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第三章 クロエは振り子を二度揺らす
79 建国祭の儀式
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年に一度の建国祭では、神殿で重要な式典が行われる。
高位貴族たちの家門の代表が集って、国の境に結界を張る儀式だ。
彼らは王都の神殿に集まり、建国神である初代国王の祭壇の魔法陣へと魔力を注ぐ。
そこを起点として、国境にある五箇所の魔法陣へと魔力が広がって、結界を張り直して完了となる。
儀式では、どの家門が一番魔力を注入したかが注目されていた。
魔法陣には定められた器がある。強い魔力の持ち主は、他の者を押し退けて自身の魔力をそこに押し込むのだ。
その年に一番の魔力量を捧げた家門は、国王から特別な勲章が与えられる。また、家門自体の権威も示せるので、毎年どの貴族も気負い立っていた。
この儀式に参加できるのは侯爵家以上。
当主が家門の中から代表を選ぶという形だが、基本的にはその家の当主自身が、己の威厳を誇示するために役目を担っていた。
パリステラ家も、ずっとロバートが代表になっていた。彼はこの儀式に命をかけていたと言っても過言ではない。
事実、彼は毎年のように勝利していたのだ。屋敷の応接間には、これまで彼が勝ち取った国王からの勲章がずらりと陳列されていた。
彼はなんとしても「建国からの魔法の名門パリステラ家」という称号を保持したかった。
それが、己の使命だと思っていた。
「お父様、私たちは今もパリステラ家の人間です。きっと今年も神殿の儀式にも呼ばれることでしょう」
「っ……!」
ロバートは目を見張る。あんなに意気消沈していたのが嘘かのように、にわかに身体の奥から燃えたぎるような闘志が湧いてきた。
娘の言う通りだ。まだ国王から正式な処分は下されていない。
自分は、現在も正真正銘のパリステラ家の家長なのだ。妻と次女の醜聞は非常に痛かったが、この儀式でまだ挽回はできるはず。
王家へ絶対の忠誠を……そして、今後も「魔法のパリステラ家」として国の中枢に立つことを…………。
「はは……」ロバートは脱力しながら額に手を当てた。「そうだったな。お前の言う通りだ……」
「はい」クロエはにこりと笑って「今年も、お父様が誰よりも多くの魔力を捧げるのです。そうすれば、きっと国王陛下もパリステラ家のことを見捨てないはずです」
ロバートは強く頷いて、
「あぁ……。では早速、準備をしなければな」
「その意気ですわ、お父様」
その日から、ロバートはまるで若返ったかのように、精力的に魔力の調整を始めた。
こんなにやる気に満ち満ちているのは何年ぶりだろう。あれは、初の魔物討伐の任務の日だったか。それとも、初の儀式の参加の日だったか。
まだ若いあの頃の、瑞々しい感覚と高揚感が、彼の胸を満たしていった。
まだ名誉挽回はできる。それに、聖女であるクロエもいる。二人で家門の汚辱を払拭するのだ。
(お父様、魔力はあなたの全てですものね……)
そんな父の様子をクロエは冷めた目で見ていたのだった。
◆◆◆
そしてついに建国祭の日がやって来た。
幸いにも、この日までに国王からの処分は下されなかった。
クロエが聞いた噂によると、王はクリスとコートニーを見つけ出すのが先決だと考えているらしかった。
本来は、二人の処刑を建国祭に合わせて大々的に行う予定だったらしいが、それが叶わずに憤慨していたようだ。
あの母娘は、今もレイン伯爵令息の屋敷の地下にいる。
意識があるのに肉体は動かなくて、伯爵令息とお仲間たちに使い捨ての玩具にされて、きっと今頃は気がおかしくなっているに違いない。
もっとも、あの大量の虫を浴びた瞬間に、既にもう精神がどこかへ飛んで行ってしまった可能性は高いが……。
クロエは父への復讐が完了したら、秘密裏に王家に情報提供しようかとふと考えた。
あの二人が公的に裁かれるのを見るのも悪くない。
それに、レイン伯爵令息から「聖女も闇魔法を使う」と誤解されているままだ。
彼とは、お互いに信頼関係なんて微塵もないので、いつあちらから告発されるか分からない。その前に始末をしておいたほうが良いかもしれない。
貴族たちの目は冷ややかだった。「どの面下げて参加しに来たのだ」と、彼らの視線は語っていた。
あんなにクロエのことを慕っていた令嬢たちも今では他人の振りだ。馬車で神殿へ向かう際は、平民たちも棺を見送るような態度だった。
「これも、今日までた」と、父は自身に言い聞かせるように呟く。
