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44話 秘密 side歩夢
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「……ゆ…、…あ…む…、…あゆむ!」
ぼんやりと名前を呼ばれている気がして、意識が水面へ浮かび上がった。目を開けると、足元から広がる紙の海に気づく。どれもこれも、自分が無我夢中で描いたデッサンだった。
メルエムが頬をふくらませて僕を覗き込む。
「歩夢ったら、もう三時間は描きっぱなしだよ。少し休もうよ、心配になるから。」
そんなに時間が経っていたのか。描き始めたら周囲の音も気配も全部消えてしまっていたらしい。
あ、ディランさん……!
急に胸がざわつき、辺りを見回す。けれどどこにも姿がなく、不安が胸を冷たく撫でた。すると精霊たちが、僕の肩や服をちょんちょん引っ張りながら進む道を示してくる。
「探しものならこっちだよ」「ほらほら」
導かれるまま歩いて行くと、木漏れ日の中で精霊に囲まれ、横たわる人影が見えた。規則正しい寝息。そこにいたのはディランさんだった。
寝顔は、静かで、どこか神話の挿絵みたいに整っていた。思わず息を呑む。
綺麗だ。気づけば僕は、そのまま腰を下ろし、膝の上にスケッチ帳を広げていた。筆先が勝手に走り、気づけば彼を中心にした一枚が仕上がっていく。最後の線を引いて満足した瞬間、自分でもわかるくらい頬がゆるんでいた。
「そんなに楽しそうに見つめられるとは思わなかったな。」
突然声がして、心臓が跳ねた。
驚いた拍子にバランスを崩し、ひっくり返りかけた僕を、あっという間に支える腕が受け止める。
「──っと、危ない。…大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です……。」
密着した腕の感触に、胸がぎゅっと縮まる。けれど恐怖ではなかった。むしろ不思議なほど落ち着いていて、そこにまた驚く。
僕は男性に触れられると震えてしまうはずなのに、今は震えも発作もなかった。どうしてだろう。わからないまま混乱する。
「それなら、よかった」
そう言うと、静かに腕を離し、周囲に散らばったデッサンへ視線を向けた。
「たくさん描けたんだね。いい時間を過ごせたみたいで嬉しいよ。」
その声に、僕の胸の奥も少し温かくなった。そこからは描いた絵を見せ合ったり、精霊たちと触れ合ったりして、気づけば時間がどんどん過ぎていった。
こんなに自然に笑っていられたのは、優兄ちゃんや太一兄ちゃん以外では初めてだ。
だけど、夕暮れに近づくにつれて、ディランさんの表情が徐々に曇り始めるのに気づいた。
――楽しくなかったのかな。
そんな不安がよぎり、僕は帰りを切り出した。
「そろそろ、戻りませんか?家まで距離もありますし……。」
返事はなかった。沈黙が落ちて、胸がまた締めつけられる。
「どうかしましたか……?」
ディランさんは少し迷うように息を飲み、それから静かに口を開いた。
「歩夢くん。ひとつだけ、どうしても聞きたいことがあるんだ。」
真剣な声に身体が強張る。
「…………精霊と話せるね?」
世界から音が全部抜け落ちたようだった。
全身が冷たくなり、思考が動かなくなる。
バレた。
終わりだ。
そう思った瞬間、喉が固まって声も出なかった。
「怯えないで。責めたいんじゃないんだ。ただ、君の力を知った誰かが必ず狙ってくる。そうなる前に、どうしても知っておきたかった。」
「……いやだ……。」
恐怖が津波みたいに押し寄せ、身体が震えた。
そんな僕を見て、ディランさんは困ったように眉を下げ、そのまま抱き寄せて背中をゆっくり撫でてくれる。
「大丈夫だよ。落ち着いて。そう、ゆっくり息をして──」
その声に合わせて呼吸が少しずつ戻り、しばらくして震えも収まっていった。
「太一くんたちは……このことを?」
「…………」
その沈黙が答えになっていた。
「話してない理由、聞いてもいいかな。」
僕は視線を落とし、胸の奥から込み上げてくるものを押さえきれずに口を開いた。
「太一兄ちゃんは……今までずっと僕のことで時間を奪われてきたんです。だけど、ここに来てからやっと自分の時間を持てるようになった。リサさんやベンさん、ディランさんたちが兄ちゃんのことを大切にしてくれて……安心できる場所ができたんです。」
涙がにじみ、言葉が震え始める。
「でも……僕は爆弾みたいな存在で……精霊と話せるなんて、兄ちゃんの不安を増やすだけで……。強くなって、こんどこそ守るって決めたのに……こんなことで迷惑をかけたくない……っ。」
こらえようとしても涙は止まらず、ぽたぽたと地面に落ちていく。
泣きながら言葉を絞り出す僕を、ディランさんは何も言わず受け止めてくれていた。
ぼんやりと名前を呼ばれている気がして、意識が水面へ浮かび上がった。目を開けると、足元から広がる紙の海に気づく。どれもこれも、自分が無我夢中で描いたデッサンだった。
メルエムが頬をふくらませて僕を覗き込む。
「歩夢ったら、もう三時間は描きっぱなしだよ。少し休もうよ、心配になるから。」
そんなに時間が経っていたのか。描き始めたら周囲の音も気配も全部消えてしまっていたらしい。
あ、ディランさん……!
