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48 青天の霹靂
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*
『……あのね暖雪。そのー、今のお仕事のことなんだけど。公務員になって市役所に就職するっていうの、もしかしてそうすれば私たちが喜ぶと思ったからなんじゃないの?』
暖雪は電話越しのそんな母親の言葉に、「え?」と怪訝な表情になる。
「そんなことないけど」
『本当?ずっと言えないでいたんだけど、あなたもしかして今と別の仕事に就きたかったんじゃないの?毎日大変そうみたいだけど、あれもひょっとして私たちの機嫌伺って公務員になったんじゃないのってずっと心配してたの』
「違うよ。公務員になって生活に困ってる人を助けたいってのは俺自身の意思だよ。高校の時から決めてたんだ。就活の時言わなかったっけ?」
『そうだったかしら……?で、でもだって!あなた小さい頃イチゴ屋さんになりたいって言ってたじゃない!』
「ぶふふっ!」
スピーカーから響いた母親の台詞に、キッチンに立って料理をしている大海が吹き出した。
「いっ、いつの話だよそれ!おい大海笑うな!母さん二度とその話しないでくれ!」
『ごめんね、前からこのこと聞きたかったんだけど……。ても肝心なところで怖くなって聞けなくってねえ……」
脱力してしまった。イチゴ屋さんって何だよ!と当時の自分を問い詰めたい。
それにしても……。
(俺すげえこの人の息子なんだなって感じるな。いや血は繋がってないんだけど)
言いたいことをしり込みしてしまって言えない。それは暖雪も全く同じなのだ。
何とか母親を宥め、納得してもらい電話を切る。
ダイニングに座った暖雪はちらりと顔を上げた。視線の先にいる大海は、未だ笑いが収まる様子がない。
「くくっ、雪ちゃん、イチゴ屋さんって……。ふふ、ふふふふふ……」
「おい、ドレッシングの材料混ぜ終わったぞ。次は何すればいいんだ」
わざとぶっきらぼうに言って、油と調味料が入った器をずいっと前にやると、大海が振り向いて次の指示をくれる。
「ありがと。さっき切った野菜と和えておいてくれる?五分くらい味馴染ませたら小皿に盛っといて」
「分かった」
「こっちももうすぐだよ、あとは焼くだけ!」
大海が作業中のボウルをこちらに見せてくれた。彼が先ほどまでせっせと捏ねていたものは、玉ねぎのみじん切りの入ったひき肉だった。たっぷりのタネが、ちょうど十字の形で四等分にされている。料理に疎い暖雪でも、ここから何を作るのかは予想がつく。
「それって……、ハンバーグ?」
「ふふ。そう!雪ちゃんの好きなデミグラスのハンバーグだよ~!」
「昼間からか!?」
まさか帰ってきて早々にそんな本格的なものを作っているとは思わなかった。相変わらず体力と行動力がすごい。
「楽しみにしててね。あっ、サラダ和えたら先に冷凍庫のストックご飯レンチンしといてくれる?」
向けられた笑みに対して、暖雪の方は曖昧なそれしか出てこない。
(なんかもう俺、どんな感情でいればいいのか分かんねえよ……)
俯き加減で暖雪はサラダサーバーを手に取った。こうなっているのには理由がある。数時間前、実家からの帰宅中に電車の中で言われたことが、暖雪の中でぐるぐる回り続けていたのだ。
*
ガタゴトと窓の外を流れる風景を視界の端に捉えながら、暖雪は出会い系アプリの退会手続きをしていた。長年の鬱積から解放された今となっては、もうこのアプリに未練はない。そういう意味では自由になったわけではあるが、肩の荷が降りた気はしない。暖雪はちらりと、横に座る従弟を伺う。これから先、もう新たに好きな人を作って大海への想いに上書きする方法は取れないのだ。
(……大海にたくさん嘘をつき続けて、悲しい思いをさせてきた)
大海の方は珍しく、ぼんやりとした顔をしていた。彼は今朝、暖雪より早く起きて母親と共に朝食を作ってくれていたのだ。もしかして寝不足なのだろうか。
(……色々迷惑かけっぱなしだな)
考えぬいた結果、同居を解消するために適した言い訳など結局ないことが分かった。仕事の都合でと言ったところで、騙していることには変わりないのだ。
(だったら、このまま自分の気持ちに蓋をして暮らすのが、一番平和なのかもしれない)
嘘をつくなら、いっそこれまで通りただの従兄弟同士として接し続けることがこれ以上どこにも影響を及ぼすことがないような気がしてきていた。自分一人だけが辛い気持ちになればいいだけの話だ。
だけど、耐えられるだろうか。大海への想いを誤魔化しつづけて、何食わぬ顔で接し続けることなんて。
(……仕方ない。どうしようもない。どこかで諦めるしかないんだ。今まで散々こいつを振り回しつづけてきたんだからこれくらいの仕打ちは受けるべきだ)
悲しい決意と共に、暖雪は力なくスマホをカバンにしまった。もうすぐ昼の11時である。
「大海」
少し逡巡した後に、暖雪は大海に話しかけた。
「本当世話になったな。せっかくの飲み会中断させちゃったし」
「ん?ああ、いいのいいの」
違和感を覚えた。咄嗟に出た大海のその言葉が、なぜか少し固い気がしたのだ。
「さっきお客さん送ってった先輩から全体ライン来たんだけどさ。お客さん酔っぱらって爆睡しちゃってたし、良い気分のまま帰ってくれたって。何も問題ないよ」
だが、すぐにいつものからっとした声に戻る。気のせいだっただろうか。
『ところでさあ雪ちゃん、俺この後すぐスーパーで買い出ししてご飯作ろうと思うんだけど。朝ごはんたくさん食べたからお昼ちょっと遅めでもいいかな?』
『えっ?いいよいいよ今日くらい料理サボっても。何か適当に済まそうぜ』
驚いてそんな風に言っても、大海は『俺がやりたくてやるんだから気にしないで!』と笑うばかりだ。
『へへへ。初めて作る料理に挑戦しようと思って。土曜だからさ、今日こそは雪ちゃんずっと家にいるよね?』
にっと目を細めてそんなことを言われると、暖雪としては異論など挟む余地はなくなってしまう。
『じゃ、じゃあー……、お願いしようかな。悪いな』
『いいのいいの!雪ちゃん俺にそんな風に気使ったりしないでってこないだ言ったじゃない!それとさあー……』
『ん?』
テンポ良くしゃべり続ける大海がさらっと付け足した言葉に、暖雪の表情が一瞬固まった。
『後で大事な話があるんだ。雪ちゃん、少し聞いてくれる?』
『……あのね暖雪。そのー、今のお仕事のことなんだけど。公務員になって市役所に就職するっていうの、もしかしてそうすれば私たちが喜ぶと思ったからなんじゃないの?』
暖雪は電話越しのそんな母親の言葉に、「え?」と怪訝な表情になる。
「そんなことないけど」
『本当?ずっと言えないでいたんだけど、あなたもしかして今と別の仕事に就きたかったんじゃないの?毎日大変そうみたいだけど、あれもひょっとして私たちの機嫌伺って公務員になったんじゃないのってずっと心配してたの』
「違うよ。公務員になって生活に困ってる人を助けたいってのは俺自身の意思だよ。高校の時から決めてたんだ。就活の時言わなかったっけ?」
『そうだったかしら……?で、でもだって!あなた小さい頃イチゴ屋さんになりたいって言ってたじゃない!』
「ぶふふっ!」
スピーカーから響いた母親の台詞に、キッチンに立って料理をしている大海が吹き出した。
「いっ、いつの話だよそれ!おい大海笑うな!母さん二度とその話しないでくれ!」
『ごめんね、前からこのこと聞きたかったんだけど……。ても肝心なところで怖くなって聞けなくってねえ……」
脱力してしまった。イチゴ屋さんって何だよ!と当時の自分を問い詰めたい。
それにしても……。
(俺すげえこの人の息子なんだなって感じるな。いや血は繋がってないんだけど)
言いたいことをしり込みしてしまって言えない。それは暖雪も全く同じなのだ。
何とか母親を宥め、納得してもらい電話を切る。
ダイニングに座った暖雪はちらりと顔を上げた。視線の先にいる大海は、未だ笑いが収まる様子がない。
「くくっ、雪ちゃん、イチゴ屋さんって……。ふふ、ふふふふふ……」
「おい、ドレッシングの材料混ぜ終わったぞ。次は何すればいいんだ」
わざとぶっきらぼうに言って、油と調味料が入った器をずいっと前にやると、大海が振り向いて次の指示をくれる。
「ありがと。さっき切った野菜と和えておいてくれる?五分くらい味馴染ませたら小皿に盛っといて」
「分かった」
「こっちももうすぐだよ、あとは焼くだけ!」
