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ウィアルの午睡は、ランディアにおける注目の話題となった。
それは色恋の話ではなく、もともと短時間睡眠のきらいがあったウィアルを皆が心配していたということに起因するらしい。
バースィルは皆の様子を鑑みて、どうやら自分がウィアルのそういう対象に見られていないようだと気が付き不満を募らせた。
ウィアルが鈍いことは後回しにして、自分がそうなり得るという可能性くらいは周りに印象付けたかった。しかし常連たちの目から見ても、その気配は薄いようなのだなとバースィルは悟った。
実際何も成果を得られていない。
少し近くなったのは確かだが、求めている関係とは程遠い。
どうしたらいいんだろうか。
そんな悶々とした日を過ごしている冬の日。
「なんかねぇ、バースィルくんとマスターの仲が進展したって聞いてさぁ」
バースィルは、陽気な男に捕まっていた。
ふわふわした茶髪、丸い眼鏡の奥にはこれまた丸い碧色の瞳、ひょろっとした小柄な体格で、童顔の男が年齢を重ねればこうなるだろうといった風貌の男は、バースィルが初めての夜警の際に面倒を見た酔っ払いだ。
あの時は店に送ったわけだが、あれからも何度か顔を合わせていた。
酔っていた時よりは幾分おとなしいが、元来の性格からして陽気だったらしい。店で見かければ話しかけ、何処かしらですれ違えば手を振ってくれる。そういう付き合いになっていた。
彼の名はコンラートといい、陽気で気のいいおじさんといったところだが、王立の魔導機器研究所という魔導工学のエリートが通う研究所に務めている。魔導具や魔導機の研究開発を行うところだ。
今日もランディアを訪れたバースィルは、夕飯にと注文したチキンの香辛料焼きに齧り付いていた。
ちょうどそこへ来店したのが彼である。
店に入るや否やバースィルを発見し、カウンターで酒とつまみを頼んだ後、そのまま奥までやってきた。勝手にバースィルと相席し、早速楽しげに話し始めたのだ。
「なんかイチャイチャしてたらしいって、研究所で話に聞いたよ」
「イチャイチャって……」
「あれ? 違ったの?」
「全く違う。なーんも進展してねえ」
バースィルは、うんざりしたように溜息をついた。イチャイチャできるなら悩んだりしていなかった。
コンラートは、首を傾げながら言葉を続けた。
「でもお昼寝隊長に任命されたって」
「ふはっ、なんだ、その名前」
へんてこな名前に、バースィルは笑ってしまう。
確かにあれから、バースィルが休みの日は午後の落ち着いた頃から、昼寝の時間になってしまった。バースィルにも意味がわからない。
「昼寝なぁ」
「いやぁ、たぶんマスターには必要なんだよ。あの人、昔から仕事人間でさぁ」
そう言って、コンラートは肩をすくめた。
その話は他の常連にも聞いた。寝かせられたことを褒められたくらいだ。
ブラントの話だと、朝一番早くに来て夜一番遅くに帰る、休憩も周りが気をつけておかないと取らないなど、ウィアルの問題点は挙げたらきりがないのだそうだ。週に一度ある定休日だって、シェフが設けるように言わなければ、なかっただろうとか。
「私もそうだけど、常連の皆は、マスターの体を心配してるんだよ。もちろん、お店自体もね。店員くんはいい子ばかりだし、シェフのご飯は美味しいしさ、オーナーの蔵書が読めるのもありがたいし」
「オーナー?」
バースィルは、コンラートの言葉を繰り返した。コンラートは不思議そうな顔で「知らなかったの?」と聞いてくる。
「ここの本は、ウィアルのものじゃないのか」
「違う違う。オーナーが蔵書狂でね、そのくせ管理ができず山積みになっていたのを、マスターが管理を任されたって話だったよ」
「そういうことを勝手に話すのは、如何なものかと思うがね」
声のした方を見れば、黒い宮廷魔術師の正式ローブを身にまとった男が、ワインのグラスを片手に立っていた。
シャツの襟元は寛げられているが、それ以外はかっちりとローブを着こなしている。少し白髪の混じった青鈍色の髪が、年齢を感じさせた。
「メルヒオール!」
「コンラート、声がでかい」
静かだが鋭い声をピシャリと被せられれば、コンラートは慌てて両手で口を抑える。
もう遅いのだがねと、メルヒオールは肩をすくめたあと首を振った。
呆れ顔のメルヒオールは、バースィルが座っている席のテーブルにワインを置くと、隣の席から椅子を拝借してガタガタ寄せてくる。テーブルに向かって腰掛け、右手を天板の下へ回した。
「話すことを悪いとは言わないが、楽しく話したいなら、きちんと魔法を使うように」
そう言いながら、人差し指の爪で天板を叩き上げた。コンコンと少し高い音が二回聞こえれば、ぱあぁっと淡い翠の光が天板の下に溢れ出る。
「せっかく私が一つ一つに陣を描いたのに」
「魔石を組み込んだのは、私だよ」
「だったらきちんと使いなさい」
メルヒオールに叱られれば、コンラートがぺろりと舌を出した。
