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魔王アリスフィリアと愛憎の勇者<前編>
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魔王城の広間を、青年が一人歩いていた。
広間の大きな扉は破壊され、煙が上がっている。その向こうでは、城を守っていた魔物たちの死体が積み重なっているのが見えた。
膨大な数の魔物と戦ったというのに、彼の身体には怪我一つない。それどころか息一つ乱していないのだ。
普通の人間が魔物に傷を負わせることすらできないのと同じように、魔物たちも彼に傷一つ負わせることはできない。
ただ一人、城の主以外は――
広間の奥にある真っ赤なぶ厚いカーテンが揺れ、一人の女性が姿を現す。
カーテンと同じ、豪華な深紅のドレスを身にまとった小柄で美しい女性だ。
しかし背中と耳の辺りに蝙蝠型の漆黒の翼があり、長い黒髪の間からのぞく耳は長くとがっていた。瞳は大きめだが細く、決して人がもちえぬ虹色の光を放っている。
通った鼻筋の下には、薄めの小さな唇が膨らんでいる。
現れた人影を捉えた瞬間、青年は唸り声に近い低い声をあげ、敵の名を呼んだ。
「……魔王アリスフィリア」
*
平和だった世界に突如現れた魔王。
それは自らの化身である魔物を生み出し、瞬く間に世界を蹂躙していった。
強靭な肉体、さらに人が持ち得ぬ闇魔法を使う魔物たちに、脆弱な人間が敵うわけがなく、無数の村や町が襲われ、たくさんの人々が殺された。
奴らの目的は娯楽。
ただ自分たちが楽しいという理由で人々を襲い、殺していった。
青年の家族や友人も。
「お前が勇者か」
名を呼ばれた城の主は、口角を持ち上げ笑みを形作った。
次の瞬間、辺り一面の雰囲気が、息もできない程の緊張感で満ちる。今まで敵なしだった彼ですら、身体が強張り呼吸の仕方を忘れそうになる。
しかし魔王から与えられるプレッシャーに折れることなく、青年は重く頷いた。
彼は、人々から世界の平和への希望を託された勇者だった。
人よりも飛びぬけた身体能力、ありとあらゆる武術をすぐさま習得するセンス、通常であれば一つマスター出来れば御の字である魔法を全属性使いこなす魔力量の多さ。
彼の能力は、全てが常人を超えていた。
普通の人間にはない特別な力と素質を見出された彼は、魔王を討伐する勇者として公表され、彼が魔物から人々を救う話が伝わるたびに、人々は彼が魔王を倒し平和をもたらしてくれるのでは、と希望を抱いた。
勇者である彼が身体にかけている防御魔法に気づいたアリスフィリアが、細い瞳をさらに細める。
「その防御魔法、私たちと同じ闇魔法か。光の存在である勇者が、我々がもたらした闇魔法まで習得していると知られれば、人間たちはどう思うかな?」
「……それでお前を倒せるなら、俺は喜んで堕ちてやるよ」
闇魔法は、魔王や魔物のみが使う邪法。
しかし、魔王を倒すのに手段を選んでいられない。
勇者は剣を構えた。
茶色の瞳が美しき女魔王を映した時、生まれ育った村がアリスフィリアと魔物たちによって焼かれ、家族や友人たちが弄ばれ、殺される光景が思い出された。
助けが間に合わず、奴らに滅ぼされた町や村の前で、何度悔し涙を流したか分からない。
彼の双眸が、憎しみと怒りで赤く染まった。
「今日こそお前を倒し、この世界を返してもらうぞ!」
叫んだ瞬間、彼の身体は魔王の背後にあった。
魔力はアリスフィリアの方が格段に多い。そのため、出し惜しみせずに初手の一撃で決める作戦だったのだ。
勇者が持ち得る、ありとあらゆる力がこめられた一太刀が、アリスフィリアの首元を狙う。
しかし、
「なっ⁉」
魔王の肌に触れる前に、剣が砕け散った。
咄嗟に魔法で攻撃を続けようとしたが、アリスフィリアが何かを呟いた瞬間、全ての魔法が解除されてしまった。かけ直そうとしても彼の中の魔力は、反応しない。恐らく魔法自体、封じられてしまったのだろう。
武器を失い、魔法を奪われ丸腰になった彼の身体に、アリスフィリアの手が伸びる。
(この距離だと……避けられないっ!)
