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30 お子たちがいなくなりましたわ!
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※子供が暴力を受ける描写があります
「ロレッタ……? レックス……?」
キャロラインの弱々しい声が子供たちを呼ぶ。
でも、返事はなくて。
「どこ……」
それに二人の姿も見当たらなくて……。
ふと気付くと、目の前にはロレッタの帽子が落ちている。
「ロレッタ! レックス!」
継母の非痛な叫び声が、乾いた王都の大通りに鳴り響く。
◇
「んん……」
「ここは……?」
双子が目覚めると、目の前は見知らぬ風景が広がっていた。
がらんとした物置みたいな狭い部屋。湿気が多くて埃っぽくて、壊れた椅子や古めかしい時計などが乱雑に置かれている。
「おねえさま、ここ、どこ……?」
「あたしに、きかれたって、しらないわよ」
「おかあさまは……?」
「しらない! あんたのせいですからね! はやく、かえるわよ」
「どうやって?」
「……」
ロレッタは黙り込む。ここがどこなのか、今がどういう状況なのか、皆目見当がつかなかった。
おぼろげな記憶を辿って、分かっているのは自分たちは何者かによって連れ去られたということだ。
「気付いたようだね」
「!」
にわかに入口から女の声が聞こえた。
二人は弾かれるように顔を上げる。それは聞き慣れた声だったのだ。
「「バーバラ!!」」
彼らの前に現れたのは、バーバラ・スミス伯爵夫人――生まれた時からの二人の乳母だった。
「どうして、バーバラがここにいるの?」
「あんたがやったの!? はやく、あたしたちを、もとのばしょに、つれていきなさい!」
「はっ」
元乳母は二人を小馬鹿にするように、大きく鼻を鳴らして笑った。
「相変わらず生意気なガキどもだねぇ。本当に、その顔を見るだけで腹が立つったらありゃしない」
「っ……!」
自分たちの知っている乳母とは様子が違っていて、双子は戸惑った。
身体を刺すような、冷たい雰囲気。彼女の視線はどこにも感情がこもってなくて、ゾクリと背筋が凍った。
特に、ロレッタはバーバラの変化にショックが大きかった。身体中にビリビリと電撃が走るみたいに、指先まで麻痺をしていく。
父親から話は聞いていた。バーバラは悪い奴だった、って。
双子のお金をだまくらかして盗んでいたり、双子に悪いことを教えたり、過去の『おかあさま』たちも意地悪で追い出した、って。
父に言い聞かされて、頭の中では分かっていた。
でも、実際にバーバラの凍えるような冷たい双眸を前にして、心の奥に押し込んでいた悲しみや失望や、いろんなものがごちゃ混ぜになって溢れてきて。
「うぅっ……」
ついにロレッタの瞳から、堰を切ったように涙があふれていく。
たとえ騙されていたとしても、長年慕っていた人からの裏切りという事実は、小さな彼女の心には重すぎた。
「お、おねえさま?」
レックスは慌ててポケットからハンカチを出して、姉の涙を拭う。
「っつ、ふえぇ……」
「どうしたの? なかないで?」
一瞬、弟も姉に釣られて泣きそうになったが、今ここで泣いたらいけないと本能で感じた。
「おや? 普段は偉そうにしているくせに、もう泣くのかい? 天下の公爵令嬢様が情けないねぇ」
「っ……ひっく……」
いつも勝ち気なロレッタは、言い返せなかった。涙だけがぽろぽろとこぼれる。
姉を代弁するように、レックスが口を開いた。
「バーバラ、どうして、そんなにいじわるをいうの? ぼくたちのことを、きらいになったの?」
「は……」
レックスの質問に、バーバラの表情が消えた。
次の瞬間。
――バチンッ!
「うわぁっ!」
「レックス!」
出し抜けにバーバラが隠し持っていた鞭で、彼の頬を打ったのだ。
べちんと尻もちを付くレックス。驚きと怯えの混じった顔で元乳母を見上げる。
すると、目を剥いて悪魔のような形相をした女が、勢いよく怒鳴り付けてきた。
「うるさいよ! 私は、お前たちのことが大嫌いだったのよ! 初めて会った時からね!」
再び鞭の音が響く。今度は威嚇するように壊れた家具を叩いた。それでも双子は怯えて抱き合った。
「お前たちのような世間知らずで我儘な貴族のガキは、クソ喰らえだ!」
「きらいだったら……」
レックスは姉に支えられて起き上がる。なんとか踏ん張って、姉を守るように前に立った。
「きらいだったら、なんで、ぼくたちの、おせわをしていたの?」
「それは、金が入るからさ。公爵家の莫大な金を自由に使えたからね」
元乳母は、子供相手に開き直っていた。今や彼女の恨みはハーバート家自体に向いていた。
「やっぱり……。おとうさまの、いうことは、ほんとだったのね……」
ロレッタはガタガタと震えだす。本人の口からハッキリ言われたのが苦しくて、刺されるように胸が傷んで呼吸が粗くなった。
その様子を、バーバラは楽しそうにニヤニヤしながら眺めている。
「そうだわ。迎えが来るまでまだ時間があるから、ちょいと遊んでやろうかねぇ」
「むかえ?」
「そうだよ。お前たちは、これから外国に売られるんだ。ハーバート公爵家の子供だから、歴代最高額だったよ。私に迷惑をかけたぶん、これくらいは役に立って貰わないとね」
「うられたら、どうなっちゃうの?」
「奴隷として、一生働くんだよ。お前たちは見目が良いから、男娼と娼婦として稼げそうだからねぇ」
バーバラは口の両端を歪めてニヤリと笑う。人と思えない表情に、双子はぞくりと鳥肌が立った。
「おい、傷は残すなよ。大事な商品だからな」
その時、入口から大男たちがぞろぞろと入ってきた。どの男も粗野で身なりも汚く、騎士とは違った荒っぽい強さを持っているように感じた。
「大丈夫だよ。子供はすぐに回復するから」
バーバラは一瞬だけニコリと笑みを浮かべる。
その直後。
――バチンッ!
「うわあぁっ!」
「きゃあっ!」
今度はレックスの二の腕を鞭で殴った。自然と涙が溢れてくる。
熱くて、痛い。
でも、泣いていたら駄目だと思った。
刹那。
「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」
レックスは大声で叫びだした。
「うるさい! 黙れ!」
バーバラは威嚇するように鞭を宙に振るう。でも、彼は叫び続けるのをやめなかった。
「うわあああああ!! ぼくは、ここだよおおおおお!! おかあさまあああああ!!」
「ど、どうしたのよっ!」
弟のいきなりの豹変に、姉の涙も止まって、咎めるように訪ねた。
彼はこそりと耳打ちをする。
「ほら、おかあさまがいっていたでしょう? こえはおおきくって」
「はぁ?」
「きっと、いまごろ、おかあさまは、ぼくたちを、さがしているはずだよ。だから、おおごえで、しらせているんだ。タッくんは、となりまちの、おとも、きこえるって、いっていたから」
ロレッタの顔がパッと晴れる。弟の言うことは妙な説得力があった。
あのお継母様《おかあさま》なら、絶対に助けに来てくれるはず。そう思うと、少し胸が軽くなった。
双子は確認するように深く頷き合って、
「うわあああぁぁぁぁっ!!」
「わあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
二人一緒になって、目一杯の力で叫び続けた。キンキンした子どもの声が、ガンガンと壁や天井に反響していく。
「な、なんだい、お前ら!」
「おい、黙らせろ!」
再び乳母の鞭が降りかかる。
でも、レックスは叫び声を止めなかった。身体が悲鳴を上げても、力の限り声を振り絞る。
絶対に、負けるもんか。
「ロレッタ……? レックス……?」
キャロラインの弱々しい声が子供たちを呼ぶ。
でも、返事はなくて。
「どこ……」
それに二人の姿も見当たらなくて……。
ふと気付くと、目の前にはロレッタの帽子が落ちている。
「ロレッタ! レックス!」
継母の非痛な叫び声が、乾いた王都の大通りに鳴り響く。
◇
「んん……」
「ここは……?」
双子が目覚めると、目の前は見知らぬ風景が広がっていた。
がらんとした物置みたいな狭い部屋。湿気が多くて埃っぽくて、壊れた椅子や古めかしい時計などが乱雑に置かれている。
「おねえさま、ここ、どこ……?」
「あたしに、きかれたって、しらないわよ」
「おかあさまは……?」
「しらない! あんたのせいですからね! はやく、かえるわよ」
「どうやって?」
「……」
ロレッタは黙り込む。ここがどこなのか、今がどういう状況なのか、皆目見当がつかなかった。
おぼろげな記憶を辿って、分かっているのは自分たちは何者かによって連れ去られたということだ。
「気付いたようだね」
「!」
にわかに入口から女の声が聞こえた。
二人は弾かれるように顔を上げる。それは聞き慣れた声だったのだ。
「「バーバラ!!」」
彼らの前に現れたのは、バーバラ・スミス伯爵夫人――生まれた時からの二人の乳母だった。
「どうして、バーバラがここにいるの?」
「あんたがやったの!? はやく、あたしたちを、もとのばしょに、つれていきなさい!」
「はっ」
元乳母は二人を小馬鹿にするように、大きく鼻を鳴らして笑った。
「相変わらず生意気なガキどもだねぇ。本当に、その顔を見るだけで腹が立つったらありゃしない」
「っ……!」
自分たちの知っている乳母とは様子が違っていて、双子は戸惑った。
身体を刺すような、冷たい雰囲気。彼女の視線はどこにも感情がこもってなくて、ゾクリと背筋が凍った。
特に、ロレッタはバーバラの変化にショックが大きかった。身体中にビリビリと電撃が走るみたいに、指先まで麻痺をしていく。
父親から話は聞いていた。バーバラは悪い奴だった、って。
双子のお金をだまくらかして盗んでいたり、双子に悪いことを教えたり、過去の『おかあさま』たちも意地悪で追い出した、って。
父に言い聞かされて、頭の中では分かっていた。
でも、実際にバーバラの凍えるような冷たい双眸を前にして、心の奥に押し込んでいた悲しみや失望や、いろんなものがごちゃ混ぜになって溢れてきて。
「うぅっ……」
ついにロレッタの瞳から、堰を切ったように涙があふれていく。
たとえ騙されていたとしても、長年慕っていた人からの裏切りという事実は、小さな彼女の心には重すぎた。
「お、おねえさま?」
レックスは慌ててポケットからハンカチを出して、姉の涙を拭う。
「っつ、ふえぇ……」
「どうしたの? なかないで?」
一瞬、弟も姉に釣られて泣きそうになったが、今ここで泣いたらいけないと本能で感じた。
「おや? 普段は偉そうにしているくせに、もう泣くのかい? 天下の公爵令嬢様が情けないねぇ」
「っ……ひっく……」
いつも勝ち気なロレッタは、言い返せなかった。涙だけがぽろぽろとこぼれる。
姉を代弁するように、レックスが口を開いた。
「バーバラ、どうして、そんなにいじわるをいうの? ぼくたちのことを、きらいになったの?」
「は……」
レックスの質問に、バーバラの表情が消えた。
次の瞬間。
――バチンッ!
