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31 お子たちを助けますわ!
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「キャロラインは!?」
緊急の知らせを受けて、仕事をなげうって王都に到着したハロルドは、開口一番妻の所在を尋ねた。
護衛は渋い顔で首を振って、
「それが……ドラゴンと一緒に、いつの間にかどこかへ行ってしまいまして……」
「やはりか……」
ハロルドは右手を額にあてて、嘆くように天を仰いぐ。ここで単独行動を起こしたら、余計にややこしくなるだけなのに。
だが、妻の気持ちも痛いほどよく分かる。
今の自分も、怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだったのだ。
「とにかく、現段階で判明している情報を渡せ」
ドクドクと脈が強く打っている。子供たちのことを考えると、頭がどうにかなりそうだった。
◇
ロレッタの帽子がぽつんと寂しげに落ちている。双子に何が起こったのか、嫌でも想像できた。
キャロラインはすぐさまハロルドと屋敷に連絡。タッくんにも応援に来てもらった。彼を見られるリスクはあるが、この緊急事態の中では仕方がない。
それからは、必死で周囲を捜索した。
と言っても、公爵家の子女が行方不明だと公に知られてしまえば、二次被害も及ぶかもしれない。なので、ひっそりと迅速に動いていた。
(どうしましょう……。わたくしが、ちゃんと見ていないばっかりに……)
罪悪感と後悔が、キャロラインの胸をジクジクと突き刺していく。
あの時こうしていれば……と、もはや意味のない例え話だけが虚しく頭の中を駆け巡っていた。
「あの……」
その時、さっきキャロラインにスリをしようとしていた少年が、彼女に声をかけてきた。
「あら、どうしたの?」
不安を悟られないように、彼女は無理に笑みを作る。
彼はちょっと目を泳がせたあと、意を決したようにしっかりと公爵夫人の目を見つめた。
「実は、オレ、ある人に頼まれて――……」
◇
「いたっ!」
「レックス!」
もう何度目かも分からない鞭の鋭い音が響く。レックスはロレッタを庇って、自発的に前へ出て攻撃を受けていた。
父親と約束をしたのだ。
騎士たるもの、か弱き女性を守らなければならないと。
彼は満身創痍になりながらも、継母たちに届くと信じて、助けを求め続けた。
叩かれても、叩かれても、声を張り上げる。
「全く……。前から頭の悪いガキと思っていたけど、まさかここまで馬鹿だとはねぇ」
叫び声の本当の理由を知らないバーバラは、不快感をあらわにしてレックスを見下ろした。意味のない雄叫びを続けている子供が、哀れにさえ思った。
「いいかい? ここは、王都から馬車で半刻は離れているんだよ。いくら叫んでも、見つかりっこない」
「そんなことないやいっ!」
「やれやれ……。もう面倒だから黙って貰おうかねぇ……」
バーバラが鞭ではなく、ぐっと固く拳を握った折も折。
――ドッゴォォンッ!!
「そんなことありませんわぁっ!!」
耳をつんざくような爆音が鳴り響く。
双子たちの背後の壁を突き破って、ドラゴンの頭と、それを伝って地上に舞い降りた――……、
キャロラインがやって来たのだ!
「……」
あまりの常識外の破壊力に、その場にいる全員が大きく目を見開いて口をぱくぱくさせている。
少しして、最初に声を上げたのは……。
「おかあさまっ!!」
姉の、ロレッタだった。
「お……おかあさまぁっ!!」
弟のレックスも大声で継母の名前を呼ぶ。緊張の糸がはらりと落ちて、彼の瞳からもついに涙が滲み出した。
「「わあぁぁぁぁんっ!!」」
二人とも号泣しながらキャロラインに抱きつく。
「よしよし。お継母様が来たからにはもう大丈夫ですよ」
継母は子供たちの頭をそっと撫でる。そのとき二人の傷付いた身体に気付いて、カッと怒りが湧いてきた。
眼前の敵をきっと睨み付ける。
「やっぱり、犯人はあなただったのですわね! 絶対に許しませんことよ!」
彼女は街で出会ったスリの少年からの話を頼りに、タッくんと一緒に双子を捜索した。
しばらくして、ドラゴンが声を拾ったのだ。レックスの悲痛な叫び声を。
「許さない、だって……?」
バーバラの影がゆらりと動いたかと思ったら、
――バチンッ!
