オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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好意の差異 2

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「メルヒオールさん、どうも。こんばんは」
「あぁ、こんばんは、バースィルくん」

 バースィルが挨拶の言葉を贈れば、メルヒオールも返してくれる。少し紫の混ざった青の瞳が、少し柔らかになった。壮年らしい僅かな笑い皺が目元に浮かんでいる。
 実のところ、彼との付き合いは、まさに挨拶を交わす間柄、それ以上でもそれ以下でもない。

 ただ名だけは知っていた。
 以前班の皆と昼食に来た時、メルヒオールと鉢合わせて挨拶を交わしたのだ。彼が立ち去った後、エミルが彼の名と立場を教えてくれて、更には絶対に失礼なことだけはしないように釘を刺された。

 バースィルも、流石に呼び捨てなどできやしない、宮廷魔術師副長様を相手には。

「えぇ~、私は呼び捨てなのに、メルヒオールは付けなの」
「いや、呼び捨てしろって言ったのあんただろ」

 唇を尖らせて不満げなコンラートに、仕方ねえなぁというような笑みを向けたバースィルは、あの夜の会話を説明した。
 呼び捨てなのには意味がある。あの夜コンラートに言われたのだ、「私達はもう友達だよ~、だからコンラートって呼んでねぇ」と。
 それを聞いたコンラートは「そうだったっけ、じゃあこのままで」と笑い、メルヒオールは「また泥酔したのか」と呆れていた。

「で、メルヒオールはどうしたの? ここは私とバースィルくんのお席ですよ」

 そうやってじとっとした目で、メルヒオールを睨むコンラート。
 ここはバースィルの席であり、来襲したのはコンラートも同じなのだが、バースィルは彼のこういう性格は嫌いではなかった。こういう軽い態度が許容される愛嬌を、彼は確かに持っている。
 その横顔を眺めながら、尋ねる役はそのままコンラートに委ねることにした。

 メルヒオールは、此れ見よがしに溜息をつく。

「コンラート、君がうるさくするからだよ」

 そうかなぁと納得いかない様子のコンラートを尻目に、紫青色の瞳はバースィルを見据えた。

「それに、バースィルくん、君に興味があるんだがね。どうだろう、少し話に付き合っては貰えないだろうか」

 ともすれば鋭く感じそうな瞳を見つめ返し、バースィルは頷いた。


 居住まいを整えた三人は、それぞれ酒なり食事なりを口に運びながら会話を続けた。
 先程の光った魔法陣はテーブルに施されたもので、防音の魔法がかけられたのだそうだ。これは魔力を陣に流すか、支えの根本に付けられた魔石に流すかすれば、使えるようになっている。つまり設置型の魔法陣としても、魔導器としても使えるのだ。
 バースィルが素直に感嘆すると、コンラートは得意そうな顔でにっこりと笑った。

 少し落ち着いたところで、メルヒオールが先だって話を切り出す。

「カタフニアの民は、炎の精霊の愛し子から加護を授かると聞いている。実際に精霊の子たちを身に宿しているとも」
「そこまでだいそれた話じゃねえよ。精霊の火の粉が与えられ、身を守ってくれたり助けてくれたりすると言われているんだ」

 バースィルは、自分の理解していることをメルヒオールに――ついでにコンラートにも――話していく。
 加護と言っても、愛し子本人のように何かしら明確な力があるわけではない。助けとて、九死に一生を得るようなことがあれば、それは愛し子様の加護のお陰だと考えるようなものだ。

「けれど、赤狼たちには、精霊の受け皿があるのでは?」
「うーん、それなぁ」

 バースィルは、カトラリーを置いて腕を組む。首をひねりながら、ひとつ唸った。
 メルヒオールの指摘は正しい。

 カタフニアの民は、愛し子から加護を授かり守護を受ける。それは、精霊の子たちが守ってくれるのだとされていた。

 しかし、バースィルたち赤の狼獣人たちは、他の民よりも特殊だ。

 数代前の愛し子が赤狼だったことに起因する。
 その愛し子は、精霊の加護に感謝し、愛してくれたこと、庇護してくれたことに報いるため、精霊の使徒――つまり女神の使徒たらんと誓いを立てた。赤狼たちは、その誓いの下、炎の精霊の加護を得て剣を振るうのだ。そのため、精霊や愛し子を守る兵士の道を選ぶことが多い。

 女神の使徒というのは、女神から何かしらの使命を帯びることが運命付けられていると言われている。精霊たちも使徒なので、彼らの使徒になるといることは女神の使徒になると同義、と考えられていた。
 使命について例を挙げるとすると、ある場所に花を植えよというものから、魔王を倒せというものまで千差万別。つまり、使徒の最たるものは勇者なのだ。

 バースィルの父、ザーフィルは、確かに女神の使徒だ。幼少の頃、女神に出会い『いずれ魔王が誕生すれば、カタフニアに危機が訪れるでしょう。その時に備え、あなたは力をつけるのです』と使命を授かった。その使命を果たすため、父はカタフニア屈指の戦士になったのだ。

 しかし、バースィルにはそのような神託は降りていない。降りるかどうかも定かではなかった。
 果たして精霊の加護があるのか、その実感さえも得らていなかった。

「精霊が見えないから、実感しようがないんだ」

 バースィルは自分の生まれに依存しない考えを尊ぶが、もし使命があるのなら成し遂げたいと考えていた。一族の一員としてではなく、自分自身にあるのであれば。
 それ故に、精霊が見えたらいいのにと子供の頃から思っていたが、この年になるまでついぞ見ることができなかった。
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