急に胸がざわつき、辺りを見回す。けれどどこにも姿がなく、不安が胸を冷たく撫でた。すると精霊たちが、僕の肩や服をちょんちょん引っ張りながら進む道を示してくる。
「探しものならこっちだよ」「ほらほら」
導かれるまま歩いて行くと、木漏れ日の中で精霊に囲まれ、横たわる人影が見えた。規則正しい寝息。そこにいたのはディランさんだった。
寝顔は、静かで、どこか神話の挿絵みたいに整っていた。思わず息を呑む。
綺麗だ。気づけば僕は、そのまま腰を下ろし、膝の上にスケッチ帳を広げていた。筆先が勝手に走り、気づけば彼を中心にした一枚が仕上がっていく。最後の線を引いて満足した瞬間、自分でもわかるくらい頬がゆるんでいた。
「そんなに楽しそうに見つめられるとは思わなかったな。」
突然声がして、心臓が跳ねた。
驚いた拍子にバランスを崩し、ひっくり返りかけた僕を、あっという間に支える腕が受け止める。
「──っと、危ない。…大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です……。」
密着した腕の感触に、胸がぎゅっと縮まる。けれど恐怖ではなかった。むしろ不思議なほど落ち着いていて、そこにまた驚く。
僕は男性に触れられると震えてしまうはずなのに、今は震えも発作もなかった。どうしてだろう。わからないまま混乱する。
「それなら、よかった」
そう言うと、静かに腕を離し、周囲に散らばったデッサンへ視線を向けた。
「たくさん描けたんだね。いい時間を過ごせたみたいで嬉しいよ。」
その声に、僕の胸の奥も少し温かくなった。そこからは描いた絵を見せ合ったり、精霊たちと触れ合ったりして、気づけば時間がどんどん過ぎていった。
こんなに自然に笑っていられたのは、優兄ちゃんや太一兄ちゃん以外では初めてだ。
だけど、夕暮れに近づくにつれて、ディランさんの表情が徐々に曇り始めるのに気づいた。
――楽しくなかったのかな。
そんな不安がよぎり、僕は帰りを切り出した。
「そろそろ、戻りませんか?家まで距離もありますし……。」
返事はなかった。沈黙が落ちて、胸がまた締めつけられる。
「どうかしましたか……?」
ディランさんは少し迷うように息を飲み、それから静かに口を開いた。
「歩夢くん。ひとつだけ、どうしても聞きたいことがあるんだ。」
真剣な声に身体が強張る。
「…………精霊と話せるね?」
世界から音が全部抜け落ちたようだった。
全身が冷たくなり、思考が動かなくなる。
バレた。
終わりだ。
そう思った瞬間、喉が固まって声も出なかった。
「怯えないで。責めたいんじゃないんだ。ただ、君の力を知った誰かが必ず狙ってくる。そうなる前に、どうしても知っておきたかった。」
「……いやだ……。」
恐怖が津波みたいに押し寄せ、身体が震えた。
そんな僕を見て、ディランさんは困ったように眉を下げ、そのまま抱き寄せて背中をゆっくり撫でてくれる。
「大丈夫だよ。落ち着いて。そう、ゆっくり息をして──」
その声に合わせて呼吸が少しずつ戻り、しばらくして震えも収まっていった。
「太一くんたちは……このことを?」
「…………」
その沈黙が答えになっていた。
「話してない理由、聞いてもいいかな。」
僕は視線を落とし、胸の奥から込み上げてくるものを押さえきれずに口を開いた。
「太一兄ちゃんは……今までずっと僕のことで時間を奪われてきたんです。だけど、ここに来てからやっと自分の時間を持てるようになった。リサさんやベンさん、ディランさんたちが兄ちゃんのことを大切にしてくれて……安心できる場所ができたんです。」
涙がにじみ、言葉が震え始める。
「でも……僕は爆弾みたいな存在で……精霊と話せるなんて、兄ちゃんの不安を増やすだけで……。強くなって、こんどこそ守るって決めたのに……こんなことで迷惑をかけたくない……っ。」
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