突然離婚を言い渡された次の日、夫が知らない女にプロポーズしていた

・めぐめぐ・

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第8話

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「久しぶり、トオル」

 指定した喫茶店にやってきたトオルを、私はできるだけ冷静に、と心の中で唱えながら声をかけた。

 正直、今すぐ飛びかかり、その顔に一発食らわせてやりたいが、これからのことを考えグッとこらえる。

 トオルの態度は変わらず、ふてぶてしかった。明らかに私を見下し、面倒くさそうな態度をしたまま、テーブルをはさんで私の前に座った。

「元気そうだな」

 トオルがニヤッと笑いながら、私の全身に視線を向けた。嫌みだとは分かっている。

 離婚を切り出されてから一ヶ月。私の体重は五㎏以上落ちた。頬もこけ、睡眠が浅くなったせいで目の下のクマも酷い。

 それを分かっていながらの彼の発言は、明らかに嫌みだ。

 しかしその余裕も、終わり。

(今だけよ。そんなに余裕な態度でいられるのも……)

 彼のこれからを想像し、口角が上がるのを必死でこらえた。

「それで? 慰謝料の話だったか?」

 アイスコーヒーを注文したトオルが、口火を切った。そしてニヤニヤしながら言葉を続ける。

「俺は別に、財産分与なしでいいんだぜ? 本当はお前にもっと慰謝料を請求したいぐらいだけど……」
「……はっ? 何を言っているの?」

 私の反応に、トオルのにやけ顔が呆気にとられた顔になった。それを見ながら、私はようやく口角を思いっきりあげた。

 ――あげることができた。

「今日は、あなたが私に支払う慰謝料の話をする場よ?」

 そういって私は、トオルから突きつけられた不倫現場写真をテーブルの上に置いた。

 トオルの目が写真――いや、AI画像に釘付けになる。しかしすぐさま気を取り直したのか、私に掴みかかる勢いで身を乗り出してきた。

「お前に払う慰謝料の話だと!? 不倫をしたのはお前だろ!」
「あのときも言ったけれど、私は不倫なんてしていない」
「はぁ!? でもここにある写真が、動かぬ証拠だろ! それに、写真はこの一枚じゃない。お前の親に見せた写真だってあるんだぞ!」
「ええ、知ってるわ。だってお母さんが、私を追い出す前にくれたから」

 そう言って、写真の束をテーブルに出す。
 一瞬だけトオルが息を飲んだがすぐさま反論する。

「な、なら、言い逃れは出来ないだろ! だからこの話は終わりだ!」

 テーブルを強く叩き、トオルが叫んだ。
 声とテーブルを叩く音に、周囲の目がこちらに向けられる。居心地の悪さを感じながら、私は一つ提案をした。

「ここじゃ、他のお客さんの迷惑になるわ。だから、あなたの家で話を続けない?」
「……チッ、いいだろう」

 さすがのトオルにも、周囲と店側の冷たい視線を感じ取ったのだろう。しぶしぶといった様子ではあったが、私の提案に了承した。

 私たちは話し合いの場所を、喫茶店から自宅へと変えた。

 私にとっては、約一ヶ月ぶりの我が家だ。だが出て行った日から、かなり汚れていた。毎日トオルの帰りを待ち、彼が気持ちよく過ごせるように整えていた我が家の変貌に、胸の奥が苦しくなった。

 こいつの家じゃないのに……

 新聞のチラシやゴミが床に散乱したリビングに入ると、私たちはテーブルについた。

「で、一体どういうことだ」

 開口一番、トオルが詰め寄った。先ほどは喫茶店ということもあり、人の目があったけど、それがない今、トオルの態度は先ほどよりも明らかに悪くなっていた。

 下手すれば手を出されるかもしれない雰囲気に、心臓が大きく音を立てる。

 しかし、

(ここからが正念場よ)

