3 / 39
第3話 手紙
しおりを挟む
気がつけば、私はベッドの上に寝ていた。
モヤがかかったように頭の中がぼんやりしている。
ここはどこ?
見たところ、どこかの宿屋なんだろうけど……
「目が覚めたか?」
声のした方を見ると、私服のマーヴィさんが座っていた。
いつも身につけている鎧はなく、街の人が着ているような布の服姿が新鮮だ。だって旅の間はどこで何があるか分からないと、ずっと鎧を身につけていたから。
目は細くて若干垂れているからか、盾役なんていう過酷な役割を担っているとは思えないほど優しく、穏やかな人柄に見える。
だけど体は、鎧がなくてもすごく大きい。
勇者の力があるダグとは違い、しっかり鍛えておかないと盾役の要である大盾を扱えないからと言って、欠かさず体を鍛えていたのを思い出す。
大きな体格とボサッとした深い茶色の髪のせいで、鎧を着ていないマーヴィさんを初めて見た時の印象はクマさんだった。
もちろん、私よりも三歳も目上の方にクマさんだなんて失礼だと分かっているから口にはしなかったけれど。
「あんた、倒れたことは覚えてるか?」
彼の硬い声色と同情するような黒い瞳に、私はあのときのことを噛みしめるように、ゆっくりと頷いた。
忘れるわけがない。
結婚の約束をした幼馴染みが裏切った瞬間を……
全部夢だったら良かったのに。
「マーヴィさんが、ここまで運んでくださったんですか?」
「ああ。勝手に城下町の宿屋に運んだのは悪かった。城の連中にも引き止められたんだが、あんなことがあったんじゃな……」
「ごめんなさい……私のせいで、マーヴィさんにご迷惑を……」
「いや、俺もあんな無駄に豪華な部屋は居心地が悪くて落ち着かん。あんたの一件がなくても、俺だけは宿屋に泊まるつもりだったし、気にするな」
「……ありがとうございます、マーヴィさん」
嘘か本当かは分からない。だけど私を気遣うマーヴィさんの優しさが、今はとても心に沁みた。
「ダグとあんたが結婚の約束をしていたのは聞いていたから、ショックが大きいのは分かるんだが……その、だな……」
マーヴィさんはものすごく言いにくそうに言葉尻を濁すと、ズボンのポケットから封筒を取り出した。
「あの男から、あんたに渡してくれって預かった」
「……え?」
戸惑いながらも差し出された手紙を受け取ると、マーヴィさんは私に気を遣ってか、部屋を出ようとした。
だけど一人で読むのが怖くて、咄嗟に彼を引き留めた。
「あ、あのっ、ごめんなさい! 手紙を読み終わるまで、ここにいて頂けないでしょうか?」
「いいのか?」
振り返った彼の黒い瞳が、困惑で揺れている。
凄く迷惑なことをお願いしているのは分かってる。分かっているけれど、お願いせずにはいられなかった。
「はい。多分、読み終わったら泣いちゃって、また困らせちゃうかもしれませんが……何もしなくてもいいので、ここにいてくれませんか?」
「分かった」
マーヴィさんの一言が心強かった。
意を決し手紙を開く。
今まで見せてくれたダグの笑顔に、僅かな希望を重ねながら。
だけど手紙を読み進めていくにつれて、涙で文字が滲んでいく。
そこに書かれていたのは、皇女様を選んだやむ終えない理由でも謝罪でもなく、馬鹿な私を嘲笑う言葉の数々だった。
ダグは、一人で魔王討伐に行くのに不安があった。
しかし帝都に呼び出され皇帝と謁見した際、見事魔王討伐に成功すれば、イリス皇女と次期皇帝の座をダグに与えることを約束して貰ったため、討伐に行かないという選択肢は捨てられなかったのだという。
そこで白羽の矢を立てたのが、神聖魔法が使える私だった。
私が彼のことを好きなのを知っていて、プロポーズしたのだ。そうすれば私が、ダグの旅についてくると踏んで。
神聖魔法が役にたてば儲け。
役に立たなければ、いざという時の囮にすればいいと。
最後にはこんなことが書かれていた。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに。女神に選ばれた勇者たる俺には、イリスのような格の高い女が相応しいんだ。お前はもう用無しだ』
この三年、愛する人のためにたくさん怖い思いをした。
悲しい思いもした。
(一体、何のためだったんだろう……)
ダグが今まで見せてくれた笑顔も言葉も、全部全部、嘘だったなんて――
「大丈夫か?」
マーヴィさんの気遣いの言葉で、全ての緊張の糸が途切れてしまった。体から力が抜け、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなる。
「だ、大丈夫……だいじょうぶ、ですか、ら……なに、も、しないでいいっ、うっ、うう、あぁ……」
マーヴィさんを困らせてしまうから涙を止めないとと焦るほど、しゃくりあげる声が大きくなり、嗚咽となって部屋に響いた。
マーヴィさんは、私がお願いしたように何も言わなかった。
だけどハンカチを私に握らせると、泣き止むまで黙ってこの部屋に居続けてくれたのだった。
モヤがかかったように頭の中がぼんやりしている。
ここはどこ?
