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幽韻之志

46/狐仔の嫁入り

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 泪町の一角、赤提灯が夜風に揺れる。
 格子から漏れる穏やかな明かりに引き寄せられる、雨はやさしく月を隠す。

 ◇

 「とめきー!雨降って来たよぉ」

 椅子の上で背伸びをするあおちゃんの声に気が付いて窓を閉める。
 ふと、雨音の中に気配を感じて暗がりを振り返ると男がひとり軒先に立っていた。

 「いらっしゃいませ、ご予約は…」

 短い言葉で躊躇いながら男は視線を泳がせていた。
 改装工事が終わった店は、以前までの姿を一新した和装で間取りも引き戸を開けてすぐ正面のカウンターに4人座れば満席になる。通り沿いに窓口を設けて、おもたせの対応が可能になったおかげで遅い時間におばんざいを買い求める客が度々訪れる。

 小さな番頭が見張っていたところに女が入って来た。

 雨除けの傘から下がる薄絹越しに俺を見つめる姿は異界の匂い。
 弥生の晩に赤女の狐とは、是如何に。


 「Ishchu svoyego muzha…」


 聞いたこともない言語が続く。
 ここへ闇の住人が依頼に来る際は科戸さんから必ず伝達がある。
 そうではない場合、結界の中に入ることはできないと聞いているが敷居を跨げる、ということは?
 立ち上がるあおちゃんが指差す先には黒装束の行列、浮遊する怪火かいかに照らされる闇の奥から太鼓の音が次第に近づいてくると女は白い角隠しに一振り、辺り一面が真珠色に輝く白無垢を広げて身を捻るようにして外に出ると…ふわり…爪先を浮かせて怪火を取り巻く。


 寒椿に金の山査子さんさしを揺らしながら、雨上がりの月夜に怪しく微笑む。

 
 鬼紅の金獅子に掴まり、腰掛けると俺達を見下ろして往く狐の嫁入りは鬼火を連ねて空を燃やす。
 百鬼夜行というものは…
 斯くも美しい奇怪だと科戸さんに聞かせる、俺の話はまるで譫言のよう。

 「予約なしで来るような方はいませんが…容姿は?」
 「白銀の女狐でした」

 頭の上で指を揃えてぴょんと跳ねて見せる、あおちゃんの小さな白足袋が畳を滑り、童歌を始める。




 日和ひより御代みだい神様かみさまの 赤穂仰ぐや村まつ



 
 赤穂は神戸の地名、頼りと察して先鋭を奔らせたが何事もなく不思議なまま月日は過ぎて初節句の雛祭りに事件が起きた。
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