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第18話-①
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寒くて固い床では眠ることができず、一睡もできぬまま朝が来てしまった。
深くフードを被った全身黒ずくめの男が部屋に入ってきて身を守るように小さくなっていると、男はパンと飲み物を離れた場所に置いてすぐに部屋を出ていった。
そういえば誘拐されてから何も食べていなかった。食欲はなかったがこれからのことを考えるとお腹に入れといた方がいい。
固いパンを食べ終えたタイミングで今度は綺麗に着飾ったレイラが入ってくると、彼女は私を見るなり嘲笑った。
「入ってきて」
レイラがそう言うと後ろから先ほどの男が入ってきて手を縄で拘束されると、レイラに部屋を出るよう言われて重い足取りで彼女の後を付いていく。約半日ぶりに見た陽の光は寝不足の体にはまるで凶器だった。
私は建物を出ると待機していた荷馬車の荷物を入れるほうに入らされる。他にも荷物が入っていて、奥に座らされれば周りからは見えないようになっていた。今回のために用意したようには見えなくて、恐らくこうやって人身売買をしていたのだろう。
お父様とレイラは別の馬車に乗り込むと荷馬車は走り出した。手は縛られたままだから逃げ出すこともできず、このまま馬車は黒の国に入るだろう。
もう二度と大切な人たちに会えない。実感した途端に視界が歪み、私は縛られた手で顔を覆って咽び泣いた。
それから日が暮れて私は黒ずくめの男と森の中で野営をしていた。二人の姿はなかったからどこかで豪勢な宿にでも泊まっているのだろう。
黒い男は調理された何かの肉を渡してきた。手の縄は解いてくれたが代わりに足を縛られている状態でそれを受け取り、肉を口に運ぶ。
久しぶりの温かい食事に緩んだ涙腺からまた涙が頬を流れる。男はこちらを見たがすぐに顔を戻して気づかないふりをしてくれて、それをありがたいと思いながら私は泣きながら塩からい食事を済ませた。
それからまた手を縛られて馬車に戻される。男は何も言わずに毛布を渡してくれて、心の中で感謝して毛布に包まる。
普通なら不安で寝られないところだったたろうけれど、お腹いっぱいになったことと寝不足なこともあり、私はすぐに眠りについた。
◇◇◇
ゴトンゴトン、と揺れる音にゆっくりと瞼を開ける。夢も見ないほどに深い眠りだったらしく、いつの間にかまた馬車は走り出していた。
この状態が悪い夢で、目が覚めたらふかふかのベッドの上だったら良かったのにと思ったけれどそんな都合良くはなくて、私は現実逃避するように毛布に包まった。
それからどのぐらい走ったのか、私を乗せた馬車が停まる。外からは男たちの話し声が聞こえ、耳を澄ますとお父様らしき声が誰かと話しているようだった。
すぐに馬車がまた動き出し、荷物の隙間から外の様子を見ると黒い門が見えて遠ざかっていく。とうとう私は黒の国に入ってしまったらしい。
流れる景色は噂通り薄暗く、皆が黒い服を着ていて生きているのか死んでいるのか分からない正気のない顔をしていた。
私もこの人たちのように自分が死ぬまで終わらない地獄の中で生きていくことになるのだろうかと考えてしまい、慌てて顔を横に振る。
――大丈夫、エリック様とお母様がきっと居なくなった私を探してくれる。お父様の悪事を暴いた彼だもの。すぐにここを見つけてくれる。それまでは、大丈夫。
私は震える左手で指輪が嵌められた右手の薬指を握りしめると馬車がまた停まった。
「――着いたぞ」
「っ!」
男の声に心臓が跳ねる。動けずにいると男が荷台に乗ってきて私の腕を掴み無理やり降ろす。大丈夫と言ったけれど怖いものは怖い。自分の身にこれから何が起きるのだろうか。
震える体に叱咤を打って男の後を歩くと、大きな邸の前にはレイラだけが立っていた。
じっとこちらを見てくるレイラから視線を逸らした時、徐に彼女に手を掴まれて肌身離さず付けていた指輪を抜き取られた。彼女はそれを自身の薬指に嵌めると手を翳す。
エリック様から頂いた自分の命よりも大事な指輪が彼女の指で輝いているのを見た瞬間、頭に血が上るのを感じた。
