魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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冒険の物語

第四話

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「じゃあ、おいで」

 俺は両膝を軽く叩きアレクを呼ぶ。
 アレクは繊細で美しい銀髪をさらり揺らして、不思議そうに俺を見た。

「何をするんだ?」
「元の話だ。適切な魔力を引き出す話。俺と一緒にやってみようか」

 アレクはよく分からない様子だったが、恐る恐る俺の前へと移動してきた。
 ひょいっと抱えて、横向きに俺の膝へと乗せてやる。
 わっと小さく声を溢したアレクは、驚きながら俺の肩に寄りかかった。

 膝に乗せた際の目線が以前よりも高い。
 大きくなったものだ。

 その成長を喜ばしく思いながら、今からすることを説明する。

「俺がアレクの魔力の在り処を教えてやる」

 右腕で腰を支え、左手はアレクの右手を軽く握る。
 小さなうなずきを以て魔力を流す許可を貰い、俺はアレクの中へと魔力を流していった。

 ゆっくりと、ゆったりと、少しずつ少量ずつ魔力を流し込み、それはアレクの魔力と混ざり合っていく。

 アレクの中に海を探す。
 海というのは適切な表現ではないだろう。あくまでも俺の感じる心象風景のようなものだ。体内のどこかに、水を司る元素に連なった魔力が流れているのだ。
 アレクには全属性の素養がある。以前魔力循環をした際に、俺はそれを発見している。体内に構成されている魔力は、既に数多の属性を有していた。

 つまり俺の言う海が存在しているのだ。

 アレクの魔力は、光属性が多い。
 明るく暖かで、俺に道を示してくれる。
 夜空の星のように輝いて、俺を正しく導いてくれる。

 暖かな魔力の流れを辿り、俺は開けた場所に出た。

「これは、いい場所だな」

 抜けるような青い空に、底深くまで見通せる澄んだ水面。
 海のように深く広くありながら、清らかな泉のような魔力の源。
 凪いでいるようで、荒々しい波を感じさせる魔力の奔流。

 こんないい場所が見つかるなんて。
 俺は美しさに胸が熱くなり、一呼吸漏れ出した。

 アレクが水魔法を苦手だと思うのは、ただの気の迷いだ。
 これほどに素晴らしく強く純度の高い水の魔力。
 これがあるならば、水魔法だけで一流と謳われる魔法使いとなるだろう。

「アレク、ここだ。わかるか?」

 俺はそう言って、アレクを抱きしめる。
 アレクの全身に俺がいる場所を知らせるように。こんないい場所があることをお前が知らないなんてもったいない。

 アレクは小さく息を呑んだが、しばらくすると呼吸が整い俺へと答えてくれる。

「海、わかる。これが海なんだ。初めて見た」

 穏やかな声が俺の耳に届く。驚きと喜びと、少しの誇らしさを感じる小さな声。
 これだけ美しい海があるなら、アレクの水の魔力はすべからく彼の助けとなるだろう。

 アレクの認識により水の魔力が揺り動かされるのを見届けた俺は、ゆっくりと魔力を引き抜いた。
 緊張が解けたのか、アレクは小さく吐息を溢す。瞳を閉じて、丁寧に呼吸を整えていく。
 魔力循環の受け身は楽ではあるが、全てを相手に任せるため結構気の張る行為だ。いつも入念にそのことを伝える俺の影響で、アレクも緊張しているのだろう。
 アレクの背中をさすってやると、直に落ち着きを取り戻したようだった。

「あの海から魔力を引き上げてくるんだ。そうすればその魔力は既に水属性を帯びているはずだ」

 そう言いながら、からの魔石を手に握らせた。
 やってみろと視線で促すと、アレクは一つ首肯して石へと魔力を注いでいく。
 俺は魔力のじわじわとした流れを肌で感じながら、その魔力が魔石へと集まっていくのを見守った。

「できた……」

 くすんだ、色のない空の石だったそれは、少し薄い青を湛える宝石になった。魔石が帯びる薄い青は水属性を表す色だ。

「水属性の色だ、俺でも……、俺でもできた」

 アレクが喜ばしげに魔石を見つめている。できないと感じていたことができた時。それは誰でも嬉しく喜ばしいことだろう。
 特にアレクは、できないことに怯える傾向がある。それは悪いことではないと滔々と語り続けたお陰で、昔よりはマシになったのだが。なので、克服するということは、彼の中で大きなことの一つなのだろうな。

