オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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静穏の一時 1

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 あの夜の約束から、バースィルは夜のランディアにも顔を出すようになった。

 ヘンリーからは「行動力やばいっすね」と呆れるように言われたが、バースィルは気にしていない。
 シュジャーウは「酒を飲むためだけに行ってもいいなら行きたい」と言ったので、何度か伴にした。バーでも材料があれば食事を作ってくれて「ワインを飲みながらシェフの料理を味わいたいって思ってたんだ」とシュジャーウが嬉しそうに語れば、偏屈なシェフが気恥ずかしそうにしていたのをバースィルは見逃さなかった。

 昼も夜も顔を出せば、顔見知り程度の間柄だった常連たちとも距離が近づく。
 自分の普段様子から仕方のないことだが、一方的に名を知られているだけだったバースィルも、何人かの名を覚え挨拶を交わし会話をすることが増えた。名は知らないが顔は分かる、詳しくは知らぬ相手だが挨拶はするという人物も増えていった。
 特に夜の常連たちは、古くから店に来ているらしく、蔵書について随分と詳しかった。バースィルが興味を持つ内容にあった本を勧めてくれて、バースィルはそれをウィアルに尋ねる。それを読み進めて感想を話せば、古参たちとの会話にも花が咲いた。

 そうやって友好的な交友関係を築きながら、バースィルは『ランディア』に更に馴染んでいった。

 それは、ウィアルともそうであり、バースィルは彼との距離が近くなったことに喜びを抱いていた。


 バースィルの出仕は仕事柄不定期であり、他の勤め人たちと休日がずれていることが多い。休日に店へ訪れるが、その日が必ずしも他者の休日とは限らなかった。
 ランディアは、住宅区の奥にある隠れ家的な店だ。そのため、昼のピークが過ぎて午後の中ほどが来れば、客足が落ち着いてくる。
 必然的に、バースィルしか客がいない時間帯も、できてくるのだった。

 ある日のそんな時間。

 休日にランディアを訪れたバースィルは、食後のコーヒーを飲みながら本を読んでいた。奥の席、今は人がいないので広いソファで寛いでいる。
 カウンターには、ウィアルの姿。今日はブラントもいたはずだが、今は裏にいるのだろう、見当たらなかった。
 コーヒーを口に運びながら、ウィアルを眺める。今日もシンプルな装いで、カウンター周りを整えていた。落ち着いたベージュ色のシャツに黒のズボン、エプロンは深い緑だった。色白のウィアルには濃い緑も似合っていたし、あの深緑の香りをバースィルに思い出させた。

 ふとウィアルが一つ溜息をつく。
 それは疲労を感じさせるもので、バースィルは今日の昼が盛況だったことを思い出した。知り合いの衛士が仲間と来ていたし、宮廷魔術師たちも見た。
 きちんと休めていないのが祟っているのだろう。昼時が過ぎれば店員たちも休憩時間を取るのだが、今日のウィアルは短かったような気がして尋ねたのだ。ウィアルはちゃんと休んでいると言っていたが、バースィルにはブラントという密告者がいる。後から聞いた話だと、サンドを食べてすぐに戻ってきたはずとか言っていたか。

「ウィアル、コーヒーを頼んでもいいか」

 声をかければ、快く引き受けてくれる。手慣れた手付きでテキパキとコーヒーが淹れられる様子を、奥の席から眺めた。
 やがてドリップが終わり、淹れたてのコーヒーをウィアルが運んできてくれる。

 バースィルは、立ち上がってトレイごと受け取ると、小ぶりのテーブルの上、自分のまだ残っているコーヒーの横に置いた。

「バースィルさん?」

 不思議そうに見つめるウィアルを他所に、テーブルを回り込むように彼の傍へ寄り、そっと手を取った。柔らかな指先をそうっと握る。

「こっち」

 妙に気恥ずかしくなり少し素っ気なく声をかけると、ウィアルをソファへとエスコートする。自分の座っていた横へと誘って、共に腰を掛けた。
 それからコーヒーをトレイからウィアルの前へ移動させ、トレイは自分の側にあるサイドテーブルの上に置く。

「ウィアルが淹れてくれたコーヒーは美味いから。俺の奢り、な」

 そう声をかければ、一瞬瞠目した後、ウィアルは微笑んでありがとうございますと返した。バースィルは、断られなかったことに安堵し、意図を理解してくれたことが嬉しくて照れたような笑みを浮かべる。

 ウィアルは、いただきますとバースィルに伝えた後、カップに手を伸ばした。

 嫋やかな指で持ち手を支えると、口縁に形の良い唇を寄せた。夕日色の双眸が伏せられ、長いまつ毛が数回揺れる。
 温かなコーヒーを一口飲んで、ウィアルはほぅと溜息をついた。

 その様を眺めていたバースィルは、その溜息が先程のものとは違うと感じ取れ、安心した心持ちになった。

 少し真面目なウィアルは、頑張りすぎているきらいがある。勤勉は美徳だが、それで疲れたり、倒れたりしては元も子もない。
 忙しい時間ならともかく、今のような緩やかな時間なら、休憩しても問題はないだろう。少しでものんびりしてもらいたくて、バースィルはウィアルと時間を共にしようと思ったのだ。

 それからというもの、同じように客が少なくなると、バースィルはウィアルに声をかけるようにした。二人で並んでコーヒーを飲む。本の話をしながら、少し菓子をつまんだりもした。ただ並んで本を読むだけの時もある。そうやって二人の時を過ごした。
 それは、とてものんびりとした時間だった。

 ウィアルに少しでも休んでもらいたい。
 そんなバースィルの気持ちから始まった二人の時間は、やがて習慣となり、人の少ない午後に訪れる穏やかな時間となった。
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