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第3話
「ただいまー」
仕事から帰ってきた私は、玄関に置いてあったトオルの靴を見て驚いた。いつもは終電で帰ってくるトオルが、家に戻ってきていたからだ。
久しぶりに一緒に時間が過ごせることが嬉しくて、足早にリビングへ向かうと、夕方の茜色の光が差し込むリビングに、電気もつけずに椅子に座っているトオルの姿があった。
私がいつも綺麗を保っているテーブルの上に、何かが置かれている。
「マイ、大切な話がある」
低い声色でトオルが言った。
夫のただならぬ様子に、私は仕事用のバッグを床に置くと、彼と向き合う形で椅子に座った。
視線を落とし、テーブルに置かれた物を見て目を見開く。
それは緑の紙――離婚届だった。
トオルが離婚届を私の前にズイッと差し出した。
「ごらんの通りだ。マイ、離婚してくれ」
「な、なに? どういうことなの!?」
突然離婚を切り出され、私はパニックに陥った。私の前に置かれた離婚届を手に取り、内容を凝視する。
ご丁寧に、トオルが記載する場所は埋められていた。
トオルは仕事用のバッグから一枚の写真を取り出すと、私の前に掲げた。
「お前、不倫してるだろ」
「えっ?」
寝耳に水とはこのことだろう。
私はトオルから写真をひったくった。
写真には、私と知らない男性が腕を組んで歩いているところが映っていた。背景にはきらびやかな建物――いわゆるラブホテルが映っている。
意味が分からなかった。
だって、本当に身に覚えがなかったから。
「こ、この写真は一体なんなの? 私、知らないっ!」
「知らないもなにも、ここに証拠がある。言い逃れはできないだろ」
トオルの言葉はかたくなだった。写真に映っているものが事実だと疑っていなかった。
離婚届の上に写真を置くと、彼は立ち上がった。冷たい視線が私を射貫く。
「夫が一生懸命仕事をしている間に不倫するような女とは一緒にいられない。これを書いて、さっさとこの家から出て行ってくれ」
「そ、そんな……これは何かの間違いよ……だから離婚は……」
「じゃあ、どうやって不倫していないと証明する?」
「そ、それは……」
「目に見える証拠が全てだ」
トオルはきっぱりと言い切った。それでも彼に縋ろうと手を伸ばしたとき、
「あんた、いい加減にしなさいっ!」
突然乱入してきた声に、私は咄嗟に声の方を見た。
そこにいたのは、私の両親だった。
母が大きな足音を立てながら私に近づき、頬を強く叩いた。痛みよりも、突然叩かれた衝撃が足に来て、私の身体が床に崩れ落ちた。遅れて、痺れるような痛みと熱がやってくる。
「私たちも、トオルさんから写真を見せて貰ったわ! 夫を裏切った証拠がちゃんとあるのに、まだ言い訳するの、この子は!」
「違う……違うの、お母さんっ! ねえ、お父さん、信じて……」
父に助けを求めるが、父は無表情のまま首を横に振った。父の手には、写真が数枚握られていた。おそらく、両親が見たという私の不倫の証拠だろう。
父の、静かでありながらも強い怒りを滲ませた声が、部屋の空気を震わせる。
「マイ、まさかお前がこんな恥さらしだとは思わなかった。もう二度とうちの敷居は跨がせない。今すぐ離婚届にサインをして、トオル君を解放してあげなさい」
ここには、私の味方はいなかった。
皆の視線が突き刺さる。居たたまれなかった。
トオルに視線を向けると、彼は僅かに口角を上げていた。それを見てピンとくる。
彼は、私が離婚を拒否すると予想し、先に両親に根回ししたのだ。
そこまでして私と離婚したかったのだ。
私はゆっくりと立ち上がると椅子に座り、離婚届に記入した。記入が終わった離婚届を満足そうに見ながら、トオルが言う。
「その離婚届は、マイが提出しておけ。後、慰謝料は財産分与分で相殺ってことにしておいてやる」
こうして私は、急いでまとめたボストンバッグ一個分の荷物と、仕事用のバッグを持って家を出た。
そこから先のことはあまり覚えていない。
気づけば駅前にある漫画喫茶にいた。
私の所持品は、ボストンバッグと仕事用の鞄だけ。中を開くと、離婚届と、不倫の証拠写真が複数枚入っていた。
ぼんやりとした記憶の中で母が、
「これを見て、自分の行いを反省しなさい!」
と、私のバッグに無理矢理写真を押し込んだシーンが思い出された。
考えがまとまらない頭で写真を見る。
場所は違うが、様々なラブホテルらしき建物の前で、同じ顔の男性と私と映っている。何度見ても、見覚えのない光景だ。
(なんでこんなことに……)
私は頭を抱えてうずくまった。
涙が溢れて止まらなくなる。
突然、夫から離婚を切り出され、家を追い出された。
それも身に覚えのない不倫写真が原因で――