見たところ、どこかの宿屋なんだろうけど……
「目が覚めたか?」
声のした方を見ると、私服のマーヴィさんが座っていた。
いつも身につけている鎧はなく、街の人が着ているような布の服姿が新鮮だ。だって旅の間はどこで何があるか分からないと、ずっと鎧を身につけていたから。
目は細くて若干垂れているからか、盾役なんていう過酷な役割を担っているとは思えないほど優しく、穏やかな人柄に見える。
だけど体は、鎧がなくてもすごく大きい。
勇者の力があるダグとは違い、しっかり鍛えておかないと盾役の要である大盾を扱えないからと言って、欠かさず体を鍛えていたのを思い出す。
大きな体格とボサッとした深い茶色の髪のせいで、鎧を着ていないマーヴィさんを初めて見た時の印象はクマさんだった。
もちろん、私よりも三歳も目上の方にクマさんだなんて失礼だと分かっているから口にはしなかったけれど。
「あんた、倒れたことは覚えてるか?」
彼の硬い声色と同情するような黒い瞳に、私はあのときのことを噛みしめるように、ゆっくりと頷いた。
忘れるわけがない。
結婚の約束をした幼馴染みが裏切った瞬間を……
全部夢だったら良かったのに。
「マーヴィさんが、ここまで運んでくださったんですか?」
「ああ。勝手に城下町の宿屋に運んだのは悪かった。城の連中にも引き止められたんだが、あんなことがあったんじゃな……」
「ごめんなさい……私のせいで、マーヴィさんにご迷惑を……」
「いや、俺もあんな無駄に豪華な部屋は居心地が悪くて落ち着かん。あんたの一件がなくても、俺だけは宿屋に泊まるつもりだったし、気にするな」
「……ありがとうございます、マーヴィさん」
嘘か本当かは分からない。だけど私を気遣うマーヴィさんの優しさが、今はとても心に沁みた。
「ダグとあんたが結婚の約束をしていたのは聞いていたから、ショックが大きいのは分かるんだが……その、だな……」
マーヴィさんはものすごく言いにくそうに言葉尻を濁すと、ズボンのポケットから封筒を取り出した。
「あの男から、あんたに渡してくれって預かった」
「……え?」
戸惑いながらも差し出された手紙を受け取ると、マーヴィさんは私に気を遣ってか、部屋を出ようとした。
だけど一人で読むのが怖くて、咄嗟に彼を引き留めた。
「あ、あのっ、ごめんなさい! 手紙を読み終わるまで、ここにいて頂けないでしょうか?」
「いいのか?」
振り返った彼の黒い瞳が、困惑で揺れている。
凄く迷惑なことをお願いしているのは分かってる。分かっているけれど、お願いせずにはいられなかった。
「はい。多分、読み終わったら泣いちゃって、また困らせちゃうかもしれませんが……何もしなくてもいいので、ここにいてくれませんか?」
「分かった」
マーヴィさんの一言が心強かった。
意を決し手紙を開く。
今まで見せてくれたダグの笑顔に、僅かな希望を重ねながら。
だけど手紙を読み進めていくにつれて、涙で文字が滲んでいく。
そこに書かれていたのは、皇女様を選んだやむ終えない理由でも謝罪でもなく、馬鹿な私を嘲笑う言葉の数々だった。
ダグは、一人で魔王討伐に行くのに不安があった。
しかし帝都に呼び出され皇帝と謁見した際、見事魔王討伐に成功すれば、イリス皇女と次期皇帝の座をダグに与えることを約束して貰ったため、討伐に行かないという選択肢は捨てられなかったのだという。
そこで白羽の矢を立てたのが、神聖魔法が使える私だった。
私が彼のことを好きなのを知っていて、プロポーズしたのだ。そうすれば私が、ダグの旅についてくると踏んで。
神聖魔法が役にたてば儲け。
役に立たなければ、いざという時の囮にすればいいと。
最後にはこんなことが書かれていた。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに。女神に選ばれた勇者たる俺には、イリスのような格の高い女が相応しいんだ。お前はもう用無しだ』
この三年、愛する人のためにたくさん怖い思いをした。
悲しい思いもした。
(一体、何のためだったんだろう……)
ダグが今まで見せてくれた笑顔も言葉も、全部全部、嘘だったなんて――
「大丈夫か?」
マーヴィさんの気遣いの言葉で、全ての緊張の糸が途切れてしまった。体から力が抜け、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなる。
「だ、大丈夫……だいじょうぶ、ですか、ら……なに、も、しないでいいっ、うっ、うう、あぁ……」
マーヴィさんを困らせてしまうから涙を止めないとと焦るほど、しゃくりあげる声が大きくなり、嗚咽となって部屋に響いた。
マーヴィさんは、私がお願いしたように何も言わなかった。
だけどハンカチを私に握らせると、泣き止むまで黙ってこの部屋に居続けてくれたのだった。
291
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる