44 / 76
43話 精霊の森エスペランサ side 歩夢
しおりを挟む
今日も静かに一日が始まった。
どこへ行くのか聞いていないのに、胸の奥がじわじわ浮き立っていて、自分でも不思議なくらいだ。
台所に降りると、太一兄ちゃんが振り返った。
「おはよう歩夢。今日は出かけるんだよな?」
軽くあいさつを返すと、兄ちゃんはすぐに事情を察したようで嬉しそうに笑った。
「ディランさんとだろ?ちょっとくらい遅くなっても大丈夫だって言っといてやるよ。」
その顔が妙に悪だくみっぽくて、思わず指摘したら、兄ちゃんは「気のせいだ」と言いながら僕の頭をぐしゃぐしゃにした。
急がなきゃと思いつつ、その手つきに少し安心している自分がいた。
朝ごはんを終えて準備をすませ、庭で待っていると、ゆっくり風が通り抜けていく。
本当は現地集合でも良かったけど、ディランさんのほうが「迎えに行くよ」と譲らなかった。心配性なんだろうか、それともただ優しいだけなのか。
「楽しくなるといいな。」
つい独り言が洩れた瞬間、背後から穏やかな声が返ってきて飛び上がった。
「きっと気に入ってくれると思うよ。」
いつの間にか立っていたディランさんは、笑ったまま僕の反応を面白そうに眺めていた。
からかっているようで、でもどこか本当に楽しみにしてくれている雰囲気があってくすぐったい。
「目的地まで少し歩くから、そろそろ行こうか。」
軽くうながされ、僕は姿勢を正して頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。」
道すがら、二人で軽いものをつまみながら他愛もない話を続けた。
普段より言葉の選び方が慎重になる自分に気づいて、心の中でこっそり苦笑した。
―――――
森に入った途端、空気が変わった。
涼しい風の粒子の中を、ぱちぱちと光が走る。見たことのないほど多くの精霊たちが、木々のあいだを飛び回っていた。
『精霊の愛し子だ!』『本当にいたんだ!』
声が一気に押し寄せ、身体じゅうを小さな手が引っ張る。
嬉しいけれど、こんなに騒がれたらディランさんに何か気づかれる。焦って立ちすくんだところへ、澄んだ声が響いた。
「ストップ。歩夢は今は話せないよ。」
メルエムだ。
精霊たちを制しながら、僕の代わりにさらっと理由を伝えてくれる。
この子がいなかったら、たぶん大混乱になっていた。
またゆっくり話しに来よう。精霊たちのことだけじゃなく、優兄ちゃんの痕跡だってここなら何か掴める気がする。
そんなことを考えていると、ディランさんに名前を呼ばれた。
「歩夢くん、着いたよ。」
木立がぱっと開け、視界が急に明るくなる。
森の緑が深いのに、不思議とあちこちがきらめいて見えた。
まるで世界そのものが精霊の光に包まれているみたいだ。
「ここがエスペランサの森。精霊たちの住処だよ。」
言葉を返す前に胸の奥が熱くなった。
こんな景色があったなんて知らなかった。
ディランさんは僕の顔を見て、ふっと柔らかく笑った。
「絵、描かないの?」
驚いて振り向くと、続けて穏やかに言う。
「太一くんに聞いたよ。絵が好きなんだって。気にしないで描いていいからね。」
描きたい気持ちはあった。けれど、人を待たせるのが申し訳なくて固まっていた。
そんな僕を見透かしたように、ディランさんは足元にまとわりつく精霊たちを指して言う。
「ほら、私はこっちで遊んでいるし、歩夢くんの絵を見られたら嬉しい。」
その言い方があまりに自然で、胸の緊張がふっとほどけた。
「お、お言葉に甘えさせていただきます」
「うん。どうぞ。」
許可をもらった瞬間から、視界の奥にあるものがぜんぶ線と色に変わり始める。
僕はデッサン道具を取り出し、自分の世界にゆっくりと入り込んでいった。
