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49 それは驚天動地の
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目の前で大海がジュージューと音を立ててハンバーグを焼いているが、おかげでまともに食欲が湧かない。大事な話ってなんだ、とその場で聞いたが『今は言えない』の一点張りだったのである。
このタイミングで大事な話となると、一つしか浮かばなかった。
大海はこの頃家事の腕もめきめき上がっている。帰国前の最大の懸念点であった日本での暮らしに戸惑う様子もない。仕事も順調だ。つまり、暖雪が近くにいる理由が何一つないのだ。
(同居、……解消してほしいって話かな)
ありえない話では全くない。昨夜の時点は泣き崩れていた暖雪に対して優しい言葉をかけてくれたが、時間が経つとやはり接しづらさを感じてきたのではないか。連鎖的にそんな悪い想像まで浮かんでくる。
(どんな顔で言われるんだろう。真顔で言われたら俺その場で失神しちゃうかも……。けどこの笑顔のまま、さらっとそんなこと言われても……。それはそれで立ち直れねえよ)
サラダを混ぜる手もおぼつか無い。心臓がバクバクする。ほんの昨日まで自分から別居を申し出ようとしていたくせに、いざ逆の立場になった途端に頭が真っ白になってしまったのだ。
(どうしよう。やっぱり、自分から言っといた方がマシだったかな……。)
だがもう今さら自分から動くことはできなかった。もはやこのことを考えること自体がとんでもなく怖い。
「雪ちゃんサラダできた?」
「お、おう……」
「あとごめん。お味噌汁のお湯沸かしてもらっていい?今日もカップで悪いけど」
「分かった……、お前どれにする?」
「豆腐とネギのやつでお願いしま~す」
食卓の準備を整えながらチラリと大海の手元を覗き込めば、ちょうどフライパンの蓋が取られるところだった。良い香りと、脂が弾ける高い音。現金にも落ち込んでいた心がほんの僅か浮き立つ。サラダをよそい箸をセッティングしてお茶を注いでいると、バッチリのタイミングで大海が二人分の大きな皿を運んで来た。トロリとソースがかけられた大きなハンバーグが二つずつ。目玉焼きまできっちり乗っている。別のコンロで作っていたらしい。
「……すげえな」
思わず感嘆の声が漏れる。大海はエプロンを外しながら、こちらに微笑んだ。
「今日は雪ちゃんが家にいてくれるって思ったら嬉しくて。……熱いうちに食べて!」
その言葉に促され、二人向かい合って椅子に座る。湯気の向こうに、大海の笑顔。見慣れた光景が、ものすごく久しぶりのように思えた。こんな日常も、あと少しで終わりを迎えてしまうのだろうか。
「いただきます!」
「……いただきます」
しばらくは二人とも無言だった。カチャカチャと食器の触れ合う音だけが場に響く。暖雪は熱々のハンバーグに息を吹きかけて冷ましつつ、一口それを咀嚼して飲み込んで、続けてまた一口食べた。そして、湧き上がった自然な感想を漏らす。
「すげえ美味い」
正直、今は食事を楽しめる心境ではない。それでも、肉汁溢れる最高の仕上がりのハンバーグはぎこちない心を少し溶かしてくれたのだった。
「ありがとな。こんなの作ってくれて」
暖雪からの賞賛に、大海は満面の笑みを浮かべる。
「よかったぁ、成功して!……何かね、こういう日だから作りたくなったんだ。雪ちゃんの好きなもの」
その言葉の後半で少しトーンを落とした大海は、意味深な視線をこちらに向けてくる。
「こういう日、って……?」
箸を持つ暖雪の手に、ぎゅっと力が入った。しっかりしろと自分に言い聞かせる。どんな結末を迎えようと、できる限りしゃんとした振る舞いをしなければ。最後の最後くらい、かっこ悪くない自分でいなければならない。
「雪ちゃん。さっきさあ、大事な話があるって言ったよね?」
真っすぐ瞳を捉えられ、暖雪の心臓が大きく跳ね上がる。
だが、そこで暖雪はあることに気づいた。
大海が見覚えのある目をしている。
「俺、やっと自分の気持ち自覚した」
そう、これはあの時と一緒だ。初めて暖雪に、”アプリで出会いを求めるのは止めてくれ”と言った時。
「今まで何となく、雪ちゃんが他の人に取られるの嫌だなあとかふわっとした気持ちでしかなかったけど」
あの時と今の大海は、全く同じ緊張した面持ちでそこにいる。
「雪ちゃんが俺の知らない人とデートするって聞いて、はっきり分かったよ」
「え?」
「俺、雪ちゃんが俺以外の誰かとパートナーになってこの先ずっと生きていくなんて嫌だ」
「……え?えっ?」
大海の言葉が、まるで違う世界の言語かのように聞こえてくる。箸を置いた大海は、深呼吸をするようにして一拍沈黙した。
「雪ちゃん、好きだ」