「ふーん……私の趣味じゃないけれど奴隷の貴方が持っているのは不相応だもの。しょうがないから私がもらって」
「――して」
「え?」
「返して! 返しなさいレイラ!!」
今まで大人しくしていた私がいきなり怒鳴ったことに彼女は今まで見たことのないほどに驚いた顔をしていた。
自分の手が塞がれていなかったら今すぐにでも彼女に掴みかかっていたのではないかと思うほどに腑が煮えくり返っている。
――それは貴方が触っていいものじゃない。それは、それは……エリック様が私のために選んでくれた大切な指輪だ。
「な、なによ……返せばいいんでしょこんなもの!」
私の豹変に驚いたレイラは慌てて指輪を外して地面に投げつけて、慌ててそれを拾う。少し傷がついてしまったけれど手元に返ってきてくれたことにほっと息を吐いた。
「何を騒いでいる。入れ」
邸の中から父が出てくると男に立ち上がらされて、背中を押されて足取り重くの邸の中に入った。
邸の従者、父、レイラ、私、男の順番で趣味の悪い長い廊下を歩く。きっとこの先に私が売り飛ばす相手がいるのだろう。
「ここは平民を管理している大臣の邸だ。ここでお前を奴隷として売り渡す」
「…………」
「ああ、これでようやくお姉様の顔を見なくて済むのね。お母様もこの国にいるのよ?」
「っ!」
義母の名に背筋が凍る。何度も暴言を吐かれ叩かれ、脊髄にまで染み込んだ恐怖。
「お母様も来れば良かったのにお姉様の顔を見たくないんですって。せっかく最後に惨めな姿を見れるっていうのに勿体無いわ」
義母はここに現れないと聞いてほっと胸を撫で下ろす。あの人の顔を見たら私は自分を保てず、妹が望む惨めなところを見せていただろう。
私は細く息を吐き出して気持ちを落ち着かせる。大丈夫、私はこの人たちに泣き縋り付いたりしない。私はブランジェ公爵様の妻になる女なのだから。
先頭を歩いていた従者が大きな扉の前で止まり、開かれた扉の先へ前の二人が入っていく。いざとなると足が震えて動けずにいると、後ろから男に背中を押されて中に入るよう促された。
エリック様、そう心の中で大好きな人の名を呼んで部屋に足を進めた時。
「大丈夫ですよ」
「……え?」
後ろから小さく聞こえた声に振り返ると、黒い男は私に続いて部屋の中に入りドアを閉めた。
深くフードを被った全身黒ずくめの男が部屋に入ってきて身を守るように小さくなっていると、男はパンと飲み物を離れた場所に置いてすぐに部屋を出ていった。
そういえば誘拐されてから何も食べていなかった。食欲はなかったがこれからのことを考えるとお腹に入れといた方がいい。
固いパンを食べ終えたタイミングで今度は綺麗に着飾ったレイラが入ってくると、彼女は私を見るなり嘲笑った。
「入ってきて」
レイラがそう言うと後ろから先ほどの男が入ってきて手を縄で拘束されると、レイラに部屋を出るよう言われて重い足取りで彼女の後を付いていく。約半日ぶりに見た陽の光は寝不足の体にはまるで凶器だった。
私は建物を出ると待機していた荷馬車の荷物を入れるほうに入らされる。他にも荷物が入っていて、奥に座らされれば周りからは見えないようになっていた。今回のために用意したようには見えなくて、恐らくこうやって人身売買をしていたのだろう。
お父様とレイラは別の馬車に乗り込むと荷馬車は走り出した。手は縛られたままだから逃げ出すこともできず、このまま馬車は黒の国に入るだろう。
もう二度と大切な人たちに会えない。実感した途端に視界が歪み、私は縛られた手で顔を覆って咽び泣いた。
それから日が暮れて私は黒ずくめの男と森の中で野営をしていた。二人の姿はなかったからどこかで豪勢な宿にでも泊まっているのだろう。
黒い男は調理された何かの肉を渡してきた。手の縄は解いてくれたが代わりに足を縛られている状態でそれを受け取り、肉を口に運ぶ。
久しぶりの温かい食事に緩んだ涙腺からまた涙が頬を流れる。男はこちらを見たがすぐに顔を戻して気づかないふりをしてくれて、それをありがたいと思いながら私は泣きながら塩からい食事を済ませた。
それからまた手を縛られて馬車に戻される。男は何も言わずに毛布を渡してくれて、心の中で感謝して毛布に包まる。
普通なら不安で寝られないところだったたろうけれど、お腹いっぱいになったことと寝不足なこともあり、私はすぐに眠りについた。
