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47 落ち着くべきところに
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二人の自宅からタクシーに乗って一時間弱飛ばした閑静な住宅街に、暖雪の実家はある。
未だ、心の準備はできていない。だがそんな暖雪の肩を抱いた大海は、とっとと玄関チャイムを鳴らしてしまう。扉を開けたのはパジャマ姿の母親で、べそをかき大海の胸に顔を埋める息子を見て驚いた顔を見せた。
リビングに通されればそこには風呂上りらしき父親がいて、こちらも目を丸くしている。
「どうしたの一体」
二人分のお茶を注いだグラスを盆に乗せて運んできた母親が、そう水を向けてきた。
「えーと、……夜分遅くにいきなり押しかけて大変申し訳ないのですが」
大海が神妙に語りだす。かくかくしかじかで雪ちゃんがこんなことを言っているのですが、これらは本当のところどうなのでしょうかと。細部はだいぶぼかしてはいたが、暖雪の現状について懸念があるかどうか、そうズバリ二人に尋ねた。
その間、暖雪はずっと大海の胸に身体を預けたままズビズビと鼻をすすっているままだった。だが両親が顔色を変える気配に目線を上げる。
二人とも眉間に思い切り皺を寄せていた。
「なんでそんなこと思ったんだ」
「そんなことあるわけないでしょ」
「あのな?暖雪……。お前はここまで五体満足で大きな病気やケガ一つせずに育ってくれて……、その上仕事もちゃんと毎日行って……。これ以上何か親のために、なんて思って動かなくていいんだぞ」
父親が膝の上で手を組んだ状態で身を乗り出してくる。横から母親が、「本当にそれで泣くほど悩んでたの……?そりゃあんたが幸せになってくれたらそれは私たちにとっても幸せだけど、そういう風なこと思うわけないじゃない。よそのお宅じゃ“無事に産まれてきてくれただけで親孝行は完了してる”なんて言われたりするもんなのよ?」と差し込んだ。
「……っ、~~~!!」
堪らなくなって、大量の涙が溢れてくる。
27年間で、両親と初めて交わしたそんな会話。蓋を開けてみれば結果は肩透かしを喰らうほどに呆気ない。両親共に狼狽えてはいた。だがショックを受けているという様子ではなくただただ純粋に面食らっている。そんな印象だった。
「その恋人を作りたいってのも、あなたが望んでやってるならいいけど親のために傷ついてまでなんてやめなさい。あんたの生き方を私たちの意向に合わせてほしいわけないじゃない。そもそもあなたにこれ以上……、私たちが何を望むっていうのよ」
「父さんたちはな、お前がこの家の子供になってくれたことだけで、……“お父さん、お母さん”って呼んでくれて、それだけで……、本当にありがたいと思ってるんだ」
そう語る両親の声も、だんだん涙交じりのものになっていく。
いくらさ迷っても、ずっとたどり着くことのない場所だと思っていた。進むことも止まることも怖かった。
でも、手を引いてくれたその人と一歩踏み出して、踏み越えた先にはこんな世界があっただなんて。
(大海……)
「そうよ。それだけであなたは私たちがあなたにしたのよりも何倍も何倍もたくさんのものを私たちにくれてるのよ」
ずっと横に座っていた大海にポンと背中を優しく叩かれたのと、母親のその言葉が重なった。大海の手の温かさで、暖雪はとうとう声を上げて号泣した。
見なくても分かる。多分今大海は、暖雪がよく知ってるあの得意げな笑みを浮かべているのだ。
「お前自分が結婚も子供作ったりもできないから俺たちのこと可哀そうだと思ってたのか。舐めるなよ親を」
「……小さい頃からよかれと思って“あなたは私たちにとって一番大切な存在なのよ”って繰り返し言ってきたけど。……まさかそんな風に受け取られてたとはね」
そんな微妙な説教も受けつつ、気がつけば時刻はすっかり深夜となっていた。
最終的に、父親が「お前の“暖雪”って名前だけどな、……お前は大雪の日にへその緒がついたままで発見されたんだが、発見者の方が素早く適切な処置をしてくれたおかげで健康状態に何も問題なかったし、施設の人が大変心のこもったサポートをしてくれてな、それでお前は今ここにいられるんだ。その時のことが由来になっててな、この先の人生辛いことがあってもそういった暖かい縁で乗り越えていける人間になるようにって願いが込められてるんだ」という、あまり流れに関係ない語りを始めてしまった。それが原因でとうとう大海までがもらい爆泣きし、完全にその場の収集がつかなくなった。
ようやくお開きのムードが漂いだしたのは大人四人が泣き疲れた頃で、母親が「もう遅い時間になったから二人とも泊まっていきなさい」と実家で暖雪が使っていた部屋に布団を敷いてくれた。
元自分の部屋で暖雪は大海と二人並んで布団に入る。色々と濃い一日だったおかげで、割りとすぐに眠気がやってきた。
完全に落ちる直前、大きな手がそっと自分の頭を撫でる感触があった。