今日で一番大きな鞭の音が鳴り響いた。
「許さないのはこっちの台詞さ! お前のせいで、私は全てを奪われたんだ! お前のせいでお前のせいでお前のせいでっ!!」
「それは自業自得ですわ! 子供を食い物にして、わたくしは怒っているのです!」
「我が消し炭にしてやろう」
タッくんが雄叫びを上げる。人をすっぽりと包み込めるくらいの大きな口。地鳴りのように部屋中が揺れて、バーバラたちは総毛立った。
「な、なんだい、この生物は……!」
「まさか、ドラゴンか!?」
タッくんの大きな口の奥から光が漏れた丁度その時、
――ぽんっ!
彼はたちまち猫くらいの大きさに戻った。
「1分経った。時間だ」
「あら、もうそんな時間ですの? 早すぎますわ」
「……」
「……」
バーバラたちはしばらく唖然としていたが、
「お前たち、この女をやっちまいな!」
バーバラが叫ぶと、後ろに控えていた男たちが下卑た笑みを浮かべて前へ出てきた。
キャロラインは懐から短剣を取り出して、タッくんも爪と尻尾に力を入れて臨戦態勢になる。
「この女は公爵夫人よ。仕込んでやったら高く売れるわ」
「ほう……いいじゃねぇか」
「なかなかの上玉だ」
じりじりと男たちが近付いてくた。双子は竦み上がり、緊張の糸が再びピンと張っていく。
「二人とも……」
その時、キャロラインが小声で双子に話しかけた。
「ここは、わたくしたちで戦うわ。そこの穴から逃げなさい」
「で、でもっ!」
「おかあさまは?」
「わたくしは、タッくんがいるから大丈夫。ね?」
「無論だ」
「……」
「……」
双子は少しおろおろと視線を揺らしたあと、
「いこう!」
レックスがロレッタの手をぎゅっと掴んだ。
「公爵の声が聞こえる。近くにいるはずなので、助けを求めるがよい」
「わかった。ぼく、おとうさまを、よんでくる。――おねえさま、いくよ!」
「で、でも……」ロレッタは涙目で答える。「あ、あしが、ふるえて、うごけなくて……」
見ると、彼女の細い脚はガタガタと震えて、一歩踏み出すのも困難のようだった。
「のって!」
にわかにレックスがしゃがみ込む。
「ぼくが、おんぶをする!」
まだ小刻みに震えているロレッタを、タッくんが咥えてレックスの背中に乗せた。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだい? お前たちは、全員売られるんだよ」
「さぁ、急いで!」
レックスは深く頷いて、姉を背負って夜の闇の中へ溶けていった。
「おい、逃げたぞ。いいのか?」
「まだ子供だよ。すぐに見つかるはずさ。まずはこの女を手籠めにしちまいな!」
バーバラの言葉が合図かのように、男たちがキャロラインに飛びかかった。
◇
「はぁっ……はぁっ……」
レックスは暗闇の中を走っていた。
太陽はすっかり落ちて、今は微かな月明かりが頼りだった。
「うぅ……ぐすっ……」
背中で姉が泣いている。彼自身も泣きたい気持ちでいっぱいだったが、不思議と涙は出なかった。
肉体は限界に近かったが、彼の心の中は燃えたぎっていたのだ。
彼は前を向いて、走り続ける。
(ぼくは、こうしゃくけの、ちゃくなんなんだ! ぼくが、おねえさまと、おかあさまを、まもるんだい!!)
