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第二章 派手に、生まれ変わります!
75 いよいよ終幕です!
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「クロエ……処刑が終わったら、俺と一緒にキンバリーへ行かないか?」
「っ…………」
ユリウスの二度目の求婚に、クロエはまたもや答えられなかった。
◆
パリステラ家の度重なる醜聞は、瞬く間に社交界へと広まった。
侯爵夫人と侯爵令嬢が、母娘揃って禁忌である闇魔法の幻覚剤を使用して、複数の男たちと交わっていた……という前代未聞の大スキャンダルである。それも、聖女がパーティーを開いている、その隣で。
母娘の起死回生の策は、そのまましっぺ返しとなって、二人の醜い噂として実しやかに囁かれていたのだった。
この耳を疑うようなあまりに酷い話は、王都を震撼させた。
ただでさえ、つい先日に魔法大会での不正と姉の婚約者の略奪で酷い悪評をこうむったコートニー・パリステラの新たな所業。しかも母も一緒になって薬で男たちとの火遊びだなんて。
これには、ロバートの怒りはとてつもないものだった。
あの二人のせいで、建国時から続いている名門中の名門・パリステラ家の権威は、もう底の底まで失墜していた。
これまで、ずっと王家に近い場所に立つ高位貴族の座を維持してきたのに、今では爵位こそ侯爵だが、下級貴族の如く軽んじられるようになってしまった。
ロバートは、夜会でも議会でも肩身が狭くなって、王宮でひっそりと降り注ぐ嘲笑は、プライドの高い彼にはとても耐え難いものだった。
彼は外でのストレスを屋敷に持ち込んで、手当り次第に物を破壊し、そして酒に溺れるようになったのだった。
クリスとコートニーは、正式に処刑が決定した。
パリステラ家の次女の二度に渡る不祥事に国王は激怒し、そして闇魔法への見せしめとして、王都の広場での公開処刑が決まったのだ。
ロバートはすぐさま妻と離婚をして、母娘をパリステラ家から放り出したかったが、それは王が許さなかった。二人は侯爵家の夫人と令嬢として、斬首刑を受けることになるのだ。
このことは、聖女として名高いクロエにも、少なからず影響を受けた。
これまで彼女のことを女神だと崇めていた貴族の子女たちは、潮が引くように去って行って、パーティーの招待状もみるみる減っていった。
もう、彼女の隣にいるのは、助手であるジョン・スミス男爵令息だけだった。
彼女は、そんな些末なことなんて問題ないかのように、ただ粛々と聖女としての務めを果たしていった。
噂を丸呑みにした平民の子供から罵倒されることもあったが、そんな無礼な相手にもただ微笑んで治癒を施す姿に、ユリウスは酷く胸が痛んだ。
◆
「なんでっ、あたくしをこんな場所に閉じ込めておくのっ!? 早く出しなさいっ!!」
もう何度目かも分からないクリスの叫び声が、地下牢に響いた。
あんなに美容に気を遣っていた彼女の肌は黒ずんでひび割れ、オイルで綺麗に手入れされていた頭髪も今では輝きを失って、古い糸のようにぐちゃぐちゃに絡まっていた。その痛々しい姿はとても高位貴族には見えず、さながら貧困街の乞食のようだった。
「あたくしはパリステラ侯爵夫人よっ! すぐに旦那様を連れて来なさいっ!!」
またぞろ侯爵夫人の絶叫が響く。
しかし、地下はしんと静まり返ったままで、彼女はただただ声を枯らすだけだった。
「あの女……殺す……殺す…………」
牢獄の隅では、コートニーが膝を抱えてぶつぶつと呟いていた。
彼女は、これまでの威勢はどこかへ置いてきたかのように、ただ静かに異母姉への恨み辛みを囁くだけだった。
あんなに自慢だったつぶらな瞳にはもう光が宿っていなくて、ただクロエへの憎悪の感情だけが身体中を巡っていた。
地下牢に放り込まれて、もう何日たっただろうか。
