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アルベルトがディアナの代わりにローゼに根気よく言い聞かせてくれたらしく、妹はしばらくのあいだは大人しかった。
しかし、それは嵐の前の静けさだったらしい。
ローゼは、ついに王族にまで無礼を働いてしまったのだ。
「この度は、誠に……誠に申し訳ございませんでした……!!」
応接間に入ってきたハインリヒ第二王子をみとめるなり、ディアナは床に頭が付きそうなほどに深く深く、もっとも深く頭を垂れる。滝のような汗がどっと湧き出て、震えが止まらなかった。
勉強嫌いのローゼは貴族名鑑を覚えようともせずに、この国の王族の顔も把握していなかった。
令息たちの集うサロンで、初めて見た王子のことを地方の下級貴族の嫡子だと思い込んだ。さんざん横柄な態度を取って、挙げ句顔の良い彼を誘惑したのだ。それはもう、超上から目線で。
ハインリヒ王子は「今日はお忍びで来たし仕方ないね」と笑っていたが、周囲はそうはいかない。
それに、たとえお忍びだったとしても、真面目な文学サロンの場ではあり得ない行為だった。
王子をサロンに誘った令息は真っ青になり、物凄い形相でローゼを怒鳴り付けてサロンから追い出した。
事件はすぐさまディアナの耳に入り、彼女は死を覚悟して王宮へ謝罪にやって来たのだ。
今回こそはローゼを引き連れるつもりだったが、妹が「先に王子様だって名乗らないのが悪いもん!」と開き直ってどこかへ逃げてしまった。
本人がいなくとも、王族に謝罪の意を示すために早く行動しなければと、ディアナは急き立てられるように王城へ向かったのだった。
「私の教育が至りませんでした……。心よりお詫び申し上げます……」
彼女は緊張で胃が破裂しそうになって、次第に頭も回らなくなった。呟くように、ひたすら謝罪の言葉を述べるしかなかった。
「なぜ、令嬢が謝るんだい?」
「へぇっ……!」
王子の予想外の言葉に、ディアナは仰天して思わず顔を上げて彼を見た。
ハインリヒの顔には怒気なんて少しも宿っていなくて、ただ不思議そうな視線を彼女に注いでいた。
「それは……その……」
ディアナは思ってもみない質問に面食らってしまい、数拍のあいだ言い淀む。
「令嬢は僕に対して何も非礼なことなどやっていないだろう?」
「私自身はそうかもしれませんが……。ですが、妹が殿下に大変な無礼を働いたのは事実ですわ」
「それは妹君の責任だ。君には関係ない」
「い、いえ! 私たち、家族の責任です! 私が、妹をきちんと躾けていなかったので……」
「ローゼ・クシュタル伯爵令嬢は、既に社交界デビューを終えている。社交界での失敗は、彼女の自己責任だよ。君は何も悪くない」
「っ……」
ディアナはパチリと大きく目を見開いた。
これまでそんなこと考えたこともなかった。
妹の責任は姉の責任で、妹の不始末は姉が対処すべきだとずっと思い込んでいたから。
だって、妹をちゃんと教育できなかった姉が悪いのだから。
「僕は君が謝る理由は何一つないと思うけどね」
「……」
沈黙が落ちる。ディアナはこれまでの妹と己の関係に思いを馳せていた。
たしかに、なぜ自分が謝っているのだろうか。
妹をどこに出しても恥ずかしくない令嬢に育てる義務を持つのは自分ではないし、己の言動を律するのも妹自身の問題だ。
ハインリヒはおどけるように肩を竦めて、
「ま、君の悪い点を敢えて一つ挙げるのなら、今みたいに後始末に奔走して妹君を甘やかし続けたことかな」
「……!」
ディアナの胸で、にわかに何かが弾ける音がした。
これまで彼女は、妹を甘やかす母の代わりに厳しく接してきたつもりだった。
だが、『妹の代わりに謝る』という行為自体が、一番妹を甘やかしていたのだ。
「殿下のおっしゃる通りです……!」
「令嬢が妹のために苦労する必要なんて、どこにもないんだよ」と、ハインリヒは微笑む。ディアナはその笑顔が、とても眩しく感じた。
「だから、今回はこうしないか? 僕はローゼ嬢が直接謝罪に来ない限り、絶対に許さない。――家門も、覚悟するように」
「っ……!」
一瞬だけ彼の眼差しが鋭く光って、彼女はひゅっと息を呑んだ。穏やかに見えても、やはり王族は恐ろしい。
王子はすぐに笑顔になって、
「ま、最後の一言は脅しだけどね。さすがに家門自体には手を出すつもりはないよ」
「あ……ありがとうございます……」
その言葉に安堵して、彼女は恐怖で喉に詰まっていた息をふっと吐き出した。
「でも、妹君にはきちんと反省して貰うけどね」
「勿論でございます」
「ディアナ嬢も、これを機に自分の人生に集中したほうがいいよ」
「はい……!」
こうして、ディアナはハインリヒ王子から妹への伝言を受け取って屋敷に戻った。
彼女の足取りは軽やかだった。
自分たちはきっと姉妹で依存していたのだと思う。
これからは、互いに自立して令嬢としての幸せな人生を歩もう。
ローゼも、正面から向き合って話せば分かってくれるはずだから……!
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