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44 27年目の決心
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(大海は……、俺が思ってるよりもずっとずっと……。大きいやつだったんだ)
これまでの大海との思い出が、走馬灯のように次々と思い返されていた。一方で、余計に申し訳ない気分になってくる。自分はなんて、矮小な存在なのだろうか。
「雪ちゃん、帰ろう」
「……嫌だ」
こんなに優しい大海を無下にしてきたなんて。合わせる顔がない。
あまりにも幼稚すぎる態度を取っているとは自覚していた。自分のことがどんどん嫌いになっていく。
こんな感情を持ったまま、あの暖かい家に帰れない。そんな想いからの拒否だった。もはや大海の顔をまともに見ることもできない。
「帰ろうよ」
そんな暖雪に、大海はもう一度言う。前を向けるよう、そっと手を添えていてくれるみたいに。
「帰ろう。雪ちゃん。ね?うちに帰ろう。ほら、こんなところで泣いてちゃよくない。夜に落ち込んだらだめだよ。何にもいいことない。悩みごとは昼にするもんだよ」
ひたすらひたすら、大海はそんな風に励ましてくれる。自分の抱えている恐怖心や卑屈な気持ちなんて、ちっぽけなものだと暖雪が思えるくらいにまで。
「ね?ほら、俺実はさっき飲み会の一軒目で行ったお店でさ、雪ちゃんにお土産でハーブティー買ったんだ。一緒に飲みたいな」
やがて、その言葉の持つ温もりが、誰の手も取りたくないという逃げ腰な考えを凌駕してしまうまで。
「……」
自分以外の誰かに寄りかからせてもらうなんて、そんなの大人じゃないと思っていた。
けれどそんな矜持は、一途で純粋な大海の前に、跡形もなく消え去ったのだった。
*
「少しは落ちついた?」
カモミールの香りが立つカップを両手で抱える暖雪に、大海は尋ねた。
もう時刻は23時になろうとしている。あれから大海に背を押されるようにして、暖雪はこの小さな2LDKに帰って来た。それなりに住み慣れたはずの我が家なのに、なんだか違う空気をまとっている。
「……うん。ありがとな」
どうにか笑顔を見せようとした。大海の淹れてくれたハーブティーはじんわりと鼻腔に染み渡って、暖雪を労わってくれる。まるで、大海の体温そのものに包まれているみたいだった。
「……」
けれど、こちらを見つめる大海の表情は、どことなく固くて悲しげだった。やはり、自分で思うほどは上手く笑えてはいなかったらしい。
(このまま、大海に抱きしめてもらえたらな)
こんな状況だというのに、自分勝手な考えがつい頭をもたげてしまい、すぐに新たな罪悪感が増える。ここまでの大事になっても、まだそんな夢物語に囚われているだなんて。
「ごめん」
様々な意味が込められた謝罪の言葉を、大海はどう受け取ったのだろうか。テーブルの上に両肘をつき、両手で軽く顔を覆っていた大海は、やがてすっと背筋を伸ばす。そして少しの沈黙のあと、口を開いた。
「……ねー、雪ちゃん?」
二人でいるというのに、やけに静かな室内だった。時おり窓の外から、週末の夜を謳歌する若者の浮かれた会話が聞こえてくる。
「しつこくて申し訳ないんだけどさ、アプリで彼氏探すの、やめてよ。……あんなやつと雪ちゃんが付き合うなんて。俺いやだ」
訴えかけるような口調に、いたたまれなくなくなる。暖雪は黙って、持っていたカップをテーブルにそっと置いた。
「今時はさ、アプリがきっかけで結婚する人とかもたくさんいるんだよね。知ってる。けどさ、雪ちゃんにはもうちょっと違う出会いの方が向いてるんじゃないかな……、って」
「……」
何も言えない。
いや。
本当は、言いたくて言いたくてたまらないことが、暖雪の中で渦を巻いていた。この期に及んで、まだ大海は優しかった。自分を心配してくれている。
そのことが、暖雪の心をひどく痛めつける。
言っていいのだろうか。言っていいだろうか、この自分の中に隠し続けた重苦しくてほどけない糸のようなものを。言えば、間違いなく大海を困らせることになる。だが、このまま隠し通しているほうが、大海をないがしろにすることのような気がしてきていた。
少しの逡巡のあと、暖雪は語りだしていた。
「……アプリでもなんでもいいから早く相手見つけないといけないんだよ、俺は」
「え?」
「自然に任せてたらいつの間にかアラサーになってた。周りの友達もどんどん結婚していくし恋人いないやつの方が少数派だ。もうなりふり構わないで早く恋人作んないといけないからアプリ始めたんだよ。けどこんなにヤリモクのやつが多いとは思わなかった。普通に恋人がほしいだけなのに、全然上手くいかない」
言葉にしてみて、やっと気づいた。多分本当はずっと、言いたかった。誰かに助けてほしかった。
「雪ちゃん……」
恐らく暖雪の真意が分からないのだろう。大海は一瞬面食らったような素振りを見せてから、優しく諭すような口調でこう言った。
「そんなにさ、焦って恋人見つける必要ないじゃない。言ってもまだ27でしょ?それにさ、最近はそんなに一生懸命恋愛しないといけないような時代でもないじゃない」
「それじゃダメなんだよ」
「なんで?」
「俺はさ、せめて恋人作って幸せに生きてるってところを見せないといけないんだ」
「……見せなきゃ、いけないって。……誰に?」
暖雪は、大きくしゃくりあげた。引っ込んだはずの涙が、また生まれる。喉の奥がツンと冷たい。
「親」
