魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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冒険の物語

第三話

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「エルが、ヴァルはちょっとおかしいから参考にするなと女神が言ってたって」
「ちょっとおかしいってなんだよ」

 投げやりな調子のアレクの物言いに、俺は思わず笑ってしまう。
 それからその物言いを頭の中で反芻し、とんでもない話だと気がついた。

「女神が言ってた、だと?」

 思わず低い声が出る。

「ああ、女神って暇なのか、いろいろなことを聞かせてほしいって、よくエルに話しかけてくるんだってさ。あいつも話をするのが好きだから、随分と仲良くなってるらしい」
「その話、本当か?」
「え? ああ、そうだよ。あいつが俺に嘘つくなんてない」

 二人の間の信頼には喜ぶべきところなのだろう。
 しかし本題はそこではない。
 それどころではないのだ。
 アレクもエルも悪くないと心の中で思うも、それ以外の要因で思わず溜息がこぼれてしまった。

「アレク、二人の間に信頼があることはとても喜ばしい。……エルは何気なく話していたのだと思うんだがな。それ、神託だぞ」
「え……。エルのやつ、世間話のように……」

 アレクが愕然とした顔で固まってしまう。
 紫がかった青の瞳が瞬きも忘れ、俺を見つめている。

「神託って、そんな無駄遣いしていいものなのかよ……」

 そう言葉を絞り出した後、アレクはがっくりと項垂れた。
 額に手を当ててふぅと一つ溜息をつく。

 わかる、分かるぞアレク。
 俺もガキの頃に同じことを口にした。

 メディアナに神託が降りていると分かった時、彼女自身が俺たちに語ったのだ。

「女神様って結構俗っぽいのよね、世間では何が流行っているのかだの、人の恋の話を聞かせてほしいだの、なりたての神官だってもう少し慎ましやかだわ」

と、――ほとほと呆れ果てたというような様子で。

 これを聞いた当時十六歳の俺は、アレクと一字一句同じ言葉を口から溢した。
 ラインハルトは驚きのあまり呆然となり、その開いた口からは言葉が出てこなかった。
 ラオーシュは手にした紅茶を飲むことができず、ただメディアナを見つめていた。
 ……と記憶している。

 それを聞いたメディアナは……、なんて言ったかな。

 そうだ。

「そんなこと言ったって、昔からずっと一緒だもの。無駄遣いという価値観が私たちの間には存在しないわ。それに女神様に無駄や倹約があったら、困るのは私たちじゃないの」

 そう言って、勇ましく腰に手を当て、可愛らしく笑ったのだ。
 赤髪をなびかせ、紫紺色の瞳を輝かせながら。
 苛烈の片鱗をしっかりと見せながら。
 二人の間には人理では計り知れない何かが、確かに芽生えているのだろうと感じたものだ。

 しかし、俺の中には女神に対するそんなものがなかった。
 正直、皆無だった。
 なんか聞いてはいけないことを聞いたんだなと、若いなりに悟ったりもした。

 そうして、その時を以て、俺の女神信仰はある意味終わりを告げた。
 信仰しているとかしていないとかの話じゃない。その後も語られる女神像が、ちょっとその、あまりにもポンコツすぎて、崇拝の対象から転げ落ちたのだ。もちろん、女神の力も彼女を崇拝する気持ちの凄さも理解はしているけれども。

 もう一人の、神託を授かる者である大司教様はちゃんと知っていた。あの人は「可愛らしい御方でしょう、女神様は」とにこやかに語っていて、これが大人というやつかと思ったものだ。
 俺も年を取りその意味は理解できている。たまに俺にも神託を寄せてくるのだが、なんというか憎めないのだ。
 まあ、それでも甘やかしてやるつもりはないんだがな……。

「なぁ、アレク」

 俺の呼びかけにはっとしたアレクは、俺へと視線を寄せる。

「その話、メディアナは知っているのか?」

 アレクは無言で首を振った。事実を知ってしまった表情は重い。
 紫青の瞳が不安を湛えている。

 そうだろうな。
 メディアナが知っていれば、俺にも伝わっているだろう。
 神託を常に受けられる者は、聖者――受けを狙って表現するなら聖女の候補として取り上げられる。未来の高位神官や大司教だ。
 女神サフィーアは女性神なので、彼女と同性の聖者は多くの民に受けが良い。華やかさといった点でもだ。
 つまり、聖女メディアナはとても人気がある。