当初はすぐさま処刑の予定だったが、協議の結果、闇魔法組織の実態を暴いてから刑を施行しようということになった。
クリスを中心に取り調べを行おうとしたが、彼女たちには保護魔法がかかっていて、闇魔法について決して口を割ることはなかった。
そこで、今度はかけられた魔法を解除しようと、王宮の魔導士たちが苦心していた。それは複雑な術式の闇魔法で、国の中枢の魔導士たちにも解除は非常に困難だったのだ。
だから、二人はもう長いこと太陽を見ていなかった。
もっとも、再び地上へ出るときは、彼女たちの最期の日になるのだが。
一度だけロバートが来た。
やっと助かったと思ったら、彼は鬼の形相で二人を罵るだけ罵って、さっさと帰って行った。
それだけだ。
その後は、誰かが訪ねて来ることは二度となかった。
もちろん、母娘の不幸の元凶である忌々しい長女も……。
クリスは声を上げ続けるのに疲れ果てて、その場にへたり込む。もう涙も枯れ果てて、すっかり干からびた双眸で暗闇を見つめていた。
彼女も娘と同様に、継子への憎しみだけが胸に渦巻いていた。
侯爵を誑かして名門貴族を乗っ取るという長期に渡る計画は、一人の小娘によって完全に阻止されてしまったのだ。
しかも、逆に嵌められて、今では処刑を待つ身。
……このような不条理があってなるものか。なんとかして、ここを抜け出して、あの娘に復讐をしなければ。
でないと、死んでも死にきれない。
死の気配はひたひたと間近に迫って来ていた。
何度目かの取り調べのあと、魔導士の来訪がぴたりと止んでしまったのだ。
時間を把握できるのは、今や朝昼晩の規則正しい食事の配膳くらいだ。
もう死を迎えるばかりなのかと、絶望で頭がどうかなりそうだった頃だった。
いつもとは異なる時間に、扉の向こうから微かに足音が聞こえた。
それは深夜にあたる時間帯で、公開処刑のはずなのに、計画が変わったのだろうか……あるいは再び辛い取り調べが再開するのだろうか……と、クリスが首を傾げていたら――、
「侯爵夫人、侯爵令嬢! 助けに参りました!」
二人の前に現れたのは、レイン伯爵令息という……希望の光だった。
「っ…………」
ユリウスの二度目の求婚に、クロエはまたもや答えられなかった。
◆
パリステラ家の度重なる醜聞は、瞬く間に社交界へと広まった。
侯爵夫人と侯爵令嬢が、母娘揃って禁忌である闇魔法の幻覚剤を使用して、複数の男たちと交わっていた……という前代未聞の大スキャンダルである。それも、聖女がパーティーを開いている、その隣で。
母娘の起死回生の策は、そのまましっぺ返しとなって、二人の醜い噂として実しやかに囁かれていたのだった。
この耳を疑うようなあまりに酷い話は、王都を震撼させた。
ただでさえ、つい先日に魔法大会での不正と姉の婚約者の略奪で酷い悪評をこうむったコートニー・パリステラの新たな所業。しかも母も一緒になって薬で男たちとの火遊びだなんて。
これには、ロバートの怒りはとてつもないものだった。
あの二人のせいで、建国時から続いている名門中の名門・パリステラ家の権威は、もう底の底まで失墜していた。
これまで、ずっと王家に近い場所に立つ高位貴族の座を維持してきたのに、今では爵位こそ侯爵だが、下級貴族の如く軽んじられるようになってしまった。
ロバートは、夜会でも議会でも肩身が狭くなって、王宮でひっそりと降り注ぐ嘲笑は、プライドの高い彼にはとても耐え難いものだった。
彼は外でのストレスを屋敷に持ち込んで、手当り次第に物を破壊し、そして酒に溺れるようになったのだった。
クリスとコートニーは、正式に処刑が決定した。
パリステラ家の次女の二度に渡る不祥事に国王は激怒し、そして闇魔法への見せしめとして、王都の広場での公開処刑が決まったのだ。
ロバートはすぐさま妻と離婚をして、母娘をパリステラ家から放り出したかったが、それは王が許さなかった。二人は侯爵家の夫人と令嬢として、斬首刑を受けることになるのだ。
このことは、聖女として名高いクロエにも、少なからず影響を受けた。
