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29 お騒ぎに巻き込まれましたわ!
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「ぎゃっ!」
何者かが勢いよくキャロラインにぶつかった。
彼女はバランスを崩してつんのめる。すかさず護衛がキャッチして、別の護衛が犯人を捕まえた。
「いてててっ!」
それは双子たちより5歳くらい年上の男の子だった。
その身なりはボロボロで、スラム街の住人のように見える。
「放せっ!」
彼は護衛の腕の中でもがくが、鍛えられた公爵家の護衛騎士はびくともしなかった。
「何をしようとしていた?」
「この姉ちゃんがお貴族様で金をたんまり持ってるって聞いて……」
キャロラインと護衛は顔を見合わせる。今日は完全なお忍びで、目立たないように動いていたのに、どこから情報が漏れたのだろうか。
「それで、わたくしからお金を盗もうとしたのですね?」
「……」
少年は罰の悪そうな顔をして、そっぽを向いた。よく見るとガリガリに痩せていて、彼の生活の苦しさが垣間見れた。
(可哀想に……。生まれが違うだけで、こんなにも……)
キャロラインはきゅっと唇を噛む。
自分は屋敷のこと――身の回りの狭いことばかりで、この世界のことまで考えていなかった。
毎日遊んでばかりで、ノブレス・オブリージュの貴族として何をしていたのだろうか。
「分かりましたわ」
彼女は、懐から金貨を一枚出した。
「奥様!?」
そして少年の手をギュッと握って、金貨を手渡した。
「今日のところはこれで許してくださいな。わたくしたち貴族が、貧しい思いをしないような国を作るように努力しますわ」
「っ……!」
少年は目を白黒させる。まさか本当に金を恵んで貰えるなんて思いも寄らなかった。
この女にスリの真似事をしろと依頼されただけなのに……。
目の前の貴族の手は温かくて、罪悪感が込み上げていく。
少し戸惑ったあと、思い切って口を開いた。
「あ、あの! 実はオレは――」
「俺たちにも金くれよ、姉ちゃん」
その時、少年の後ろから浮浪者のような集団がゾロゾロと現れた。
「姉ちゃん、金くれー」
「金くれよぉー」
「その身体でもいいぜ」
十人近くの男が、キャロラインに向かってフラフラと近寄ってくる。彼らは眼前の女体に絡みつこうと両手を伸ばして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
「はわわわわ……」
波のように押し寄せる大群に、キャロラインはたじろぐ。
今更ながらに令嬢時代に「路上で貧民に金を与えるな」と言われてきたことを思い出して反省した。
つい、聖子としての感覚で、同情心が湧き出てしまったのだ。
「お前たち、離れろっ!」
護衛騎士たちが浮浪者を退けようとするが、向こうのほうが人数が上。
しかも、なぜか屈強な肉体を持っている者も混じっていて、かなり苦戦していた。双子を警護していた騎士も、慌てて参戦する。
「……」
「……」
その悪戦苦闘する様子を、ロレッタとレックスは唖然として眺めていた。初めて見る市井の光景に驚きを隠せなかったのだ。
継母が来る前は、乳母がよく「王都は危険な場所だから滅多なことでは行ってはならない」と目を吊り上げて言っていたっけ。
こういうことだったのだと彼らは理解した。
その時。
「おいでー。おいでー」
双子の後ろから潰れたソプラノみたいな甲高い声が聞こえた。
びっくりして二人が振り返ると、
「坊や、おいでー」
建物の角から双子と同じ大きさくらいのウサギのぬいぐるみが彼らを手招きしていたのだ。
「うさちゃん!」
「おいでー」
レックスはとてとてとウサギに向かって走り出す。
「あっ! ダメぇ!」
ロレッタも慌てて弟の後を追った。
彼女はウサギに抱き付こうとする弟を間一髪のところでつかんで、怪しいぬいぐるみと距離を取った。
ウサギの陰で人が隠れて操っているのを見抜いたのだ。
「しらないひとに、ちかづいちゃダメ!」
「坊や、おいでー。お菓子があるよー」
「おかしー!」
しかしレックスは姉の忠告など聞いちゃいない。もう目の前のウサギのぬいぐるみとお菓子に夢中だった。
「チョコレートもあるの?」
「チョコレートのお山があるよー。お菓子のお家もあるよー」
「ぼく、おかしのおうちにすんで、チョコレートのおやまであそぶ!」
レックスはロレッタの手を振り払って、フラフラとウサギのもとへ歩いていく。
「レックス! ダメよ――もごもご」
次の瞬間、ロレッタの背後から何者かが現れて、大きな手で彼女の口を塞いだ。
「おかしー! わっ!?」
同時に、レックスはウサギの後ろに隠れていた人間に捕まえられて、麻の袋に入れられてしまった。
「や、やっといなくなりましたわ……」
キャロラインに群がっていた浮浪者たちを、やっと追い払うのに成功した。
「わたくしのせいで、申し訳ありませんでしたわ……」
「いえ、奥様が無事で何よりです。お怪我はございませんか?」
「ありがとう。特に問題はございませんわ!」
彼女らが一通り身の回りを確認したあと、
「お子たち~! お待たせしましたわぁ~! あなたたちは、怪我は……あれ?」