何もできない無力さを噛みしめながらも、心だけは最期まで屈しないと、勇者は魔王の虹色に輝く瞳を睨みつけた。
次の瞬間、
「勇者様、会いたかったわっ‼」
アリスフィリアが彼の身体にしがみついたのだ。
勢いがついたまま抱き着いたため、二人はバランスを崩し、勇者が下になるような形で床に倒れてしまった。
咄嗟のことに受け身もとれず、後頭部を強く打ち、痛みで顔を歪める勇者。彼の視界にアリスフィリアが映った。
それはそれは、嬉しくて堪らない、と言わんばかりに蕩けた笑みを浮かべる魔王の姿が。
「ああ……ずっとずっとあなたがここに来るのを心待ちにしていたのよ? こうして会えてとても嬉しいわ、勇者様」
勇者の瞳から一瞬、憎しみも怒りも消えた。
それほど魔王の言葉は、彼の思考を一時停止してしまうほどのインパクトがあったらしい。
しかし理由を聞く前に、アリスフィリアの唇が動いた。
次の瞬間、彼の意識は真っ白に染まり、何も考えられなくなってしまった。
*
アリスフィリアの寝室。
広いベッドの上に横たわって眠る青年の横に、彼女の姿があった。
さっきから勇者の顔を覗きこんでは、真っ赤になった頬を両手で覆う、という行動を繰り返している。
そして、
(ああっ! さっき「お前が勇者か」なんて、さも初対面みたいな発言しちゃったけど、実は勇者だと発表された時にあなたを見て一目惚れしちゃいましたって言ったら引かれるかな? ずっと偵察用の使い魔を彼の傍に常駐させてて、あなたを見てましたっていったらドン引きされるかな⁉)
という謎の心配をしていた。
魔王としてこの世界の頂点に君臨するアリスフィリアは、恋をしていた。
勇者という存在が人々にお披露目された時、彼を殺そうとやって来たアリスフィリアだったが、彼の姿を一目見た瞬間、恋に落ちてしまったのだ。
少しクセのある茶色い髪。顔が小さめだからか、二重の瞳が大きく見える。あれだけ戦い続けたというのに、肌は荒れ一つなく白い。少しこけた頬がなければ、青年というよりも少年に見える幼さがあった。
しかし身体は勇者の名にふさわしく、しっかりと鍛えられている。彼の鎧を外した時、彼女の手を押し返すような筋肉を思い出し、アリスフィリアはまた顔を赤くした。
(あの憎しみのこもった目が凄く好き。私を絶対に殺す、と宣言したあの声も……それに人間でありながら、闇魔法まで習得しているなんて、闇堕ちしてでも私を殺したいってことよね? それだけ私のことで頭が一杯ってことよね? ……はっ! これはもう……両想いってこと⁉)
キャーと小さく悲鳴をあげ、じたばたした瞬間、身じろぎとともに勇者が目を覚ました。
状況が把握できず呆然と天井を見つめていた茶色い瞳が、はっと正気を取り戻し、素早く身体を起こして周囲を見回す。そして、同じベッドの上にいるアリスフィリアの姿を捉えると、反射的と言ってもいい程のスピードでベッドから下り、近くにあった魔法で輝くスタンドライトを彼女に突き付けた。
「何故殺さなかった? 生かしておいて、人間たちの前で俺を嬲り殺すのか?」
勇者が低く問う。
アリスフィリアは動じない。黙って勇者を見つめ返す。
内心、
(ああ、やっぱり素敵っ! 今にも私を射殺そうと言わんばかりの、あの憎しみのこもった瞳……それに、私に敵わないと分かっていながらも、屈しない強い意志……ああ、いいっ! めっちゃいいっ!)
