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第三章 クロエは振り子を二度揺らす
88 普通の、エピローグです
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そして時間は、再び針を進める。
「ここは……?」
眩しさが晴れて目を開けると、そこは鐘塔ではなく、規則正しく石が整列してある――王都の墓地の一角だった。
「俺たちは元の時間軸に戻って来られたのか……?」
ユリウスは腕の中のクロエの瞳を除き込む。オッドアイは再び逆位置に移動していた。
彼女は彼の腕から抜け出し辺りを見回して、
「これはっ!?」
驚いた顔をして、大声を上げた。
そして足元の花を凝視したと思ったら、途端にその場に泣き崩れた。
「クロエ! どうしたんだ!?」
彼は慌てて彼女を抱きかかえる。
彼女は嗚咽しながら、
「この……お花は……私が、母が亡くなって一ヶ月後の命日に、用意したものなの……。お母様の生まれた領地にだけ咲く特別なお花よ……葬儀には、間に合わなかったから…………」
「なんてことだ……!」
ユリウスはぶるりと打ち震えて、凍り付いた。
侯爵夫人は、自分たちを元にいた時間軸の少しだけ前に戻してくれたのだ。
それは、まだクロエの継母も異母妹も、パリステラ家にやって来ていない時間軸。
即ち、クロエが復讐で自らの手を汚していないし、偽聖女だと平民たちが屋敷まで殴り込みに来る前の――、
まだ、なにも始まっていない時間。
侯爵夫人は、自分たちにチャンスを与えてくれたのだ。
真っ白な場所で、最初からやり直す機会を。
「お母様はっ……」クロエは吐き出すように声を出す。「お母様は……魔法を使いすぎて、体内の魔力が枯渇して……そ、そして……生命力まで脅かされて…………命が……………………」
「もういいっ……!」ユリウスはクロエを強く抱きしめる。「それ以上は言うな……っ!!」
しばらくの間、クロエは彼の腕の中で泣き続ける。
そして、
天を仰いで叫んだ。
「お母様は、私を元の世界に還すために、魔力を全て使い果たしてしまったのね……!!」
◆◆◆
キンバリー帝国の帝都が見えてきた。
母国の王都よりはるかに巨大なそれに、クロエは圧倒される。
彼女の前にはユリウスが目を細めて、愛しい婚約者を見つめていた。
ローレンス・ユリウス・キンバリー皇子は、あのあと早速パリステラ家へ赴いて、ロバート・パリステラ侯爵へ娘のクロエ嬢への求婚の話を懇願した。
クロエ・パリステラ侯爵令嬢は、この時点でスコット・ジェンナー公爵令息と婚約をしていたので、多少は揉め事も起きたが、最終的にはユリウスが帝国皇室の権力を利用して、クロエとの婚約をもぎ取った。
その後スコットは、クロエの異母妹であるコートニー・パリステラ侯爵令嬢と新たに婚約を結んだ。
奇しくも、スコットとコートニーは互いに一目惚れをしたらしく、今では良好な関係を築いている。
今後の二人がどうなるかは分からない。
それは、これからの彼ら次第。
でも、二人とも愛する人と幸せになればいいなと、クロエは思った。
きっと、誠実で優しいスコットなら、コートニーの歪んだ心も丸ごと包み込んでくれるはずだと思う。
「クロエ、帝国に着いたらまずはなにをしたい?」
「そうね……まずは時の魔法についての文献を――いえ、もうその必要はないわね」
「ま、そうだな」
「じゃあ、お忍びで帝都に遊びに行きたいわ。あの日みたいに、美味しいもの、いっぱい食べさせて?」
「了解」
馬車はゆるやかに帝都へと入って行った。
活気付いている街は、胸が踊るような明るい未来を予感させる。
ふと、ユリウスはおもむろに席を立って、クロエの隣に座った。そっと婚約者の手を握る。彼の大きな手はとても温かくて、彼女の心も幸福に満たされていく。
クロエの持つペンデュラムのペンダントは、宝石箱の奥に眠っている。
彼女はもう、振り子を揺らさない。
だって、クロエの隣にはユリウスがいて、
ユリウスはいつもクロエを見ていてくれるのだから。
◇ ◇ ◇