振り返ると、ロレッタの姿もレックスの姿も、どこにも見当たらなかった。
何者かが勢いよくキャロラインにぶつかった。
彼女はバランスを崩してつんのめる。すかさず護衛がキャッチして、別の護衛が犯人を捕まえた。
「いてててっ!」
それは双子たちより5歳くらい年上の男の子だった。
その身なりはボロボロで、スラム街の住人のように見える。
「放せっ!」
彼は護衛の腕の中でもがくが、鍛えられた公爵家の護衛騎士はびくともしなかった。
「何をしようとしていた?」
「この姉ちゃんがお貴族様で金をたんまり持ってるって聞いて……」
キャロラインと護衛は顔を見合わせる。今日は完全なお忍びで、目立たないように動いていたのに、どこから情報が漏れたのだろうか。
「それで、わたくしからお金を盗もうとしたのですね?」
「……」
少年は罰の悪そうな顔をして、そっぽを向いた。よく見るとガリガリに痩せていて、彼の生活の苦しさが垣間見れた。
(可哀想に……。生まれが違うだけで、こんなにも……)
キャロラインはきゅっと唇を噛む。
自分は屋敷のこと――身の回りの狭いことばかりで、この世界のことまで考えていなかった。
毎日遊んでばかりで、ノブレス・オブリージュの貴族として何をしていたのだろうか。
「分かりましたわ」
彼女は、懐から金貨を一枚出した。
「奥様!?」
そして少年の手をギュッと握って、金貨を手渡した。
「今日のところはこれで許してくださいな。わたくしたち貴族が、貧しい思いをしないような国を作るように努力しますわ」
「っ……!」
少年は目を白黒させる。まさか本当に金を恵んで貰えるなんて思いも寄らなかった。
この女にスリの真似事をしろと依頼されただけなのに……。
目の前の貴族の手は温かくて、罪悪感が込み上げていく。
少し戸惑ったあと、思い切って口を開いた。
「あ、あの! 実はオレは――」
「俺たちにも金くれよ、姉ちゃん」
その時、少年の後ろから浮浪者のような集団がゾロゾロと現れた。
「姉ちゃん、金くれー」
「金くれよぉー」
「その身体でもいいぜ」
十人近くの男が、キャロラインに向かってフラフラと近寄ってくる。彼らは眼前の女体に絡みつこうと両手を伸ばして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
「はわわわわ……」
波のように押し寄せる大群に、キャロラインはたじろぐ。
今更ながらに令嬢時代に「路上で貧民に金を与えるな」と言われてきたことを思い出して反省した。
つい、聖子としての感覚で、同情心が湧き出てしまったのだ。
「お前たち、離れろっ!」
護衛騎士たちが浮浪者を退けようとするが、向こうのほうが人数が上。
しかも、なぜか屈強な肉体を持っている者も混じっていて、かなり苦戦していた。双子を警護していた騎士も、慌てて参戦する。
「……」
「……」
その悪戦苦闘する様子を、ロレッタとレックスは唖然として眺めていた。初めて見る市井の光景に驚きを隠せなかったのだ。
継母が来る前は、乳母がよく「王都は危険な場所だから滅多なことでは行ってはならない」と目を吊り上げて言っていたっけ。
こういうことだったのだと彼らは理解した。
その時。
「おいでー。おいでー」
双子の後ろから潰れたソプラノみたいな甲高い声が聞こえた。
びっくりして二人が振り返ると、
「坊や、おいでー」
建物の角から双子と同じ大きさくらいのウサギのぬいぐるみが彼らを手招きしていたのだ。
「うさちゃん!」
「おいでー」
レックスはとてとてとウサギに向かって走り出す。
「あっ! ダメぇ!」
ロレッタも慌てて弟の後を追った。
彼女はウサギに抱き付こうとする弟を間一髪のところでつかんで、怪しいぬいぐるみと距離を取った。
ウサギの陰で人が隠れて操っているのを見抜いたのだ。
「しらないひとに、ちかづいちゃダメ!」
「坊や、おいでー。お菓子があるよー」
「おかしー!」
しかしレックスは姉の忠告など聞いちゃいない。もう目の前のウサギのぬいぐるみとお菓子に夢中だった。
「チョコレートもあるの?」
「チョコレートのお山があるよー。お菓子のお家もあるよー」
「ぼく、おかしのおうちにすんで、チョコレートのおやまであそぶ!」
レックスはロレッタの手を振り払って、フラフラとウサギのもとへ歩いていく。
「レックス! ダメよ――もごもご」
次の瞬間、ロレッタの背後から何者かが現れて、大きな手で彼女の口を塞いだ。
「おかしー! わっ!?」
同時に、レックスはウサギの後ろに隠れていた人間に捕まえられて、麻の袋に入れられてしまった。
「や、やっといなくなりましたわ……」
キャロラインに群がっていた浮浪者たちを、やっと追い払うのに成功した。
「わたくしのせいで、申し訳ありませんでしたわ……」
「いえ、奥様が無事で何よりです。お怪我はございませんか?」
「ありがとう。特に問題はございませんわ!」
彼女らが一通り身の回りを確認したあと、
「お子たち~! お待たせしましたわぁ~! あなたたちは、怪我は……あれ?」
振り返ると、ロレッタの姿もレックスの姿も、どこにも見当たらなかった。
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