など考えているなど、勇者は欠片も思っていないだろう。
何も反応を見せない魔王に業を煮やしたのか、勇者が攻撃するために動こうとした。その瞬間、
「ま、待って! 私はあなたと戦う意思はないのっ!」
アリスフィリアが両手を突き出して彼の動きを制した。
「私、勇者のお披露目の際に、あなたを一目見た時からずっと好きだったの! だから、私と一緒にいてくれませんか⁉」
「……俺をからかっているのか? 仮に本当であっても、この世界を滅茶苦茶にし、俺の家族や大切な人々を殺したお前を俺が愛するわけがないだろっ!」
スタンドライトを構えながら、勇者は唸り声に近い声色で答えた。もちろん、その瞳には、アリスフィリアの言葉を欠片も信じている様子は見られない。
それが悲しくて、虹色の瞳が涙で潤んだ。両手を胸の前で握るとフルフルと首を横に振る。
「それでもいいの」
「そう言いながら、お前は隙を見て俺を殺すつもりだろ⁉」
「私があなたを愛している限り、殺すなんてしないわっ‼」
「だが俺がお前を殺す。俺を傍に置いておくとなると、常に命の危険に晒されることになるぞ?」
「それでもいいわ」
彼の言葉に、アリスフィリアは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは己の信条に従い、私の命を狙い続ければいい。不意をつければ、もしかすると私を殺すことができるかもしれない。悪くない条件だと思わない?」
「……何が狙いだ。何を考えている⁉」
「何も。私は、ただ愛するあなたが傍にいてくれさえすればいいの。私の本気を示すためにあなたの望むことは、何でも叶えてあげる。って言っても、自分で自分を殺せって言うのはなしだけどね」
「……それなら、今すぐ人間への侵略をやめろ。汚染した大地を蘇らせろ」
「お安い御用よ」
アリスフィリアが指を鳴らすと、魔物たちが人間たちを蹂躙する光景が映像として映し出された。
彼女がふっと息を吹きかけると、映っていた魔物たちの姿が瞬時に消滅する。
「今この瞬間、魔物は全て消したわ。これで、誰一人傷つくことはない」
勇者が外の景色を見たいと告げると、アリスフィリアは彼を城の屋上へと転移させた。
先ほどまで真っ黒だった大地が、美しい緑と土の色で一面覆われているのを見た時、魔王の言葉が真実だと知る。
彼も分かっていた。
正攻法ではアリスフィリアを倒せないことを。
後ろに彼女の気配を感じながら、勇者は悔しさを押し隠すように低く呟いた。
「……俺はお前の命を狙い続ける。お前を愛することなど決してない」
「ええ、それでいいわ」
彼女の嬉しそうな返答を聞いた瞬間、勇者は握っていたスタンドライトを地面に放り投げた。
広間の大きな扉は破壊され、煙が上がっている。その向こうでは、城を守っていた魔物たちの死体が積み重なっているのが見えた。
膨大な数の魔物と戦ったというのに、彼の身体には怪我一つない。それどころか息一つ乱していないのだ。
普通の人間が魔物に傷を負わせることすらできないのと同じように、魔物たちも彼に傷一つ負わせることはできない。
ただ一人、城の主以外は――
広間の奥にある真っ赤なぶ厚いカーテンが揺れ、一人の女性が姿を現す。
カーテンと同じ、豪華な深紅のドレスを身にまとった小柄で美しい女性だ。
しかし背中と耳の辺りに蝙蝠型の漆黒の翼があり、長い黒髪の間からのぞく耳は長くとがっていた。瞳は大きめだが細く、決して人がもちえぬ虹色の光を放っている。
通った鼻筋の下には、薄めの小さな唇が膨らんでいる。
現れた人影を捉えた瞬間、青年は唸り声に近い低い声をあげ、敵の名を呼んだ。
「……魔王アリスフィリア」
*
平和だった世界に突如現れた魔王。
それは自らの化身である魔物を生み出し、瞬く間に世界を蹂躙していった。
強靭な肉体、さらに人が持ち得ぬ闇魔法を使う魔物たちに、脆弱な人間が敵うわけがなく、無数の村や町が襲われ、たくさんの人々が殺された。
奴らの目的は娯楽。
ただ自分たちが楽しいという理由で人々を襲い、殺していった。
青年の家族や友人も。
「お前が勇者か」
名を呼ばれた城の主は、口角を持ち上げ笑みを形作った。
