断罪された悪役令嬢と断罪した王子は時を巡って運命を変える

あまぞらりゅう

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37 告白

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「ロッティー、大丈夫?」

 目が覚めると、そこはわたくしの寝室だった。今ではレースがふんだんに使われた悪趣味なカーテンやピンク色の調度品は取り払われて、ブラウンと彩度の低いエメラルドグリーンを基調にした落ち着いた部屋に様変わりしていた。
 ベッドをぐるりと囲むようにアルバートお兄様、ダイアナ様、そしてハリー殿下が心配そうにわたくしの顔を覗き込んでいる。

「あの……わたくしは……?」

「シャーロット様は図書館で倒れたのよ。覚えていて?」

「図書館……?」

 わたくしは目を閉じてゆっくりと記憶を辿る。頭がズキズキと痛んだ。

 図書館……薬学……小部屋…………第一王子!

「第一王子っ!!」

 がばりと勢いよく起き上がる。そうだわ、わたくしは図書館で第一王子と対峙して、そして――……、

「っつ……」

 にわかに鈍い頭痛が襲って来た。庇うように両手で頭を覆う。

「まだ無理はしないほうがいい。横になっていなさい」と、お兄様がわたくしの両肩を優しく掴んでベッドに横たえた。

「あの、ハリー殿下は、なぜ……?」と、わたくしは尋ねた。あの場にはダイアナ様がいたので彼女がここにいるのは分かる。でも、ハリー殿下がなぜここにいらっしゃるのかしら? もちろん、来て下さってとっても嬉しいのだけれど。

「ほら、君に付けていた監視から聞いたのさ。びっくりして慌てて飛んで来たよ」

「そうだったのですね。ありがとうございます。ダイアナ様もお兄様も感謝いたしますわ。その……それで……第一王子は……?」

「シャーロット様が倒れたあと第一王子殿下が学園の医務室まで運んでくださったのよ。それで公爵家に連絡してアル様が迎えに来てくださったの」

「第一王子が……わたくしを?」

 わたくしは目を丸くした。
 分からない。あんなにわたくしに酷い言葉を投げ付けてきたのに、わざわざ医務室まで王族が自ら? どういう意図なの?

 ……でも、彼を憎いと思う気持ちは今も心の中で燃え続けているわ。

「兄上にも一応良心の欠片というものが残っていたのだろう」殿下は顔をしかめる。「全く、図々しい」

「ハリー殿下、わたくし、第一王子殿下から酷いことを言われて……」

「それも聞いたよ。あいつ、なんて非道な奴なんだ」と、殿下は吐き捨てるように言った。

「で、殿下。あいつだなんていくらご兄弟でも不敬になりますわ。どこで誰に聞かれているか分かりません」

「いいんだよ。あんなクズ。ロッティーを傷付けるなんて絶対に許さない」




「あの……」

 ダイアナ様がおずおずと手を上げた。

「あっ、ごめんなさい。殿下とのお話に夢中になっちゃったわ」と、わたくしは慌てて彼女のほうを見る。

「いいえ、違うの。シャーロット様に訊きたいことがあって」

「なにかしら?」

 ダイアナ様は少し戸惑った素振りを見せたがそれを振り払うようにすっと軽く息を吸って、

「あたくし、シャーロット様と第一王子の会話を少し聞いてしまいましたの。それで……あたくしの聞き間違いでなければシャーロット様は倒れる直前に断罪した人間を処刑台に送る、って言っていたと思うのだけど……」

「それは……」

 わたくしは困惑して言葉に詰まった。
 まさかあの時の会話をダイアナ様に聞かれていたなんて。第一王子の暴言に激昂して全然周りが見えていなかったわ。

「僕も訊きたいな」とお兄様。「ロッティーが子供の頃に父上に処刑だとか物騒な話をしていたという話を覚えている。それと関係があるのか?」

「…………」

 わたくしが返答に困って押し黙っていると、

「ロッティー、二人には話してもいいんじゃないか?」と、殿下がわたくしの肩を叩いた。

「えっ、で、ですが……」

 わたくしは戸惑った。ここで秘密を暴露したらお兄様とダイアナ様を巻き込むことになるわ。大好きな二人に迷惑なんて掛けられない。

「情けないが、僕だけでは君を守ることができないかもしれない。だから信頼できる二人に味方になってもらおう。どうだろうか?」と、殿下は懇願するようにわたくしの目をじっと見る。

