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第6話
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「そ、そんな……」
私の話が終わると、サオリはテーブルに突っ伏した。
私たちは今、ファーストフード店にいる。遅い時間にゆっくりと話せる場所が、ここぐらいしかなかったからだ。
湯気が少なくなったコーヒーに口をつける。
(……苦い)
私はもう少し酸味がある方が好きだ。だけど心情的には、この味の方が合っている気がする。
サオリはテーブルに突っ伏したままだ。同じく、ホットティーから湯気が少なくなっていた。
私は彼女に全てを話した。
トオルと結婚してすでに四年目だということ。
昨日、一方的に離婚を切り出され、半ば無理矢理家を追い出されたこと。
そして今日、トオルがサオリにプロポーズしている現場を見てしまったことを。
始めは嘘だと言っていたサオリだったが、スマホに撮りためていた彼との写真や、メッセージアプリのトーク履歴を見せると、顔色を悪くし、無言になっていった。
そして話が終わると、完全に撃沈した。
とりあえず、サオリの気持ちが落ちつくまで、私は黙ってコーヒーを飲み続けた。
しばらくして、
「……つまり私は、不倫相手だったのですね。それも二年間も……」
サオリがゆっくりと顔を上げながら言った。スマホでプロポーズを嬉しそうに報告していた彼女は、もうどこにもいなかった。
目は充血し、話をしていた時間的には二十分ぐらいだったのに、一気に疲れた様子に変わっていた。それほどショックだったのだろう。
まあ、当然だろうが。
軽く話を聞くと、トオルと出会ったのは今から二年前――サオリが二十三歳のときだった。出会いはバーだったらしい。友達と飲んでいたところをトオルに話しかけられ、その後会うたびに一緒に飲むようになり、そういう関係になったのだという。
とはいえ、トオルはサオリに誠実に接していたため、彼女も彼との結婚を意識し始め、両親に紹介した後は、結婚式場を見学するまで話が進んだらしい。
(丁度、トオルが忙しいといって、遅く帰ってきたり家を空けたりすることが増えてきた時期ね)
このときから、夫は私を裏切っていたのだ。
彼の優しさが戻って穏やかに日々が過ごせるよう、気を遣っていた自分が馬鹿らしくなる。
私はコーヒーを飲み干すと、空になった紙コップをテーブルに置いた。コンッという軽い音が響くと同時に、サオリが言った。
「私……訴えられるのですか?」
その瞳には怯えが見えた。だから安心させるように首を振る。
「訴えてもいいけど、サオリさんってトオルが既婚者だって知らなかったんじゃない?」
「えっ? そ、そうですけど……でもなんで……」
「だって、お母さんに報告してたでしょ? そのときに思ったの。ああ、トオルに騙されているんだって。そしたら逆に助けなきゃって思ったの」
「た、助け、る?」
「だってそうでしょ? あの男は私がいるのにあなたと付き合って、プロポーズまでするやつよ? そんなやつが、あなたと結婚したからといって、まともになるとは思えないじゃない。きっと同じ事を繰り返す」
サオリの年齢、服装を見ると、トオルと付き合っていた当時の自分を思い出す。
きっと彼は、このくらいの年齢の女が好きなのだ。
恐らく……いずれサオリも私と同じような歳になれば、捨てられる。証拠はないけれど、何故か確信している。
「私は、あの男の被害者を、一人でも減らしたかったのよ」
私の言葉に、サオリは目を大きく見開いた。こちら凝視しながら、何度か瞬きをすると、
「ふふっ……」
肩を震わせながら笑ったのだ。そしてすぐさま笑ったことを謝罪すると、目尻を拭いながら淡く微笑む。
「そんなの……お人好しすぎますよ……マイさん……」
「あ、もちろん、あいつへの復讐になるという下心もあるのよ? それにあなたが驚いた顔を見たとき、ちょっとスカッとしたから、全然いい人ってわけでは……」
「……ありがとうございます。私……道を誤ってしまいましたけど、マイさんのおかげで最後は正しい道に戻れそうです。それで……」
サオリの表情が真剣なものへと変わった。