重い重い、告白だった。それでも、大海ならもしかしたら受け止めてくれるかもしれないと思ってのことだった。相当に、勇気のいる行為。
これまでの大海との思い出が、走馬灯のように次々と思い返されていた。一方で、余計に申し訳ない気分になってくる。自分はなんて、矮小な存在なのだろうか。
「雪ちゃん、帰ろう」
「……嫌だ」
こんなに優しい大海を無下にしてきたなんて。合わせる顔がない。
あまりにも幼稚すぎる態度を取っているとは自覚していた。自分のことがどんどん嫌いになっていく。
こんな感情を持ったまま、あの暖かい家に帰れない。そんな想いからの拒否だった。もはや大海の顔をまともに見ることもできない。
「帰ろうよ」
そんな暖雪に、大海はもう一度言う。前を向けるよう、そっと手を添えていてくれるみたいに。
「帰ろう。雪ちゃん。ね?うちに帰ろう。ほら、こんなところで泣いてちゃよくない。夜に落ち込んだらだめだよ。何にもいいことない。悩みごとは昼にするもんだよ」
ひたすらひたすら、大海はそんな風に励ましてくれる。自分の抱えている恐怖心や卑屈な気持ちなんて、ちっぽけなものだと暖雪が思えるくらいにまで。
「ね?ほら、俺実はさっき飲み会の一軒目で行ったお店でさ、雪ちゃんにお土産でハーブティー買ったんだ。一緒に飲みたいな」
やがて、その言葉の持つ温もりが、誰の手も取りたくないという逃げ腰な考えを凌駕してしまうまで。
「……」
自分以外の誰かに寄りかからせてもらうなんて、そんなの大人じゃないと思っていた。
けれどそんな矜持は、一途で純粋な大海の前に、跡形もなく消え去ったのだった。
*
「少しは落ちついた?」
カモミールの香りが立つカップを両手で抱える暖雪に、大海は尋ねた。
もう時刻は23時になろうとしている。あれから大海に背を押されるようにして、暖雪はこの小さな2LDKに帰って来た。それなりに住み慣れたはずの我が家なのに、なんだか違う空気をまとっている。
「……うん。ありがとな」
どうにか笑顔を見せようとした。大海の淹れてくれたハーブティーはじんわりと鼻腔に染み渡って、暖雪を労わってくれる。まるで、大海の体温そのものに包まれているみたいだった。
「……」
けれど、こちらを見つめる大海の表情は、どことなく固くて悲しげだった。やはり、自分で思うほどは上手く笑えてはいなかったらしい。
(このまま、大海に抱きしめてもらえたらな)
こんな状況だというのに、自分勝手な考えがつい頭をもたげてしまい、すぐに新たな罪悪感が増える。ここまでの大事になっても、まだそんな夢物語に囚われているだなんて。
「ごめん」
様々な意味が込められた謝罪の言葉を、大海はどう受け取ったのだろうか。テーブルの上に両肘をつき、両手で軽く顔を覆っていた大海は、やがてすっと背筋を伸ばす。そして少しの沈黙のあと、口を開いた。
「……ねー、雪ちゃん?」
二人でいるというのに、やけに静かな室内だった。時おり窓の外から、週末の夜を謳歌する若者の浮かれた会話が聞こえてくる。
「しつこくて申し訳ないんだけどさ、アプリで彼氏探すの、やめてよ。……あんなやつと雪ちゃんが付き合うなんて。俺いやだ」
訴えかけるような口調に、いたたまれなくなくなる。暖雪は黙って、持っていたカップをテーブルにそっと置いた。
「今時はさ、アプリがきっかけで結婚する人とかもたくさんいるんだよね。知ってる。けどさ、雪ちゃんにはもうちょっと違う出会いの方が向いてるんじゃないかな……、って」
「……」
何も言えない。
いや。
本当は、言いたくて言いたくてたまらないことが、暖雪の中で渦を巻いていた。この期に及んで、まだ大海は優しかった。自分を心配してくれている。
そのことが、暖雪の心をひどく痛めつける。
言っていいのだろうか。言っていいだろうか、この自分の中に隠し続けた重苦しくてほどけない糸のようなものを。言えば、間違いなく大海を困らせることになる。だが、このまま隠し通しているほうが、大海をないがしろにすることのような気がしてきていた。
少しの逡巡のあと、暖雪は語りだしていた。
「……アプリでもなんでもいいから早く相手見つけないといけないんだよ、俺は」
「え?」
「自然に任せてたらいつの間にかアラサーになってた。周りの友達もどんどん結婚していくし恋人いないやつの方が少数派だ。もうなりふり構わないで早く恋人作んないといけないからアプリ始めたんだよ。けどこんなにヤリモクのやつが多いとは思わなかった。普通に恋人がほしいだけなのに、全然上手くいかない」
言葉にしてみて、やっと気づいた。多分本当はずっと、言いたかった。誰かに助けてほしかった。
「雪ちゃん……」
恐らく暖雪の真意が分からないのだろう。大海は一瞬面食らったような素振りを見せてから、優しく諭すような口調でこう言った。
「そんなにさ、焦って恋人見つける必要ないじゃない。言ってもまだ27でしょ?それにさ、最近はそんなに一生懸命恋愛しないといけないような時代でもないじゃない」
「それじゃダメなんだよ」
「なんで?」
「俺はさ、せめて恋人作って幸せに生きてるってところを見せないといけないんだ」
「……見せなきゃ、いけないって。……誰に?」
暖雪は、大きくしゃくりあげた。引っ込んだはずの涙が、また生まれる。喉の奥がツンと冷たい。
「親」
重い重い、告白だった。それでも、大海ならもしかしたら受け止めてくれるかもしれないと思ってのことだった。相当に、勇気のいる行為。
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