王様のねこ

つちやながる

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番外編☆三日月の夜

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「フシャーッ!」
 触んないでなの!

「ジオ、機嫌直せよ」
「フゥゥゥ」
 あっち行ってなの。

 対峙するここはウォリックの自室。間借りしてるのはジオの方なのだが。

「はあぁぁ」

 ウォリックはため息を盛大に吐き、ソファに脱力して座ると天井を見上げた。視線だけでジオをチラ見すると、怒る割にテーブルやカウチの脚元からひょこっと顔だけ覗かせ、こちらの様子を伺っている。
 視線に気がつくとサッと隠れ、時間差でまた顔を覗かせていた。

 気になるなら不機嫌だろうが大好きな王様の膝の上に乗れば丸くおさまるのに。

(あぁぁ……失敗した)

 ウォリックは、これはまだ暫くかかりそうだと、また長い溜息を吐いた。




 それは新月から三日目、ジオが獣人化出来る最後の日の事だった。

「あれ見てなの!」
「濡れるなよ」

 手を繋ぎニコニコと満足そうに散歩をしていても、見た事のない景色に気を取られると手を放して走っていくジオ。
 慣れない服も、もう何度目か。王様と色違いの形だとフンフン鼻を鳴らして自ら着衣できるようになっていた。

 今日は日暮れから城の西側の町に足を運んでいる。浅い川は自然のままに流れ、涼やかな音と風を送り出していた。

 軽やかに膝丈の草に埋もれる自然地形の土手を歩き川縁に向かう。踝ほどの水深しかなく、泳ぎの苦手なジオでさえ涼を求めて悠々と近付ける場所だった。

 が、獣人化ではネコの体重では気付かない事が再々おこる。

「あっ!」
「ジオ?」

 青々とした草は傾斜で踏み歩くと意外と滑るのだ。そして案の定、慣れない靴でそれは起きた。ずべっと踏み外したと思えば既に視界に映るのは宵口の空。

 あれえ?回転したつもりなのに仰向け?
 人だとネコみたいには無理なのー。

 大の字に転がって草むらに埋もれたジオはふふっと鼻で笑う。獣人化で新しく知らない世界が広がっていることに笑みがこぼれる。

 んふぅ。楽しいの。散歩も買い物も、王様といっしょの服着るのも、お話しできるのも手を繋ぐのも全部ぜーんぶ楽しいの!

「ジオ、大丈夫か?どこだ」
「ここなのー」

 宵闇の中、呑気に寝転がって草に埋もれたジオはウォリックから見えなかった。草を踏む音がして段々近付いてくるのがわかる。

「ここなの!」
「っわ!」

 仰向けのまま挙手をしたジオ。にゅっと生えたそれに驚くウォリックも足を滑らせた。

 スザザッ

「……」
「あれえ?王様ー?」
「……ここだ」

 星空を掴むように手を掲げたまま聞こえたウォリックの声は隣だった。

「あはっ。王様もコケたの!」
「笑うな」
「違うの。楽しいの。同じ空も違って見えるの。同じでいっしょだけど近くなった気がするの。あ、王様もそうだ!近くなってね、すっごい嬉しいの!」
「……そうか」
「さわれるし届くし、見えるし。そいでね、変わらないけど変わったの。僕も大人になるんだって思うの。あとね、えっとね、ネコでも人でもね、王様と過ごせるのが嬉しいの」
「……そうだな。一緒なのは俺も嬉しいよ」

 普段言葉に出来ないネコのジオ。ここぞとばかりに話しだす獣人化の四日間。言葉にするのが難しくても、思った事を素直に吐露するストレートな気持ちはウォリックを毎回悩ませていた。

「ほんと?ネコでもちゃんと見てくれるし、聞いてくれるし、星や空が同じなようにね、僕ね、王様だいすきなのは変わらないって思うの!」

 伸ばした腕の先にあるのは、今は人の手。

「あとねー。この手で掴めるものが沢山あるの。王様の髪に服、手に足も。ご飯だって王様と同じスプーン持てちゃうの。ネコじゃできない事できる手は夢のようなのー」
「……ジオ、夢じゃないだろ」
「僕ね、しあわせ、なの!」
「、っジオ」
「なあにー」

