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第11章 ― 夜の始まり
しおりを挟む大学の廊下は、ほとんど誰もいなかった。
授業を終えたミとハルが教室を出ると、夜の冷たい風がゆっくりと吹き抜け、遠くで雨の匂いと、どこか自由の香りを運んでいた。
「やっと終わったー!」
ミは両手を大きく伸ばして笑った。
「ハル、今日はもう解放されたんだよ!明日は週末、授業もなし、バイトもなし!お祝いしなきゃ!」
ハルは肩にかけたリュックを直しながら、ため息をついた。
「お祝いって……こんな時間に?」
「もちろん!」
ミは目を輝かせながら答えた。
「ちょっと飲みに行こうよ!」
ハルは眉をひそめる。
「ミ、もう夜遅いんだ。そういう時間じゃないだろ。」
「だからこそ、最高の時間なんじゃん!」
ミはケラケラ笑いながら言い返す。
「俺は行かないよ。」
ハルは会話を切り上げようとしたが、その瞬間、腕をぐいっと引っ張られた。
振り向くと、ミが彼の腕をつかんで、いたずらっぽく笑っていた。
「ねぇ、ハル……私を置いて行くの?こんな夜に、一人で、お酒飲むかわいそうで可愛い女の子を?」
ハルは半分あきれたように彼女を見つめた。
「それ、脅迫だろ。」
「よくわかったじゃん!」
ミは勝ち誇ったように笑う。
「で、行くの?行かないの?」
ハルは深いため息をついた。
「……わかったよ。行けばいいんだろ。」
「やっぱりハルは私の魅力に勝てないね~。」
ミはウインクをして、楽しそうに笑った。
「くだらないこと言うなよ、ミ。」
ハルは顔をそらしながら、小さく赤くなっていた。
「それで、どこに行くんだ?」
「大学のすぐ隣のガソリンスタンド!」
ミは元気いっぱいに答えた。
「そこのコンビニに、いろんな種類の飲み物があるんだよ!」
「……ガソリンスタンドで飲むのか?」
ハルは呆れたように尋ねる。
「そうだよ!大学から一番近いし、あそこから見る夜空がすっごく綺麗なの!」
ミはもう歩き出していて、ハルは仕方なくその後を追った。
二人は並んで歩きながら、夜風に包まれた。
虫の声が響き、街灯の光が静かに二人の影を伸ばす。
「ねぇ、ハル。」
ミがふと空を見上げた。
「ここの空、どう思う?」
ハルも同じように空を見上げた。
広く澄んだ夜空には、都会では見られないほど多くの星が瞬いていた。
「……綺麗だな。街の空より、ずっと。」
ミは満足そうに微笑む。
「でしょ?都会から離れると、星がもっと輝くんだよ。だから私、この場所が好きなの。」
ハルは横顔を見つめながら、小さくうなずいた。
「お前、変なとこでロマンチックだな。」
「ふふ、今さらでしょ?」
ミは楽しそうに笑い、夜の風に髪をなびかせた。
その笑顔は、街灯よりも明るく見えた。
二人は静かに歩き続ける。
やがて、遠くにネオンの光が見えてきた。
色とりどりの明かりが滲み、コンビニの看板が夜の中に浮かび上がる。
「着いたー!」
ミは声を上げて走り出した。
その姿を見て、ハルは思わず笑ってしまう。
「まったく、元気だな……。」
コンビニの前には、自販機とベンチが並んでいた。
ミは店内で缶チューハイを二本買って戻ってくると、ハルの隣に腰を下ろした。
「ほら、乾杯しよ!」
「……仕方ないな。」
ハルは苦笑しながら缶を受け取り、二人の缶が軽くぶつかる音が夜に響いた。
「ねぇ、ハル。」
ミが小さな声で言った。
「こうして飲むの、意外と悪くないでしょ?」
ハルは一口飲み、静かに空を見上げた。
「……ああ、たしかに。悪くない。」
ミは微笑み、星空を見つめながらつぶやいた。
「この空の下なら、なんだって楽しくなる気がするんだ。」
二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。
風がやさしく吹き抜け、遠くで車の音がかすかに聞こえる。
そして、ハルはふと気づく。
ミの横顔は、まるで星明かりのように優しく輝いていた。
夜は静かに、そして確かに始まった。
それは、ふたりにとって忘れられない夜になるのだった。
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