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第5話
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私は、トオルの不倫相手――サオリの後を追っていた。
トオルとは駅で別れている。
プロポーズされたのだからその後ホテルにでも行くのか思っていたのだが、サオリが断っていたのが意外だった。
写真が撮れると思っていたのに。
……まあ、その写真が、何かの役に立つかは分からないけれど、少しでもトオルが浮気をしていた証拠が欲しかった。
サオリは電車に乗り、二つ目の駅で降りた。
私が後をつけていることには気づかず、スマホを取り出したかと思うと電話を始めた。
酔いが回っているせいか、プロポーズされてテンションが上がっているせいか、それとも両方なのか、思いのほか大きな声で通話を始める。
後ろをつけている私にも、会話が筒抜けだ。
「あ、お母さん? 私。うん、元気にやってる」
相手はサオリの母親のようだ。
トオルの言葉を信じて私に詰め寄った母の形相を思い出し、怒りと悲しみがこみ上げる。
私が失った物を、不倫女が持っていることが許せなかった。
「あのね、ほら、この間会った私の彼氏……そうそう、トオルさん。私、今日トオルさんからプロポーズされて指輪を貰ったの! うん、その前から結婚式場の見学には行っていたけど。でもやっぱりきちんとプロポーズされると別の感動があるというか……うん、近々一緒に住もうって話もしてる。トオルさん、持ち家があるから」
あの男、私と婚姻関係を続けていながら、浮気相手の両親と会ったり、結婚式場の見学にも行っていたのか。
それに持ち家……私と一緒に暮らしていた家に違いない。
あの家は、私の両親が、亡くなった祖父母から譲り受けたもの。結婚を機に、私たちの名義にしてくれたのだ。
その家から妻を追い出し、もう別の女を誘い込むつもりなのか。
呆れてものが言えない。どれだ毛深い心臓を持っているのだろう。
怒りが頂点に達しようとしたとき、
「近々、お父さんとお母さんに正式に挨拶に行きたいって話してて……まあ三十三歳で私よりもそこそこ上だけど、真面目な人よ? 仕事一筋だったから、今まで良い出会いがなかったって言ってたでしょ?」
今まで良い出会いがなかった。
その発言に、全身から熱が引いた。
(もしかしてこの人……)
私の予想の答えを、次の会話が与えてくれた。
「お互い初めての結婚だから、何をどうしたらいいのかほんと分からなくて……また色々と教えてね、お母さん」
これを聞いて確信した。
彼女は、トオルが既婚者だとは知らない。
付き合っている人からプロポーズされて、純粋に喜び、親に報告しているのだ。
そう思った瞬間、私の中にあったサオリへの怒りの矛先が、ぶれた。
怒りはある。
だけどそれをサオリにぶつけていいのか、分からなくなったのだ。
いつの間にか、通話が終わっていた。
サオリはバラの花束を抱きしめ、鼻歌を歌いながら、家に向かって歩いている。これからの未来が、光り輝くものだと信じ、歩いている。
プロポーズされた喜びを、すぐに親に報告していた。少しでも後ろめたいことがあったなら、そんなことは出来ないはず。
彼女は、トオルを純粋に信じていた。
自分が知らない間に、不倫相手にされていたとも気づかずに……
それに相手はまだ若い。社会に出てからそれほど経っていないようにも思える。
そんな相手にあの男は……
今度は、ふつふつと怒りが沸いてきた。でもサオリに対してではない。
彼女をだまそうとしているトオルに対してだ。
頭の中がまだ混乱している。考えだってまとまらない。
だけど一つ分かっているのは、何も知らないままサオリを、トオルとこのまま結婚させてはならないということ。
私のような被害者をこれ以上増やさないように。
そして、私を騙してまで彼女と結婚したがったトオルに、
復讐するために――
「サオリさん」
「えっ?」
私が呼び止めると、サオリはもの凄い勢いで振り返ってきた。その瞳には恐怖が見えたけど、私が女性だと分かると、少しだけ警戒心を解いた。
私は相手を安心させるため、少し笑いながら名乗った。
「私、あなたがお付き合いしているイトウトオルの妻のマイと申します」
「……つ、ま?」
サオリをトオルから助けたいと思ったのは本心。