そして、きっぱりと暖雪に言ったのだ。
「俺と、付き合ってほしい」
目の前で大海がジュージューと音を立ててハンバーグを焼いているが、おかげでまともに食欲が湧かない。大事な話ってなんだ、とその場で聞いたが『今は言えない』の一点張りだったのである。
このタイミングで大事な話となると、一つしか浮かばなかった。
大海はこの頃家事の腕もめきめき上がっている。帰国前の最大の懸念点であった日本での暮らしに戸惑う様子もない。仕事も順調だ。つまり、暖雪が近くにいる理由が何一つないのだ。
(同居、……解消してほしいって話かな)
ありえない話では全くない。昨夜の時点は泣き崩れていた暖雪に対して優しい言葉をかけてくれたが、時間が経つとやはり接しづらさを感じてきたのではないか。連鎖的にそんな悪い想像まで浮かんでくる。
(どんな顔で言われるんだろう。真顔で言われたら俺その場で失神しちゃうかも……。けどこの笑顔のまま、さらっとそんなこと言われても……。それはそれで立ち直れねえよ)
サラダを混ぜる手もおぼつか無い。心臓がバクバクする。ほんの昨日まで自分から別居を申し出ようとしていたくせに、いざ逆の立場になった途端に頭が真っ白になってしまったのだ。
(どうしよう。やっぱり、自分から言っといた方がマシだったかな……。)
だがもう今さら自分から動くことはできなかった。もはやこのことを考えること自体がとんでもなく怖い。
「雪ちゃんサラダできた?」
「お、おう……」
「あとごめん。お味噌汁のお湯沸かしてもらっていい?今日もカップで悪いけど」
「分かった……、お前どれにする?」
「豆腐とネギのやつでお願いしま~す」
食卓の準備を整えながらチラリと大海の手元を覗き込めば、ちょうどフライパンの蓋が取られるところだった。良い香りと、脂が弾ける高い音。現金にも落ち込んでいた心がほんの僅か浮き立つ。サラダをよそい箸をセッティングしてお茶を注いでいると、バッチリのタイミングで大海が二人分の大きな皿を運んで来た。トロリとソースがかけられた大きなハンバーグが二つずつ。目玉焼きまできっちり乗っている。別のコンロで作っていたらしい。
「……すげえな」
思わず感嘆の声が漏れる。大海はエプロンを外しながら、こちらに微笑んだ。
「今日は雪ちゃんが家にいてくれるって思ったら嬉しくて。……熱いうちに食べて!」
その言葉に促され、二人向かい合って椅子に座る。湯気の向こうに、大海の笑顔。見慣れた光景が、ものすごく久しぶりのように思えた。こんな日常も、あと少しで終わりを迎えてしまうのだろうか。
「いただきます!」
「……いただきます」
しばらくは二人とも無言だった。カチャカチャと食器の触れ合う音だけが場に響く。暖雪は熱々のハンバーグに息を吹きかけて冷ましつつ、一口それを咀嚼して飲み込んで、続けてまた一口食べた。そして、湧き上がった自然な感想を漏らす。
「すげえ美味い」
正直、今は食事を楽しめる心境ではない。それでも、肉汁溢れる最高の仕上がりのハンバーグはぎこちない心を少し溶かしてくれたのだった。
「ありがとな。こんなの作ってくれて」
暖雪からの賞賛に、大海は満面の笑みを浮かべる。
「よかったぁ、成功して!……何かね、こういう日だから作りたくなったんだ。雪ちゃんの好きなもの」
その言葉の後半で少しトーンを落とした大海は、意味深な視線をこちらに向けてくる。
「こういう日、って……?」
箸を持つ暖雪の手に、ぎゅっと力が入った。しっかりしろと自分に言い聞かせる。どんな結末を迎えようと、できる限りしゃんとした振る舞いをしなければ。最後の最後くらい、かっこ悪くない自分でいなければならない。
「雪ちゃん。さっきさあ、大事な話があるって言ったよね?」
真っすぐ瞳を捉えられ、暖雪の心臓が大きく跳ね上がる。
だが、そこで暖雪はあることに気づいた。
大海が見覚えのある目をしている。
「俺、やっと自分の気持ち自覚した」
そう、これはあの時と一緒だ。初めて暖雪に、”アプリで出会いを求めるのは止めてくれ”と言った時。
「今まで何となく、雪ちゃんが他の人に取られるの嫌だなあとかふわっとした気持ちでしかなかったけど」
あの時と今の大海は、全く同じ緊張した面持ちでそこにいる。
「雪ちゃんが俺の知らない人とデートするって聞いて、はっきり分かったよ」
「え?」
「俺、雪ちゃんが俺以外の誰かとパートナーになってこの先ずっと生きていくなんて嫌だ」
「……え?えっ?」
大海の言葉が、まるで違う世界の言語かのように聞こえてくる。箸を置いた大海は、深呼吸をするようにして一拍沈黙した。
「雪ちゃん、好きだ」
そして、きっぱりと暖雪に言ったのだ。
「俺と、付き合ってほしい」
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