エッチな玩具オナニーがやめられないのにコミュつよイケメン従弟(ぶっちゃけ苦手)と同居することになってしまった

松任 来(まっとう らい)

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19 眠れない夜の憂鬱な記憶

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暖雪が布団に入ってから、既に一時間ほどが経過しようとしている。先ほど一旦電気をつけてスマホをいじって、もう一度電気を消して目をつむったのだが寝つけず、またも電気をつけるループに陥っていた。

(これはまずいパターンだな……)
明かりの下で、ベッドに横たわった暖雪はぼんやり天井を見つめている。やはり自律神経が狂っているとしか思えない。今度から熱々の風呂ではなく、ぬるま湯で半身浴をするというのを試してみるべきだろうか。

現在時刻は日付が変わった頃だ。時おり眠気を感じて重い瞼を閉じてみるものの、真っ暗になった視界の中でとりとめもない事がぐるぐると回り始めてしまう。こうなると眠りにつくのはなかなかに困難だ。

「はあ~」と低く声を漏らし、暖雪は目を開け傍らのスマホを手に取る。寝るのは一旦諦めた。森林の環境音のASMR動画でも流していればそのうち寝落ちできるだろうと淡い期待を抱いて動画サイトを開く。
以前なら、このように眠れない夜はまるで世界に自分一人だけ取り残されたような気持ちになっていたものだ。誰もいない家に一人きりだとそういう気分にもなる。
そう、以前なら。

「……」
横向きでスマホを見ながら暖雪は収まりの良い場所を探して布団の上で何度か姿勢を変える。
考えるのは、やはり大海のことだ。
想像の何倍も波乱の一日だった。反省点が山のようにある。初日からこんなことでは先が思いやられてしまう。
「明日からはきちんとしなきゃ……」
小声で力なくぼやき、暖雪は動画の再生を途中で止めた。静かな川のせせらぎや、木の葉の擦れる音がなぜか今日は耳についてやかましい。
枕を抱きかかえるようにして、顔を埋めた。

(まさか……)
まさか。
まさか大海と二人暮らしする日が来るなんて。ちょっと前の自分に言ったって、絶対に信じないだろう。

(あいつは昔から俺のこと慕ってくれてたっぽいけど……)
けれども、二人の性格は正反対だ。
彼の頭の中のことなど分からない。おまけに、自分たちは長年大きな太平洋を挟んで離れ離れだった。
(普通小さい頃遊んだ親戚の兄ちゃんなんて、大人になる頃にはそんな大事な存在じゃなくなってるもんだよな……)

だが、そうではなかった。
大海はずっと、自分のことを忘れないでいてくれていた。そればかりでなく、もう一度関係を繋ぎたいと、行動を起こしてくれた。その想いに心打たれて、暖雪も同居開始の初日を嫌な気持ちになることなく迎えることができたのだ。
それだけではない。自分も大海の気持ちに応えたい。いつしか暖雪はそんな想いを抱くようになっていた。
だが、現実はどうだ。
枕に顎を乗せるようにして、「はあーっ……」とため息をつく。それは思いのほか一人の部屋に大きく響いていった。
思い出すのは、昨夜一番の失態のことだ。つまり、夕飯の時のあれである。焦りのあまり口にしてしまった、全く本意ではない自分の発言。
(本当にやっちゃったな……)

自ら犯したことに心が悶々と苛まれる。いくらもうお互い子供ではないとはいえ、あれはなかった。
 (出会い系でヤリ目の相手にマッチングしまくるなんて世間的に見ればあるあるだし大した話じゃないかもしれないけどさ……。けどほんの少し前まで大学生だったやつに言うことでは絶対になかったよな)
もしかしたら気にしすぎかもしれないという考えはある。だが“面倒を見てあげてほしい”と親である翔子おばさんに直々に頼まれ、遥々アメリカからやってきた従弟に初日にする言動ではなかったと思ってしまうのだ。
 
(……悔やんでもしょうがない。明日以降気を付けて、とりあえずは普通に接していくしかない)
ふと尿意を感じ、暖雪はベッドを抜け出てトイレに向かった。それにしても、いい加減に寝なければならない。就寝前の一人反省会は昔からある暖雪の癖だが、これではさすがに明日に響いてしまう。
自室に戻ってきた暖雪は、自分が普段一人で過ごしている空間をぐるりと見渡した。かつて住んでいたワンルームから持ってきた座卓と、PCと、最低限の服と本と雑貨、そしてベッドしかない部屋だ。
没個性的を具現化したような部屋だが、この中に隠された異質なものがある。
 