 そのメディアナが育てた養い子が聖者候補なのだ。
 必ず騒がしくなる。

 アレクも気がついたのだろう。
 事は大きい。
 俺が想像しているよりも。
 そしてアレクが想像しているよりも、だ。

 エルを取り巻く環境は、がらっと大きく変わってしまうことだろう。
 アレクとの関係にも支障を来してくるはずだ。
 今のように予定を合わせて何かをする、例えばただ遊ぶだけでも、それは本当に難しくなることだろう。
 ただ楽しく仲良く過ごしていただけなのに、大人の都合、組織の都合、国の都合、本当に何かしらの都合で違えられてしまうのだ。
 当の本人たちからすれば、心底堪ったものではないだろう。

 その気持ちは俺も分かるんだよなぁ。

「よし」

 俺はアレクに向かって大きくうなずいた。右の人差し指を立てて、アレクに示す。
 アレクは、ぱちぱちと二度瞬いて俺を瞳に映した。

「俺は確かにその話を聞いたし、事の重要さも理解した。その上で――」

 そう言ってにやっと笑うと、俺は言葉を続けた。

「面倒くさいから、皆には内緒な」

 アレクが呆気にとられた顔で瞠目する。
 俺がそんなこと言うなんて思わなかったのだろう。

 バレたとしても、俺が公的にどこかから咎められることはない。
 メディアナになぜ言わなかったと叱られることはあるかもしれないが、それはまあ俺の方で何とかする。
 話す話さないは俺の自由、俺が決めたことだから俺がそれを通してもよいことなのだ。この大陸では、そう決められている。勇者ってほんっと便利な立場だな。
 思わずしたり顔になってしまう。

「他に知っているやつは?」
「リーンが知ってる」
「リーンか……。リーンなら大丈夫だな」

 リーン――リーンハルト・ノルデンハイムは、ラインハルトの三男だ。アレクより確か二つほど年上だが、エルを含め仲良くやっている。
 今回の件は、おそらく三人の中での何気ない会話でのみ語られる話なのだろう。
 事の重要さなど必要なく、難しく考えることではない。
 その点こそ、大切にすべきだ。

「あいつは多くを語らないし、長いものに巻かれたがるたちだから、おそらく誰にも言わないだろう」

 アレクもリーンの本質を理解しているのか、俺の言葉にうなずいた。
 リーンハルトは、好漢ラインハルトの息子でありながら、彼の特性をあまり受け継がなかった。ラインハルトもその妻も長兄も次兄も、察しがよく心遣いが心地よい。しかしある意味、お節介が過ぎるところもあった。
 それらを全員から一身に注がれ育ったリーンは、子供心に気づいたのだ。気を回すということは周りがやるので自分はしなくて良いと。そして長いものには、巻かれておいた方が面倒がないと。

 今回の件、誰かに話せば面倒を被るだろう。
 リーンハルトの一番嫌う言葉だ。なので、あの少年の口から外へと語られることはない。
 当のエルも敏い子供だ。いろいろなことに気がついていることだろう。なので二人にしか話していないのだと考える。
 そしてアレクも事態を察した以上、俺以外に話すことはないだろう。

 言わないことの方が、三人にとって益が大きい。

「俺は確かに聞いた。確かに聞いたが、俺は誰にも言うつもりはない」

 このことはきちんと言葉にして、アレクに伝えておく。
 そして、この件で三人に何かあったとしても、俺にはその旨を伝えていたのだと明言すればよいのだ。
 早い話が、俺のせいにすればいいということだな。
 これが少しでも安心につながればいいのだが。

「ヴァル、ありがとな」

 アレクはほっとしたような少し照れたようなそういう感情が混ざりあった表情で、俯きがちに礼の言葉を口にする。
 普段は俺に対し手厳しいものの、こういうところは相変わらず素直で。
 可愛らしいものだと、俺は微笑ましく思った。
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