長くなってしまった中、最後まで読んでいただき有難うございました。
厚く御礼申し上げます。
2023/4/3 あまぞらりゅう
「ここは……?」
眩しさが晴れて目を開けると、そこは鐘塔ではなく、規則正しく石が整列してある――王都の墓地の一角だった。
「俺たちは元の時間軸に戻って来られたのか……?」
ユリウスは腕の中のクロエの瞳を除き込む。オッドアイは再び逆位置に移動していた。
彼女は彼の腕から抜け出し辺りを見回して、
「これはっ!?」
驚いた顔をして、大声を上げた。
そして足元の花を凝視したと思ったら、途端にその場に泣き崩れた。
「クロエ! どうしたんだ!?」
彼は慌てて彼女を抱きかかえる。
彼女は嗚咽しながら、
「この……お花は……私が、母が亡くなって一ヶ月後の命日に、用意したものなの……。お母様の生まれた領地にだけ咲く特別なお花よ……葬儀には、間に合わなかったから…………」
「なんてことだ……!」
ユリウスはぶるりと打ち震えて、凍り付いた。
侯爵夫人は、自分たちを元にいた時間軸の少しだけ前に戻してくれたのだ。
それは、まだクロエの継母も異母妹も、パリステラ家にやって来ていない時間軸。
即ち、クロエが復讐で自らの手を汚していないし、偽聖女だと平民たちが屋敷まで殴り込みに来る前の――、
まだ、なにも始まっていない時間。
侯爵夫人は、自分たちにチャンスを与えてくれたのだ。
真っ白な場所で、最初からやり直す機会を。
「お母様はっ……」クロエは吐き出すように声を出す。「お母様は……魔法を使いすぎて、体内の魔力が枯渇して……そ、そして……生命力まで脅かされて…………命が……………………」
「もういいっ……!」ユリウスはクロエを強く抱きしめる。「それ以上は言うな……っ!!」
しばらくの間、クロエは彼の腕の中で泣き続ける。
そして、
天を仰いで叫んだ。
「お母様は、私を元の世界に還すために、魔力を全て使い果たしてしまったのね……!!」
◆◆◆
キンバリー帝国の帝都が見えてきた。
母国の王都よりはるかに巨大なそれに、クロエは圧倒される。
彼女の前にはユリウスが目を細めて、愛しい婚約者を見つめていた。
ローレンス・ユリウス・キンバリー皇子は、あのあと早速パリステラ家へ赴いて、ロバート・パリステラ侯爵へ娘のクロエ嬢への求婚の話を懇願した。
クロエ・パリステラ侯爵令嬢は、この時点でスコット・ジェンナー公爵令息と婚約をしていたので、多少は揉め事も起きたが、最終的にはユリウスが帝国皇室の権力を利用して、クロエとの婚約をもぎ取った。
その後スコットは、クロエの異母妹であるコートニー・パリステラ侯爵令嬢と新たに婚約を結んだ。
奇しくも、スコットとコートニーは互いに一目惚れをしたらしく、今では良好な関係を築いている。
今後の二人がどうなるかは分からない。
それは、これからの彼ら次第。
でも、二人とも愛する人と幸せになればいいなと、クロエは思った。
きっと、誠実で優しいスコットなら、コートニーの歪んだ心も丸ごと包み込んでくれるはずだと思う。
「クロエ、帝国に着いたらまずはなにをしたい?」
「そうね……まずは時の魔法についての文献を――いえ、もうその必要はないわね」
「ま、そうだな」
「じゃあ、お忍びで帝都に遊びに行きたいわ。あの日みたいに、美味しいもの、いっぱい食べさせて?」
「了解」
馬車はゆるやかに帝都へと入って行った。
活気付いている街は、胸が踊るような明るい未来を予感させる。
ふと、ユリウスはおもむろに席を立って、クロエの隣に座った。そっと婚約者の手を握る。彼の大きな手はとても温かくて、彼女の心も幸福に満たされていく。
クロエの持つペンデュラムのペンダントは、宝石箱の奥に眠っている。
彼女はもう、振り子を揺らさない。
だって、クロエの隣にはユリウスがいて、
ユリウスはいつもクロエを見ていてくれるのだから。
◇ ◇ ◇
長くなってしまった中、最後まで読んでいただき有難うございました。
厚く御礼申し上げます。
2023/4/3 あまぞらりゅう
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