それは色恋の話ではなく、もともと短時間睡眠のきらいがあったウィアルを皆が心配していたということに起因するらしい。
バースィルは皆の様子を鑑みて、どうやら自分がウィアルのそういう対象に見られていないようだと気が付き不満を募らせた。
ウィアルが鈍いことは後回しにして、自分がそうなり得るという可能性くらいは周りに印象付けたかった。しかし常連たちの目から見ても、その気配は薄いようなのだなとバースィルは悟った。
実際何も成果を得られていない。
少し近くなったのは確かだが、求めている関係とは程遠い。
どうしたらいいんだろうか。
そんな悶々とした日を過ごしている冬の日。
「なんかねぇ、バースィルくんとマスターの仲が進展したって聞いてさぁ」
バースィルは、陽気な男に捕まっていた。
ふわふわした茶髪、丸い眼鏡の奥にはこれまた丸い碧色の瞳、ひょろっとした小柄な体格で、童顔の男が年齢を重ねればこうなるだろうといった風貌の男は、バースィルが初めての夜警の際に面倒を見た酔っ払いだ。
あの時は店に送ったわけだが、あれからも何度か顔を合わせていた。
酔っていた時よりは幾分おとなしいが、元来の性格からして陽気だったらしい。店で見かければ話しかけ、何処かしらですれ違えば手を振ってくれる。そういう付き合いになっていた。
彼の名はコンラートといい、陽気で気のいいおじさんといったところだが、王立の魔導機器研究所という魔導工学のエリートが通う研究所に務めている。魔導具や魔導機の研究開発を行うところだ。
今日もランディアを訪れたバースィルは、夕飯にと注文したチキンの香辛料焼きに齧り付いていた。
ちょうどそこへ来店したのが彼である。
店に入るや否やバースィルを発見し、カウンターで酒とつまみを頼んだ後、そのまま奥までやってきた。勝手にバースィルと相席し、早速楽しげに話し始めたのだ。
「なんかイチャイチャしてたらしいって、研究所で話に聞いたよ」
「イチャイチャって……」
「あれ? 違ったの?」
「全く違う。なーんも進展してねえ」
バースィルは、うんざりしたように溜息をついた。イチャイチャできるなら悩んだりしていなかった。
コンラートは、首を傾げながら言葉を続けた。
「でもお昼寝隊長に任命されたって」
「ふはっ、なんだ、その名前」
へんてこな名前に、バースィルは笑ってしまう。
確かにあれから、バースィルが休みの日は午後の落ち着いた頃から、昼寝の時間になってしまった。バースィルにも意味がわからない。
「昼寝なぁ」
「いやぁ、たぶんマスターには必要なんだよ。あの人、昔から仕事人間でさぁ」
そう言って、コンラートは肩をすくめた。
その話は他の常連にも聞いた。寝かせられたことを褒められたくらいだ。
ブラントの話だと、朝一番早くに来て夜一番遅くに帰る、休憩も周りが気をつけておかないと取らないなど、ウィアルの問題点は挙げたらきりがないのだそうだ。週に一度ある定休日だって、シェフが設けるように言わなければ、なかっただろうとか。
「私もそうだけど、常連の皆は、マスターの体を心配してるんだよ。もちろん、お店自体もね。店員くんはいい子ばかりだし、シェフのご飯は美味しいしさ、オーナーの蔵書が読めるのもありがたいし」
「オーナー?」
バースィルは、コンラートの言葉を繰り返した。コンラートは不思議そうな顔で「知らなかったの?」と聞いてくる。
「ここの本は、ウィアルのものじゃないのか」
「違う違う。オーナーが蔵書狂でね、そのくせ管理ができず山積みになっていたのを、マスターが管理を任されたって話だったよ」
「そういうことを勝手に話すのは、如何なものかと思うがね」
声のした方を見れば、黒い宮廷魔術師の正式ローブを身にまとった男が、ワインのグラスを片手に立っていた。
シャツの襟元は寛げられているが、それ以外はかっちりとローブを着こなしている。少し白髪の混じった青鈍色の髪が、年齢を感じさせた。
「メルヒオール!」
「コンラート、声がでかい」
静かだが鋭い声をピシャリと被せられれば、コンラートは慌てて両手で口を抑える。
もう遅いのだがねと、メルヒオールは肩をすくめたあと首を振った。
呆れ顔のメルヒオールは、バースィルが座っている席のテーブルにワインを置くと、隣の席から椅子を拝借してガタガタ寄せてくる。テーブルに向かって腰掛け、右手を天板の下へ回した。
「話すことを悪いとは言わないが、楽しく話したいなら、きちんと魔法を使うように」
そう言いながら、人差し指の爪で天板を叩き上げた。コンコンと少し高い音が二回聞こえれば、ぱあぁっと淡い翠の光が天板の下に溢れ出る。
「せっかく私が一つ一つに陣を描いたのに」
「魔石を組み込んだのは、私だよ」
「だったらきちんと使いなさい」
メルヒオールに叱られれば、コンラートがぺろりと舌を出した。
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