緊急の知らせを受けて、仕事をなげうって王都に到着したハロルドは、開口一番妻の所在を尋ねた。
護衛は渋い顔で首を振って、
「それが……ドラゴンと一緒に、いつの間にかどこかへ行ってしまいまして……」
「やはりか……」
ハロルドは右手を額にあてて、嘆くように天を仰いぐ。ここで単独行動を起こしたら、余計にややこしくなるだけなのに。
だが、妻の気持ちも痛いほどよく分かる。
今の自分も、怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだったのだ。
「とにかく、現段階で判明している情報を渡せ」
ドクドクと脈が強く打っている。子供たちのことを考えると、頭がどうにかなりそうだった。
◇
ロレッタの帽子がぽつんと寂しげに落ちている。双子に何が起こったのか、嫌でも想像できた。
キャロラインはすぐさまハロルドと屋敷に連絡。タッくんにも応援に来てもらった。彼を見られるリスクはあるが、この緊急事態の中では仕方がない。
それからは、必死で周囲を捜索した。
と言っても、公爵家の子女が行方不明だと公に知られてしまえば、二次被害も及ぶかもしれない。なので、ひっそりと迅速に動いていた。
(どうしましょう……。わたくしが、ちゃんと見ていないばっかりに……)
罪悪感と後悔が、キャロラインの胸をジクジクと突き刺していく。
あの時こうしていれば……と、もはや意味のない例え話だけが虚しく頭の中を駆け巡っていた。
「あの……」
その時、さっきキャロラインにスリをしようとしていた少年が、彼女に声をかけてきた。
「あら、どうしたの?」
不安を悟られないように、彼女は無理に笑みを作る。
彼はちょっと目を泳がせたあと、意を決したようにしっかりと公爵夫人の目を見つめた。
「実は、オレ、ある人に頼まれて――……」
◇
「いたっ!」
「レックス!」
もう何度目かも分からない鞭の鋭い音が響く。レックスはロレッタを庇って、自発的に前へ出て攻撃を受けていた。
父親と約束をしたのだ。
騎士たるもの、か弱き女性を守らなければならないと。
彼は満身創痍になりながらも、継母たちに届くと信じて、助けを求め続けた。
叩かれても、叩かれても、声を張り上げる。
「全く……。前から頭の悪いガキと思っていたけど、まさかここまで馬鹿だとはねぇ」
叫び声の本当の理由を知らないバーバラは、不快感をあらわにしてレックスを見下ろした。意味のない雄叫びを続けている子供が、哀れにさえ思った。
「いいかい? ここは、王都から馬車で半刻は離れているんだよ。いくら叫んでも、見つかりっこない」
「そんなことないやいっ!」
「やれやれ……。もう面倒だから黙って貰おうかねぇ……」
バーバラが鞭ではなく、ぐっと固く拳を握った折も折。
――ドッゴォォンッ!!
「そんなことありませんわぁっ!!」
耳をつんざくような爆音が鳴り響く。
双子たちの背後の壁を突き破って、ドラゴンの頭と、それを伝って地上に舞い降りた――……、
キャロラインがやって来たのだ!
「……」
あまりの常識外の破壊力に、その場にいる全員が大きく目を見開いて口をぱくぱくさせている。
少しして、最初に声を上げたのは……。
「おかあさまっ!!」
姉の、ロレッタだった。
「お……おかあさまぁっ!!」
弟のレックスも大声で継母の名前を呼ぶ。緊張の糸がはらりと落ちて、彼の瞳からもついに涙が滲み出した。
「「わあぁぁぁぁんっ!!」」
二人とも号泣しながらキャロラインに抱きつく。
「よしよし。お継母様が来たからにはもう大丈夫ですよ」
継母は子供たちの頭をそっと撫でる。そのとき二人の傷付いた身体に気付いて、カッと怒りが湧いてきた。
眼前の敵をきっと睨み付ける。
「やっぱり、犯人はあなただったのですわね! 絶対に許しませんことよ!」
彼女は街で出会ったスリの少年からの話を頼りに、タッくんと一緒に双子を捜索した。
しばらくして、ドラゴンが声を拾ったのだ。レックスの悲痛な叫び声を。
「許さない、だって……?」
バーバラの影がゆらりと動いたかと思ったら、
――バチンッ!