次の瞬間、辺り一面の雰囲気が、息もできない程の緊張感で満ちる。今まで敵なしだった彼ですら、身体が強張り呼吸の仕方を忘れそうになる。
しかし魔王から与えられるプレッシャーに折れることなく、青年は重く頷いた。
彼は、人々から世界の平和への希望を託された勇者だった。
人よりも飛びぬけた身体能力、ありとあらゆる武術をすぐさま習得するセンス、通常であれば一つマスター出来れば御の字である魔法を全属性使いこなす魔力量の多さ。
彼の能力は、全てが常人を超えていた。
普通の人間にはない特別な力と素質を見出された彼は、魔王を討伐する勇者として公表され、彼が魔物から人々を救う話が伝わるたびに、人々は彼が魔王を倒し平和をもたらしてくれるのでは、と希望を抱いた。
勇者である彼が身体にかけている防御魔法に気づいたアリスフィリアが、細い瞳をさらに細める。
「その防御魔法、私たちと同じ闇魔法か。光の存在である勇者が、我々がもたらした闇魔法まで習得していると知られれば、人間たちはどう思うかな?」
「……それでお前を倒せるなら、俺は喜んで堕ちてやるよ」
闇魔法は、魔王や魔物のみが使う邪法。
しかし、魔王を倒すのに手段を選んでいられない。
勇者は剣を構えた。
茶色の瞳が美しき女魔王を映した時、生まれ育った村がアリスフィリアと魔物たちによって焼かれ、家族や友人たちが弄ばれ、殺される光景が思い出された。
助けが間に合わず、奴らに滅ぼされた町や村の前で、何度悔し涙を流したか分からない。
彼の双眸が、憎しみと怒りで赤く染まった。
「今日こそお前を倒し、この世界を返してもらうぞ!」
叫んだ瞬間、彼の身体は魔王の背後にあった。
魔力はアリスフィリアの方が格段に多い。そのため、出し惜しみせずに初手の一撃で決める作戦だったのだ。
勇者が持ち得る、ありとあらゆる力がこめられた一太刀が、アリスフィリアの首元を狙う。
しかし、
「なっ⁉」
魔王の肌に触れる前に、剣が砕け散った。
咄嗟に魔法で攻撃を続けようとしたが、アリスフィリアが何かを呟いた瞬間、全ての魔法が解除されてしまった。かけ直そうとしても彼の中の魔力は、反応しない。恐らく魔法自体、封じられてしまったのだろう。
武器を失い、魔法を奪われ丸腰になった彼の身体に、アリスフィリアの手が伸びる。
(この距離だと……避けられないっ!)
何もできない無力さを噛みしめながらも、心だけは最期まで屈しないと、勇者は魔王の虹色に輝く瞳を睨みつけた。
次の瞬間、
「勇者様、会いたかったわっ‼」
アリスフィリアが彼の身体にしがみついたのだ。
勢いがついたまま抱き着いたため、二人はバランスを崩し、勇者が下になるような形で床に倒れてしまった。
咄嗟のことに受け身もとれず、後頭部を強く打ち、痛みで顔を歪める勇者。彼の視界にアリスフィリアが映った。
それはそれは、嬉しくて堪らない、と言わんばかりに蕩けた笑みを浮かべる魔王の姿が。
「ああ……ずっとずっとあなたがここに来るのを心待ちにしていたのよ? こうして会えてとても嬉しいわ、勇者様」
勇者の瞳から一瞬、憎しみも怒りも消えた。
それほど魔王の言葉は、彼の思考を一時停止してしまうほどのインパクトがあったらしい。
しかし理由を聞く前に、アリスフィリアの唇が動いた。
次の瞬間、彼の意識は真っ白に染まり、何も考えられなくなってしまった。
*
アリスフィリアの寝室。
広いベッドの上に横たわって眠る青年の横に、彼女の姿があった。
さっきから勇者の顔を覗きこんでは、真っ赤になった頬を両手で覆う、という行動を繰り返している。
そして、
(ああっ! さっき「お前が勇者か」なんて、さも初対面みたいな発言しちゃったけど、実は勇者だと発表された時にあなたを見て一目惚れしちゃいましたって言ったら引かれるかな? ずっと偵察用の使い魔を彼の傍に常駐させてて、あなたを見てましたっていったらドン引きされるかな⁉)
という謎の心配をしていた。
魔王としてこの世界の頂点に君臨するアリスフィリアは、恋をしていた。
勇者という存在が人々にお披露目された時、彼を殺そうとやって来たアリスフィリアだったが、彼の姿を一目見た瞬間、恋に落ちてしまったのだ。
少しクセのある茶色い髪。顔が小さめだからか、二重の瞳が大きく見える。あれだけ戦い続けたというのに、肌は荒れ一つなく白い。少しこけた頬がなければ、青年というよりも少年に見える幼さがあった。
