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5 獏1
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泰然と慧華は、彩香の言葉が信じられないというように顔を見合わせた。
「呪いが原因ではない、とは?」
「お嬢様に取り憑いているのは獏です。でもそれは本来、人を傷つける存在じゃありません」
彩香は静蘭の枕元に目を落とし、静かに告げる。
泰然の眉がぴくりと動く。黙って様子を窺っていた瑛景も目を細めた。
「まさか、召喚獣か」
「はい。本来、獏は夢を食べる霊獣です。悪夢を食べて、人を安らかに眠らせてくれるんですけど。でも……何かおかしい」
言いながら、彩香は迷いなく書き上げた符を四枚、束ねて瑛景に差し出す。
「瑛景さん、これを部屋の四隅に貼ってください。急いで」
「了解した」
短く答える声は相変わらず冷静そのものだ。
だが部屋を出て行った召喚士のような侮りはない。
彼は彩香の手から符を受け取ると、部屋の四隅へ歩いて行き壁に指先で軽く押さえつけるようにして貼っていく。
泰然は彩香を見つめながら、小さく息を吐いた。
「そなた、若いながらも符術士として幻獣への対処に随分と慣れているのだな」
「いいえ、普段は山で兎や猪を追ってました。最近やっと、鹿を狩る許可を得まして。それに霊獣なんてご大層な獲物を狩るのは初めてです」
答えを聞いた尚夫妻はあからさまにぎょっとする。
「けど父の持つ術は全て受け継ぎました。ですから多分……大丈夫です」
急に心許ない返事に、夫妻は顔を見合わせた。しかしこの少女に頼る以外に道はないと分かっているのだろう。
「お嬢様を助けるには、時間がありません寝台から少し離れてください」
彩香に余計な口出しはせず、黙って指示に従う
尚夫妻を守るように符を貼り終えた瑛景が進み出たのを確認すると、彩香は最後の一枚を手に取った。
「ご無礼、お許しください」
断りを入れてから、彼女はその符を静蘭の額へと貼り付ける。すると貼った直後、部屋の空気が奇妙に揺らぐ。
窓も扉も全て閉じてあるのに、どこからか冷たい風が吹き込んでくる。かと思った次の瞬間、寝台の上の空間がゆらりとひしゃげた。
光が歪み影が寄り集まり、そこに何かの形が生まれていく。
やがて天井近くに、巨大な影が形を表す。
「……あれが、獏か」
瑛景が息を呑む。
現れた獣は、牛ほどもある巨体だ。
本来なら美しい虹彩で輝く毛並みはところどころ煤けたように黒ずみ、威厳を感じさせるはずの顔には、深い苦痛の色が刻まれている。
だが何より目を引くのは、その胴をきつく締め上げている漆黒の鎖だった。
鎖は幾重にも巻き付けられ、霊獣の体に食い込んでいる。
鎖の端は空間のどこか見えない場所へと伸び、誰かの意思と繋がっているのが分かった。
「酷い」
思わずこぼれた彩香の声には、怒りが滲む。
術そのものへの怒りと、利用されている獏への申し訳ない気持ちで唇を噛んだ。
視線の先で獏は苦しげに身をよじり、鎖から逃れようとする。
しかしきつく絡みついた鎖はそれを許さない。
突然、鎖がぎしりと軋んだ。次の瞬間、獏は喉の奥から断末魔のような声を漏らした。
「っ……」
「呪いが原因ではない、とは?」
「お嬢様に取り憑いているのは獏です。でもそれは本来、人を傷つける存在じゃありません」
彩香は静蘭の枕元に目を落とし、静かに告げる。
泰然の眉がぴくりと動く。黙って様子を窺っていた瑛景も目を細めた。
「まさか、召喚獣か」
「はい。本来、獏は夢を食べる霊獣です。悪夢を食べて、人を安らかに眠らせてくれるんですけど。でも……何かおかしい」
言いながら、彩香は迷いなく書き上げた符を四枚、束ねて瑛景に差し出す。
「瑛景さん、これを部屋の四隅に貼ってください。急いで」
「了解した」
短く答える声は相変わらず冷静そのものだ。
だが部屋を出て行った召喚士のような侮りはない。
彼は彩香の手から符を受け取ると、部屋の四隅へ歩いて行き壁に指先で軽く押さえつけるようにして貼っていく。
泰然は彩香を見つめながら、小さく息を吐いた。
「そなた、若いながらも符術士として幻獣への対処に随分と慣れているのだな」
「いいえ、普段は山で兎や猪を追ってました。最近やっと、鹿を狩る許可を得まして。それに霊獣なんてご大層な獲物を狩るのは初めてです」
答えを聞いた尚夫妻はあからさまにぎょっとする。
「けど父の持つ術は全て受け継ぎました。ですから多分……大丈夫です」
急に心許ない返事に、夫妻は顔を見合わせた。しかしこの少女に頼る以外に道はないと分かっているのだろう。
「お嬢様を助けるには、時間がありません寝台から少し離れてください」
彩香に余計な口出しはせず、黙って指示に従う
尚夫妻を守るように符を貼り終えた瑛景が進み出たのを確認すると、彩香は最後の一枚を手に取った。
「ご無礼、お許しください」
断りを入れてから、彼女はその符を静蘭の額へと貼り付ける。すると貼った直後、部屋の空気が奇妙に揺らぐ。
窓も扉も全て閉じてあるのに、どこからか冷たい風が吹き込んでくる。かと思った次の瞬間、寝台の上の空間がゆらりとひしゃげた。
光が歪み影が寄り集まり、そこに何かの形が生まれていく。
やがて天井近くに、巨大な影が形を表す。
「……あれが、獏か」
瑛景が息を呑む。
現れた獣は、牛ほどもある巨体だ。
本来なら美しい虹彩で輝く毛並みはところどころ煤けたように黒ずみ、威厳を感じさせるはずの顔には、深い苦痛の色が刻まれている。
だが何より目を引くのは、その胴をきつく締め上げている漆黒の鎖だった。
鎖は幾重にも巻き付けられ、霊獣の体に食い込んでいる。
鎖の端は空間のどこか見えない場所へと伸び、誰かの意思と繋がっているのが分かった。
「酷い」
思わずこぼれた彩香の声には、怒りが滲む。
術そのものへの怒りと、利用されている獏への申し訳ない気持ちで唇を噛んだ。
視線の先で獏は苦しげに身をよじり、鎖から逃れようとする。
しかしきつく絡みついた鎖はそれを許さない。
突然、鎖がぎしりと軋んだ。次の瞬間、獏は喉の奥から断末魔のような声を漏らした。
「っ……」
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