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45話 竜の戸惑い
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side歩夢
「歩夢くん」
名前を呼ばれた瞬間も、涙はまだ頬をつたっていた。
喉がつまって呼吸が浅くなるたび、僕の頭を撫でるディランさんの手だけが、ただ優しく触れる。
僕は、その温度に気づく余裕もないほど必死に泣いていたのに──。
額に柔らかい感触が触れた瞬間、すべてが止まった。
…いま、何が触れた?
涙も声も動きも、驚きでまとめて凍りついたみたいだった。気づけば僕はディランさんの顔を凝視していた。
「やっと泣き止んでくれた。泣き顔も可愛いけど、歩夢くんには笑顔のほうが似合っている。」
言葉に急速に現実へ引き戻され、さっきまで泣きじゃくっていた自分を思い出して顔が一気に熱くなる。
「歩夢くん、ちょっとごめんね。」
え──と思った瞬間、体がふわりと浮いた。視界が揺れて、気がつけばディランさんの膝の上に抱えられるように座っていた。
「ディランさん、ぼ、僕そんな子供じゃないし……恥ずかし…っ」
「少しでいいから。このまま聞いてほしい。」
降りたい気持ちもあったのに、なぜか首は自然と縦に動いていた。
「ありがとう。歩夢くんの気持ちはよくわかった。でもね、一人で抱えるには危険すぎる。だから──私に、君を守らせてくれないかな。」
「え、?」
「私は竜人だよ。そう簡単には手出しされることはない。君の盾くらいにはなれるはずだ。」
「やっと泣き止んでくれた。泣き顔も可愛いけど歩夢くんにはやっぱり笑顔が一番似合っているよ。」
説得というより、落ち着いた宣言のようだった。
この世界をよく知る彼が言うなら、それは本当に“守れる”という意味なんだろう。でも、それならなおさら──
「ど、どうしてそこまで……? 僕なんかのために。面倒なだけなのに。それに、ディランさんは番を探す旅の途中で……」
「……それは、私も知りたい。」
「え? すみません、よく聞こえなくて……」
「なんでもないよ。ただね、君は私の友のアイザックの友人で、その番である太一くんの弟だ。守らない理由なんて、どこにもないよ。それに──歩夢くんは、もう私の友人だから。」
微笑まれた瞬間、胸の奥が軽く震えた。
友達。
そう言われたのは嬉しいのに──
ッチク。
胸のあたりが小さく刺さるように痛んだ。理由なんてわからない。
友達になれたことが嬉しいのに、どこかひっかかるような、霧みたいな感情がまとわりついて離れなかった。
「……そろそろ帰ろうか。」
「は、はい。」
家に着いても、そのモヤモヤは薄れなかった。考えれば考えるほど形が見えなくなって、余計に胸の奥へ沈んでいくばかりだった。
―――――
side ディラン
彼から目が離せなくなったのは、いつの瞬間だっただろう。
最初は警戒されていたのに、距離が縮まれば縮まるほど、逆にこちらの心がずっと落ち着かなくなっていった。
気にかけた理由はひとつじゃない。
彼は聖霊と話せる可能性があった。私の種族を一瞬で言い当てただけでなく、聖霊たちは常に彼のそばにいて、しかも上級聖霊と肩を並べて歩く姿まで見た。
落ち人でそんな例は聞いたことがない。
もし公になれば、国ひとつが動くほどの危険にさらされるだろう。
なのに彼は、その力を誰にも告げず、ひとりで隠し続けている。
危ういにもほどがある。
だから遠出に誘い、精霊の森でゆっくりしながら、その危険性を伝えるつもりだった。
森に近づくたび、聖霊たちは彼に群がり、髪や服を引き、はしゃぎ、まとわりついた。
その光景だけで確信した。彼は聖霊に好かれすぎていた。
いきなり核心を話せば怖がらせるだろうと、まずは絵を描かせ、聖霊と遊ばせ、森の空気を楽しませた。
私はその間、地面に横になって空を眺め、澄んだ空気にゆっくりと呼吸を馴染ませていた。
彼が絵を描き終え、聖霊たちを連れて歩いてくる姿が見えた時──
体を起こすべきだと頭ではわかっていたのに、動けなかった。
光に照らされて歩く彼の姿が、あまりにも綺麗だったから──。
ドクッ。
運命の番がどこかにいるはずの私は、なぜ彼にこんなに惹かれている?
理解できないまま、とにかく本題を切り出した。
結果、彼は怯え、兄に心配をかけたくないと泣き出すほど思いつめていた。
兄を想う気持ちは痛いほど伝わったが──それなら彼自身は誰が守る?
