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第一章
第一話 幼馴染み
しおりを挟む「洸平!起きなさい!」
朝。無理やり布団を剥がされた俺は、ベッドの上で身じろぎをする。
「んー」
どうにか出た声はそれだけ。
カーテンの隙間からは朝日が差し込み、部屋に怒鳴り込んできた女神様を照らし出す。
「いつも何でこの時間まで寝てるのよ!」
俺は声の主を見る。セーラー服の可奈子。隣に住む可奈子は、いつものように俺を起こしに来たようだ。
「ノックもしないでドア開けるなっていつも言ってるだろう。俺が変なことしてたらどうするんだよ」
そんな事を言いつつ、俺は変な事をしていた事はない。こう言う風に突然ドアを開ける可奈子がいるので。
「そしたら洸平が反省すればいいだけ!」
可奈子はそう言って、どうにか起き上がった俺に布団を投げつける。
「早く準備しないと遅刻するよ!下で待ってるからね!」
ばたん、と大きな音をたてて可奈子が部屋を出ていく。
俺は頭をかいて、
「んー」
もう一度布団を被る。
「こらー!」
毎日の事なのでベストタイミングで可奈子が入って来る。
「いいタイミングだぞ」
布団を引き剥がされながら褒めてみる。
可奈子が仁王立ちして俺を見下ろしている。こんな事が高校入学以来——いや、中学入学以来続いている。まあ、朝のルーティーンみたいなものだ。
「早く準備しなさいって。起きてるんでしょ」
とは言え俺も、たまにはいじわるしたくもなる。
「キスしてくれたら起きてやる」
沈黙。
「・・・本気で言ってる?」
「・・・本気にするなって」
ちょっとした悪戯心だが、何だか気まずくなりそうなので俺は体を起こす。こきこきと関節を鳴らしながら、相変わらず仁王立ちしている可奈子を見る。
「着替えるから出て行ってくれよ」
「そう言ってまた寝る気でしょ。見ててあげるから着替えなさい」
「どんなプレイだよ」
どうにか可奈子を追い出して着替えを済ませると、可奈子はリビングで俺の母親とコーヒーを飲んでいた。
「いつもいつも、可奈子ちゃんには助けてもらってばかりでねー」
のんびりと母親こと桜川深雪は言う。元々のんびりしている人で、朝大声で起こされた事はない。いや、可奈子がいつも来るからその必要がないのか。
「お弁当も作って来てくれるし」
「自分の分も作るんで。一人分も二人分も変わりませんよ」
「これで洸ちゃんの胃袋も掴んでもらって」
母親は両手で拳を握って、
「お嫁に来てくれれば完璧」
「いい加減な事言うなよ。母さん」
さすがに口を挟む。母親は不思議そうな顔で俺を見て、
「何で?可奈子ちゃんみたいな可愛くていい子をお嫁さんにしたくないの?贅沢だよ洸ちゃんは。勿体無いくらいなのに」
「そうじゃなくて。ただ母さんが可奈子を娘にしたいだけだろ。可奈子にだって意思はあるだろうし」
俺が言うと、母親は可奈子を見た。
「可奈子ちゃんは洸ちゃんの事嫌いなの?」
泣きそうな顔で可奈子の顔を覗いきこむ。こう見ると、母親の方が子供みたいだ。
「そういう聞かれ方をされると困ります」
可奈子がそう言いながら目を逸らす。好きと言うのも違うし、嫌いとも言えない。
可奈子が困ったように俺に目配せするので、
「もう学校に行くぞ。俺を起こしに来たのに、遅刻したらどうするんだよ」
俺はそう言って通学カバンを手に取り、反対の手で可奈子の手を引いて家を出た。いってらっしゃーい、と言うのんびりとした声が後ろから聞こえた。
「昨日は遅かったの?」
並んで歩きながら、可奈子が聞いてくる。
「うん。結局一時くらいまでは起きてたかな」
特に何をしていた訳では無い。寝よう寝ようと思いながらもなかなか寝付けず、気付くと時間が経っている。ここ最近はそんな感じだ。
可奈子が申し訳なさそうに言う。ポニーテールがゆらゆら揺れる。
「あのロボットのせい?」
「あ、いや、どうだろう」
俺もよく分からない。ただ、可奈子とあのロボットに乗ると、何だか胸がシクシクする。説明しずらいのだが、何だか胸の奥がむずがゆい。今はそんな事はないのだが。