仕事から帰ってきた私は、玄関に置いてあったトオルの靴を見て驚いた。いつもは終電で帰ってくるトオルが、家に戻ってきていたからだ。
久しぶりに一緒に時間が過ごせることが嬉しくて、足早にリビングへ向かうと、夕方の茜色の光が差し込むリビングに、電気もつけずに椅子に座っているトオルの姿があった。
私がいつも綺麗を保っているテーブルの上に、何かが置かれている。
「マイ、大切な話がある」
低い声色でトオルが言った。
夫のただならぬ様子に、私は仕事用のバッグを床に置くと、彼と向き合う形で椅子に座った。
視線を落とし、テーブルに置かれた物を見て目を見開く。
それは緑の紙――離婚届だった。
トオルが離婚届を私の前にズイッと差し出した。
「ごらんの通りだ。マイ、離婚してくれ」
「な、なに? どういうことなの!?」
突然離婚を切り出され、私はパニックに陥った。私の前に置かれた離婚届を手に取り、内容を凝視する。
ご丁寧に、トオルが記載する場所は埋められていた。
トオルは仕事用のバッグから一枚の写真を取り出すと、私の前に掲げた。
「お前、不倫してるだろ」
「えっ?」
寝耳に水とはこのことだろう。
私はトオルから写真をひったくった。
写真には、私と知らない男性が腕を組んで歩いているところが映っていた。背景にはきらびやかな建物――いわゆるラブホテルが映っている。
意味が分からなかった。
だって、本当に身に覚えがなかったから。
「こ、この写真は一体なんなの? 私、知らないっ!」
「知らないもなにも、ここに証拠がある。言い逃れはできないだろ」
トオルの言葉はかたくなだった。写真に映っているものが事実だと疑っていなかった。
離婚届の上に写真を置くと、彼は立ち上がった。冷たい視線が私を射貫く。
「夫が一生懸命仕事をしている間に不倫するような女とは一緒にいられない。これを書いて、さっさとこの家から出て行ってくれ」
「そ、そんな……これは何かの間違いよ……だから離婚は……」
「じゃあ、どうやって不倫していないと証明する?」
「そ、それは……」
「目に見える証拠が全てだ」
トオルはきっぱりと言い切った。それでも彼に縋ろうと手を伸ばしたとき、
「あんた、いい加減にしなさいっ!」
突然乱入してきた声に、私は咄嗟に声の方を見た。
そこにいたのは、私の両親だった。
母が大きな足音を立てながら私に近づき、頬を強く叩いた。痛みよりも、突然叩かれた衝撃が足に来て、私の身体が床に崩れ落ちた。遅れて、痺れるような痛みと熱がやってくる。
「私たちも、トオルさんから写真を見せて貰ったわ! 夫を裏切った証拠がちゃんとあるのに、まだ言い訳するの、この子は!」
「違う……違うの、お母さんっ! ねえ、お父さん、信じて……」
父に助けを求めるが、父は無表情のまま首を横に振った。父の手には、写真が数枚握られていた。おそらく、両親が見たという私の不倫の証拠だろう。
父の、静かでありながらも強い怒りを滲ませた声が、部屋の空気を震わせる。
「マイ、まさかお前がこんな恥さらしだとは思わなかった。もう二度とうちの敷居は跨がせない。今すぐ離婚届にサインをして、トオル君を解放してあげなさい」
ここには、私の味方はいなかった。
皆の視線が突き刺さる。居たたまれなかった。
トオルに視線を向けると、彼は僅かに口角を上げていた。それを見てピンとくる。
彼は、私が離婚を拒否すると予想し、先に両親に根回ししたのだ。
そこまでして私と離婚したかったのだ。
私はゆっくりと立ち上がると椅子に座り、離婚届に記入した。記入が終わった離婚届を満足そうに見ながら、トオルが言う。
「その離婚届は、マイが提出しておけ。後、慰謝料は財産分与分で相殺ってことにしておいてやる」
こうして私は、急いでまとめたボストンバッグ一個分の荷物と、仕事用のバッグを持って家を出た。
そこから先のことはあまり覚えていない。
気づけば駅前にある漫画喫茶にいた。
私の所持品は、ボストンバッグと仕事用の鞄だけ。中を開くと、離婚届と、不倫の証拠写真が複数枚入っていた。
ぼんやりとした記憶の中で母が、
「これを見て、自分の行いを反省しなさい!」
と、私のバッグに無理矢理写真を押し込んだシーンが思い出された。
考えがまとまらない頭で写真を見る。
場所は違うが、様々なラブホテルらしき建物の前で、同じ顔の男性と私と映っている。何度見ても、見覚えのない光景だ。
(なんでこんなことに……)
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それも身に覚えのない不倫写真が原因で――
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