 声のする方を見ればウォリックの上半身が見えた。

 考えて話している間に身体を起こし、側に寄り座っていた王様の手が向かってくる。

 頭をくしゃりと撫で、頬に伝う手はいつでも温もりが心地いい。掠めた耳をぱたっとふるい、自然とネコでいる時の動作で目を閉じてその手に擦り寄った。

 温もりの次に感じたのは鼻先にキス。

 仲良しのあいさつなの。

「んふぅ。王様なの」

 ずし

「あれえ?」

 いつもの挨拶なのに急に身体に何かが乗り重くなって目を開けた。眼前には王様の顔。

「ジオ」
「んー?」

 緩慢と近づく顔は真顔なのに口の端が上がり微笑んでいるようにも見えた。王様が体重をかけてジオに跨り、そして軽く触れるだけのキス。離れてまた唇にキスが降る。

 これも仲良しのあいさつなの。お義父さんとお義母さんがしてたの見た事あるの。それにね、王様とおやすみのときもするの。

 ジオはネコの時もしてるからと、いつの間にか当たり前になった啄ばむキスを受け入れる。王様が自分と仲良しだと確認できるようで心がポカポカするのが気に入っていた。

 ザリッ

「!」
「んふぅ」
「……ジオ」

 だから偶には親愛の挨拶を返そうとジオはウォリックの唇を舐めた。
 暗がりでも王様が少し驚いた顔になったのが見える。何でそんな顔なの?と思い首を傾げれば、その首筋に噛み付くような勢いでウォリックは顔を埋めた。上に被さる体の体重も増すことで次にジオが驚く。

「お、重い、なの」
「ジオ、どれだけ煽れば気が済むんだ」
「あ、おれば?」

 何の事かと眉をハの字にした所だった。首筋に、ちゅっと音が聞こえた次に甘噛みを超えた力の感触。噛まれたと言ってもいい。
 その瞬間ジオの尻尾がブワッと広がり、頭上の耳は威嚇モードで横に倒れた。

「あたー!やめてなの!」
「ジオ」
「王様きらい!」
「は?」
「のいてなの!重いの!」

 ジオはバシバシとウォリックの頭を叩き始める。ぐいぐい腕を突っ張り、あれだけスキスキと好意を投げていた態度が豹変した。

 薄暗くても強い口調で怒ったのはわかるが大好きの後に嫌いと言い切るジオに、ウォリックは唖然とした。

「え?ジオ、痛かったのか、ごめん」
「帰る!」

 ウォリックは何故そんなに怒るのか全く理解できず身体を起こしてジオを自由にした。

 物凄い速さで起きたジオは一目散に城へ走り出す。毛が広がった尻尾を立てたままの後ろ姿を慌てて追いかけた。

「ジオ!」
「ひとりで、帰れるの!」



 それが昨日。一緒に寝るのもせず威嚇してベッドの下に潜り込むし、朝になっても寄っても来ない。もう次の新月までジオと話も出来ないのだ。理由も聞けず不機嫌なままのネコに手をやいていた。

(そんなに嫌だったのか。あれだけ俺を好きと言うのにジオが大人になるまで待つしかないのか。大人っていつだ。俺を嫌いにならないとは限らん。現に嫌いだと言われたぞ。待つばかりじゃ他に好きな人ができないか?)

 気持ち良さそうに鼻がかった声を聴くたびに押し倒したくなるのに。変に駆け引きも無いのにストレート過ぎるのが頭を悩ませるとはこれいかに。

「……はあ」



 それからもう二日、ジオは不機嫌なまま。ウォリックも常時眉間にシワを刻んでいた。側で再々聴かされる溜め息にウンザリしたルードは助け舟を出した。

「ああ?そりゃマウントだな。擬似交尾って意味じゃなく多分各位付けに感じたんだろ。対等に仲良しって言ってるのに、自分が格下だとアピールされて腹立ったんじゃねーの。あのクソネコ、お子様だからな」
「は?」
「ありゃネコだ」
「はあ?」
「まだまだ、だな。ネコの扱い頑張れよ」

 付き合ってらんねーよと仕事に戻る狼を見送り、漸く納得がいくウォリック。

「……ネコ」

 総てを理解するには先が長いことにガクリと項垂れた。

「……謝ろう」

王様のネコ。

それは王様も平伏すネコのジオ。

二人の道のりはまだまだ険しいのであった。
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