「あのロボット作ったのはパパだから」
可奈子は言うと、下を向いた。
可奈子にはいつも怒られるが、実はとても優しい事を俺は知っている。俺を毎日起こしに来てくれるのもそうだし、弁当を作って来てくれるし、中学の頃勉強で遅れていた俺に毎日のように付き合ってくれて、結果同じ積星高校に通えるようになった事は感謝してもしきれない。
だから俺はそんな幼馴染みを守ってやると決めた。可奈子が幸せになるその日まで、全力で可奈子を守るのだ。それが、俺の恩返しである。
「そんな顔するなよ」
俺は可奈子の頭を撫でる。
「ロボットに乗れるなんか楽しい事じゃんか。それに、ヒーローみたいで格好いいし」
何で動いているかを考えなければ、だが。
「そう?」
顔を上げる可奈子。吸い込まれそうな深い瞳で俺を見る。
うーん、幼馴染みの俺から見ても、やっぱり可奈子ってモテるんだろうな。多少の贔屓目もあると思うが、少なくとも学年では一番可愛いのではないだろうか。
さっぱりとした性格のせいか、男子どころか女子にも人気があるらしい。バレンタインチョコを自慢されたのは少し悔しかった。
自慢の姉を持った時の気持ちって、こんな感じかな。
それに引き替え俺は、女子に関心を持たれている実感がない。もちろん告白された事などないし、仲のいい女子も可奈子を除くと部活の後輩くらい。まあ、諦めてるところもあるけどさ。
「だったらいいんだけど」
可奈子はそう言って口元に笑みを浮かべる。
女子が俺に関心を持たないのは、可奈子が側にいるからかもしれない。
そう思う事にしよう。俺がモテないのではなく、可奈子に遠慮して近づいてこないのだと。
そうして自分を慰める事が出来た俺に可奈子は、
「そろそろ離してもらいたいんだけど」
「ん?」
「このまま手を繋いで学校に行くつもり?」
可奈子は仲良く繋いだ手を持ち上げて、俺に見せる。
「何で手を繋いでるんだ?」
「洸平が繋いで来たんでしょ」
そうだっけ?家を出る時か?
俺は手を離す。
「昔はずっと手を繋いでたよな」
「そうしないと洸平が泣くからじゃない」
「そ、そんな事はないぞ。多分可奈子が繋いで欲しそうだったから」
「夏祭りの帰りの事覚えてない?『可奈子ちゃん、可奈子ちゃん』って、泣いて追いかけて来たじゃない」
ふふっと笑う。お姉さんのような、あの時手を繋いでくれた『可奈子ちゃん』のような、優しい笑み。
「そういう事言うなよな」
昔の話をされると何とも言えない。俺の記憶の中でも、可奈子を追いかけている場面しか思い浮かばない。
「いつか幼馴染み離れするのかな」
そういう可奈子の顔が、遠くを見るような、淋しげに見えた。
その時、
「よう。相変わらず仲がいいな」
「晴人か。朝から肩組んでくるなよ」
同級生であり中学時代からの親友である長月晴人だった。
涼しげな目元にすっきり通った鼻筋。俺と違って女子に人気がある。
「可奈ちゃんに飛びついた方が良かったか?」
「それは許さん」
「許さんって何よ」
可奈子がけらけら笑う。俺だけでなく可奈子も中学生時代から付き合いがある。いつも三人で一緒にいるような気がする。
「仲良く手を繋いでるなと見てたんだが」
「見てたのか」
「そりゃあ見るさ。いつまで繋いでるのかと思ったが。あっさり離したな」
「そりゃ、子供じゃないからな」
「つか、高校生にもなって手を繋いでたらアレだぞ。そう、アレ」
「アレって何よ」
「子供みたいって事か?」
そういう俺と可奈子を呆れたように見た晴人は、
「ほら、彼氏彼女。恋人同士みたいだって言ってるんだが」
「そんな訳ないだろ」
「そんな訳ないわよ」
俺と可奈子はそう言って笑い合う。恋人同士ってのは、もっとお互いを見つめ合ったり抱きしめ合ったり——可奈子とは想像ができない。
晴人はそんな俺たちを見てため息をついた。
「まあいいけどさ。多少は自覚する事は必要だと思うぞ。お前らの為に」
よく分からない事を言うな、晴人は。
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