大海が作業中のボウルをこちらに見せてくれた。彼が先ほどまでせっせと捏ねていたものは、玉ねぎのみじん切りの入ったひき肉だった。たっぷりのタネが、ちょうど十字の形で四等分にされている。料理に疎い暖雪でも、ここから何を作るのかは予想がつく。
「それって……、ハンバーグ?」
「ふふ。そう!雪ちゃんの好きなデミグラスのハンバーグだよ~!」
「昼間からか!?」
まさか帰ってきて早々にそんな本格的なものを作っているとは思わなかった。相変わらず体力と行動力がすごい。
「楽しみにしててね。あっ、サラダ和えたら先に冷凍庫のストックご飯レンチンしといてくれる?」
向けられた笑みに対して、暖雪の方は曖昧なそれしか出てこない。
(なんかもう俺、どんな感情でいればいいのか分かんねえよ……)
俯き加減で暖雪はサラダサーバーを手に取った。こうなっているのには理由がある。数時間前、実家からの帰宅中に電車の中で言われたことが、暖雪の中でぐるぐる回り続けていたのだ。
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ガタゴトと窓の外を流れる風景を視界の端に捉えながら、暖雪は出会い系アプリの退会手続きをしていた。長年の鬱積から解放された今となっては、もうこのアプリに未練はない。そういう意味では自由になったわけではあるが、肩の荷が降りた気はしない。暖雪はちらりと、横に座る従弟を伺う。これから先、もう新たに好きな人を作って大海への想いに上書きする方法は取れないのだ。
(……大海にたくさん嘘をつき続けて、悲しい思いをさせてきた)
大海の方は珍しく、ぼんやりとした顔をしていた。彼は今朝、暖雪より早く起きて母親と共に朝食を作ってくれていたのだ。もしかして寝不足なのだろうか。
(……色々迷惑かけっぱなしだな)
考えぬいた結果、同居を解消するために適した言い訳など結局ないことが分かった。仕事の都合でと言ったところで、騙していることには変わりないのだ。
(だったら、このまま自分の気持ちに蓋をして暮らすのが、一番平和なのかもしれない)
嘘をつくなら、いっそこれまで通りただの従兄弟同士として接し続けることがこれ以上どこにも影響を及ぼすことがないような気がしてきていた。自分一人だけが辛い気持ちになればいいだけの話だ。
だけど、耐えられるだろうか。大海への想いを誤魔化しつづけて、何食わぬ顔で接し続けることなんて。
(……仕方ない。どうしようもない。どこかで諦めるしかないんだ。今まで散々こいつを振り回しつづけてきたんだからこれくらいの仕打ちは受けるべきだ)
悲しい決意と共に、暖雪は力なくスマホをカバンにしまった。もうすぐ昼の11時である。
「大海」
少し逡巡した後に、暖雪は大海に話しかけた。
「本当世話になったな。せっかくの飲み会中断させちゃったし」
「ん?ああ、いいのいいの」
違和感を覚えた。咄嗟に出た大海のその言葉が、なぜか少し固い気がしたのだ。
「さっきお客さん送ってった先輩から全体ライン来たんだけどさ。お客さん酔っぱらって爆睡しちゃってたし、良い気分のまま帰ってくれたって。何も問題ないよ」
だが、すぐにいつものからっとした声に戻る。気のせいだっただろうか。
『ところでさあ雪ちゃん、俺この後すぐスーパーで買い出ししてご飯作ろうと思うんだけど。朝ごはんたくさん食べたからお昼ちょっと遅めでもいいかな?』
『えっ?いいよいいよ今日くらい料理サボっても。何か適当に済まそうぜ』
驚いてそんな風に言っても、大海は『俺がやりたくてやるんだから気にしないで!』と笑うばかりだ。
『へへへ。初めて作る料理に挑戦しようと思って。土曜だからさ、今日こそは雪ちゃんずっと家にいるよね?』
にっと目を細めてそんなことを言われると、暖雪としては異論など挟む余地はなくなってしまう。
『じゃ、じゃあー……、お願いしようかな。悪いな』
『いいのいいの!雪ちゃん俺にそんな風に気使ったりしないでってこないだ言ったじゃない!それとさあー……』
『ん?』
テンポ良くしゃべり続ける大海がさらっと付け足した言葉に、暖雪の表情が一瞬固まった。
『後で大事な話があるんだ。雪ちゃん、少し聞いてくれる?』
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