写メなし日記
焼き鳥と緊縛が好きでした。
写メはツイッターで(?)
写真を一緒に仕舞ってあげたのは、良かったと思う…思いたい。ずっとそれも大事に持ち続け、忘れずに過ごしてきていたわけだから。
母子手帳や妊娠した日の数え方って全然知らなかった。
植物性だった人生に、血が通った瞬間を見るような、静かで熱い記事でした。
またいずれ書きたくなったら、どんどん書いてください。
わーー、そんな事が起こってたんだな…!生まれる前から、なんだか仲良しで微笑ましいな。
いろんなことを乗り越えて授かったのだと、何も書かなくとも伝わる気がする。
これまでのことも色々まだまだどんどん書いてほしいけど、これからのこと…なんなら今日あったこと、昨日あったこと、明日やること、なんてのも書いてほしいな。
幸せなばかりが育児エッセイや子育て日記じゃないとしても、これまでのことを踏まえていようといまいと。
あの日あの時の瞬間から今日までそして明日からも、貴女は母なのだし。
同じ幸せを吐いては吸ってを繰り返してる、ってフレーズに、この時期のおぼろさんの暮らしぶりや心持ちが凝縮され塗り固められて滲んでいるみたいだ。
新大久保時代のことも含まれているのか、それとも、この当時は別の用事があったのか。
賑やかな街の片隅の、空虚だけどたしかに存在した年月のハナシ。
面白い!と手放しで褒めそやしづらいけれど、表現の美しさ、詩的なムードが読ませる作品になっていると思う。
写メなし日記、というだけあって、写メいらずの情景描写が素晴らしい。
でも写メもまた見たいので、いつでも待ってますw
R君良いやつだし、当時のおぼろさんもイイ娘だなww
その頃に出会ってたらどうなってたか、mixiでマイミクのマイミクぐらいのところに居たはずなのに全く絡まなかったのが不思議なくらいだな。性癖、私も合っただろうにw
おしっこの話から、トイレに入って終わる。
トイレだけに、流れのいいエッセイだったね。
泣いた。通知見てコレ読んで、凄く心に染み渡った。
みんなそれぞれ喜びや悲しみを抱えて生きてるもんだけど、それはニンゲンに限ったハナシじゃないんだな。
しれっと旦那さんより長生きするつもりなのも書いててそこは笑った。
長生きして、色んなこと書いて読ませてくれよな。
お疲れさま。おぼろさんも頑張ったね。
そんなおぼろさんの思いを見てると、
きっとみんみちゃんは幸せだったし
今も空の上で幸せなんだろうと思います。
私もずっと前にマルチーズを亡くしました。
大切な家族を亡くした時は、
与えられてるばかりで何を返せたんだろう?
と自分の今までを責めてしまいがちになりますよね。
だけどそんな思いを無理に閉じ込めず
いつまでも忘れない想いとして抱え込んでいれば、いつの間にか愛情を向けていたみんみちゃんも自分と同化して大事な一部になるんだと思います。
うお!久しぶり!!
やっぱりあなたは、自分の言葉を持っているし、それを今でもこうして読ませるチカラがあるし…
今は十代の想定外を抜け出せているように見えるし、
凄くいい私小説なんじゃないか。
私も文章や作文、話すことは好きだし得意なつもりだったけど、
スポーツとか工作、絵を描くことが大の苦手で嫌いだったもの。
でも、それだけが自己表現じゃないし、ひとつ駄目ふたつ駄目でも、ニンゲンなにか取り柄はあるよな。
と、今ならウサギに言ってあげられるかな。
更新待ってました!ありがとうございます!
相変わらず何か音楽の旋律が聞こえてくるような
文章の流れで一気に読んでしまいます。
茹だる暑さが浮かぶ情景の中にも
どこかキラキラして、幸せそうな
おぼろさんの生活が垣間見えて
こちらも暖かい気持ちになります。
また次回の更新も
ゆっくりでも構いませんのでお待ちしてますね
アツいなあちくしょうめ!www
変わった、そしてアコギなシステムのスーパーだなw
タマゴもふるさと納税も猛暑日も、忘れてしまうようなものほど書き留めておくとあとで懐かしいよな
もう更新して貰えないかと思ってた、また書いてくれてありがとう
思い出の風景はたまに更新しにいって、そして当時とのギャップを楽しむのがいいね。
更新したところで思い出や記憶までは更新されないから、何度行ってもやっぱりギャップがあるのが楽しい。
昔はーーー、っていうのは懐古主義なんじゃなくてギャップを楽しむ為の自分にかける魔法の言葉なんだろうと思いたい。
いつもあると思っていた風景が、
とても当たり前の様に時間に流されて
変わっていくのを見るのは
何だか自分だけが取り残された気持ちで
切なくなりますね。
ここにあるいつかの街並みと友達が
おぼろさんの原風景なんですね。
何だか日記を読んだら
生まれた地元を散歩したくなりました
非日常の窓から日常を眺めている様で
どこか普段とは違った時間が
流れているみたいですね。
おぼろさんの目線は
何気ない自分たちの生活でも
どこか優しい切り口で
おおげさですが
世界が優しく見えます笑
何だか不思議と
ゆったり優しいBGMが
聞こえてくるような日記ですね
誰にでも
どうしても捨てられない服ってありますよね。
まあ大体は元カノとの
デート着やらプレゼントやら。。。
何年後かに見ると
本当に笑えないくらいダサくて
恥じずかしさに胸を搔きむしられる思いになりますw
でも、これを捨ててしまうと
何だか自分の歴史を否定というか
断絶してしまう気がして
どうしても捨てる気持ちになれないんですよね。
僕自身はこれを「呪い」と呼んでますw
憧れと尊敬という心持ちはマイナスではないけれども、何でもかんでも安易なカテゴライズ分けして考える事を放棄するのと同意義にしてはいけませんね。
違うジャンルの人間はもちろんですが、
同じ環境内にいる人間内でも、
数年に一度くらいは自分が
どうしても勝てる想像が出来ないくらい
最上位アップグレード版みたいな
人間と出会うことがあります。
憧れや尊敬も持つのは
自分に対して惨めにもなるし
そこで本当に成長が止まる気がして
悔し紛れに考える事は
”負けた部分は自分の中で全無視。
この部分は勝ってるぞ!”
ですw
現実を客観的に見ないで
自分本位に見る事も
時には有効かと、、
こんなことを書きながら、
何故かワンピースのルフィと仲間たちの話を
連想してしまいましたw
小言、って記事について
なんか、カッコよくていい文章だった!
単純で無難な言葉で片づけて揉めないようにするなよ、と思うわな
でも、そういうのを謙虚だとか、礼儀正しいとか思う奴もいるし、実際そう思われるのも計算というか、無難で良いじゃんって思う側にも言い分はあるんだろうな
憧れや尊敬は土俵が違うか、遥か上にいるか、じゃないと成り立たない気もするしさ。
お相撲部屋に入門したばかりの新弟子が、横綱や大関に憧れなきゃ前進も進歩もないわけだし
そういうのと、手軽な褒め言葉を一緒くたにするのは、確かに良くないなと私も思ったw
あの時代、清濁混在したカオスな池袋が懐かしくなりますね。
今回はそこで生き抜く人たちの逞しさみたいなものを感じて、何だか少し元気をもらいましたw
衝撃的な事件もありながら
たんたんと口調を変えずに語るおぼろさんが、
こういう経緯を踏まえて
どんどん強くなっていたんだなと。。。
あ、バイオリン配信お待ちしてます