高収入悪夢治療バイト・未経験者歓迎

木岡(もくおか)

文字の大きさ
31 / 45
第4章 ケース3:みなみな私のもの

第31話 儘と

しおりを挟む
「……え」

「悪夢始まっちゃったみたいだし行こうか。今日の仕事はきっと怖くないはず」

「……うん」

 凛太は春山が悪夢を怖いのに何でこのバイトを続けているのかを不思議に思ったが、その時聞こうとはしなかった。

 春山は背も低く、元からホラーが得意だとは思っていなかったが、実際このバイトを怖いと言った。凛太の勝手な春山像はホラー映画なんて見たら声を出して怖がりそうだ。

 そんな小さな彼女は臆することなく悪夢治療室へ歩く。

 とまと睡眠治療クリニックは1階にバイト準備室、院長室と各種医療器具や薬品の倉庫があって、2階3階が診察や治療をするフロアだった。悪夢治療室も2階にある。

「おはよう。春山さんに……そして草部君」

「おはようございます」

 今日も馬場院長はご機嫌そうだった。見たところいつもよりもご機嫌そうな度合いは高いかもしれない。今日は約束の日だねとでも言わんばかりにじっと凛太をにやっと見ていた。

「草部君調子はどうだい?」

「まあまあです。今日の患者さんは1人だけなんですよね」

「そうだね。1人だからすぐ終わるよ。早く終わったらコンビニでアイスでも奢ってあげようか。春山さんも。最近暑いから。今も外出たら夜とは思えない熱気がする」

 馬場は白衣の腕をまくって機械をいじっていた。予定では会えばまずやめることをちゃんと言おうと思っていたのだけど、凛太は世間話に付き合った。

「今度休みを作って飲み会とかもやりたいね。夏を乗り切るには休憩も必要だ。バイトの子も看護師さんも一緒にね。草部君はお酒はどうなの。よく飲む?」

「僕はそんなに飲まないですね。飲むときはけっこう飲むんですけど」

「弱い訳ではないんだ?」

「はい……回数は少ないんですけど飲むのは好きです」

「へー。春山さんは苦手だったよね」

「はい。私はあんまり……でも奢ってもらえるなら行きますよ」

「ははは。もちろん僕が奢るよ」

  声を出す前に頭の中で言葉を慎重に選んでしまう。そのせいで口と喉を上手く動かせずイントネーションが変になってしまった。

 凛太の中でバイトをやめるか続けるかの2大勢力がせめぎ合っていた。やめるが圧倒的に優勢だったはずなのに続けるが一転攻勢で勢いを増している。

 バイトの飲み会で春山の隣に座れでもしたら最高じゃないか。好きな子と偶然つながりができるなんて大学生が皆望むシチュエーションだ。

 これから仕事モードに入らないといけないのにそれどころではない。入る夢が怖くなさそうというのもつい考え事にばかり集中してしまう原因だった。

「じゃあまた今度飲み会のスケジュール立てるから君たちも適当に予定開けといてね。今は食べたいアイスでも考えときな」

 腕をまくった先から見える筋肉質で日焼けした手で馬場は機械を閉める。このままでは馬場の思い通りになってしまいそうだがそれを拒んでいない自分もいる。

 隣の機械では春山も寝転がっていて、目を閉じていた。その顔を見るとより考えが揺らぐ……。

 じゃあいっそ勢いに任せて……これから見る夢で……これから見る夢の感じで……自分のこれからを精査しよう。

 凛太はそう決めて、冷たい金属の中でガラス越しに春山の寝顔を見ながらゆっくり目を閉じた。

「おやすみなさーい」


 ……入った夢の中ではこの前と同じように患者らしき人物がすぐ目の前にいた。気持ちの悪い生物が夢の中に出てくるという女の患者。

 まるで待っていたかのように凛太と春山を見ると口角を上げて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...