雪の音

reira

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桜の咲く頃に吹く風

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初春になり春の陽気が段々と近づく頃、私は薄手の黄緑色のカーディガンを肩にかけながら、病院の中庭で本を読んでいた。私は読書をするのが好きだ。この中庭で、初夏までの季節をここで色々な本を読んでいる。でも、元から好きだったわけじゃない。いじめられるようになってから、現実世界から離れて色々な場所へ行けて、色々な者になれるから。
 例えば探偵、時には中世のお姫様など。本当に色々なことが頭の中で想像できる。読書を始めてから、相手の気持ちに寄り添えるようになれたかもしれない。まだ、水面下の感情だが。桜の蕾が膨らむ木の下の石づくりのベンチで春の陽気に誘われながら読書をしていた時にふわりとそよ風が吹き、ウッディ系の香りが頭上からして、人の気配を感じた。
「へぇー、ドイルか。」
アルトとバスの中間の様な柔らかい声がして、ふと顔を上げた。
 くっきり二重で黒目がちな綺麗な顔立ちの男性が興味深そうに私と本を交互に見ていた。私はびっくりし過ぎて声も出ず、その場を逃げるように去った。
「びっくりした、何なのあの人。」
 まるで、春の訪れと共に吹いた風の様な感じだった。中庭の方をチラリと見る。
もう、さっきの人は中庭には居なかった。
「ゆ、幽霊??!」
 いや、違う。ちゃんと足はあったし、肌の色も艶もあった。だとしたら……、ただの物好き……?
 ふと、脳裏に三島春樹の名前が浮かんだ。まさか……。そう思った瞬間、何か胃の辺りがムカムカした。
 「ふんっ」と鼻を鳴らして、病室で本の続きを読んだ。
「ふざけんなっ!」
 ある昼ご飯の時だった。私はその日頭の血が昇る程の怒りを覚えていた。拓斗からやり直したいというラインがきたのだ。やり直したい理由は、今の彼女との関係が上手くいっておらず、私しか居ないんだと言ってきたからだ。都合よく扱って、そしてまた棄てる気なんだ、そう感じた。昼ご飯をトレーごとベッドの下に叩きつけた。ご飯は茶碗から飛び出し、味噌汁のワカメやら豆腐が散乱し、大好きなチキンピカタは無惨に砕け散った。異変に気づいた看護師が、駆けつけてトレーやお椀を片付けていた。何も言わず、何も触れず。ただ、「ご飯、食べれる?」と聞いただけで、私は首を横に振った。看護師は事務的に話してベッドを直して、出て行った。
「何、ほざいてんだ、、今更。」
 ポソリと悔しい気持ちで呟いた。ラインをブロックしてベッドに横になった。けれども、気持ちが落ち着くわけでもなくムシャクシャしてこっそりと隠していたカッターをサイドテーブルから取り出し、ジジっとカッターの刃を上げて手首に当てた。鉛色の刃が手首に冷たく当たる。刃先を手首に当てた時だった。
 「何やってんの?」
 病室の前に男の人の声がして、慌ててカッターを布団の中に入れようとした。けど、カッターは手から滑って床に落ちてしまった。
 「あんた、誰?」
 平静を装いながら、私は内心ドキドキしていた。ふぅっと息を吐きながら、カッターを拾い上げた。
 「俺は三島春樹。宮野あかりちゃん。」
 優しいけれど、声は尖っていた。その名前を聞いた瞬間、ヒヤリと背中に冷たいものが伝う様な感じがした。佑斗のお兄さんか。。。
 「もしかして、以前中庭に居ました?」
 佑斗とは、似ても似つかない様なその風貌は、何処か麗人を思い浮かべるような容姿だった。
 「なんだ、気づいてたんだ。」
 おどけた感じで、三島春樹は落ち着いた態度で病室に入ってきた。
「ちょっと!ナースコール鳴らすわよ!」
「落ち着いたら?ナースコール鳴らすのはいいけど、俺顔見知りだから、看護師さんと。」
 淡々と彼は言った。私はその堂々とした姿に気圧されて、何も言えなかった。
「何で私のこと、知ってるのよ。」
 ようやく言葉をふりしぼって出した。
「あぁ、それは、君がよく中庭で読書してるのを弟と散歩してる時に見つけたからだよ。」 
 少し鼻にかかった声で飄々と彼は言った。
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