「そうですね」と、クロエは静かに答えた。
父子は、四面楚歌の中、緊張した面持ちで神殿へと足を踏み入れたのだった。
高位貴族たちの家門の代表が集って、国の境に結界を張る儀式だ。
彼らは王都の神殿に集まり、建国神である初代国王の祭壇の魔法陣へと魔力を注ぐ。
そこを起点として、国境にある五箇所の魔法陣へと魔力が広がって、結界を張り直して完了となる。
儀式では、どの家門が一番魔力を注入したかが注目されていた。
魔法陣には定められた器がある。強い魔力の持ち主は、他の者を押し退けて自身の魔力をそこに押し込むのだ。
その年に一番の魔力量を捧げた家門は、国王から特別な勲章が与えられる。また、家門自体の権威も示せるので、毎年どの貴族も気負い立っていた。
この儀式に参加できるのは侯爵家以上。
当主が家門の中から代表を選ぶという形だが、基本的にはその家の当主自身が、己の威厳を誇示するために役目を担っていた。
パリステラ家も、ずっとロバートが代表になっていた。彼はこの儀式に命をかけていたと言っても過言ではない。
事実、彼は毎年のように勝利していたのだ。屋敷の応接間には、これまで彼が勝ち取った国王からの勲章がずらりと陳列されていた。
彼はなんとしても「建国からの魔法の名門パリステラ家」という称号を保持したかった。
それが、己の使命だと思っていた。
「お父様、私たちは今もパリステラ家の人間です。きっと今年も神殿の儀式にも呼ばれることでしょう」
「っ……!」
ロバートは目を見張る。あんなに意気消沈していたのが嘘かのように、にわかに身体の奥から燃えたぎるような闘志が湧いてきた。
娘の言う通りだ。まだ国王から正式な処分は下されていない。
自分は、現在も正真正銘のパリステラ家の家長なのだ。妻と次女の醜聞は非常に痛かったが、この儀式でまだ挽回はできるはず。
王家へ絶対の忠誠を……そして、今後も「魔法のパリステラ家」として国の中枢に立つことを…………。
「はは……」ロバートは脱力しながら額に手を当てた。「そうだったな。お前の言う通りだ……」
「はい」クロエはにこりと笑って「今年も、お父様が誰よりも多くの魔力を捧げるのです。そうすれば、きっと国王陛下もパリステラ家のことを見捨てないはずです」
ロバートは強く頷いて、
「あぁ……。では早速、準備をしなければな」
「その意気ですわ、お父様」
その日から、ロバートはまるで若返ったかのように、精力的に魔力の調整を始めた。
こんなにやる気に満ち満ちているのは何年ぶりだろう。あれは、初の魔物討伐の任務の日だったか。それとも、初の儀式の参加の日だったか。
まだ若いあの頃の、瑞々しい感覚と高揚感が、彼の胸を満たしていった。
まだ名誉挽回はできる。それに、聖女であるクロエもいる。二人で家門の汚辱を払拭するのだ。
(お父様、魔力はあなたの全てですものね……)
そんな父の様子をクロエは冷めた目で見ていたのだった。
◆◆◆
そしてついに建国祭の日がやって来た。
幸いにも、この日までに国王からの処分は下されなかった。
クロエが聞いた噂によると、王はクリスとコートニーを見つけ出すのが先決だと考えているらしかった。
本来は、二人の処刑を建国祭に合わせて大々的に行う予定だったらしいが、それが叶わずに憤慨していたようだ。
あの母娘は、今もレイン伯爵令息の屋敷の地下にいる。
意識があるのに肉体は動かなくて、伯爵令息とお仲間たちに使い捨ての玩具にされて、きっと今頃は気がおかしくなっているに違いない。
もっとも、あの大量の虫を浴びた瞬間に、既にもう精神がどこかへ飛んで行ってしまった可能性は高いが……。
クロエは父への復讐が完了したら、秘密裏に王家に情報提供しようかとふと考えた。
あの二人が公的に裁かれるのを見るのも悪くない。
それに、レイン伯爵令息から「聖女も闇魔法を使う」と誤解されているままだ。
彼とは、お互いに信頼関係なんて微塵もないので、いつあちらから告発されるか分からない。その前に始末をしておいたほうが良いかもしれない。
貴族たちの目は冷ややかだった。「どの面下げて参加しに来たのだ」と、彼らの視線は語っていた。
あんなにクロエのことを慕っていた令嬢たちも今では他人の振りだ。馬車で神殿へ向かう際は、平民たちも棺を見送るような態度だった。
「これも、今日までた」と、父は自身に言い聞かせるように呟く。
「そうですね」と、クロエは静かに答えた。
父子は、四面楚歌の中、緊張した面持ちで神殿へと足を踏み入れたのだった。
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