「上手にできたな」

 そう言いながら、頭を撫でてやる。
 柔らかい髪が心地よかった。

 嬉しそうにそれを受けていたアレクだったが、はっとして身を反らす。

「やめろ、子供扱いするな」

 すぐそういう……。
 それにまだ子供だろうに。

 背伸びした主張に、つい笑みが浮かんでしまう。
 笑うなと不服そうにアレクは言った。

「アレクは、もう少し自身の魔力を操作できるようになってもいいな」
「……ああ、わかった。俺もそう思う。これ、他の属性でもできるようになりたい」

 薄い青の石を握り、アレクは希望を口にした。
 その表情は自信が満ちており、自分ができることを信じ切に願うようだった。

「そうだな。それもあるし、アレクの海を見た時の俺はどうだった?」

 俺の問いに、アレクはハッとして俺を見た。

「ヴァルがいた。俺の中にヴァルがいたよ」

 そう、俺はあの場所の中空に立っていた。
 確かにあの場所へ立ち、海を見下ろしたのだ。

「あの時のお前は、何処かにいるというよりも全体から見ていたと思う」

 おそらくだが、これまでのアレクも魔力操作の訓練はしたし循環も習ってきた。
 だが漠然と魔力の流れを追っていただけだったのだろう。体内での流れを感じるという方法だ。もちろんそれはそれで問題ない。
 俺もそこまでは教えていなかったのは、それで魔法が使えているなら、今の段階では何も問題がないからだ。
 だが苦手な魔法があることで、アレクの成長を阻害するなら話は変わってくる。

 それに、心象風景が幻視できるほど魔力に敏感となれば、操作と循環、どちらの性能も格段に上がることだろう。
 そうして、その次の段階が、魔力による仮初の姿の形成だ。

「魔力操作が上達すれば、俺の横に姿を作り上げ並んで海を見ることができるようになるぞ」

 あの時のアレクは俺すらも俯瞰で見ていたことだろう。
 あの俺は、俺が俺の魔力で形成した写し身、幻体であり、あの場の俺自身だ。うまく操作すれば、自身の中にも他人の中にでもあのような幻体を作り出すことができるだろう。
 溶け込ませるのも修行の一つではあるが、幻体を作ることも目標の一つにしてよいかもしれない。

「最終的には自分以外の体内に魔力を送り込んでも、自身が保てるよう、自身が作りだせるよう、それくらい魔力を操作をできるようになってみようか」

 溶け込ませるよりも幻体で対話したほうが魔力が馴染みやすい。そういった事例や相手もいたりするのだ。やれるに越したことはない。

「わかった。お前がちゃんと教えてくれるなら、俺は必ずできるようになるよ」

 アレクが自信を胸にうなずいてくれた。
 嬉しいことを言ってくれる。

「ああ、ちゃんと教えよう。約束する」

 俺はアレクの宝石の如き双眸を見つめ返しながら、その言葉に同意した。
 それからアレクの頭を撫でて言葉を続ける。

「今度、実物の海を見に行こうか」

 大陸の南、レオミュール王国南部ならヴォールファルトからでも向かいやすい。南国は、夏は暑いもののカラッとしていて過ごしやすく冬も意外と暖かで、大陸でも人気の観光地だ。特にレオミュール南部は、街や宿の質もよく長期滞在をする旅行者が絶えないくらいだ。
 アレクが海を見たことがないなら、ぜひ連れて行ってやりたい。

「お前の海ほどの美しさはないが、実際の海も良いものだ」
「本当か?」
「ああ、こちらも約束だ」

 そう言って今一度アレクを掻き抱くと、体を離して残りの魔石のことを促した。
 同様に水の魔力を込めることができたアレクは、大層喜び、また一層やる気へと繋がってくれたようだ。
 俺たちは、魔力を詰め終わった魔石を元の箱にしまい、丁寧に蓋をした。
 これを封して、外からの魔力干渉を防ぐ魔法をかけたら、転移陣でラオーシュのところに送れば納品完了だ。

 代金が送られてくるのはもう少し先になるはずだ。それまでは、体内の魔力の話や無色の練り方を教えてやろう。
 俺はそんなことを考えながら、箱を手に部屋へと戻るアレクを見送った。
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