気づけば彼の額にくちづけ、「自分が守る」と告げていた。
運命の番がどこかにいる身で、こんな行動をとるなんて思いもしなかったけれど、後悔はまったくなかった。
理由はまだ言葉にならない。
けれど、その答えはいずれ自然と形になる気がしていた。
「歩夢くん」
名前を呼ばれた瞬間も、涙はまだ頬をつたっていた。
喉がつまって呼吸が浅くなるたび、僕の頭を撫でるディランさんの手だけが、ただ優しく触れる。
僕は、その温度に気づく余裕もないほど必死に泣いていたのに──。
額に柔らかい感触が触れた瞬間、すべてが止まった。
…いま、何が触れた?
涙も声も動きも、驚きでまとめて凍りついたみたいだった。気づけば僕はディランさんの顔を凝視していた。
「やっと泣き止んでくれた。泣き顔も可愛いけど、歩夢くんには笑顔のほうが似合っている。」
言葉に急速に現実へ引き戻され、さっきまで泣きじゃくっていた自分を思い出して顔が一気に熱くなる。
「歩夢くん、ちょっとごめんね。」
え──と思った瞬間、体がふわりと浮いた。視界が揺れて、気がつけばディランさんの膝の上に抱えられるように座っていた。
「ディランさん、ぼ、僕そんな子供じゃないし……恥ずかし…っ」
「少しでいいから。このまま聞いてほしい。」
降りたい気持ちもあったのに、なぜか首は自然と縦に動いていた。
「ありがとう。歩夢くんの気持ちはよくわかった。でもね、一人で抱えるには危険すぎる。だから──私に、君を守らせてくれないかな。」
「え、?」
「私は竜人だよ。そう簡単には手出しされることはない。君の盾くらいにはなれるはずだ。」
「やっと泣き止んでくれた。泣き顔も可愛いけど歩夢くんにはやっぱり笑顔が一番似合っているよ。」
説得というより、落ち着いた宣言のようだった。
この世界をよく知る彼が言うなら、それは本当に“守れる”という意味なんだろう。でも、それならなおさら──
「ど、どうしてそこまで……? 僕なんかのために。面倒なだけなのに。それに、ディランさんは番を探す旅の途中で……」
「……それは、私も知りたい。」
「え? すみません、よく聞こえなくて……」
「なんでもないよ。ただね、君は私の友のアイザックの友人で、その番である太一くんの弟だ。守らない理由なんて、どこにもないよ。それに──歩夢くんは、もう私の友人だから。」
微笑まれた瞬間、胸の奥が軽く震えた。
友達。
そう言われたのは嬉しいのに──
ッチク。
胸のあたりが小さく刺さるように痛んだ。理由なんてわからない。
友達になれたことが嬉しいのに、どこかひっかかるような、霧みたいな感情がまとわりついて離れなかった。
「……そろそろ帰ろうか。」
「は、はい。」
家に着いても、そのモヤモヤは薄れなかった。考えれば考えるほど形が見えなくなって、余計に胸の奥へ沈んでいくばかりだった。
―――――
side ディラン
彼から目が離せなくなったのは、いつの瞬間だっただろう。
最初は警戒されていたのに、距離が縮まれば縮まるほど、逆にこちらの心がずっと落ち着かなくなっていった。
気にかけた理由はひとつじゃない。
彼は聖霊と話せる可能性があった。私の種族を一瞬で言い当てただけでなく、聖霊たちは常に彼のそばにいて、しかも上級聖霊と肩を並べて歩く姿まで見た。
落ち人でそんな例は聞いたことがない。
もし公になれば、国ひとつが動くほどの危険にさらされるだろう。
なのに彼は、その力を誰にも告げず、ひとりで隠し続けている。
危ういにもほどがある。
だから遠出に誘い、精霊の森でゆっくりしながら、その危険性を伝えるつもりだった。
森に近づくたび、聖霊たちは彼に群がり、髪や服を引き、はしゃぎ、まとわりついた。
その光景だけで確信した。彼は聖霊に好かれすぎていた。
いきなり核心を話せば怖がらせるだろうと、まずは絵を描かせ、聖霊と遊ばせ、森の空気を楽しませた。
私はその間、地面に横になって空を眺め、澄んだ空気にゆっくりと呼吸を馴染ませていた。
彼が絵を描き終え、聖霊たちを連れて歩いてくる姿が見えた時──
体を起こすべきだと頭ではわかっていたのに、動けなかった。
光に照らされて歩く彼の姿が、あまりにも綺麗だったから──。
ドクッ。
運命の番がどこかにいるはずの私は、なぜ彼にこんなに惹かれている?
理解できないまま、とにかく本題を切り出した。
結果、彼は怯え、兄に心配をかけたくないと泣き出すほど思いつめていた。
兄を想う気持ちは痛いほど伝わったが──それなら彼自身は誰が守る?
気づけば彼の額にくちづけ、「自分が守る」と告げていた。
運命の番がどこかにいる身で、こんな行動をとるなんて思いもしなかったけれど、後悔はまったくなかった。
理由はまだ言葉にならない。
けれど、その答えはいずれ自然と形になる気がしていた。
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