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紅煌の金釦 2
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伴われたにも拘わらず、放ったらかしにされるシュジャーウは、ふぅと溜息をこぼす。
「バースィル、マスターが困ってるじゃないか」
「今、俺はウィアルを堪能してんだ、邪魔すんな」
シュジャーウは呆れ顔だ。隣のカウンター席に座って、店員のブラントに出してもらった冷たい水を口に運んだ。
「お店に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「うるせぇ、無事騎士団に正式採用されたんだぞ。これでやっとウィアルに愛を乞える。少し待ってろ」
「仮採用中も乞うてたでしょ」
「揚げ足を取んじゃねえよ」
バースィルが、相棒に向かって犬よろしく噛み付くように吠えていると、いい音が店内に響いた。
「いい加減にしやがれ! こっのクソ忙しい時に拙い歌を歌ってんじゃねえよ!」
小さな体を乗り出して、シェフのフェルディクが怒鳴り散らかす。利き手には木製のトレイ。どうやらそれで頭を叩かれたようだった。
今日も昼時、店内は昼食を求めてやってきた客がたくさんいた。そんな状況にも拘わらず、肝心のマスターの手を握って離さない狼がいるものだから、少々短気なフェルディクはトレイ片手に顔を出したのだった。
大丈夫ですかとウィアルが心配してくれる。
シェフなりに手加減してくれたのか、音の割には痛くなかった。それを伝えれば、ウィアルは安心したように、一つ呼気を零した。
「邪魔するならさっさと食って、とっとと帰れ! それが嫌なら大人しく番犬してろ!」
そう言い捨て、プンスカといった表現が似合いそうな様子で引っ込んでいくシェフに、ウィアルはクスクスと笑顔をこぼした。
「今週は週替りがお肉ですよ。白パン、ライス、どちらでも」
つれなくされているなとシュジャーウは思うのだが、バースィルからすると嫌だとも嫌いだとも言われていないのだから望みはあるのだそうだ。
カタフニアでならそうであるし、拒否されたとしてもそれで縁を切れたりすることもない。そういう国だからこそ成り立つしつこさであって、伝統の国ヴォールファルトでは少々度が過ぎているように見られるのではないだろうか。
幼馴染の心配をよそに、バースィルは名残惜しげに手を離した。
「週替りの大盛りで、ライスにする」
「俺は、日替りにしようかな。それとライスで」
そのまま二人はカウンター席へと陣取った。
シュジャーウと話しながら暫く待っていれば、美味しそうに焼けたスペアリブとムニエルがやってくる。ウィアルがスペアリブをバースィルの前へ、ブラントがムニエルをシュジャーウの前へと置いていく。するりとブラントが水のグラスを下げ、ウィアルがそのグラスへ水を足してくれる。
バースィルの横に座るシュジャーウは「二人のは見えるんだよなぁ」と小さく呟いた。おそらくヘンリーの手際のことを思い出しているのだろう。
水を入れられたグラスがトレイに戻されると、バースィルもシュジャーウも二人に礼を伝えた。
「今日も旨そうだ。二人とも、ありがとう」
「ありがとう、マスター、ブラント。いただきます」
二人がにこやかに返せば、ウィアルもブラントもどうぞ召し上がれと微笑みながら立ち去った。
バースィルは少し名残惜しさに苛まれたが、それはそれ、これはこれ。目の前には旨そうなスペアリブのオーブン焼き、そちらに手を付ける時間だ。
皿の上には、深い飴色のスペアリブが四本。脇には蒸かした芋と茹でた人参にスピナッチ。カップにはみじん切りの玉ねぎと人参、パセリの浮いた澄んだスープが入っている。今日の料理も旨そうだなと、バースィルはにんまりした。
手を組んで女神に祈る。さて食事だとカトラリーへ手を伸ばそうとして、バースィルはふと気が付いた。
スペアリブには、端に紙が巻かれている。トレイには濡らした小さなタオルも置いてあった。これで手を拭けということなのだろう。
「手掴みでいいってことか?」
「みたいだねぇ、そうしてる人もいるよ」
周りを確認すれば、両手で持って美味しそうに食らいつく客が何人か見受けられた。
「俺もしていいか?」
「いいんじゃない?」
期待した目で尋ねてくるバースィルの様子に、シュジャーウは笑いながら答えた。
子供の頃は、作法もそれなりに厳しく育てられた二人であったが、冒険者になってからは真逆の作法も経験してきた。
それをいちいち確認するのは如何なものかと、シュジャーウは思いはしたが、考えてみれば幼少より作法を咎めるのは自分の役目であったなと思い出す。そう考えてみれば、よくこの表情で伺いを立てられていた。懐かしくなって、ふっと眦が綻ぶ。
