愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん

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43話 精霊の森エスペランサ side 歩夢

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今日も静かに一日が始まった。
どこへ行くのか聞いていないのに、胸の奥がじわじわ浮き立っていて、自分でも不思議なくらいだ。

台所に降りると、太一兄ちゃんが振り返った。

「おはよう歩夢。今日は出かけるんだよな?」

軽くあいさつを返すと、兄ちゃんはすぐに事情を察したようで嬉しそうに笑った。

「ディランさんとだろ?ちょっとくらい遅くなっても大丈夫だって言っといてやるよ。」

その顔が妙に悪だくみっぽくて、思わず指摘したら、兄ちゃんは「気のせいだ」と言いながら僕の頭をぐしゃぐしゃにした。
急がなきゃと思いつつ、その手つきに少し安心している自分がいた。

朝ごはんを終えて準備をすませ、庭で待っていると、ゆっくり風が通り抜けていく。
本当は現地集合でも良かったけど、ディランさんのほうが「迎えに行くよ」と譲らなかった。心配性なんだろうか、それともただ優しいだけなのか。

「楽しくなるといいな。」

つい独り言が洩れた瞬間、背後から穏やかな声が返ってきて飛び上がった。

「きっと気に入ってくれると思うよ。」

いつの間にか立っていたディランさんは、笑ったまま僕の反応を面白そうに眺めていた。
からかっているようで、でもどこか本当に楽しみにしてくれている雰囲気があってくすぐったい。

「目的地まで少し歩くから、そろそろ行こうか。」

軽くうながされ、僕は姿勢を正して頭を下げた。

「今日はよろしくお願いします。」

道すがら、二人で軽いものをつまみながら他愛もない話を続けた。
普段より言葉の選び方が慎重になる自分に気づいて、心の中でこっそり苦笑した。

―――――

森に入った途端、空気が変わった。
涼しい風の粒子の中を、ぱちぱちと光が走る。見たことのないほど多くの精霊たちが、木々のあいだを飛び回っていた。

『精霊の愛し子だ!』『本当にいたんだ!』

声が一気に押し寄せ、身体じゅうを小さな手が引っ張る。
嬉しいけれど、こんなに騒がれたらディランさんに何か気づかれる。焦って立ちすくんだところへ、澄んだ声が響いた。

「ストップ。歩夢は今は話せないよ。」

メルエムだ。
精霊たちを制しながら、僕の代わりにさらっと理由を伝えてくれる。
この子がいなかったら、たぶん大混乱になっていた。

またゆっくり話しに来よう。精霊たちのことだけじゃなく、優兄ちゃんの痕跡だってここなら何か掴める気がする。

そんなことを考えていると、ディランさんに名前を呼ばれた。

「歩夢くん、着いたよ。」

木立がぱっと開け、視界が急に明るくなる。
森の緑が深いのに、不思議とあちこちがきらめいて見えた。
まるで世界そのものが精霊の光に包まれているみたいだ。

「ここがエスペランサの森。精霊たちの住処だよ。」

言葉を返す前に胸の奥が熱くなった。
こんな景色があったなんて知らなかった。

ディランさんは僕の顔を見て、ふっと柔らかく笑った。

「絵、描かないの?」

驚いて振り向くと、続けて穏やかに言う。

「太一くんに聞いたよ。絵が好きなんだって。気にしないで描いていいからね。」

描きたい気持ちはあった。けれど、人を待たせるのが申し訳なくて固まっていた。
そんな僕を見透かしたように、ディランさんは足元にまとわりつく精霊たちを指して言う。

「ほら、私はこっちで遊んでいるし、歩夢くんの絵を見られたら嬉しい。」

その言い方があまりに自然で、胸の緊張がふっとほどけた。

「お、お言葉に甘えさせていただきます」

「うん。どうぞ。」

許可をもらった瞬間から、視界の奥にあるものがぜんぶ線と色に変わり始める。
僕はデッサン道具を取り出し、自分の世界にゆっくりと入り込んでいった。
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