オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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「精霊が見えるのは、種族の特徴の一つだもんねぇ。うーん、私はエルフたちくらいしか知らないなぁ」

 そう言いながら、コンラートが塩煎り胡桃を頬張る。サクサクといい音がした。
 メルヒオールは、厚切りのベーコンを一口サイズに切っていた手を止め、コンラートの言葉を訂正する。

「認識が間違っている。エルフは感じられるだけ。見えるのはハイエルフだ」
「ハイエルフか、南部のエルフ自治領に住んでるんだったけか……」

 バースィルは、相槌を打ちつつ知っていることを思い返した。

 ハイエルフは、緩やかではあるが確実に衰退しながら、ヴォールファルト王国にあるエルフ自治領の最奥、深緑の森で静かに暮らしている。
 温厚で友好的ではあるが、その実、他人に興味が薄く、自由気ままに生きている種族だ。その他人への希薄さが原因で衰退の道を歩んでいる途中だと言われている。一応、長命種の叡智が詰まった秘薬とやらで、種を繋ぐ努力をしている最中だとか。

 なぜそんなことに詳しいかというと、勇者の仲間の一人である賢者がハイエルフなのだ。
 彼の記した勇者の英雄譚に、ハイエルフについても書かれていた。ページが擦り切れるほど何度も読んだバースィルは、その本に書いてあったことだけは詳しい。

「まぁ、見えなくても、感じ取ることはできる」

 紫青色の瞳が品定めするようにバースィルを見つめる。理知的な瞳の奥の怜悧さが、じわりと何か――刺さるような抉るようなそんな探りを入れてくる。
 バースィルは無心でその青を見つめ返した。
 その青は、冷たい氷板のようにも、凪いだ湖面のようにも、そして宵の空にも明けの空にも感じられた。自分からは何も探れず、ただ見て思った感触だけが理解できる。
 見つめ返しているのではなく、逸らせないだけなのではと、冷静な自分が語りかけた。

「見つめ合ったって分かんないでしょうよ!」

 コンラートがメルヒオールの額を叩いて、ぺちっと音が鳴る。叩かれた当人は、片眉を上げて不服そうにコンラートを見つめるが、一呼吸置いてふっと笑った。
 その二人の様子を見て、バースィルはやっと呼吸ができた。宮廷魔術師副長、あの賢者の副官、強者の底の知れなさというのは、こういうことを言うのだろうと、バースィルは一つ理解した。

「メルヒオールの魔力は重くて冷たいから。店の温かさがなくなっちゃうよ」

 コンラートの言葉で理解する。
 魔力を流して探られていたのだ。

「まぁ確かに効率は悪いがね。触れてからの方が断然いい。しかし、バースィルくん、君は火の魔力が強いのに、氷も水も忌避しないのか」

 探りに使用していた魔力は、氷や水の魔力だったのだろう。
 だから瞳からそのような印象を受けたのか。納得することができて、バースィルは首肯した。

「カタフニアでは、必ずしも相剋であるとは考えない」

 火と水が合わされば、蒸気や湯となる。風は温かな温風に変わるし、炎を強めることも弱めることも可能だ。氷は水となり、水も氷も火による被害を減らしてくれる。
 互いの関わり方は、必ずしもどちらかが優位に立つということはない。

「俺たち、人の関わり方と同じだ」
「ふむ、素晴らしい考えだ。多様性とは、互いの許容から成り立つものだからね」

 バースィルの答えに、メルヒオールは目を細め口元を綻ばせる。目元の笑い皺は、印象を柔らかくするのに一役買っていた。
 その瞳が細く鋭く変わる。

「……なら風はどうか」
「メルヒオール、やめなさい。マスターが心配してこちらを見てるよ」

 いつもの賑やかな声ではなく、落ち着いた、しかし有無を言わさぬ口調でコンラートが窘めた。おっとと小さく呟いて、メルヒオールが表情を和らげれば、コンラートは両手のひらを上にするようなポーズで肩をすくめた。

 バースィルはカウンターに顔を向ける。コンラートの言葉が気になったからだ。
 そこでは、真面目な顔のウィアルがこちらを見ていた。手はグラスを拭いているが、視線は注意深くこちらを観察している。
 バースィルは、闊達そうな笑みを浮かべて一度手を振る。何ら問題ない、そう伝えたくて。その笑顔を見たウィアルは、眉尻を下げながらも柔らかく笑んだ。

 メルヒオールがすっと席を立ち上がり、「皆もすまないね。詫びと言っては何だが、一杯奢らせてくれると嬉しい」と店内にいる客たちへ声をかけた。穏やかだが威厳のある提案に、五人程いた客たちは喜んでそれぞれメニューを開いた。
 そこでバースィルは気がつく。自分が気がついていないだけで、皆が気にかけてくれていたのだと。気遣いを心からありがたく思った。

「ちょっと好奇心に駆られてしまったよ。バースィルくん、すまないね」
「いや、大丈夫だ。ただ俺は魔力が少ないから、お手柔らかに頼みたい」
「それでかい?」

 驚いたようなメルヒオール。その言葉が気になって、バースィルは首を傾げた。

「それでとは?」
「なるほど、自覚がないのか。
 君の中にある火の粉は確かに燃えているよ。それを上手く活かせば、君の魔力はもっと上がるだろうね」

 バースィルの琥珀は見開かれ、赤い耳はピーンと立った。
 そんなことを言われるとは思ってもみなかった。自分の魔力は低い。火種を作ることくらいしか使い道がないと思っていた。

「興味があるなら、アルムガルトくんに申請しておこうか」
「副団長に?」
「そう。宮廷魔術師会は魔術訓練も請け負っていてね。君のような若手の育成も仕事の内なのだよ」

 バースィルは、瞬刻も迷わず是非にと答えた。
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