◇◇◇
ゴトンゴトン、と揺れる音にゆっくりと瞼を開ける。夢も見ないほどに深い眠りだったらしく、いつの間にかまた馬車は走り出していた。
この状態が悪い夢で、目が覚めたらふかふかのベッドの上だったら良かったのにと思ったけれどそんな都合良くはなくて、私は現実逃避するように毛布に包まった。
それからどのぐらい走ったのか、私を乗せた馬車が停まる。外からは男たちの話し声が聞こえ、耳を澄ますとお父様らしき声が誰かと話しているようだった。
すぐに馬車がまた動き出し、荷物の隙間から外の様子を見ると黒い門が見えて遠ざかっていく。とうとう私は黒の国に入ってしまったらしい。
流れる景色は噂通り薄暗く、皆が黒い服を着ていて生きているのか死んでいるのか分からない正気のない顔をしていた。
私もこの人たちのように自分が死ぬまで終わらない地獄の中で生きていくことになるのだろうかと考えてしまい、慌てて顔を横に振る。
――大丈夫、エリック様とお母様がきっと居なくなった私を探してくれる。お父様の悪事を暴いた彼だもの。すぐにここを見つけてくれる。それまでは、大丈夫。
私は震える左手で指輪が嵌められた右手の薬指を握りしめると馬車がまた停まった。
「――着いたぞ」
「っ!」
男の声に心臓が跳ねる。動けずにいると男が荷台に乗ってきて私の腕を掴み無理やり降ろす。大丈夫と言ったけれど怖いものは怖い。自分の身にこれから何が起きるのだろうか。
震える体に叱咤を打って男の後を歩くと、大きな邸の前にはレイラだけが立っていた。
じっとこちらを見てくるレイラから視線を逸らした時、徐に彼女に手を掴まれて肌身離さず付けていた指輪を抜き取られた。彼女はそれを自身の薬指に嵌めると手を翳す。
エリック様から頂いた自分の命よりも大事な指輪が彼女の指で輝いているのを見た瞬間、頭に血が上るのを感じた。
「ふーん……私の趣味じゃないけれど奴隷の貴方が持っているのは不相応だもの。しょうがないから私がもらって」
「――して」
「え?」
「返して! 返しなさいレイラ!!」
今まで大人しくしていた私がいきなり怒鳴ったことに彼女は今まで見たことのないほどに驚いた顔をしていた。
自分の手が塞がれていなかったら今すぐにでも彼女に掴みかかっていたのではないかと思うほどに腑が煮えくり返っている。
――それは貴方が触っていいものじゃない。それは、それは……エリック様が私のために選んでくれた大切な指輪だ。
「な、なによ……返せばいいんでしょこんなもの!」
私の豹変に驚いたレイラは慌てて指輪を外して地面に投げつけて、慌ててそれを拾う。少し傷がついてしまったけれど手元に返ってきてくれたことにほっと息を吐いた。
「何を騒いでいる。入れ」
邸の中から父が出てくると男に立ち上がらされて、背中を押されて足取り重くの邸の中に入った。
邸の従者、父、レイラ、私、男の順番で趣味の悪い長い廊下を歩く。きっとこの先に私が売り飛ばす相手がいるのだろう。
「ここは平民を管理している大臣の邸だ。ここでお前を奴隷として売り渡す」
「…………」
「ああ、これでようやくお姉様の顔を見なくて済むのね。お母様もこの国にいるのよ?」
「っ!」
義母の名に背筋が凍る。何度も暴言を吐かれ叩かれ、脊髄にまで染み込んだ恐怖。
「お母様も来れば良かったのにお姉様の顔を見たくないんですって。せっかく最後に惨めな姿を見れるっていうのに勿体無いわ」
義母はここに現れないと聞いてほっと胸を撫で下ろす。あの人の顔を見たら私は自分を保てず、妹が望む惨めなところを見せていただろう。
私は細く息を吐き出して気持ちを落ち着かせる。大丈夫、私はこの人たちに泣き縋り付いたりしない。私はブランジェ公爵様の妻になる女なのだから。
先頭を歩いていた従者が大きな扉の前で止まり、開かれた扉の先へ前の二人が入っていく。いざとなると足が震えて動けずにいると、後ろから男に背中を押されて中に入るよう促された。
エリック様、そう心の中で大好きな人の名を呼んで部屋に足を進めた時。
「大丈夫ですよ」
「……え?」
後ろから小さく聞こえた声に振り返ると、黒い男は私に続いて部屋の中に入りドアを閉めた。
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