そう、エネマグラ他のオナニーグッズだ。
 
少ない所持品ゆえに一瞬で済んだ引っ越し準備を終えた後、わざわざそれらを神経質に梱包し、自分の手でスーツケースに入れここまで運んできたのだ。
暖雪はエネマグラオナニーが本心から好きだ。没頭していれば、その日現実で起こった嫌なことを記憶の彼方に置き去りにすることができる。
非現実的な気分に浸ることができてとてもすっきりするし、爽快な気持ちになれる。元々医療器具として開発されたものだけあって、正しく使えば健康上のリスクもない。
何より、他の玩具では果たすことのできない、ネコ役である自分の性欲を思い切り発散することができる。暖雪にとっては、健全かつ正しいオナニー方法なのだ。

(……手を出した動機が問題なんだよなあ)
前向きだったとは言えないその経緯を思い出すと、重い気持ちに喉の奥が苦しくなってしまう。
(恋活してるだけなのに、相手から物みたいに扱われてその場限りの関係を強いられて……)

時おり、暖雪はアプリで初めてマッチした男と初めてのデートに臨んだ日を思い出す。記憶の狭間から蘇ったそれは、決まって暖雪の胸の中をどんよりと汚い泥のようなもので満たすのだ。

待ち合わせ場所に現れた男は、地味な色のパーカーとパンツの上下で、暖雪と同じくあまりおしゃれに関心が向かないタイプのように思えた。アプリでのやり取りでも控えめそうな人物といった印象だったので、自分と似たような性格の人なら合うかもしれないと、暖雪は期待を持って笑顔で挨拶をしたのだ。
ところが、相手の反応は思っていたのとは全然違った。彼は下卑た笑みを浮かべながら、全身を舐めまわすように見てきた。直後にかけられた言葉がこれだ。

「うわあ、こんなエロい腰回りの人初めて見た。ねえ、真面目そうなふりして結構遊んでんでしょ?俺分かるよ」

愕然とした気持ちを、暖雪は昨日のようにはっきりと思い出せる。
確かに暖雪はウエストが薄い。ボトムスのサイズが合わないこともしょっちゅうだ。筋肉もつきづらい体質で、もう27歳なのになかなか年相応の貫禄が出ないのはもっぱらの悩みである。さらに肌も白く、顔の造形も整っているのはいいが女性的で柔らかく、初対面の人間から下に見られるような言動を取られた経験はもう数えきれないくらいあった。
それでも、恋人になれるかもしれないと思った相手からいきなりこんな扱いを受ければ気持ちは沈む。結局、その日はショックのあまりすぐ帰ってきてしまった。
(……たまたま合わなかっただけかもしれない。それか、俺の頭が硬すぎただけで、あれくらい普通のコミュニケーションのうちかもしれない)
そう思い直して、その後も何度かマッチング相手とリアルで会うことを重ねるも、心を砕かれるようなことばかりが暖雪に待ち構えていた。

当然のように、デートの最中からそういった誘いを受け、上手い断り方が分からないまま相手のペースに飲まれ、次第に付き合う前から身体の関係を結んでしまうようになる。”世間ではみんなこういう形で交際を開始しているものなのかもしれない”という考えがあったのも確かだ。だが、実のところ“せっかく気に入られたのに断って嫌な顔をされたくない””雰囲気を壊したくない”という暖雪の臆病な性格がそうさせたのも大きい。
確かなことは、求められるままセックスに応じても、そのあと残るのは空しさだけということだった。
そこから正式な交際が始まるということも、結局は一度もなかった。ホテルを出た途端に『あーよかった。ヤりたくなったらまた連絡するね』と置いていかれ大抵それっきりになってしまう。『いやあ。セフレが結婚することになっちゃって困ってたんだよね。早良さんとなら身体の相性良さそうだし、これからも週イチくらいでこんな風に飲んだりエッチしたりする仲にならない?』と、フラフラと暖雪が事後のシャワーへ向かう際に事もなげに言われたこともある。
最近では結婚のきっかけが出会い系アプリだったという人だって増えているにも関わらず、自分はなぜこうなのだろう。 
今度こそちゃんと誠実そうな人を選ぼうと望みを託してデートに臨んだのが、いつだったかの金曜日に居酒屋で顔合わせをしたあの男だった。しかしそれさえもがあんな結果に終結してしまうとあっては、暖雪の失望は計り知れなかった。

(どうせそういうことするんなら、最初から玩具で自分の思う通りにしたほうが……)
他人との肉体関係を断っておいて、手軽に肉欲を満たせる玩具に手を出す。こじらせているなという気がしなくもないが、 “お前らが俺を粗末に扱おうとも俺には自分で自分を満足させる手立てがあるんだ”という少し気持ちになれる。ほとんど自棄だ。つまり憂さばらしだ。
だが、その行為は確かに癒される。乱雑に踏み荒らされた自尊心を、自分の手で回復させるのだ。文字通りの自分への慰め、そしてあの男たちへの見返しを、同時に果たすことができる。
そうやって少しだけ立ち上がって歩く気力を取り戻し、また新しい出会いを求めてアプリにログインする。

暖雪は、もう一年くらいそんなことを繰り返していた。

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