突然離婚を言い渡された次の日、夫が知らない女にプロポーズしていた

・めぐめぐ・

文字の大きさ
6 / 12

第6話

しおりを挟む
「そ、そんな……」

 私の話が終わると、サオリはテーブルに突っ伏した。

 私たちは今、ファーストフード店にいる。遅い時間にゆっくりと話せる場所が、ここぐらいしかなかったからだ。

 湯気が少なくなったコーヒーに口をつける。

(……苦い)

 私はもう少し酸味がある方が好きだ。だけど心情的には、この味の方が合っている気がする。

 サオリはテーブルに突っ伏したままだ。同じく、ホットティーから湯気が少なくなっていた。

 私は彼女に全てを話した。

 トオルと結婚してすでに四年目だということ。
 昨日、一方的に離婚を切り出され、半ば無理矢理家を追い出されたこと。

 そして今日、トオルがサオリにプロポーズしている現場を見てしまったことを。

 始めは嘘だと言っていたサオリだったが、スマホに撮りためていた彼との写真や、メッセージアプリのトーク履歴を見せると、顔色を悪くし、無言になっていった。

 そして話が終わると、完全に撃沈した。

 とりあえず、サオリの気持ちが落ちつくまで、私は黙ってコーヒーを飲み続けた。

 しばらくして、

「……つまり私は、不倫相手だったのですね。それも二年間も……」

 サオリがゆっくりと顔を上げながら言った。スマホでプロポーズを嬉しそうに報告していた彼女は、もうどこにもいなかった。

 目は充血し、話をしていた時間的には二十分ぐらいだったのに、一気に疲れた様子に変わっていた。それほどショックだったのだろう。

 まあ、当然だろうが。

 軽く話を聞くと、トオルと出会ったのは今から二年前――サオリが二十三歳のときだった。出会いはバーだったらしい。友達と飲んでいたところをトオルに話しかけられ、その後会うたびに一緒に飲むようになり、そういう関係になったのだという。

 とはいえ、トオルはサオリに誠実に接していたため、彼女も彼との結婚を意識し始め、両親に紹介した後は、結婚式場を見学するまで話が進んだらしい。

(丁度、トオルが忙しいといって、遅く帰ってきたり家を空けたりすることが増えてきた時期ね)

 このときから、夫は私を裏切っていたのだ。
 彼の優しさが戻って穏やかに日々が過ごせるよう、気を遣っていた自分が馬鹿らしくなる。

 私はコーヒーを飲み干すと、空になった紙コップをテーブルに置いた。コンッという軽い音が響くと同時に、サオリが言った。

「私……訴えられるのですか?」

 その瞳には怯えが見えた。だから安心させるように首を振る。

「訴えてもいいけど、サオリさんってトオルが既婚者だって知らなかったんじゃない?」
「えっ? そ、そうですけど……でもなんで……」
「だって、お母さんに報告してたでしょ? そのときに思ったの。ああ、トオルに騙されているんだって。そしたら逆に助けなきゃって思ったの」
「た、助け、る?」
「だってそうでしょ? あの男は私がいるのにあなたと付き合って、プロポーズまでするやつよ? そんなやつが、あなたと結婚したからといって、まともになるとは思えないじゃない。きっと同じ事を繰り返す」

 サオリの年齢、服装を見ると、トオルと付き合っていた当時の自分を思い出す。
 きっと彼は、このくらいの年齢の女が好きなのだ。

 恐らく……いずれサオリも私と同じような歳になれば、捨てられる。証拠はないけれど、何故か確信している。

「私は、あの男の被害者を、一人でも減らしたかったのよ」

 私の言葉に、サオリは目を大きく見開いた。こちら凝視しながら、何度か瞬きをすると、

「ふふっ……」

 肩を震わせながら笑ったのだ。そしてすぐさま笑ったことを謝罪すると、目尻を拭いながら淡く微笑む。

「そんなの……お人好しすぎますよ……マイさん……」
「あ、もちろん、あいつへの復讐になるという下心もあるのよ? それにあなたが驚いた顔を見たとき、ちょっとスカッとしたから、全然いい人ってわけでは……」
「……ありがとうございます。私……道を誤ってしまいましたけど、マイさんのおかげで最後は正しい道に戻れそうです。それで……」

 サオリの表情が真剣なものへと変わった。
 私を見据えながら、僅かに声を震わせて問う。

「私への慰謝料はいくらになりますか?」

 彼女の覚悟が見えた。
 婚約者に騙されていたのにも関わらず、自分の過ちを認めて罪を償おうとしていた。

 素直で真っ直ぐな子だ。
 だからこそ、

「あなたに慰謝料は請求しない。だってあなたは、トオルに騙されていたんだから」
「私を、信じてくださるのですか?」
「……相手が既婚者だって分かっていて、すぐに自分の親にプロポーズをされたと報告なんて普通しないわ。だからあなたに罪はない。ま、あなたがもっと悪い女だったら良かったのにって思うけど」