「……そうですね」

 わたくしはゆっくりと頷いた。秘密裏に調査をしていたこともお兄様には筒抜けだったし、もう潮時なのかもしれない。それにこんなに心配してくれている二人に秘密を隠し通して更に心労を掛けるのは不誠実だわ。

「言いづらいなら僕から話そうか?」

「お願いいたします……」

 殿下はふっと微笑んでからわたくしの頭をぽんと撫でた。そして姿勢を正して改めてお兄様とダイアナ様を見やる。瞬時にしてその場の空気がピリリと引き締まった。

「さて、アルバート・ヨーク公爵令息並びにダイアナ・バイロン侯爵令嬢。これから話すことは絶対に他言無用にして欲しいのだが――……」





「嘘だろ……」

「そんな……」

 ハリー殿下の話が一通り終わって、お兄様もダイアナ様も絶句していた。二人とも信じられないといったように目を見張ってわたくしを見ている。

「信じてくれるだろうか?」と殿下。

 お兄様は少しの沈黙のあと手で口を覆って、

「にわかには信じられないが……。しかし、殿下の話と妹のこれまでの行動を顧みると整合性が取れている……」

「お兄様、ハリー殿下は前回の人生でずっとわたくしの味方だったの。最後まで庇ってくださったのよ」

「結局、守れなかったが……」と、殿下は肩を竦める。

「そんなことないわ! 殿下が支えてくださったことが、どんなに心強かったか」

「……だからロッティーは第一王子ではなくヘンリー王子殿下と婚約したかったんだね? やっと理由が分かったよ」

 わたくしは顔を赤らめながら頷いた。

「シャーロット様にこんな悲しいことが起きていたのね……」と、ダイアナ様が涙ぐんだ。

「なぜダイアナ様が泣くのですか」
 わたくしは苦笑いする。同時に胸がぽっと温かくなった気がした。自分のために泣いてくれる友人がいるなんて、前回の人生では考えられなかったから。

「だ、だって、こんなに酷い話ってないじゃない! シャーロット様を散々虚仮にしておいて、それを犬死にだなんて! 馬鹿にしすぎだわ!」

「僕も許せないな……」

 お兄様の握った拳がわなわなと震えていた。怒りを押さえ付けるように反対の手でそれを掴んでいる。

「お兄様、前回の人生ではお兄様が非合法の毒薬を作っているって罪を着せられたらしいの。お兄様が今研究をしている新種の薬草は大丈夫ですわよね? 非合法ではありませんよね?」

 お兄様は顎に手を当ててすっかり考え込んでいる様子だった。
 誰もが口を噤んで、緊張が走る。殿下もダイアナ様も困った顔でお兄様を見た。
 わたくしはごくりと唾を飲み込んだ。まさか、本当に危険なものを研究していらしたの? 前回の人生でも、今回の人生でも……?

「あれは……」

 しばらくしてお兄様がやっと口を開いた。

「あれは、第一王子から依頼されて研究してる薬草だ」

「なんだって!?」

「そうなのですか!?」

「そんなっ!?」

 わたくしたちは仰天して叫んだ。お兄様は静かに話を続ける。

「数ヶ月前に内密に調べて欲しいと言われたんだ。国防に関わるかもしれないから絶対に情報を漏らすな、と」

「まさか、兄上は公爵令息にわざと毒草を与えて陥れようと……?」

「そう考えるのが自然ですわよね。敢えて箝口令を敷くのもアル様一人だけを計略にかけるつもりで?」

「第一王子が……お兄様に…………」

 わたくしは凍り付いた。頭の中は絡まった毛糸のようにごちゃごちゃしていた。
 やっぱり、第一王子は今回もヨーク家に毒牙を向けているの? わたくしたちの存在が邪魔だから? もしかして男爵令嬢からなにか言われているの?
 でも、今回は彼との婚約はこちらから拒否しているのになぜ執拗に攻撃を仕掛けてくるのかしら?


「ヘンリー王子殿下、我々もモーガン家や第一王子支持の家門に警戒をしつつ独自に調査をしてみます。婚約もヘンリー王子殿下と結ぶように父に強く進言しますので、ご安心を」

「ありがとう、公爵令息。頼んだぞ」

「御意」

「アル様、毒草の件はどういたしますの?」

「このまま騙された振りをして尻尾を掴むことも考えたが……家の格的に反撃するのは厳しいかもしれない。だから第一王子には丁重にお断りしてくる。そして証拠も一切残さない」


 翌日、お兄様は王宮へと向かって行った。
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