「うわぁっ!」
「レックス!」
出し抜けにバーバラが隠し持っていた鞭で、彼の頬を打ったのだ。
べちんと尻もちを付くレックス。驚きと怯えの混じった顔で元乳母を見上げる。
すると、目を剥いて悪魔のような形相をした女が、勢いよく怒鳴り付けてきた。
「うるさいよ! 私は、お前たちのことが大嫌いだったのよ! 初めて会った時からね!」
再び鞭の音が響く。今度は威嚇するように壊れた家具を叩いた。それでも双子は怯えて抱き合った。
「お前たちのような世間知らずで我儘な貴族のガキは、クソ喰らえだ!」
「きらいだったら……」
レックスは姉に支えられて起き上がる。なんとか踏ん張って、姉を守るように前に立った。
「きらいだったら、なんで、ぼくたちの、おせわをしていたの?」
「それは、金が入るからさ。公爵家の莫大な金を自由に使えたからね」
元乳母は、子供相手に開き直っていた。今や彼女の恨みはハーバート家自体に向いていた。
「やっぱり……。おとうさまの、いうことは、ほんとだったのね……」
ロレッタはガタガタと震えだす。本人の口からハッキリ言われたのが苦しくて、刺されるように胸が傷んで呼吸が粗くなった。
その様子を、バーバラは楽しそうにニヤニヤしながら眺めている。
「そうだわ。迎えが来るまでまだ時間があるから、ちょいと遊んでやろうかねぇ」
「むかえ?」
「そうだよ。お前たちは、これから外国に売られるんだ。ハーバート公爵家の子供だから、歴代最高額だったよ。私に迷惑をかけたぶん、これくらいは役に立って貰わないとね」
「うられたら、どうなっちゃうの?」
「奴隷として、一生働くんだよ。お前たちは見目が良いから、男娼と娼婦として稼げそうだからねぇ」
バーバラは口の両端を歪めてニヤリと笑う。人と思えない表情に、双子はぞくりと鳥肌が立った。
「おい、傷は残すなよ。大事な商品だからな」
その時、入口から大男たちがぞろぞろと入ってきた。どの男も粗野で身なりも汚く、騎士とは違った荒っぽい強さを持っているように感じた。
「大丈夫だよ。子供はすぐに回復するから」
バーバラは一瞬だけニコリと笑みを浮かべる。
その直後。
――バチンッ!
「うわあぁっ!」
「きゃあっ!」
今度はレックスの二の腕を鞭で殴った。自然と涙が溢れてくる。
熱くて、痛い。
でも、泣いていたら駄目だと思った。
刹那。
「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」
レックスは大声で叫びだした。
「うるさい! 黙れ!」
バーバラは威嚇するように鞭を宙に振るう。でも、彼は叫び続けるのをやめなかった。
「うわあああああ!! ぼくは、ここだよおおおおお!! おかあさまあああああ!!」
「ど、どうしたのよっ!」
弟のいきなりの豹変に、姉の涙も止まって、咎めるように訪ねた。
彼はこそりと耳打ちをする。
「ほら、おかあさまがいっていたでしょう? こえはおおきくって」
「はぁ?」
「きっと、いまごろ、おかあさまは、ぼくたちを、さがしているはずだよ。だから、おおごえで、しらせているんだ。タッくんは、となりまちの、おとも、きこえるって、いっていたから」
ロレッタの顔がパッと晴れる。弟の言うことは妙な説得力があった。
あのお継母様《おかあさま》なら、絶対に助けに来てくれるはず。そう思うと、少し胸が軽くなった。
双子は確認するように深く頷き合って、
「うわあああぁぁぁぁっ!!」
「わあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
二人一緒になって、目一杯の力で叫び続けた。キンキンした子どもの声が、ガンガンと壁や天井に反響していく。
「な、なんだい、お前ら!」
「おい、黙らせろ!」
再び乳母の鞭が降りかかる。
でも、レックスは叫び声を止めなかった。身体が悲鳴を上げても、力の限り声を振り絞る。
絶対に、負けるもんか。
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