「バースィル、マスターが困ってるじゃないか」
「今、俺はウィアルを堪能してんだ、邪魔すんな」
シュジャーウは呆れ顔だ。隣のカウンター席に座って、店員のブラントに出してもらった冷たい水を口に運んだ。
「お店に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「うるせぇ、無事騎士団に正式採用されたんだぞ。これでやっとウィアルに愛を乞える。少し待ってろ」
「仮採用中も乞うてたでしょ」
「揚げ足を取んじゃねえよ」
バースィルが、相棒に向かって犬よろしく噛み付くように吠えていると、いい音が店内に響いた。
「いい加減にしやがれ! こっのクソ忙しい時に拙い歌を歌ってんじゃねえよ!」
小さな体を乗り出して、シェフのフェルディクが怒鳴り散らかす。利き手には木製のトレイ。どうやらそれで頭を叩かれたようだった。
今日も昼時、店内は昼食を求めてやってきた客がたくさんいた。そんな状況にも拘わらず、肝心のマスターの手を握って離さない狼がいるものだから、少々短気なフェルディクはトレイ片手に顔を出したのだった。
大丈夫ですかとウィアルが心配してくれる。
シェフなりに手加減してくれたのか、音の割には痛くなかった。それを伝えれば、ウィアルは安心したように、一つ呼気を零した。
「邪魔するならさっさと食って、とっとと帰れ! それが嫌なら大人しく番犬してろ!」
そう言い捨て、プンスカといった表現が似合いそうな様子で引っ込んでいくシェフに、ウィアルはクスクスと笑顔をこぼした。
「今週は週替りがお肉ですよ。白パン、ライス、どちらでも」
つれなくされているなとシュジャーウは思うのだが、バースィルからすると嫌だとも嫌いだとも言われていないのだから望みはあるのだそうだ。
カタフニアでならそうであるし、拒否されたとしてもそれで縁を切れたりすることもない。そういう国だからこそ成り立つしつこさであって、伝統の国ヴォールファルトでは少々度が過ぎているように見られるのではないだろうか。
幼馴染の心配をよそに、バースィルは名残惜しげに手を離した。
「週替りの大盛りで、ライスにする」
「俺は、日替りにしようかな。それとライスで」
そのまま二人はカウンター席へと陣取った。
シュジャーウと話しながら暫く待っていれば、美味しそうに焼けたスペアリブとムニエルがやってくる。ウィアルがスペアリブをバースィルの前へ、ブラントがムニエルをシュジャーウの前へと置いていく。するりとブラントが水のグラスを下げ、ウィアルがそのグラスへ水を足してくれる。
バースィルの横に座るシュジャーウは「二人のは見えるんだよなぁ」と小さく呟いた。おそらくヘンリーの手際のことを思い出しているのだろう。
水を入れられたグラスがトレイに戻されると、バースィルもシュジャーウも二人に礼を伝えた。
「今日も旨そうだ。二人とも、ありがとう」
「ありがとう、マスター、ブラント。いただきます」
二人がにこやかに返せば、ウィアルもブラントもどうぞ召し上がれと微笑みながら立ち去った。
バースィルは少し名残惜しさに苛まれたが、それはそれ、これはこれ。目の前には旨そうなスペアリブのオーブン焼き、そちらに手を付ける時間だ。
皿の上には、深い飴色のスペアリブが四本。脇には蒸かした芋と茹でた人参にスピナッチ。カップにはみじん切りの玉ねぎと人参、パセリの浮いた澄んだスープが入っている。今日の料理も旨そうだなと、バースィルはにんまりした。
手を組んで女神に祈る。さて食事だとカトラリーへ手を伸ばそうとして、バースィルはふと気が付いた。
スペアリブには、端に紙が巻かれている。トレイには濡らした小さなタオルも置いてあった。これで手を拭けということなのだろう。
「手掴みでいいってことか?」
「みたいだねぇ、そうしてる人もいるよ」
周りを確認すれば、両手で持って美味しそうに食らいつく客が何人か見受けられた。
「俺もしていいか?」
「いいんじゃない?」
期待した目で尋ねてくるバースィルの様子に、シュジャーウは笑いながら答えた。
子供の頃は、作法もそれなりに厳しく育てられた二人であったが、冒険者になってからは真逆の作法も経験してきた。
それをいちいち確認するのは如何なものかと、シュジャーウは思いはしたが、考えてみれば幼少より作法を咎めるのは自分の役目であったなと思い出す。そう考えてみれば、よくこの表情で伺いを立てられていた。懐かしくなって、ふっと眦が綻ぶ。
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