 自分で言っていて、本当にそう思う。
 この子が、もっと悪女だったら良かったのにと。そうすれば、私は何も考えずに二人への復讐のために生きられたのに。

 言う通り、私はお人好しすぎるのかもしれない。

 サオリは顔を赤くした。
 そしてか細い声で、

「……ありがとうございます」

と感謝の言葉を述べた。

 本当に素直な子だ。
 彼女と話せば話すほど、同情してしまうと同時に、トオルへの怒りが倍増していく。

 さて、と私は話を切り替えた。

「サオリさんはこれからどうするつもり?」
「……もちろん、トオルさんとは別れます」
「そっか。それを聞いて、私の気持ちも少しは晴れたかも。あいつが私を騙してまでして結婚しようとした相手との関係を潰せたから」

 しかし、サオリの気持ちは違うようだ。俯きながら発した言葉が、怒りで満ちていく。

「それにしても、マイさんに離婚を突きつけ、一方的に追い出すなんて信じられない……ご両親まで騙して……それに私も二年とはいえ、ずっとあの男に騙されていたと思うと……ムカツク……本当にムカツク!」

 それもそうだろう。結婚を意識して付き合ってきたのだろうから。
 時間だけでなく、未来への夢や希望も打ち砕かれた形になる。精神的ショックは大きいはず。

 ショックが大きくなればなるほど、相手への憎しみは強くなるわけで――

 俯き、トオルへの憎しみを吐き出していたサオリが、不意に顔を上げた。

「そういえばマイさん、身に覚えのない不倫現場写真を見せられたって言ってましたよね? 一度、見せてもらえませんか? 少し気になることがあるんですよね」
「気になること?」

 何故突然そんな話になるのか分からず、私はくしゃくしゃになってしまった写真をとりだした。
 視界に入るだけで、昨日のことが蘇って胸が苦しくなる。

 サオリは写真を手に取るとじっと見つめると、やっぱり、と小さく呟いた。

「これ、おそらくマイさんの写真とAI画像の合成ですよ」

(えーあい?)

 私はコンピューターの知識にとても疎かった。
 しかしサオリは今時の子だからか、テーブルの上に写真をおくと、相手の男の手を指さした。

「この男性の手、おかしくないですか?」

 確かに、よく見てみると男性の指の数が一本多い。
 サオリの指が、背景の看板に移動する。

「ほらっ、看板の字、よく分からない文字になってます」

 こちらも言われたとおり、中国語のようでそうじゃないような、不思議な文字だった。

「こんな感じで、AIの画像って一見良く出来ているんですけど、色々と細かいところがおかしかったりするんです」
「つまりこれは、ねつ造されたものってこと?」
「はい。ほぼ間違いないでしょう」

 写真を見せられたとき、私は酷く動揺していた。さらに両親だってアナログ人間なので、私よりも機械には疎い。そんな彼らが、この写真がフェイクだと気づけるとは思えなかった。

 むしろ写真という形をとっているからこそ信じやすい、というのもあるかもしれない。

 写真をねつ造してまでして、私と別れ、サオリと結婚したかったのだろうか。

(こんな偽物の写真に、私は……お父さんもお母さんだって……踊らされた)

 激しい怒りが沸き上がる。
 気づけば、空になった紙コップを握りつぶしていた。怒りで震える私の手が、不意に温かくなった。

 サオリが私の手を包み込んでいたのだ。

 こちらを見つめる彼女の瞳が、スッと細められる。

「そうですよね。私も……トオルさ――いえ、あのくそ男が許せません。だから思い知らせてやりませんか?」

 サオリは自分のスマホを取り出すと、操作をし、私の前に差し出した。
 画面に映るのは、トオルとサオリがツーショットで映っている画像。もちろん、友達とは思えないほどの親密さだ。

 彼女の口角が、楽しいといわんばかりに上がった。

「偽物が本物に勝てないことを」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

侯爵家を守るのは・・・

透明
恋愛
姑に似ているという理由で母親に虐げられる侯爵令嬢クラリス。 母親似の妹エルシーは両親に愛されすべてを奪っていく。 最愛の人まで妹に奪われそうになるが助けてくれたのは・・・

虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。

音爽(ネソウ)
恋愛
伯爵令嬢と平民娘の純粋だった友情は次第に歪み始めて…… 大ぼら吹きの男と虚言癖がひどい女の末路 (よくある話です) *久しぶりにHOTランキグに入りました。読んでくださった皆様ありがとうございます。 メガホン応援に感謝です。

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...