答えられません、国家機密ですから

ととせ

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(そこまでのことはしない思うけど。二つの派閥がやり合うのなら、きな臭くなる前に早く国外に逃げた方が良いわね)

 幸い今の王族は頭がとても平和な方ばかりだ。勝手に「国家機密」を辞めた小娘を殺そうだなんて考えもしない人達だ。

「短い間だったけど、お世話になりました」

 幼い日からずっと傍で見守り、影として彼女の一挙手一投足を記録してきた男。だが今はその役目を終え、穏やかな初老の顔で微笑んでいる。

「行き先は決めているのですか?」
「ええ、南方の国へ行くの」

 南方は毒を扱う医師が多い土地で、解毒に長けた名医がいると聞いている。王家の解毒薬を飲んでも、未だジェシカの体には毒が残っており、少し無理をすると体調を崩してしまう。
 幸い金は十分すぎるほどある。王家から得た金の一部は隣国の銀行に移してあり、国を出ても旅を続けるには困らない。
 ジェシカの答えを聞き、老人は得心したように頷く。

「私も、それが最善かと思います……レオン、来なさい」

 老人が呼びかけると、どこからともなく黒髪の青年が姿を現す。彼は老人の孫で、幼い頃はジェシカの遊び相手として側に居てくれた一人だ。
 最近は城での仕事を任されており、こうして合うのは数年ぶりだった。

「本当に、レオンなの?」
「はい」

 影としての訓練を受けたレオンは、いつの間にか逞しく成長していた。
 屈託ない笑顔を浮かべる彼は確かに幼い頃の面影がある。
 けれど同じくらいだった背は彼の方が頭一つ分高くなっていて、体つきもがっしりとしている。
 整った面立ちに、陽光を浴びて艶やかに輝く黒髪に黒の瞳。
 自分の知っている、やせっぽちの少年とはまるで別人である。
 ジェシカがぽかんとしていると老人が切り出す。

「……お嬢様、こいつを連れて行ってください。きっと役に立ちます」

 するとレオンがはっとした様子で顔老人を見た。

「よろしいのですか?」

 驚くジェシカに、老人は穏やかに答える。

「ええ。レオンを王族や貴族共の諍いに付き合わせたくはありません。これは影の総意です」
「でも他の方々は?」
「ご安心ください。若い者達から順に、上手く国から離脱させる手はずになっております。まずレオンが「お嬢様の口封じ」という名目で国を出ます。そして出国した後、旅先から我が一族を脱出させる計画です」

 老人の計画にジェシカはなる程と頷いた。

「口封じが失敗しただとか、理由を付ければ応援を呼べるものね。そういう計画なら協力するわ」
「勘違いしないでください」

 レオンは進み出ると、胸に手を当てて丁寧に頭を下げる。

「祖父の計画は本当です。ですがお嬢様、俺は俺の意思であなたを守りたいんです。どうか俺をお連れください」

 
 視線には揺るがない忠誠と、ジェシカに向ける強い想いが浮かんでいる。

「贔屓目抜きに、レオンは優秀ですよ。剣も使えますし、旅の護衛には申し分ありません」

 老人が誇らしげに言う。レオンは耳まで赤くしながら、しかし真剣な声で続ける。

「お嬢様をお守りしたいんです。どうか、お供させてください」

 ジェシカは一瞬だけ目を伏せ、そして柔らかく笑った。

「分かったわ。よろしくね、レオン」

 その一言に、レオンがほっとしたように微笑む。老人も安堵の息を吐き、二人の前へ静かに道を示す。

「どうかご無事で。南方の道は長いですが……あなたなら、きっと大丈夫です」

 ジェシカは軽く頷き、レオンと共に新しい旅路へ踏み出した。
 監視も、縛りも、国家機密もない場所へ。

 自分の人生を歩くために。

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