私を見据えながら、僅かに声を震わせて問う。
「私への慰謝料はいくらになりますか?」
彼女の覚悟が見えた。
婚約者に騙されていたのにも関わらず、自分の過ちを認めて罪を償おうとしていた。
素直で真っ直ぐな子だ。
だからこそ、
「あなたに慰謝料は請求しない。だってあなたは、トオルに騙されていたんだから」
「私を、信じてくださるのですか?」
「……相手が既婚者だって分かっていて、すぐに自分の親にプロポーズをされたと報告なんて普通しないわ。だからあなたに罪はない。ま、あなたがもっと悪い女だったら良かったのにって思うけど」
自分で言っていて、本当にそう思う。
この子が、もっと悪女だったら良かったのにと。そうすれば、私は何も考えずに二人への復讐のために生きられたのに。
言う通り、私はお人好しすぎるのかもしれない。
サオリは顔を赤くした。
そしてか細い声で、
「……ありがとうございます」
と感謝の言葉を述べた。
本当に素直な子だ。
彼女と話せば話すほど、同情してしまうと同時に、トオルへの怒りが倍増していく。
さて、と私は話を切り替えた。
「サオリさんはこれからどうするつもり?」
「……もちろん、トオルさんとは別れます」
「そっか。それを聞いて、私の気持ちも少しは晴れたかも。あいつが私を騙してまでして結婚しようとした相手との関係を潰せたから」
しかし、サオリの気持ちは違うようだ。俯きながら発した言葉が、怒りで満ちていく。
「それにしても、マイさんに離婚を突きつけ、一方的に追い出すなんて信じられない……ご両親まで騙して……それに私も二年とはいえ、ずっとあの男に騙されていたと思うと……ムカツク……本当にムカツク!」
それもそうだろう。結婚を意識して付き合ってきたのだろうから。
時間だけでなく、未来への夢や希望も打ち砕かれた形になる。精神的ショックは大きいはず。
ショックが大きくなればなるほど、相手への憎しみは強くなるわけで――
俯き、トオルへの憎しみを吐き出していたサオリが、不意に顔を上げた。
「そういえばマイさん、身に覚えのない不倫現場写真を見せられたって言ってましたよね? 一度、見せてもらえませんか? 少し気になることがあるんですよね」
「気になること?」
何故突然そんな話になるのか分からず、私はくしゃくしゃになってしまった写真をとりだした。
視界に入るだけで、昨日のことが蘇って胸が苦しくなる。
サオリは写真を手に取るとじっと見つめると、やっぱり、と小さく呟いた。
「これ、おそらくマイさんの写真とAI画像の合成ですよ」
(えーあい?)
私はコンピューターの知識にとても疎かった。
しかしサオリは今時の子だからか、テーブルの上に写真をおくと、相手の男の手を指さした。
「この男性の手、おかしくないですか?」
確かに、よく見てみると男性の指の数が一本多い。
サオリの指が、背景の看板に移動する。
「ほらっ、看板の字、よく分からない文字になってます」
こちらも言われたとおり、中国語のようでそうじゃないような、不思議な文字だった。
「こんな感じで、AIの画像って一見良く出来ているんですけど、色々と細かいところがおかしかったりするんです」
「つまりこれは、ねつ造されたものってこと?」
「はい。ほぼ間違いないでしょう」
写真を見せられたとき、私は酷く動揺していた。さらに両親だってアナログ人間なので、私よりも機械には疎い。そんな彼らが、この写真がフェイクだと気づけるとは思えなかった。
むしろ写真という形をとっているからこそ信じやすい、というのもあるかもしれない。
写真をねつ造してまでして、私と別れ、サオリと結婚したかったのだろうか。
(こんな偽物の写真に、私は……お父さんもお母さんだって……踊らされた)
激しい怒りが沸き上がる。
気づけば、空になった紙コップを握りつぶしていた。怒りで震える私の手が、不意に温かくなった。
サオリが私の手を包み込んでいたのだ。
こちらを見つめる彼女の瞳が、スッと細められる。
「そうですよね。私も……トオルさ――いえ、あのくそ男が許せません。だから思い知らせてやりませんか?」
サオリは自分のスマホを取り出すと、操作をし、私の前に差し出した。
画面に映るのは、トオルとサオリがツーショットで映っている画像。もちろん、友達とは思えないほどの親密さだ。
