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43 嫌いになんてならないよ
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どことなくしょんぼりしたような大海と、その横に立つ放心状態の暖雪とを見やって、そんな言葉をかけてきた。
「はい。大丈夫は大丈夫なんですけど、その……」
「……うーん分かった。どう見ても取り込み中みたいだしな」
どう説明したものかと迷うように頭を掻く大海にそう言って、男性はくるりと後ろの集団に視線を移す。
「お前ら、矢野が手ぇ離せないみたいだし、もう今日はそのまま帰んな。清水、お前は原田さんタクシーに乗せて一緒に帰ってやって。家知ってたよな?」
その言葉に、清水と呼ばれた最初にここにやってきた青年が「うっす」と敬礼のポーズをとってみせた。
「清水さん、すみません……」
「や、いいよ。今日はお前が盛り上げてくれて原田さんも喜んでたし。お前は従兄さんについててやりな」
大海に頭を下げられた青年は、笑って小脇に中年男性を抱え直し、よたよたと去って行った。他の社員たちも、「じゃあ、……お疲れ様です」「矢野っち本当に大丈夫?……何かあったらラインするんだよ」などの言葉を残して、ぱらぱらとその場を後にしていく。
「本当すみません……!師匠もありがとうございます!」
一人残った丸眼鏡の男性に、大海は大きな声で再度頭を下げる。男性は何でもないことのように飄々としていた。
「いいっていいって。あー、でも矢野、お前俺のこと師匠って呼ぶのやめろよな。他のやつらまで面白がって師匠って呼んでくるようになっちまっただろーが」
そう言いながらも、その口ぶりにはどこか暖かいものが感じられる。ちらりと暖雪を気にするような視線を送ってから、”師匠”は「じゃあな、また来週~」と後ろ手でこちらにバイバイをして、ビルの間の路地に消えていった。
*
二人きりになった通り。まだまだ往来に人は多く、項垂れる暖雪とそれに寄り添う大海をちょうどよく隠してくれていた。だがそれも、今の暖雪のぐちゃぐちゃになった心を紛らわすまでには足りない。
「雪ちゃん、大丈夫?あいつに何されたの?」
「……」
(なんで、お前の方がそんな顔してるんだよ)
暖雪はぼんやりと思う。こちらの目を見つめてくる従弟の表情は、ひどく歪んでいた。
情けない。なんて情けないんだろう。
「ごめん……」
結局、大事なものは何一つ守れなかったのだ。
「ごめん……」
そう繰り返すことしかできなかった。迷惑ばかりかけて。しまいにはあんな風に助けられて。もう、年上らしくするどころではとっくになくなっていた。
「俺の個人的なことに、……っ、お前を、巻き込んで……」
「そんなこと思ってないよ」
限界状態の暖雪の言葉に、大海はぶんぶんと首を横に振ってそう言い切る。
「いやそのー、……俺あんな風に人にキレたの久しぶりでさあ。……はは。大丈夫だったかなあ?今になってビビッてきちゃった」
「お前……」
顔を伏せたままの暖雪に困り果てて出たのだろう、少しおどけた言葉。不思議と鼓膜から何度も頭の中に響く。
「……っ、ふ、……ぅううっ!」
とうとう堪えきれなくなった。無理に作った笑顔を浮かべていた大海が、またみるみるうちに険しい顔になる。だがそれも、双眸から溢れだしたものを拭おうとした両手に隠れてすぐに見えなくなってしまった。
「あいつの言ったこと聞いてなかったのかよっ……」
止まらない。ダムが決壊したみたいに、とめどなく涙が流れてくる。
「俺、お前が思ってるようなやつじゃないんだけど」
両手じゃ間に合わないほど、後から後から流れてきてとても抑えられない。肩にそっと、大海の手が触れる感触があった。だがそれすら促進剤になって、さらに熱いものが溢れた。大海と同居しようという話が持ち上がった時から、大人として頼れる存在であろうと思っていたのに。そんな暖雪の姿は、もうどこにもなかった。
「彼氏欲しくて何度も違う男とデートして、なのに上手くいかなくて、寂しさ埋めるためにアダルトグッズ使って人に言えないようなことしてるやつなんだけど」
「そんなことで嫌いにならないよ」
被せるような勢いで返され、暖雪は思わず濡れた顔を上げた。
嘘だろ、という心の声は涙のせいで表には出てこず、ただただ呆然と大海を見つめ返すだけの形になる。
「だってそのー、……そういうのって、他人からとやかく言われるようなことじゃないし。まあ、自分が一人の時どうしてるかとかあんな風に言われたのはそりゃ恥ずかしいかもしれないけど……。別に人に迷惑かけるようなことでもないでしょ。だからね雪ちゃん。俺にとってはそれくらいで嫌うとか嫌わないみたいな話にはならないよ」
「……」
ほんの一瞬、涙がすっと引いた。瞳に張られた水の膜を瞬きで落とせば、優しい眼差しの大海がそこにいる。
軽く目を合わせて、彼は暖雪に向かってにかっと歯を見せて笑った。
大海は、暖雪の知らない面を、まだまだたくさん持っている。それはこの3ヶ月で、何度も感じさせられたことだ。