 鳩尾に力を込めるとテーブルに再度AI画像を置き、大きく吐き出した息に言葉を乗せた。

「ここに映っている男性……本当に実在するの?」

 トオルの目が大きく見開かれた。痛いところを突かれた、という心の声が、思いっきり顔に出ている。しかしすぐさま表情を改めると、ヘラヘラしながら否定した。

「ははっ、この男のことは、お前が一番良く知ってるだろ?」
「知らないから聞いているんだけど。後、私はこう聞いたのよ? 『ここに映っている男性は、本当に【実在するのか】と」
「じつ、ざい……?」
「端的に言うわね。この画像、AIで作った架空の写真じゃないの? ここに映っている人、場所……私の顔以外は全て、作り物じゃないかって聞いているの」

 トントンっとAI画像を指で叩きながら、私は問う。トオルが口を開こうとしたが、すぐさまバッグから別の不倫証拠写真を取り出した。

「ほら、これも、これも……全部、AIで作られた画像じゃないの。私の顔だけは、過去に撮った写真から切り取ったもののようだけど」
「そ、そんなわけ、ないだろ?」

 トオルの声が僅かに震えている。
 彼が動揺している今がチャンスと、さらに畳みかける。

「そんなわけない? じゃあこれは何? この男性の指、六本あるけど? それに、このポスターの文字、よく見ないと分からないけど、日本語でも英語でもないじゃない」
「お前と手をつないでいるから、そう見えるだけだろ? それに日本語以外の言語のポスターだって、今はどこにも貼られているだろ。外国人観光客だって多いし……」
「なら私の指を含めて十一本っておかしくない? それに韓国語、中国語が分かる人に見て貰ったけど、どちらの言語でもないって言ってたわ」

 続けてショーウインドウを指さす。

「それにここ。棚の位置がおかしくない? 普通は突き出ているのに、この一部だけへこんでる。どうみても不自然よ。建物だって構造的に不自然な部分が多い。ねえ、これを写真だと言い張るなら、いつ・どこで・誰が撮ったの? そこまで明かして貰わないと、私は納得できない」
「うっ、うるせぇ! これは探偵を雇って撮らせたものだ!」
「なら、報告書は? あるでしょ、普通は」
「……うるせえうるせえうるせえっ!!」

 トオルが吠えたかと思うと、突然立ち上がり、私の首元に掴みかかった。鬼の形相という表現がふさわしい顔で、トオルが顔を近づけてくる。恐怖で身体がこわばったけれど、毅然とした態度で彼を見上げる。

「何だよ、その目は……ごちゃごちゃ言うなら、お前の両親を呼んで追い出して貰うぞ! それが嫌なら……」
「私たちはここにいるよ、トオル君」

 トオルの言葉に、突然別の声が重なった。トオルの動きがピタリと止まり、玄関に続く廊下の方を見る。ゆっくりと開いたドアの動きを目で追う。

 現れたのは、

「もう君にそう呼ばれる立場ではないはずだけどね。反応がなかったから、勝手に上がらせて貰ったよ」

 私の両親だった。
 私の首元を掴んでいたトオルは、慌てて自分の手を後ろに隠すと、取り繕うように笑い、私を指さした。

「お、お二人とも良いところに! あなたの娘が俺にいちゃもんをつけて金をせびってきたんです! だから今すぐ連れて帰ってください!」
「もちろん、そのつもりだ。だがその前に――」

 近づいてきた父親が、テーブルに置かれたAI画像の上に、一枚の写真を押しつけるように置いた。

 写真を見たトオルは目をむいた。食い入るようにそれを見て、ゆっくりと父親の方に顔を向ける。

 そこに映っていたのは、一人の女性――サオリとトオルが頬をくっつけ、仲睦まじく画面に収まっている光景だった。

 どう見ても、友達以上のそれに見える写真を指さし、父親が低い声で問う。

「これはどういうことか説明してもらえるかな、トオル君」
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