「ありがとう」と暖雪はその手の主に静かに言った。意識が途切れる直前今度は暖かいものに自分の手を握られた気がして、それが現実なのか夢の中の出来事なのか判断がつかずにいるうちに、暖雪はコトンと眠りに落ちていった。
未だ、心の準備はできていない。だがそんな暖雪の肩を抱いた大海は、とっとと玄関チャイムを鳴らしてしまう。扉を開けたのはパジャマ姿の母親で、べそをかき大海の胸に顔を埋める息子を見て驚いた顔を見せた。
リビングに通されればそこには風呂上りらしき父親がいて、こちらも目を丸くしている。
「どうしたの一体」
二人分のお茶を注いだグラスを盆に乗せて運んできた母親が、そう水を向けてきた。
「えーと、……夜分遅くにいきなり押しかけて大変申し訳ないのですが」
大海が神妙に語りだす。かくかくしかじかで雪ちゃんがこんなことを言っているのですが、これらは本当のところどうなのでしょうかと。細部はだいぶぼかしてはいたが、暖雪の現状について懸念があるかどうか、そうズバリ二人に尋ねた。
その間、暖雪はずっと大海の胸に身体を預けたままズビズビと鼻をすすっているままだった。だが両親が顔色を変える気配に目線を上げる。
二人とも眉間に思い切り皺を寄せていた。
「なんでそんなこと思ったんだ」
「そんなことあるわけないでしょ」
「あのな?暖雪……。お前はここまで五体満足で大きな病気やケガ一つせずに育ってくれて……、その上仕事もちゃんと毎日行って……。これ以上何か親のために、なんて思って動かなくていいんだぞ」
父親が膝の上で手を組んだ状態で身を乗り出してくる。横から母親が、「本当にそれで泣くほど悩んでたの……?そりゃあんたが幸せになってくれたらそれは私たちにとっても幸せだけど、そういう風なこと思うわけないじゃない。よそのお宅じゃ“無事に産まれてきてくれただけで親孝行は完了してる”なんて言われたりするもんなのよ?」と差し込んだ。
「……っ、~~~!!」
堪らなくなって、大量の涙が溢れてくる。
27年間で、両親と初めて交わしたそんな会話。蓋を開けてみれば結果は肩透かしを喰らうほどに呆気ない。両親共に狼狽えてはいた。だがショックを受けているという様子ではなくただただ純粋に面食らっている。そんな印象だった。
「その恋人を作りたいってのも、あなたが望んでやってるならいいけど親のために傷ついてまでなんてやめなさい。あんたの生き方を私たちの意向に合わせてほしいわけないじゃない。そもそもあなたにこれ以上……、私たちが何を望むっていうのよ」
「父さんたちはな、お前がこの家の子供になってくれたことだけで、……“お父さん、お母さん”って呼んでくれて、それだけで……、本当にありがたいと思ってるんだ」
そう語る両親の声も、だんだん涙交じりのものになっていく。
いくらさ迷っても、ずっとたどり着くことのない場所だと思っていた。進むことも止まることも怖かった。
でも、手を引いてくれたその人と一歩踏み出して、踏み越えた先にはこんな世界があっただなんて。
(大海……)
「そうよ。それだけであなたは私たちがあなたにしたのよりも何倍も何倍もたくさんのものを私たちにくれてるのよ」
ずっと横に座っていた大海にポンと背中を優しく叩かれたのと、母親のその言葉が重なった。大海の手の温かさで、暖雪はとうとう声を上げて号泣した。
見なくても分かる。多分今大海は、暖雪がよく知ってるあの得意げな笑みを浮かべているのだ。
「お前自分が結婚も子供作ったりもできないから俺たちのこと可哀そうだと思ってたのか。舐めるなよ親を」
「……小さい頃からよかれと思って“あなたは私たちにとって一番大切な存在なのよ”って繰り返し言ってきたけど。……まさかそんな風に受け取られてたとはね」
そんな微妙な説教も受けつつ、気がつけば時刻はすっかり深夜となっていた。
最終的に、父親が「お前の“暖雪”って名前だけどな、……お前は大雪の日にへその緒がついたままで発見されたんだが、発見者の方が素早く適切な処置をしてくれたおかげで健康状態に何も問題なかったし、施設の人が大変心のこもったサポートをしてくれてな、それでお前は今ここにいられるんだ。その時のことが由来になっててな、この先の人生辛いことがあってもそういった暖かい縁で乗り越えていける人間になるようにって願いが込められてるんだ」という、あまり流れに関係ない語りを始めてしまった。それが原因でとうとう大海までがもらい爆泣きし、完全にその場の収集がつかなくなった。
ようやくお開きのムードが漂いだしたのは大人四人が泣き疲れた頃で、母親が「もう遅い時間になったから二人とも泊まっていきなさい」と実家で暖雪が使っていた部屋に布団を敷いてくれた。
元自分の部屋で暖雪は大海と二人並んで布団に入る。色々と濃い一日だったおかげで、割りとすぐに眠気がやってきた。
完全に落ちる直前、大きな手がそっと自分の頭を撫でる感触があった。
「ありがとう」と暖雪はその手の主に静かに言った。意識が途切れる直前今度は暖かいものに自分の手を握られた気がして、それが現実なのか夢の中の出来事なのか判断がつかずにいるうちに、暖雪はコトンと眠りに落ちていった。
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