けれど思ってもみなかった。全くの予想外だった。まさか、こんな言葉をかけてもらえるだなんて
「はい。大丈夫は大丈夫なんですけど、その……」
「……うーん分かった。どう見ても取り込み中みたいだしな」
どう説明したものかと迷うように頭を掻く大海にそう言って、男性はくるりと後ろの集団に視線を移す。
「お前ら、矢野が手ぇ離せないみたいだし、もう今日はそのまま帰んな。清水、お前は原田さんタクシーに乗せて一緒に帰ってやって。家知ってたよな?」
その言葉に、清水と呼ばれた最初にここにやってきた青年が「うっす」と敬礼のポーズをとってみせた。
「清水さん、すみません……」
「や、いいよ。今日はお前が盛り上げてくれて原田さんも喜んでたし。お前は従兄さんについててやりな」
大海に頭を下げられた青年は、笑って小脇に中年男性を抱え直し、よたよたと去って行った。他の社員たちも、「じゃあ、……お疲れ様です」「矢野っち本当に大丈夫?……何かあったらラインするんだよ」などの言葉を残して、ぱらぱらとその場を後にしていく。
「本当すみません……!師匠もありがとうございます!」
一人残った丸眼鏡の男性に、大海は大きな声で再度頭を下げる。男性は何でもないことのように飄々としていた。
「いいっていいって。あー、でも矢野、お前俺のこと師匠って呼ぶのやめろよな。他のやつらまで面白がって師匠って呼んでくるようになっちまっただろーが」
そう言いながらも、その口ぶりにはどこか暖かいものが感じられる。ちらりと暖雪を気にするような視線を送ってから、”師匠”は「じゃあな、また来週~」と後ろ手でこちらにバイバイをして、ビルの間の路地に消えていった。
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二人きりになった通り。まだまだ往来に人は多く、項垂れる暖雪とそれに寄り添う大海をちょうどよく隠してくれていた。だがそれも、今の暖雪のぐちゃぐちゃになった心を紛らわすまでには足りない。
「雪ちゃん、大丈夫?あいつに何されたの?」
「……」
(なんで、お前の方がそんな顔してるんだよ)
暖雪はぼんやりと思う。こちらの目を見つめてくる従弟の表情は、ひどく歪んでいた。
情けない。なんて情けないんだろう。
「ごめん……」
結局、大事なものは何一つ守れなかったのだ。
「ごめん……」
そう繰り返すことしかできなかった。迷惑ばかりかけて。しまいにはあんな風に助けられて。もう、年上らしくするどころではとっくになくなっていた。
「俺の個人的なことに、……っ、お前を、巻き込んで……」
「そんなこと思ってないよ」
限界状態の暖雪の言葉に、大海はぶんぶんと首を横に振ってそう言い切る。
「いやそのー、……俺あんな風に人にキレたの久しぶりでさあ。……はは。大丈夫だったかなあ?今になってビビッてきちゃった」
「お前……」
顔を伏せたままの暖雪に困り果てて出たのだろう、少しおどけた言葉。不思議と鼓膜から何度も頭の中に響く。
「……っ、ふ、……ぅううっ!」
とうとう堪えきれなくなった。無理に作った笑顔を浮かべていた大海が、またみるみるうちに険しい顔になる。だがそれも、双眸から溢れだしたものを拭おうとした両手に隠れてすぐに見えなくなってしまった。
「あいつの言ったこと聞いてなかったのかよっ……」
止まらない。ダムが決壊したみたいに、とめどなく涙が流れてくる。
「俺、お前が思ってるようなやつじゃないんだけど」
両手じゃ間に合わないほど、後から後から流れてきてとても抑えられない。肩にそっと、大海の手が触れる感触があった。だがそれすら促進剤になって、さらに熱いものが溢れた。大海と同居しようという話が持ち上がった時から、大人として頼れる存在であろうと思っていたのに。そんな暖雪の姿は、もうどこにもなかった。
「彼氏欲しくて何度も違う男とデートして、なのに上手くいかなくて、寂しさ埋めるためにアダルトグッズ使って人に言えないようなことしてるやつなんだけど」
「そんなことで嫌いにならないよ」
被せるような勢いで返され、暖雪は思わず濡れた顔を上げた。
嘘だろ、という心の声は涙のせいで表には出てこず、ただただ呆然と大海を見つめ返すだけの形になる。
「だってそのー、……そういうのって、他人からとやかく言われるようなことじゃないし。まあ、自分が一人の時どうしてるかとかあんな風に言われたのはそりゃ恥ずかしいかもしれないけど……。別に人に迷惑かけるようなことでもないでしょ。だからね雪ちゃん。俺にとってはそれくらいで嫌うとか嫌わないみたいな話にはならないよ」
「……」
ほんの一瞬、涙がすっと引いた。瞳に張られた水の膜を瞬きで落とせば、優しい眼差しの大海がそこにいる。
軽く目を合わせて、彼は暖雪に向かってにかっと歯を見せて笑った。
大海は、暖雪の知らない面を、まだまだたくさん持っている。それはこの3ヶ月で、何度も感じさせられたことだ。
けれど思ってもみなかった。全くの予想外だった。まさか、こんな言葉をかけてもらえるだなんて
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