どこへ行くのか聞いていないのに、胸の奥がじわじわ浮き立っていて、自分でも不思議なくらいだ。
台所に降りると、太一兄ちゃんが振り返った。
「おはよう歩夢。今日は出かけるんだよな?」
軽くあいさつを返すと、兄ちゃんはすぐに事情を察したようで嬉しそうに笑った。
「ディランさんとだろ?ちょっとくらい遅くなっても大丈夫だって言っといてやるよ。」
その顔が妙に悪だくみっぽくて、思わず指摘したら、兄ちゃんは「気のせいだ」と言いながら僕の頭をぐしゃぐしゃにした。
急がなきゃと思いつつ、その手つきに少し安心している自分がいた。
朝ごはんを終えて準備をすませ、庭で待っていると、ゆっくり風が通り抜けていく。
本当は現地集合でも良かったけど、ディランさんのほうが「迎えに行くよ」と譲らなかった。心配性なんだろうか、それともただ優しいだけなのか。
「楽しくなるといいな。」
つい独り言が洩れた瞬間、背後から穏やかな声が返ってきて飛び上がった。
「きっと気に入ってくれると思うよ。」
いつの間にか立っていたディランさんは、笑ったまま僕の反応を面白そうに眺めていた。
からかっているようで、でもどこか本当に楽しみにしてくれている雰囲気があってくすぐったい。
「目的地まで少し歩くから、そろそろ行こうか。」
軽くうながされ、僕は姿勢を正して頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。」
道すがら、二人で軽いものをつまみながら他愛もない話を続けた。
普段より言葉の選び方が慎重になる自分に気づいて、心の中でこっそり苦笑した。
―――――
森に入った途端、空気が変わった。
涼しい風の粒子の中を、ぱちぱちと光が走る。見たことのないほど多くの精霊たちが、木々のあいだを飛び回っていた。
『精霊の愛し子だ!』『本当にいたんだ!』
声が一気に押し寄せ、身体じゅうを小さな手が引っ張る。
嬉しいけれど、こんなに騒がれたらディランさんに何か気づかれる。焦って立ちすくんだところへ、澄んだ声が響いた。
「ストップ。歩夢は今は話せないよ。」
メルエムだ。
精霊たちを制しながら、僕の代わりにさらっと理由を伝えてくれる。
この子がいなかったら、たぶん大混乱になっていた。
またゆっくり話しに来よう。精霊たちのことだけじゃなく、優兄ちゃんの痕跡だってここなら何か掴める気がする。
そんなことを考えていると、ディランさんに名前を呼ばれた。
「歩夢くん、着いたよ。」
木立がぱっと開け、視界が急に明るくなる。
森の緑が深いのに、不思議とあちこちがきらめいて見えた。
まるで世界そのものが精霊の光に包まれているみたいだ。
「ここがエスペランサの森。精霊たちの住処だよ。」
言葉を返す前に胸の奥が熱くなった。
こんな景色があったなんて知らなかった。
ディランさんは僕の顔を見て、ふっと柔らかく笑った。
「絵、描かないの?」
驚いて振り向くと、続けて穏やかに言う。
「太一くんに聞いたよ。絵が好きなんだって。気にしないで描いていいからね。」
描きたい気持ちはあった。けれど、人を待たせるのが申し訳なくて固まっていた。
そんな僕を見透かしたように、ディランさんは足元にまとわりつく精霊たちを指して言う。
「ほら、私はこっちで遊んでいるし、歩夢くんの絵を見られたら嬉しい。」
その言い方があまりに自然で、胸の緊張がふっとほどけた。
「お、お言葉に甘えさせていただきます」
「うん。どうぞ。」
許可をもらった瞬間から、視界の奥にあるものがぜんぶ線と色に変わり始める。
僕はデッサン道具を取り出し、自分の世界にゆっくりと入り込んでいった。
158
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる