和を取り戻したかのように見えたが鬼の執念深さに明日が見えない。何時になれば青い煉獄から、俺は抜け出せるのだろう。
「お…っまえ何してんねん!!」
初めて聞く晃汰の関西弁に苦笑しながら、鬼瓦を重ねて持ち上げ手押しの猫車に積み込む。
程なくして御髪を整えたしづ子夫人に呼ばれ、初めて西門を通るとそこは辺り一面女女女…後宮の名残が伺える。地獄の西隈に釈迦の青厳というが、ここに通されるのは限られた男だと晃汰が言う。
奥座敷に繋がる廊下は大奥の如く、女が並び通り過ぎると順番に頭を下げる。
襖の前に立つと左右に分かれて陽が射す先に、科戸さんが眠っていた。
部屋に通されたのは俺と晃汰だけ、しづ子夫人は膝をついて襖に手を宛がい閉める間際に礼を言うと、少し間を置いて「おおきに…」素っ気ない返事だが、晃汰は驚いた様子で視線を外した。
しづ子夫人が親族以外の男性と話すのは超常現象に等しい。
明日は槍でも降るのか?
「さて、何があったか説明して貰おうか」
斯々然々、話すつもりは無い。
俺が奴隷を連れて喧嘩参った理由は、本家であおちゃんが虐待を受けているから。
「愛情をかけて育てられないなら返して貰います」
「あおは後嗣で父さんの孫。文句は…」
「あんな小さな子が着の身着のまま夜中に家を飛び出して、普通だったら警察沙汰だよ?そりゃ俺も怒るって…あおちゃんの件に関して今後一切、譲る気は無い」
だから 廓 に押し込めやった。
小夜子と引き換えに、純恋の花に呪われて眠る科戸さんは衰弱の一途を辿る危険な状態だ。
「人をあれだけ無残に殺せる科戸さんに躾は出来ない」
「その結果がこれだ…お前のしている事は叔父貴と変わらない」
「違う、俺は青嵐じゃない」
目が合って言葉を振り切る。
この状況化でも俺に理解を示そうとする晃汰はまるで淡い燈火。遥か遠い光年からでもみつけることができる優しい瞬きに心が導かれ、短い息を切らす。
もう何も奪わないでくれ。
小夜子の深い悲しみが胸の内に蘇り、伸ばす手に手を取る俺を不思議そうに眺める晃汰に抱かれる。
「父さんに、何があったんだ」
「眠ってるだけ…まだ遠くへ逝ってない」
小さく一度頷く晃汰は震える唇を結び、微笑む。
「一度壊れた心は元に戻らない。懸命に生きようとする程に奪われ、失い、解らなくなっていく。父さんはどうして…こんなにも自分を粗末にするんだろう」
親を殺せば重罪
そして、法性の理は…
恩人を裏切ってはいけない
嘘をつかない
女児を犯すべからず
そして、許せ。六喩会に敷かれる鉄の掟は、絶対だ。
昔は家内で殺し合いが常ならず挙句、青嵐が親と妻子を手掛けて一家離散。
家督である科戸さんが後継者として担がれ、それは予期せぬ出来事では無かった。一族の存続と再興の為、西之宮から妻を娶り祝言を挙げた政略結婚の末にしづ子夫人は懐妊。間もなく不貞の疑いで宿した子供を叩き出された凄まじい執念が今もなお、掟となって残る。
本来であれば、小夜子は科戸さんと結婚する筈だった。
西之宮出身の女は当て馬として青の一門に迎えられたら最期、命を捨てる覚悟で男に尽くすのが仕来り。
相手は青嵐、身に余る凌辱の限りに骨を砕かれ臓物を引きずり出されると噂の恐渇に震え上がり、兄嫂に縋り泣く妹しづ子を不憫に思って小夜子は婚約解消。小夜子にとって青嵐は幼馴染である双子の可愛い弟、いずれは私が担うと父親を説得して青嵐と結婚、出産した畏敬の女であり…理解者。
「西之宮の女子諸に扶養権を与えても東と切り離すのは根深い人権問題という大きな課題があってな…お前もその一員であることを忘れるなよ」
「……俺が?」
「そう、女子諸は全て包括の精神をその身に宿してる。見てみろ」
襖を指で押すと隙間から覗き見ている女が逃げ出す。
俄かに視線を集める晃汰に全員が色めき立ち、手を振る女、髪をそよがせ気付かせる女、大きな声で笑う女の渦中に身を置いてる…そうだ、ここに来た時からずっと俺も"見られて"いた。
耳まで真っ赤になって全否定するとダダダダダダッ!廊下に機関銃のような足音が響き、襖が音を立て左右に分かるとあおちゃん登場。
ぽこん!頭をひとつ叩かれ…
「浮気しないよ!」ぷんっと腰に両手をあてる、あおちゃんしか勝たん。
襖を閉じめて視線から逃れる。
俺を擦り抜けて科戸さんを覗き込むあおちゃんは、枕元で足を伸ばして座った。顔の上にふわり、打ち覆いを広げると高い胸に耳を当てたり…こちょこちょ…くすぐっても、科戸さんは動かない。
「お父様…し、死んでる!!」
大袈裟なポーズで決める
主演女優賞を獲る勢いでごっこ遊びを始める、あおちゃんに反省の色はない。
「やめろ。起きたらお前シバき倒されるぞ」
「あおちゃんしらなぁーい」
「……ったくお前が家出なんかしなければ父さんは怒らなかったし、家も壊れなかった。わかってンのか、このクソガキ!あ、こら…逃げんな」
枕元でじゃれてると科戸さんの瞼が開いて濁った瞳が力なく宿る。あれだけ被弾したにも関わらず外傷ひとつ無い丈夫さに驚きを隠せない。
「お早いお帰りで、廓に誰かおりましたか」
ゆっくり顔を倒す様子に微笑む。
よかった、小夜子は醒めない永久の夢から解放されて旅立った。
――――……何処へ?
俺の隣で科戸さんを一緒に覗き込む小夜子に晃汰は気が付かないでいる。魂を持て余す小夜子はこの後、仏間に飾られた自分の写真と手を合わせて恋しがるしづ子夫人を眺めて佇む。
生まれ育ち、自分が殺された家に戻って…
皆の心に小夜子は居ても、誰も小夜子がそこに居ることを知らない。
幽世にこぼれ落ちる魂が消えるのをみつめて来た孤独な時間が再び、ここで…小夜子の優しい気持ちが皆の灯りとなり、辛く悲しい記憶を融かしてくれると信じて。
斯くして鬼は去り、再び平和を取り戻したかのように見えたが鬼の執念深さに明日が見えない。何時になれば青い煉獄から、俺は抜け出せるのだろう。
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