しかし身体は勇者の名にふさわしく、しっかりと鍛えられている。彼の鎧を外した時、彼女の手を押し返すような筋肉を思い出し、アリスフィリアはまた顔を赤くした。
(あの憎しみのこもった目が凄く好き。私を絶対に殺す、と宣言したあの声も……それに人間でありながら、闇魔法まで習得しているなんて、闇堕ちしてでも私を殺したいってことよね? それだけ私のことで頭が一杯ってことよね? ……はっ! これはもう……両想いってこと⁉)
キャーと小さく悲鳴をあげ、じたばたした瞬間、身じろぎとともに勇者が目を覚ました。
状況が把握できず呆然と天井を見つめていた茶色い瞳が、はっと正気を取り戻し、素早く身体を起こして周囲を見回す。そして、同じベッドの上にいるアリスフィリアの姿を捉えると、反射的と言ってもいい程のスピードでベッドから下り、近くにあった魔法で輝くスタンドライトを彼女に突き付けた。
「何故殺さなかった? 生かしておいて、人間たちの前で俺を嬲り殺すのか?」
勇者が低く問う。
アリスフィリアは動じない。黙って勇者を見つめ返す。
内心、
(ああ、やっぱり素敵っ! 今にも私を射殺そうと言わんばかりの、あの憎しみのこもった瞳……それに、私に敵わないと分かっていながらも、屈しない強い意志……ああ、いいっ! めっちゃいいっ!)
など考えているなど、勇者は欠片も思っていないだろう。
何も反応を見せない魔王に業を煮やしたのか、勇者が攻撃するために動こうとした。その瞬間、
「ま、待って! 私はあなたと戦う意思はないのっ!」
アリスフィリアが両手を突き出して彼の動きを制した。
「私、勇者のお披露目の際に、あなたを一目見た時からずっと好きだったの! だから、私と一緒にいてくれませんか⁉」
「……俺をからかっているのか? 仮に本当であっても、この世界を滅茶苦茶にし、俺の家族や大切な人々を殺したお前を俺が愛するわけがないだろっ!」
スタンドライトを構えながら、勇者は唸り声に近い声色で答えた。もちろん、その瞳には、アリスフィリアの言葉を欠片も信じている様子は見られない。
それが悲しくて、虹色の瞳が涙で潤んだ。両手を胸の前で握るとフルフルと首を横に振る。
「それでもいいの」
「そう言いながら、お前は隙を見て俺を殺すつもりだろ⁉」
「私があなたを愛している限り、殺すなんてしないわっ‼」
「だが俺がお前を殺す。俺を傍に置いておくとなると、常に命の危険に晒されることになるぞ?」
「それでもいいわ」
彼の言葉に、アリスフィリアは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは己の信条に従い、私の命を狙い続ければいい。不意をつければ、もしかすると私を殺すことができるかもしれない。悪くない条件だと思わない?」
「……何が狙いだ。何を考えている⁉」
「何も。私は、ただ愛するあなたが傍にいてくれさえすればいいの。私の本気を示すためにあなたの望むことは、何でも叶えてあげる。って言っても、自分で自分を殺せって言うのはなしだけどね」
「……それなら、今すぐ人間への侵略をやめろ。汚染した大地を蘇らせろ」
「お安い御用よ」
アリスフィリアが指を鳴らすと、魔物たちが人間たちを蹂躙する光景が映像として映し出された。
彼女がふっと息を吹きかけると、映っていた魔物たちの姿が瞬時に消滅する。
「今この瞬間、魔物は全て消したわ。これで、誰一人傷つくことはない」
勇者が外の景色を見たいと告げると、アリスフィリアは彼を城の屋上へと転移させた。
先ほどまで真っ黒だった大地が、美しい緑と土の色で一面覆われているのを見た時、魔王の言葉が真実だと知る。
彼も分かっていた。
正攻法ではアリスフィリアを倒せないことを。
後ろに彼女の気配を感じながら、勇者は悔しさを押し隠すように低く呟いた。
「……俺はお前の命を狙い続ける。お前を愛することなど決してない」
「ええ、それでいいわ」
彼女の嬉しそうな返答を聞いた瞬間、勇者は握っていたスタンドライトを地面に放り投げた。
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