彼女の口角が、楽しいといわんばかりに上がった。
「偽物が本物に勝てないことを」
私の話が終わると、サオリはテーブルに突っ伏した。
私たちは今、ファーストフード店にいる。遅い時間にゆっくりと話せる場所が、ここぐらいしかなかったからだ。
湯気が少なくなったコーヒーに口をつける。
(……苦い)
私はもう少し酸味がある方が好きだ。だけど心情的には、この味の方が合っている気がする。
サオリはテーブルに突っ伏したままだ。同じく、ホットティーから湯気が少なくなっていた。
私は彼女に全てを話した。
トオルと結婚してすでに四年目だということ。
昨日、一方的に離婚を切り出され、半ば無理矢理家を追い出されたこと。
そして今日、トオルがサオリにプロポーズしている現場を見てしまったことを。
始めは嘘だと言っていたサオリだったが、スマホに撮りためていた彼との写真や、メッセージアプリのトーク履歴を見せると、顔色を悪くし、無言になっていった。
そして話が終わると、完全に撃沈した。
とりあえず、サオリの気持ちが落ちつくまで、私は黙ってコーヒーを飲み続けた。
しばらくして、
「……つまり私は、不倫相手だったのですね。それも二年間も……」
サオリがゆっくりと顔を上げながら言った。スマホでプロポーズを嬉しそうに報告していた彼女は、もうどこにもいなかった。
目は充血し、話をしていた時間的には二十分ぐらいだったのに、一気に疲れた様子に変わっていた。それほどショックだったのだろう。
まあ、当然だろうが。
軽く話を聞くと、トオルと出会ったのは今から二年前――サオリが二十三歳のときだった。出会いはバーだったらしい。友達と飲んでいたところをトオルに話しかけられ、その後会うたびに一緒に飲むようになり、そういう関係になったのだという。
とはいえ、トオルはサオリに誠実に接していたため、彼女も彼との結婚を意識し始め、両親に紹介した後は、結婚式場を見学するまで話が進んだらしい。
(丁度、トオルが忙しいといって、遅く帰ってきたり家を空けたりすることが増えてきた時期ね)
このときから、夫は私を裏切っていたのだ。
彼の優しさが戻って穏やかに日々が過ごせるよう、気を遣っていた自分が馬鹿らしくなる。
私はコーヒーを飲み干すと、空になった紙コップをテーブルに置いた。コンッという軽い音が響くと同時に、サオリが言った。
「私……訴えられるのですか?」
その瞳には怯えが見えた。だから安心させるように首を振る。
「訴えてもいいけど、サオリさんってトオルが既婚者だって知らなかったんじゃない?」
「えっ? そ、そうですけど……でもなんで……」
「だって、お母さんに報告してたでしょ? そのときに思ったの。ああ、トオルに騙されているんだって。そしたら逆に助けなきゃって思ったの」
「た、助け、る?」
「だってそうでしょ? あの男は私がいるのにあなたと付き合って、プロポーズまでするやつよ? そんなやつが、あなたと結婚したからといって、まともになるとは思えないじゃない。きっと同じ事を繰り返す」
サオリの年齢、服装を見ると、トオルと付き合っていた当時の自分を思い出す。
きっと彼は、このくらいの年齢の女が好きなのだ。
恐らく……いずれサオリも私と同じような歳になれば、捨てられる。証拠はないけれど、何故か確信している。
「私は、あの男の被害者を、一人でも減らしたかったのよ」
私の言葉に、サオリは目を大きく見開いた。こちら凝視しながら、何度か瞬きをすると、
「ふふっ……」
肩を震わせながら笑ったのだ。そしてすぐさま笑ったことを謝罪すると、目尻を拭いながら淡く微笑む。
「そんなの……お人好しすぎますよ……マイさん……」
「あ、もちろん、あいつへの復讐になるという下心もあるのよ? それにあなたが驚いた顔を見たとき、ちょっとスカッとしたから、全然いい人ってわけでは……」
「……ありがとうございます。私……道を誤ってしまいましたけど、マイさんのおかげで最後は正しい道に戻れそうです。それで……」
サオリの表情が真剣なものへと変わった。
私を見据えながら、僅かに声を震わせて問う。
「私への慰謝料はいくらになりますか?」
彼女の覚悟が見えた。
婚約者に騙されていたのにも関わらず、自分の過ちを認めて罪を償おうとしていた。
