上 下
5 / 16

4 自立したい

しおりを挟む
「わたしは……あなたを愛することはないわ」


 賑やかなパーティーも終わって、静寂の闇に染まった頃。
 寝室に挨拶に来た辺境伯に、わたしは……そう告げた。

「…………」

 彼は大きく目を見開いて、こちらを見る。
 普段は、純粋な子供のように煌めいている双眸。それが悲しみに染まるのに罪悪感を覚えながらも、念押しするように、彼の視線をまっすぐに受け止めた。

 少しの無言のあと、彼のほうから口火を切った。

「まぁ、俺たち正式に出会って間もないから、惚れた腫れたとかまだ分からないよなぁ~」

 想定外のあっけらかんとした態度に、今度はわたしのほうが目を見張った。

「ですから、今後もあなたを愛することはないと言っているのです!」

 伝わっていないのか不安になって、もう一度しっかりと伝える。
 彼は仮面夫婦になるという意味を分かっているのかしら?

 辺境伯はけらけらと笑って、

「またまたぁ~! そんなこと言って、俺のこと好きになったらどうするんだよ~!」

「あり得ません!」

「本当に~~~?」

 彼はニヤニヤと笑みを浮かべながら、わたしの顔を覗き込んだ。
 急激に距離が近くなって、心拍数が急上昇する。

「ぜっ……絶対にあり得ませんのでっ!!」

 ついに耐えられなくなって、顔を逸らしながら叫んだ。熱い! 顔が熱い!

「デニーちゃん大好きぃ~~♡ってなっても知らないからな!」

「しつこいわね! そんなことには決してならないわよ!」

「じゃあ賭けようぜ! もし、マギーが俺に惚れたら……」と言うと、彼は少しだけ黙り込んで思案した。

「惚れたら……?」

 早く続きが知りたくて、つい続きを促してしまう。にわかに背中から緊張感が襲ってきた。

 辺境伯はすっと空気を吸って――、

「猫可愛がりの刑だぁ~~~っっ!!」

「きゃあぁぁっ!!」

 ――わしゃわしゃわしゃっ!

 出し抜けにわたしの身体を包み込んだと思ったら、大きな両手で頭をくしゃくしゃと乱した。

「なっ、なにするのよぅっ!」

 わたしは彼を睨め付けながら抗議するが、彼の攻撃は止まらない。わちゃわちゃと激しく頭を撫でまくる。

「どうだ! 参ったかー!」

「参った! 参りましたからもうやめて――きゃあぁっ!!」

 何度目かの懇願で、やっとのことで彼は手を止めた。
 わたしは、騒いだ余韻が残って、肩で息をする。つ、疲れた……。

「よしっ、俺の勝ちだな」と、彼はふふんと嬉しそうに笑ってみせた。

「なんの勝ち負けですか」

 その余裕綽々な態度が癪に障って、わたしはむっと口を尖らせた。
 もう、本当に信じられないわ。仮にも24歳の辺境伯が子供みたいにっ!

「賭けに勝ったらもっとやってやるからな!」

「絶対にわたしは負けないわよ!」

 辺境伯は愉快そうに笑いながら去って行った。
 残されたわたしは、呆れ返ってしばらくその場に立ったままだ。

「……!」

 不意に、鏡台に映る自分と目が合う。
 ボサボサの髪と少し乱れた寝衣姿は、立派な公爵令嬢とはかけ離れた酷く無様な有様だった。

 でも……不思議と嫌な気はしない。









「おはよう、マギー」

「おはようございます、辺境伯様」

 翌朝、わたしは何事もなかったかのように食卓に着く。なるべく昨晩のことは考えないように、彼の顔を見ないように…………。

「なんですの?」

 わたしが部屋に到着するなり、ずーっと目線で追いかけてくる彼に根負けをして、視線を合わせた。

「いやぁ、昨日は領地視察に歓迎会に疲れただろう? 今日はゆっくり休んでくれ。なんなら、中庭に――」

「わたしには、やるべきことがありますので」

「やるべきこと?」

「そうです」

 昨晩は彼のペースに巻き込まれて、言うべきことを最後まで言えなかった。
 仮面夫婦になるために、わたしがこれから行うことを先に宣言しておかなきゃね。

 まず、大きく息を吸ってから、

「わたしは……自立するのよっ!!」

 大音声で言い放つ。

 したり顔。

 そして沈黙。

 辺境伯は目を丸くして、ぽかんと口を開けたまま間抜け面でこちらを眺めていた。
 勝ったわ。昨日は彼の勢いに呑み込まれてしまったけど、今日はわたしが彼を掌握するのよ。


「…………で、具体的には?」

 しばらくして、辺境伯が尋ねる。彼の瞳はキラキラと輝いて、心なしか、わくわくしているようだった。

 よくぞ聞いてくれました! 昨日の視察で、自分の考えが固まったの。
 わたしの自立への第一歩。

 それは――……、


「小屋を作るわ」


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

才能だって、恋だって、自分が一番わからない

BL / 連載中 24h.ポイント:532pt お気に入り:13

幸介による短編恋愛小説集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:447pt お気に入り:2

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:2,470pt お気に入り:2

詩集「支離滅裂」

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:995pt お気に入り:1

傲慢悪役令嬢は、優等生になりましたので

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,286pt お気に入り:4,401

愛することをやめた令嬢は、他国へ行くことにしました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:3,719

処理中です...