だけど、彼女が目を丸くしながら私を見るその姿に、少しだけ胸がすく思いがした。
トオルとは駅で別れている。
プロポーズされたのだからその後ホテルにでも行くのか思っていたのだが、サオリが断っていたのが意外だった。
写真が撮れると思っていたのに。
……まあ、その写真が、何かの役に立つかは分からないけれど、少しでもトオルが浮気をしていた証拠が欲しかった。
サオリは電車に乗り、二つ目の駅で降りた。
私が後をつけていることには気づかず、スマホを取り出したかと思うと電話を始めた。
酔いが回っているせいか、プロポーズされてテンションが上がっているせいか、それとも両方なのか、思いのほか大きな声で通話を始める。
後ろをつけている私にも、会話が筒抜けだ。
「あ、お母さん? 私。うん、元気にやってる」
相手はサオリの母親のようだ。
トオルの言葉を信じて私に詰め寄った母の形相を思い出し、怒りと悲しみがこみ上げる。
私が失った物を、不倫女が持っていることが許せなかった。
「あのね、ほら、この間会った私の彼氏……そうそう、トオルさん。私、今日トオルさんからプロポーズされて指輪を貰ったの! うん、その前から結婚式場の見学には行っていたけど。でもやっぱりきちんとプロポーズされると別の感動があるというか……うん、近々一緒に住もうって話もしてる。トオルさん、持ち家があるから」
あの男、私と婚姻関係を続けていながら、浮気相手の両親と会ったり、結婚式場の見学にも行っていたのか。
それに持ち家……私と一緒に暮らしていた家に違いない。
あの家は、私の両親が、亡くなった祖父母から譲り受けたもの。結婚を機に、私たちの名義にしてくれたのだ。
その家から妻を追い出し、もう別の女を誘い込むつもりなのか。
呆れてものが言えない。どれだ毛深い心臓を持っているのだろう。
怒りが頂点に達しようとしたとき、
「近々、お父さんとお母さんに正式に挨拶に行きたいって話してて……まあ三十三歳で私よりもそこそこ上だけど、真面目な人よ? 仕事一筋だったから、今まで良い出会いがなかったって言ってたでしょ?」
今まで良い出会いがなかった。
その発言に、全身から熱が引いた。
(もしかしてこの人……)
私の予想の答えを、次の会話が与えてくれた。
「お互い初めての結婚だから、何をどうしたらいいのかほんと分からなくて……また色々と教えてね、お母さん」
これを聞いて確信した。
彼女は、トオルが既婚者だとは知らない。
付き合っている人からプロポーズされて、純粋に喜び、親に報告しているのだ。
そう思った瞬間、私の中にあったサオリへの怒りの矛先が、ぶれた。
怒りはある。
だけどそれをサオリにぶつけていいのか、分からなくなったのだ。
いつの間にか、通話が終わっていた。
サオリはバラの花束を抱きしめ、鼻歌を歌いながら、家に向かって歩いている。これからの未来が、光り輝くものだと信じ、歩いている。
プロポーズされた喜びを、すぐに親に報告していた。少しでも後ろめたいことがあったなら、そんなことは出来ないはず。
彼女は、トオルを純粋に信じていた。
自分が知らない間に、不倫相手にされていたとも気づかずに……
それに相手はまだ若い。社会に出てからそれほど経っていないようにも思える。
そんな相手にあの男は……
今度は、ふつふつと怒りが沸いてきた。でもサオリに対してではない。
彼女をだまそうとしているトオルに対してだ。
頭の中がまだ混乱している。考えだってまとまらない。
だけど一つ分かっているのは、何も知らないままサオリを、トオルとこのまま結婚させてはならないということ。
私のような被害者をこれ以上増やさないように。
そして、私を騙してまで彼女と結婚したがったトオルに、
復讐するために――
「サオリさん」
「えっ?」
私が呼び止めると、サオリはもの凄い勢いで振り返ってきた。その瞳には恐怖が見えたけど、私が女性だと分かると、少しだけ警戒心を解いた。
私は相手を安心させるため、少し笑いながら名乗った。
「私、あなたがお付き合いしているイトウトオルの妻のマイと申します」
「……つ、ま?」
サオリをトオルから助けたいと思ったのは本心。
だけど、彼女が目を丸くしながら私を見るその姿に、少しだけ胸がすく思いがした。
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