今日で一番大きな鞭の音が鳴り響いた。
「許さないのはこっちの台詞さ! お前のせいで、私は全てを奪われたんだ! お前のせいでお前のせいでお前のせいでっ!!」
「それは自業自得ですわ! 子供を食い物にして、わたくしは怒っているのです!」
「我が消し炭にしてやろう」
タッくんが雄叫びを上げる。人をすっぽりと包み込めるくらいの大きな口。地鳴りのように部屋中が揺れて、バーバラたちは総毛立った。
「な、なんだい、この生物は……!」
「まさか、ドラゴンか!?」
タッくんの大きな口の奥から光が漏れた丁度その時、
――ぽんっ!
彼はたちまち猫くらいの大きさに戻った。
「1分経った。時間だ」
「あら、もうそんな時間ですの? 早すぎますわ」
「……」
「……」
バーバラたちはしばらく唖然としていたが、
「お前たち、この女をやっちまいな!」
バーバラが叫ぶと、後ろに控えていた男たちが下卑た笑みを浮かべて前へ出てきた。
キャロラインは懐から短剣を取り出して、タッくんも爪と尻尾に力を入れて臨戦態勢になる。
「この女は公爵夫人よ。仕込んでやったら高く売れるわ」
「ほう……いいじゃねぇか」
「なかなかの上玉だ」
じりじりと男たちが近付いてくた。双子は竦み上がり、緊張の糸が再びピンと張っていく。
「二人とも……」
その時、キャロラインが小声で双子に話しかけた。
「ここは、わたくしたちで戦うわ。そこの穴から逃げなさい」
「で、でもっ!」
「おかあさまは?」
「わたくしは、タッくんがいるから大丈夫。ね?」
「無論だ」
「……」
「……」
双子は少しおろおろと視線を揺らしたあと、
「いこう!」
レックスがロレッタの手をぎゅっと掴んだ。
「公爵の声が聞こえる。近くにいるはずなので、助けを求めるがよい」
「わかった。ぼく、おとうさまを、よんでくる。――おねえさま、いくよ!」
「で、でも……」ロレッタは涙目で答える。「あ、あしが、ふるえて、うごけなくて……」
見ると、彼女の細い脚はガタガタと震えて、一歩踏み出すのも困難のようだった。
「のって!」
にわかにレックスがしゃがみ込む。
「ぼくが、おんぶをする!」
まだ小刻みに震えているロレッタを、タッくんが咥えてレックスの背中に乗せた。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだい? お前たちは、全員売られるんだよ」
「さぁ、急いで!」
レックスは深く頷いて、姉を背負って夜の闇の中へ溶けていった。
「おい、逃げたぞ。いいのか?」
「まだ子供だよ。すぐに見つかるはずさ。まずはこの女を手籠めにしちまいな!」
バーバラの言葉が合図かのように、男たちがキャロラインに飛びかかった。
◇
「はぁっ……はぁっ……」
レックスは暗闇の中を走っていた。
太陽はすっかり落ちて、今は微かな月明かりが頼りだった。
「うぅ……ぐすっ……」
背中で姉が泣いている。彼自身も泣きたい気持ちでいっぱいだったが、不思議と涙は出なかった。
肉体は限界に近かったが、彼の心の中は燃えたぎっていたのだ。
彼は前を向いて、走り続ける。
(ぼくは、こうしゃくけの、ちゃくなんなんだ! ぼくが、おねえさまと、おかあさまを、まもるんだい!!)
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