素直で真っ直ぐな子だ。
だからこそ、
「あなたに慰謝料は請求しない。だってあなたは、トオルに騙されていたんだから」
「私を、信じてくださるのですか?」
「……相手が既婚者だって分かっていて、すぐに自分の親にプロポーズをされたと報告なんて普通しないわ。だからあなたに罪はない。ま、あなたがもっと悪い女だったら良かったのにって思うけど」
自分で言っていて、本当にそう思う。
この子が、もっと悪女だったら良かったのにと。そうすれば、私は何も考えずに二人への復讐のために生きられたのに。
言う通り、私はお人好しすぎるのかもしれない。
サオリは顔を赤くした。
そしてか細い声で、
「……ありがとうございます」
と感謝の言葉を述べた。
本当に素直な子だ。
彼女と話せば話すほど、同情してしまうと同時に、トオルへの怒りが倍増していく。
さて、と私は話を切り替えた。
「サオリさんはこれからどうするつもり?」
「……もちろん、トオルさんとは別れます」
「そっか。それを聞いて、私の気持ちも少しは晴れたかも。あいつが私を騙してまでして結婚しようとした相手との関係を潰せたから」
しかし、サオリの気持ちは違うようだ。俯きながら発した言葉が、怒りで満ちていく。
「それにしても、マイさんに離婚を突きつけ、一方的に追い出すなんて信じられない……ご両親まで騙して……それに私も二年とはいえ、ずっとあの男に騙されていたと思うと……ムカツク……本当にムカツク!」
それもそうだろう。結婚を意識して付き合ってきたのだろうから。
時間だけでなく、未来への夢や希望も打ち砕かれた形になる。精神的ショックは大きいはず。
ショックが大きくなればなるほど、相手への憎しみは強くなるわけで――
俯き、トオルへの憎しみを吐き出していたサオリが、不意に顔を上げた。
「そういえばマイさん、身に覚えのない不倫現場写真を見せられたって言ってましたよね? 一度、見せてもらえませんか? 少し気になることがあるんですよね」
「気になること?」
何故突然そんな話になるのか分からず、私はくしゃくしゃになってしまった写真をとりだした。
視界に入るだけで、昨日のことが蘇って胸が苦しくなる。
サオリは写真を手に取るとじっと見つめると、やっぱり、と小さく呟いた。
「これ、おそらくマイさんの写真とAI画像の合成ですよ」
(えーあい?)
私はコンピューターの知識にとても疎かった。
しかしサオリは今時の子だからか、テーブルの上に写真をおくと、相手の男の手を指さした。
「この男性の手、おかしくないですか?」
確かに、よく見てみると男性の指の数が一本多い。
サオリの指が、背景の看板に移動する。
「ほらっ、看板の字、よく分からない文字になってます」
こちらも言われたとおり、中国語のようでそうじゃないような、不思議な文字だった。
「こんな感じで、AIの画像って一見良く出来ているんですけど、色々と細かいところがおかしかったりするんです」
「つまりこれは、ねつ造されたものってこと?」
「はい。ほぼ間違いないでしょう」
写真を見せられたとき、私は酷く動揺していた。さらに両親だってアナログ人間なので、私よりも機械には疎い。そんな彼らが、この写真がフェイクだと気づけるとは思えなかった。
むしろ写真という形をとっているからこそ信じやすい、というのもあるかもしれない。
写真をねつ造してまでして、私と別れ、サオリと結婚したかったのだろうか。
(こんな偽物の写真に、私は……お父さんもお母さんだって……踊らされた)
激しい怒りが沸き上がる。
気づけば、空になった紙コップを握りつぶしていた。怒りで震える私の手が、不意に温かくなった。
サオリが私の手を包み込んでいたのだ。
こちらを見つめる彼女の瞳が、スッと細められる。
「そうですよね。私も……トオルさ――いえ、あのくそ男が許せません。だから思い知らせてやりませんか?」
サオリは自分のスマホを取り出すと、操作をし、私の前に差し出した。
画面に映るのは、トオルとサオリがツーショットで映っている画像。もちろん、友達とは思えないほどの親密さだ。
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