これまで彼女のことを女神だと崇めていた貴族の子女たちは、潮が引くように去って行って、パーティーの招待状もみるみる減っていった。
もう、彼女の隣にいるのは、助手であるジョン・スミス男爵令息だけだった。
彼女は、そんな些末なことなんて問題ないかのように、ただ粛々と聖女としての務めを果たしていった。
噂を丸呑みにした平民の子供から罵倒されることもあったが、そんな無礼な相手にもただ微笑んで治癒を施す姿に、ユリウスは酷く胸が痛んだ。
◆
「なんでっ、あたくしをこんな場所に閉じ込めておくのっ!? 早く出しなさいっ!!」
もう何度目かも分からないクリスの叫び声が、地下牢に響いた。
あんなに美容に気を遣っていた彼女の肌は黒ずんでひび割れ、オイルで綺麗に手入れされていた頭髪も今では輝きを失って、古い糸のようにぐちゃぐちゃに絡まっていた。その痛々しい姿はとても高位貴族には見えず、さながら貧困街の乞食のようだった。
「あたくしはパリステラ侯爵夫人よっ! すぐに旦那様を連れて来なさいっ!!」
またぞろ侯爵夫人の絶叫が響く。
しかし、地下はしんと静まり返ったままで、彼女はただただ声を枯らすだけだった。
「あの女……殺す……殺す…………」
牢獄の隅では、コートニーが膝を抱えてぶつぶつと呟いていた。
彼女は、これまでの威勢はどこかへ置いてきたかのように、ただ静かに異母姉への恨み辛みを囁くだけだった。
あんなに自慢だったつぶらな瞳にはもう光が宿っていなくて、ただクロエへの憎悪の感情だけが身体中を巡っていた。
地下牢に放り込まれて、もう何日たっただろうか。
当初はすぐさま処刑の予定だったが、協議の結果、闇魔法組織の実態を暴いてから刑を施行しようということになった。
クリスを中心に取り調べを行おうとしたが、彼女たちには保護魔法がかかっていて、闇魔法について決して口を割ることはなかった。
そこで、今度はかけられた魔法を解除しようと、王宮の魔導士たちが苦心していた。それは複雑な術式の闇魔法で、国の中枢の魔導士たちにも解除は非常に困難だったのだ。
だから、二人はもう長いこと太陽を見ていなかった。
もっとも、再び地上へ出るときは、彼女たちの最期の日になるのだが。
一度だけロバートが来た。
やっと助かったと思ったら、彼は鬼の形相で二人を罵るだけ罵って、さっさと帰って行った。
それだけだ。
その後は、誰かが訪ねて来ることは二度となかった。
もちろん、母娘の不幸の元凶である忌々しい長女も……。
クリスは声を上げ続けるのに疲れ果てて、その場にへたり込む。もう涙も枯れ果てて、すっかり干からびた双眸で暗闇を見つめていた。
彼女も娘と同様に、継子への憎しみだけが胸に渦巻いていた。
侯爵を誑かして名門貴族を乗っ取るという長期に渡る計画は、一人の小娘によって完全に阻止されてしまったのだ。
しかも、逆に嵌められて、今では処刑を待つ身。
……このような不条理があってなるものか。なんとかして、ここを抜け出して、あの娘に復讐をしなければ。
でないと、死んでも死にきれない。
死の気配はひたひたと間近に迫って来ていた。
何度目かの取り調べのあと、魔導士の来訪がぴたりと止んでしまったのだ。
時間を把握できるのは、今や朝昼晩の規則正しい食事の配膳くらいだ。
もう死を迎えるばかりなのかと、絶望で頭がどうかなりそうだった頃だった。
いつもとは異なる時間に、扉の向こうから微かに足音が聞こえた。
それは深夜にあたる時間帯で、公開処刑のはずなのに、計画が変わったのだろうか……あるいは再び辛い取り調べが再開するのだろうか……と、クリスが首を傾げていたら――、
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二人の前に現れたのは、レイン伯爵令息という……希望の光だった。
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